月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

39 / 48
更新が遅れて、申し訳ありませんでした。
ズルズル行きそうで怖いですが、何とかもう少し早くできたらと思います。


第36話 辛い時、傍に居させてくださいますか?

 全てを失った、あの幼少の日。

 修道院に送られた私に寄り添ってくれたのは、メリルさんだった。

 修道院のみんなは優しくて、でも腫れ物に触れるように私に接していた中でのこと。

 メリルさんは、ちょっと来てと私の手を握ってご自分の部屋へと案内して。

 そこで、初めて針と糸を持たせてもらったのだ。

 

『落ち込んでる時、ジッとしてるとね、うーってなっちゃうから。

 手を動かしてると、ちょっと楽になるかも』

 

 無気力で茫洋としていた私は、言われるがままに針と糸を使い始めた。

 何度か、針で指を突いてしまって、血が出ても続けた。

 何だか、罰を受けられてるみたいで安心できたから。

 でも、それは服に対して真摯なメリルさんには許容できなかったのは当然のことで。

 

『あ、こら、朝日!

 血のついたまま縫ったら、服が汚れちゃうよ

 水で洗って、絆創膏をして……うん、これで大丈夫!』

 

 慈しみを込めてメリルさんは絆創膏を巻いてくれて……それが、少しお母さまを思い出させてくれた。

 多分、恥ずかしながら私はお母さまを恋しがっていて。

 だから、そういった優しさを分け与えてくれる人に、私は驚くほど簡単に心を開けていった。

 この日が、私が明確にメリルさんがどういう人かと興味を持った日。

 

『朝日、そうじゃなくて……うーん、なんて言ったらいいかな。

 そうじゃなくて、こういう風に……』

 

『こう、ですか?』

 

『そう、上手いよ朝日!』

 

 説明はあまり上手な方ではなかった。

 けれど、決して投げ出さない。

 メリルさんは、ひたすら根気よく私に手の動かし方を教えてくれた。

 そうして、私が新しいことが出来る度にとても喜んでくれる。

 とても新鮮で、心が踊った。

 

 それまでの人生は、学ぶこととは金属を鍛錬する様なものだった。

 叩いて叩いて、隙なく実用的にしていく。

 今の私が多言語を話せるのも、学習において同年代と比べて先行できているのも、家庭教師の先生方のご助力があった。

 なので、あの方法は間違いなく私のためになっていた。

 

 でも、その方法以外の学びは、私に新しい世界を開けてくれた。

 学ぶことは、何も未来のためだけでないと。

 嬉しさと喜びを伴っても良いのだと、私はメリルさんに教えてもらったのだ。

 

 

『メリルさん』

 

『なぁに、朝日』

 

『……いつも有難うございます』

 

『朝日、いま、笑って……』

 

 驚いたように呟いたメリルさんは、そっと私を抱きしめた。

 そうして、耳元で私の方こそ、と言ってくれたのだ。

 

『私の好きなことを、朝日が好きになってくれて嬉しい。

 少しだけでも、私が朝日の助けになれているなら、それも嬉しい』

 

 修道院で、私とメリルさんは一足飛びに距離を縮めていった。

 お互いが、この人のことを知りたい、一緒に居たいなと思ったから。

 それは、時を重ねると一緒にいるのが当たり前みたいになっていて。

 

 だから、離れる時はとても切なかった。

 だから、再会できた時は胸が溢れてしまった。

 

 だから――急に居なくなられた時、胸に気持ちの分だけ穴が空いてしまって、その隙間を不安がいっぱいに埋められてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 メリルさんがいない、帰ってこない。

 心配して一日が過ぎ、二日目になると動揺して探し回り、三日目になれば耐えられなくなっていた。

 離れ離れになって、また再会できたからこそ、姿が見えないだけで不安が動悸の様に押し寄せてくる。

 

 何か事件に巻き込まれてしまったのでは。

 事故にあって、怪我をしてしまったのでは。

 そう考えると、胸にわだかまりができて落ち着かない。

 何も考えないでメリルさんの姿を探しに街に出てしまう。

 そうして、考えなしに無為に時間だけが過ぎ去っていく。

 まるで、底なし沼にでも居るみたいに。

 

 ただ、私は一人でメリルさんを探しているのではない。

 他にも、頼もしい仲間がいるのだから。

 

 

 

「朝日ちゃん、君は休んだほうがいい。

 君の分だけ、俺があの子を捜索しよう。

 なぁに、心配はいらない!

 俺には、このパリでワンナイトした女の情報網があるからな!」

 

 部屋で草臥れてしまった私に、アンソニーさんはそう声を掛けてくれた。

 

「あー、もしもし?

 そうそう俺だ、大蔵アンソニーだ!

 ん? 残念ながら行為の誘いではない、女を探しているんだ。

 お前も手伝ってくれ!

