月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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遅れて申し訳ございませんでした(震え声)


第34話 犯人は駿…(字が滲んで読めない) 下

 ひそひそ、ひそひそと言葉が交わされている。

 私達ではない、周りの人達の囁き声。

 でも視線は、私達の方へチラチラと向けられていて。

 私が縮こまる中で、リリアさんと華花さんは堂々と歩いていた。

 

「ほら、胸を張って歩いてくださいまし、アサ……コクラ君」

 

「そうですよ、小倉君。

 あなたがそんな歩き方をしてると、私達はハロウィンの時期を間違えたコスプレ集団になるでしょう。

 でも、全員が堂々と歩いていたら、それはファッションだと認識されます」

 

 リリアさんは、こともなさげに。

 華花さんは、からかうように。

 ただ、二人共が私に告げた内容は同じで。

 自信を持って、格好を誇示しなさいというもの。

 自分の中に確かな芯を持っている、しっかりした人の理屈。

 それに私は……助けて下さいという視線で二人を見てしまっていた。

 

「お二人は、とてもお似合いです。

 素敵な探偵さんと刑事さんで、目に止めてしまいます。

 ですが、私は控えめに言っても……」

 

 今の私の格好は、古き良き新聞売りの少年スタイル。

 そう、男の子の格好。

 少年と言い張るには、私はその生態を知らなさ過ぎた。

 そもそも、半ズボンで太ももが露出しているという状況が、なんとも心寂しすぎる。

 

「あ、あの、タイツとは言いません。

 ニーソを履かせて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 どうにかなってしまいそうな気持ちでそう告げると、二人は顔を見合わせて呟きあい始めた。

 

「どう思います、華花?」

 

「あの格好にニーソは、似合ってない通り越して倒錯してますね」

 

「では?」

 

「ありだと思います」

 

 二人はとても良い笑顔でこちらを向くと、ニッコリと笑って”どうぞ”とハモった。

 ……さっきの会話を、わざわざ私に聞こえる声量で話して。

 

「――っ、良いです!

 このままで行きます!」

 

 半ば、悲鳴のようにそう告げると、さもありなんと二人は堂々と歩き始めた。

 どうにもやり込められた気がしてならないけれど、後にはもう引けなくて。

 

「私……いいえ、ボクですね、ボク」

 

 まずは、自分の一人称を変える暗示を掛けるところから、私の男の子は始まった。

 

 

 

 

 

「それで、リリアさんは一体何を為さるおつもりで?」

 

 私は、精一杯低めの声を出しながら、今日の目的を尋ねていた。

 このまま、パリの街中を一周して帰るだけでも、相当堪えそうだ。

 でも、それだけで済むのなら、楽しい仮装大会でこの催しは終了する。

 けれども、リリアさんはそれだけで済ます筈がない。

 でなければ、わざわざ服まで作ったりなんてしない。

 もし、直接実家に乗り込もうとするのなら、大変なことになるかもしれない。

 その時は、是が非でも止めなければ。

 

 そんな決意をする私に、リリアさんは淡く微笑んだ。

 ミステリアスな空気で、そっと言葉を添えて。

 

「友人の家を回ります」

 

 

「ご友人の?」

 

 思っていた内容と違い、意味も掴みかねる。

 どういうことだろうと首を傾げると、リリアさんの笑みの質が変わる。

 薄い微笑みから、口角が上がったもの。

 動物は、狩りをする時に笑うのだと、そういったことを思い出せる笑み。

 

「正攻法が上手くいかない時は、揺さぶりを入れるのが嗜みです。

 なので、方々を周ります。

 マトモに相手をしてくれないのならば、してくれるように場を整えるのみです」

 

 リリアさんの発言を聞いても、まだ私は理解できていなかった。

 そんな私を見兼ねたのか、華花さんが解説を添えてくれた。

 無表情で、まるで他人事のようにして。

 

「要するに、愛する娘を放り出した酷い親がいるんですぅって、友達経由で貴族社会に吹聴するってことです。

 醜聞の類は、どの業界でも忌み嫌われます。

 それが、身内から出たものならば、真実味を帯びてくるので特に」

 

 へぇ、そうなんだと聞き流せれば、どれほど良かったことだろう。

 リリアさんがやろうとしていることは、報復と言っても過言ではない内容だった。

 つまりは、ご両親たるラグランジェ伯の顔に、泥を塗る行為。

 慌てて、私はリリアさんに話しかけていた。

 彼女は、とても穏やかな表情をしていた。

 

「待って下さい!

 それでは、敵対するだけです。

 ご両親と仲直りするどころか、更に溝が深まってしまいますよ」

 

 そう告げると、リリアさんはおかしそうに首を傾げた。

 なんで? と思うように。

 

「最初に理不尽を振りかざしたのは、お父様です。

 それは、自分に痛みがないから。

 辛い思いをしたことがないから、他の方を思い遣れない。

 だから、これはお父様のためなのですよ」

 

 諭すようなリリアさんは、とても優しい声音だった。

 いつもの穏やかなリリアさん――口元が、怪しく上がっていること以外は。

 

「……本当に、そうお思いですか?」

 

「どういうことですか?」

 

 表情は変わらず、ただリリアさんの空気だけが変わっている。

 だからこそ、いくら鈍い私でも気が付いた。

 リリアさんは、とても言い表せないほどに怒っているのだと。

 

「リリアさんはお優しい方です。

 自身の親族でも、間違っていたなら糺そうとしてしまう位に」

 

 でも、それを直接指摘するのは憚られた。

 怒っている人に怒るなというのは難しいと、お兄様で経験しているから。

 そういう時は、着地点をずらす必要があるのだと私は学んだ。

 お兄様相手には、全然上手くいかなかったけれど。

 

「……そう、なのかしら?」

 

「えぇ、そうです。

 でも、痛みから学べるのは、辛さに寛容な人だけです。

 痛みは、人に憎しみを与えてしまうこともあります」

 

 嫌なこと、苦しいことに対して、人は背を向けようとする。

 私も、家族と離れて俯くことしかできなかった時期があった。

 体も心も、痛みは劇的で様々な変化を起こしてしまう。

 時には、それが悪いように作用してしまうことだってあるのだ。

 

 なので、と私はリリアさんに伝える。

 この人までもが、家族との歪みを大きくして抱える必要はないと思ったから。

 

「優しい人が、親しい人に疎まれる様なことを為さらないで下さい。

 リリアさんが我慢できたとしても、私は苦しく思ってしまいます。

 あなたは、愛されるべき人だと、そうであって欲しいと願っているからです」

 

 私の言葉に、リリアさんは一度口を噤んだ。

 先程まで変わらなかった表情は難しげに、眉を顰めてしまっている。

 けれども、それは私の言葉をキチンと受け取ってくれたということでもある。

 だから、そんなリリアさんをジッと見つめて。

 

「……そう、ですね」

 

 その言葉が絞り出されて、ようやく私の胸に安堵が訪れた。

 良かったと、心から思えて。

 家族と分たれるというのは、それだけ恐ろしいものなのだから。

 そこまで考えて、私はようやくリリアさんの心細さを本当の意味合いで測ることができた。

 

 家族に見捨てられたと感じる不安。

 味方がいても、自分は一人なのだと感じる焦燥。

 落ち着かなくて、何かしなければという使命感。

 

 全て、私が過去に感じていたこと。

 湊や七愛さんがどうにかして鎮めてくれた、自傷的な衝動。

 私は子供であることを捨てようとして、リリアさんの場合はご両親に意趣返しを行おうとした。

 その差異はあれど、根底には同じものを感じることができたから。

 

 リリアさんは今、とてももどかしそうにしている。

 何をしたら良いのから、するべきなのか分からなくなって。

 私は、そんな彼女の手を、そっと握った。

 貴族として守られてきた、今も慈しまれているこの手を。

 

「大丈夫です、リリアさんは愛されております。

 華花さんだって居て、クレジットカードも止められていません。

 それに華花さん以外にも、私やメリルさん、大家さんだっています。

 味方は沢山います。

 きっとご両親が、その様な場所にリリアさんを預けようと思ったからです」

 

 だから、とその戸惑っている目に、私は告げた。

 

「安心してください、私もリリアさんを支えますから。

 それでも不安なら、一緒に分かち合いましょう。

 リリアさんの感じているもの、嬉しいことも苦しいことも、共有させてください」

 