 え、あ、何故電話を切る、アメリア!」

 

 ただ、中々難しい。

 花の都は常に栄えていて、人を一人見つけるのがとても難しい。

 

 

 

「アサヒさん、私も友人達の心当たりを探ってみたのですが……」

 

「ありがとうございます、リリアさん……」

 

 リリアさんは、とても気遣わしげに私に接してくれている。

 私の目元に触れて、更に眉を下げている。

 

「眠られていますか、アサヒさん?」

 

「えぇ、まぁ……そうですね」

 

「夜中に出歩いてるの見た」

 

 愛想笑いを浮かべようとすると、華花さんにチクリと刺される。

 それでもアハハと力なく笑ってみるけれど、その顔が引き攣っていないかは自信がない。

 そんな私を、華花さんは呆れてバカを見るような目をしており、リリアさんに至ってはそのまま私の手を掴んでベッドの方まで連行された。

 

「いま貴方に必要なのは、深く眠ることです。

 心配で眠れないというのならば、子守唄も歌いましょう」

 

「でも……」

 

「眠らない自慢する奴って居るよな、頑張ってるアピールするので。

 やってること、メンヘラが手首切って病んだとか言うのと変わらないやつ」

 

「っ」

 

「華花、言い方を考えて下さい」

 

 リリアさんは庇ってくれるようにそう言うけれど、否定は一言もしていない。

 つまりは、私は外から見るとそう見えているのだ。

 メリルさんがいなくて、辛くて、自分を傷つけているだけに。

 

 はぁ、と溜め息が出てしまった。

 自分の至らなさが、あまりに情けなくて。

 役にも立たないのに、周りに心配だけを掛けてしまう困った人。

 それが、何者でもない今の私だったから。

 

「……すみません」

 

「分かったなら寝ろ。

 お前がシャカシャカしてると、こっちまで落ち着かないんだよ」

 

「わかり、ました」

 

 諦めて、私はベッドの上で横になった。

 ただ横になっただけで、疲れているのが自覚できた。

 でも、やっぱり昨日までと一緒で、眠気は微塵も訪れなくて。

 部屋を出ていこうとしていた二人は、そんな私に気が付いてしまったのだろう。

 足を止めると、コソコソと二人で話し合って、リリアさんがそのままこちらへと戻ってきた。

 

 

「どう、しましたか?」

 

「子守唄でも、とさっき言いましたので。

 折角なので、聞いてくださりませんか?」

 

「ご迷惑は、掛けたくありません」

 

「私の真心は、迷惑でしょうか……」

 

 リリアさんの表情が、思いやりに満ちていることに今更気が付いた。

 自分のことで精一杯で、あまり周りの事を気に掛けられていなかったことも。

 不安そうに私に手を伸ばそうとして、けれども気にして触れられずに宙を彷徨わせてしまう。

 貴族然としているけど、大きなパワーを秘めているリリアさんらしからぬ弱気さ。

 まるで、壊れかけのアンティークに触るかのように。

 

「私は、アサヒさんとメリルさんの関係性を、あまり知りません。

 昔からの知り合いで、仲の良い友人関係ということだけは知っています。

 だから、アサヒさんが心配こそすれ、ここまで参ってしまう理由も分からないです」

 

 でも、とリリアさんは言い、恐る恐る私の手を両手で包んだ。

 触ることに不安を感じつつも、それでもといった感じで。

 

「アサヒさんの気持ちが分かる、とは残念ながら言えません。

 どうして迷子の子供の様になっているのか、そこまで怯えているのか。

 私には、分かったフリをするくらいしか出来ないからです」

 

 リリアさんの美しい手が、優しく私の手の甲を撫ぜる。

 赤子を寝かしつける母の様に。

 

「それでも、私は貴方と共感したいです。

 その辛さの一端だけでも、分かってあげたいのです。

 傲慢と思われても、その気持が抑えられません。

 だから……どうか、私に話して頂けませんか?

 貴方の心の、その裡側を」

 

 リリアさんの声は、どうしてだか震えていた。

 拒絶されたらどうしようと、そんな声が聞こえてくるように。

 私に、というよりも、自分の善意を否定されるのが怖いのかもしれない。

 正しくない行いだったと、そんな筈がないことを連想させられるくらいに。

 

 リリアさんの性格を考えると、彼女にとって当たり前の優しさなのだろう。

 何も考えていない、ごく普通の日々の中ならばそう思っていたかもしれない。

 でも、今の私はもっと深くリリアさんを見ていた。

 優しさを掛けてくれて、自分のことしか考えられていなかった私の目を覚まさせてくれたから。

 

 今のリリアさんの言葉が、当たり前の優しさなんかじゃなくて、勇気を振り絞ってくれたものなのだと。

 この場に二人だけだから、気が付いた。

 リリアさんの望む、共感が場を包んでいたから。

 私も、リリアさんのことを分かりたいと思い始めていたから。

 

 だから、かつての思い出に想いを馳せながら、私は振り返り始めた。

 メリルさんの優しさと、初めて感じたあの感触のことを。

 