 真剣に、心を込めて、共感を持てる仲間としてそれを告げる。

 僅かに、応えるように手を握り返されて。

 ただ、沈黙が場を包んでいた。

 静かで、けれどもリリアさんの体温だけは感じられる時間。

 

 ……もしかして、私はとても恥ずかしいことをしているのでは? などと思い始めたのは沈黙が続く時間と比例してのことだった。

 

「な、なんだか照れくさいこと、言っちゃいましたね」

 

 恥ずかしくて、その手を離そうとして……できなかった。

 リリアさんが、先程よりも強く手を繋いでいたから。

 

「あ、あの?」

 

 さっきから照れてリリアさんの顔を見れてなかったが、恐る恐る彼女の様子を伺えば、顔が高揚してるかのように紅潮している。

 見ているこちらが、ソワソワとしてしまうくらいに。

 そうして、ボソリと呟かれた言葉が、近くにいた私にもハッキリと聞こえてしまった。

 

 

「――王子様」

 

 

「おうじ、さま?」

 

 言葉の意味を理解しかねて、おうむ返しにすると、リリアさんは反射的な感じでパッと手を離した。

 フルフルと頭を振る姿は愛らしく、女の子らしさに満ち溢れている。

 そんな挙動を何回か繰り返して、リリアさんが最初に発した言葉は"違うんです"だった。

 

「コクラくんがあまりに格好良いから、男の子と間違えてしまいました」

 

「格好良い……わ、ボクがですか!?」

 

「えぇ、他の男性と比較しても、アナタの方が格好良いですわ」

 

 まさか、と最初は思った。

 私なんかに、そんな要素は微塵もないから。

 でも、リリアさんは嘘を吐いている様子は微塵もなくて。

 本気で、私の、いや、ボクのことを格好良く見てくれている。

 そんな熱っぽさを感じて、なんだか胸が弾みそうになった。

 

 今日はこの3人の中で、一人だけ場違いな気がしていたから。

 心からの気持ちだと分かるから。

 今日の自分がボクであることを認めても良いと思えて。

 

「……うわー、マジかよ。

 人間が堕とされる瞬間、初めて見た」

 

「? 華花さん、何か仰りましたか?」

 

 何やら神妙に、けれども聞こえない声量で呟いた華花さん。

 どうしたのかと尋ねれば、何だか華花さんはフルフルと震えだしていた。

 そうして、ポツリと漏れ出た一言は、私の想像だにしていなかった言葉だった。

 

「お前絶対非処女だろ」

 

「え?」

 

「お前ぇ、散々私のことからかって楽しかったか!!

 哀れな処女が、強がって無様晒してるって笑いものにしてたか!

 そうだよ処女だよ! いいや処女じゃないアルヨ!!!」

 

「え?」

 

 突如として、爆発するように叫んだ華花さん。

 顔は真っ赤で、どうしてだか憤慨している。

 私と華花さんが処女か、処女じゃないかという話のようだけれども。

 

「華花、お恥ずかしい真似はおやめなさい!

 それに、コクラくんにも失礼ですわ」

 

「いえ、リリアさん」

 

 大丈夫だと伝えようとした言葉は、リリアさんの発言によって途切れてしまった。

 ひどく真面目な顔で、毅然として言い放った言葉で。

 

「コクラくんは処女ではありません、童貞です」

 

「リリアさん!?」

 

 訳が分からなくなりそうな展開だった。

 一体急にどうしてしまったのか、何かおかしなことが起こっているのか。

 リリアさんと華花さんは、二人して睨み合っていた。

 意見がぶつかった時に、互いの主張を譲らない論客のように。

 

 ――私が処女ではないのか、童貞であるのかという議論で。

 

「あの~、私は処女です。

 男の人とはお付き合いしたことありません。

 そういう訳で、この後どうしましょうか?」

 

 気が引けつつも、自分の頭を疑いつつある展開を収拾するため、私はそっと二人の間に割って入った。

 にこやかな笑みで、敵意がないのを示しながら。

 どうにかして、今日の目的へと話題を転換しようとして。

 ……けれど、

 

「ほら見なさい、華花!

 この通り、コクラくんは清らかです」

 

「いいえ、いくらお嬢様とはいえ、この人の沽券(股間)に関わる問題は、そうそう分かるはずありません。

 牙を剥いてお嬢様を篭絡した手腕、明らかに清らかな奴の所業ではありません。

 そもそも、何だよ童貞って。

 こいつは女だよおかしいだろ」

 

「コクラくんは男の子です!

 なんと言おうと、この場ではそうです!!」

 

「ハン、だったらコクラ棒で主従揃って調教されますか?

 無いものに縋るって、まるで神様みたいなものですね。

 コクラくんのおにんにんを崇め奉りましょうか」

 

「……ッ、不潔!」

 

「いや、一瞬逡巡するなよ。

 即座に嫌がれよ、どうして受け入れようか検討してたんだよ」

 

 今は静けさが漂う、高級住宅街の道路に私達は居る。

 人通りが少なく、だからこそ余計に私は周囲を見渡してしまっていた。

 こんなところ、もし他の人に見られたら羞恥でお母さまの元に旅立ってしまいそうだから。

 

 そんな決意と祈りのお陰か、周りには誰もいない。

 お陰で私の尊厳は守られているけど、それは二人を止める条件にはならない。

 冷水を浴びせる一言が、きっと必要だから。

 

 多分、これは白昼夢だ。

 そう自分に言い聞かせて、開き直る準備をした。

 すごく、こんな事言うのを家族の誰にも聞かれたくないなと思う言葉を発するために。

 すぅ、はぁ、と軽い呼吸の後、心臓がドキドキするのを無視して私は言い放った。

 

「――わ、私の股間とリリアさんの家庭の事情、どちらが大切なんですか!!!」

 

 言ってしまった、口にしてから後悔が押し寄せてくる。

 二人は正気を失っていたけれど、その仲間に入るような発言をしてしまったから。

 

 でも、その効果はあったようで。

 二人は一瞬黙ると、顔を見合わせてヒソヒソと囁き始めた。

 今度も、私に聞こえるくらいの声の大きさで。

 

「どっちです?

 私としては、コクラくんのブツのデカさが気になるのですが」

 

「………………今日の私は、名探偵のリリアーヌ・セリア・ラグランジェ卿です。

 探るべき謎があるのならば、そちらを優先しなければなりません」

 

「いや、コクラくんのち○ぽの大きさも十分謎だろ」

 

「それは、いずれ解明されるものです」

 

「いや、無いだろと突っ込めよ。

 なんで自分の穴に受け入れる気満々になってんだよ。

 お嬢様、平然とある流れで話を進めないで下さい」

 

「そういうことなので、今日はやるべきことをやりましょう」

 

「流石はお嬢様、人の話を聞かないことに掛けては天才的過ぎる」

 

 どういう、こと、なのだろうか。

 二人は示し合わせたかのように頷いて、私の方に向き直った。

 そうして、一言。

 

「行きましょうか、コクラくん」

 

 そう言って、リリアさんは私の手を取ると、何事もなかったかのように歩き出した。

 頭が理解に追いつかずに呆然としていると、華花さんが私の耳元で囁いた。

 

「お嬢様がナニかに目覚めたら、マジで責任取ってもらうからな」

 

 いつもの、明らかに冗句を言ってる時の様な口調ではない。

 感情のない、事務的な口調に私は震えずにはいられなかった。

 

「? コクラくん、寒いんですの?」

 

 何時も通りのリリアさんに戻っているのを確認し、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 たぶん、きっと、めいびー。

 

 

 

 

 

「御機嫌よう、エッテ」

 

「おサリュ~、リリア!

 それにアサヒと華花さんも!