「メリルさんは……夢の始まりだったんです」

 

「夢、ですか?」

 

「はい。辛い時に愛を持って語れるもの……服飾を私にくれたのは、メリルさんでした」

 

 かつて教えてもらった定義を思い出しながら、私の始まりがあの縫い物だったことを思い出す。

 より深くのめり込んでいったのは、お兄様に認められたいと思った時だけれど。

 それでも、服に関わることが楽しいと教えてくれたのはメリルさんだった。

 

 人生の底、奈落へ落ちていく感覚。

 お母さまと別れて、自身の存在自体が罪だと意識して、もう何もしようとは思えなかった時のこと。

 懸命に私に付き合って、いつも一緒にいてくれたのがメリルさんだから。

 

 どうして、ここまで落ち込んでいるのか。

 それは、メリルさんが私にとって大切な人だったから。

 メリルさんは、私の事を家族だと言ってくれる。

 とても嬉しくて、温かな気持ちが芽生える。

 

 でも、私にとってはメリルさんは、私に新しい心をくれた人。

 壊れていた心に、新しい夢を詰め込んでくれた人だから。

 かつてだったら言語化出来ないことも、今なら出来る。

 

 そう、メリルさんは私の人生の恩人だった。

 他にもそういった人は沢山いるけれど、私の心の空洞を埋めてくれたのが彼女だったから。

 

「初めてが、メリルさんだったんです。

 何よりも大切で、かけがえの無いものをくれたのが」

 

 だから、とリリアさんに告げる。

 私の感じるものを、思うがままに。

 

「私の人生に指針を与えてくださったのは、お兄様でした。

 でも、その過程に、意味をくれたのはメリルさんだったんです。

 だから、だから……っ。

 また会えたのに、居なくならないで欲しいと、ワガママですが、思ってしまって……」

 

 湊や七愛さんとは、また会えると踏ん切りがついた。

 けれど、相手がメリルさんだとそうなれない。

 どうして? なんて、考えてみれば直ぐに分かってしまった。

 

「何となく、そう思うことは避けていました。

 それは特別で、見えないけれど確かにある概念だと思っていましたから。

 だから、安易に大切な人でも、その枠に入れるのを躊躇ってしまって」

 

 思えば、衣遠兄様やりそなと別れた時もこうなっていた。

 嫌だと強く思っても、現実がそうだからと打ちひしがれてしまう感覚。

 これほどに、強く思ってしまう理由。

 

「――家族、と。

 メリルさんの言葉を認めるのに戸惑っていて、なのに言葉にしてくれるのは嬉しくて。

 その優しさに、ずっと私は甘えていました。

 私からも、そうだと、それくらいに思っていると、伝えられてなくて……っ」

 

 自分の愚かさが、どこまでもついてくる。

 家族という言葉を神聖視して、メリルさんの言葉を蔑ろにして。

 そうして、今更になって彼女の存在の大きさを思い知る。

 駿我さんのことは、そうだと認められたにも関わらずだ。

 

 メリルさんのことは、友人であり恩人だと思っていた。

 大切な人、という区切りだけおいて深くは考えたこともなかった。

 それなのに、再会してから今日まで、メリルさんは傍に居てくれると無条件に思い込んでいた。

 その無意識の信頼こそが、メリルさんへの気持ちだったのに。

 

「そう、ですか」

 

 私が一方的に話すのを、静かに聞いてくれていたリリアさんの声。

 自分に嫌気が差す感触で、視界が滲みそうになっている時に聞こえたそれは、とても柔らかくて。

 

「アサヒさん。少しだけですが、分かります。

 私も、家族に与えられることに慣れてしまって、自分が返すことなんて考えられませんでしたから」

 

 俯いていた顔を上げて、リリアさんを改めて見る。

 綺麗で、まるでエメラルドの瞳。

 その瞳に私が映っていて、ふとした恥じらいが湧いてくる。

 視線を逸らそうとするが、リリアさん両手で顔を包まれてそれが出来ない。

 リリアさんから、目が離せない。

 

「顔を、逸らさないで下さいな」

 

「……自分のことが恥ずかしくて」

 

「なら、私はもっと恥ずかしい事を語ります。

 どうか、笑わずに聞いていてくださいね」

 

 そう言うとリリアさんは、困り眉になっていた。

 きっと、何か話しづらいことを口にしようとしてくれている。

 私なんかのために、さっきみたいな勇気を出して。

 

「ご無理をなさらないで下さい」

 

「確かに、余裕を持っているわけではありません。

 ですが、ここで口を噤んでしまう様ならば、私はアサヒさんを諦めなくてはならないのです。

 それは、ハッキリ言って嫌なのです。

 真心を持って、共感させてもらいます」

 

 そう告げると、リリアさんはゆっくりと話し始めた。

 自分のこと、昔にあったことを。





ジャンに出会えてないので、ここの朝日は凄く打たれ弱い仕様になっております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。