 みんな、楽しそうなことしてるね」

 

「遊びではなく、必要なことなのです」

 

 結局、あれから私達はリリアさんのお友達の家を周っていた。

 といっても、最初のような流言飛語を流す目的ではない。

 彼女たちに、ラグランジェ家の様子を探る密偵として、活躍してもらおうというお願いをして回っているのだ。

 

 最初の内容と何が違うのかというと、ある意味で探偵ごっこに皆を巻き込んでしまおうという趣旨があった。

 一人ひとりが探偵の真似事として、ラグランジェ家の様子を探りに言ってもらう。

 そうして得た情報で、今後のことを考えていく。

 それが、今回リリアさんが取った選択だった。

 

 それに、生粋のお嬢様達がどのような反応をするか不安もあったのだけれど、その心配は杞憂と化した。

 彼女達は、私達の服装を見て、面白そうと思ってしまっていたから。

 ねぇ、私にもその服用意してもらえるの? とリリアさんは何回も聞かれている。

 それくらいに、この服装でのアピール自体は成功していた。

 尤も、リリアさんが数量限定品ですのよ、と伝えるとひどく残念そうにしていたのだけれど(協力自体は約束してくれた)。

 

「で、メリルどこ?

 ワトソン姿のメリルに、私は猛烈に会いたい気分なんだけど」

 

「メリルさんは、お留守番です。

 今日はなんでも、ご用事があるだとか」

 

「えー」

 

「今度は、仮装をしたメリルさんを連れてくることを約束します。

 なので、ヘソを曲げずに協力していただけますか?」

 

 リリアさんの言葉に、エッテさんは何故だかこちらに視線をやって。

 フムフム、と何やら面白いと顔に出しながら私を観察していた。

 思わず身を捩りそうになるが、その前にスッとリリアさんが間に入ってくれた。

 ありがとうございます、お優しいリリアさん。

 

「お触り、厳禁です」

 

「へー……へぇーーーーー」

 

 但し、エッテさんの表情は更に怪しくニヤつき始めていた。

 リリアさんの言葉に反応して、私とリリアさんを交互に見る。

 面白い、そんな気持ちが堂々と顔に出ていた。

 

「違います」

 

「何も言ってないのに、そんなこと言うのが怪しいなぁ」

 

「違います」

 

 にこやかに、私は言葉を重ねてエッテさんに伝えた。

 否定しておかないと、何やらとんでもないことになりそうな気がしたから。

 

「違うのですか?」

 

「……恐らくは」

 

「恐らくなのですね」

 

 ただ、眉を下げて目を伏せるリリアさんに対しては、あまり強い言葉は使えなかった。

 リリアさん自体は、恐らくという言葉で安堵していたけど。

 困った顔になりかけたところを、軽く華花さんに小突かれた。

 

「責任」

 

「何もしてません!」

 

「誘惑しといてこれかよ、全く」

 

「風評被害です」

 

 そんな私たちのやり取りを見ていたエッテさんは、何度も頷くとコソッとリリアさんの側にやってきて耳打ちをしていた。

 

「私は、結婚式までやったから。

 何かと逃げ出そうとするし、しっかりと捕まえてなきゃダメだよ」

 

 普段は薄くしか開かれないリリアさんの目が、ハッキリと見開かれる。

 それでいて、二人で通じ合ったかの様に握手していた。

 窓から見える空に、何故だかメリルさんの笑顔を幻視した。

 背筋が、ザワザワとさざめいている。

 冷や汗を、すごくリアルに感じてしまったから。

 

「それでエッテ、協力してもらえる?」

 

「勿論、元々友達だったけど今日から親友だから」

 

「ふふ、嬉しい。

 真心を込めて、貴方との友情を誓います」

 

 和やかな空気の中、何か大事なものを捧げてしまった感覚に襲われつつも、エッテさんにも協力を取り付けられた。

 その他にも、多くのご令嬢が協力を約束してくれて、リリアさんの人望を感じた一日となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして、私達がメゾン・ド・パピヨンに帰ってくる頃には、既に日が落ちていて。

 私はようやく、小倉くんから元の自分に戻れたのだった。

 今日も色々とあった、大変だった、そんな益体もないことをメリルさんに話そうと思って。

 彼女の部屋を訪ねてみると返事がない、もう遅い時間なのに。

 ――何故だか、胸がザワリとざわついた。

 

 その日、結局メリルさんは帰ってこなかった。

 耐え兼ねて、ごめんなさいと踏み込んだメリルさんの部屋には、誰も登録されていない携帯電話がポツンとあって。

 携帯と一緒に、肌身離さず持っていてくださいと書かれた紙が存在していた。





駿我さん曰く、これは俺じゃないとのこと。
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