月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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リリアさんの過去回想なので、比較的早めに更新できました。

今回はリリアさんの幼少期の再構成的な面もあるので、解釈違いだったら申し訳ないです。


第37話 身の上話は程々に

 

 私が、幼い頃のことでした。

 

 それがリリアさんの語りだしで、私は耳を傾ける。

 私のために話してくれる内容なのだから、聞き漏らさないようにと気を張って。

 ただ、その内容を聞き終えた時、私はどんな顔をしていただろう。

 口元を抑えて、彼女に安易に話し掛けるのさえ憚られていたのは覚えている。

 

 

 

 

 

 少女は、自分が裕福できらびやかな家系に生まれたのを自覚していた。

 満ち足りた環境は、時に傲慢さや世間への無関心を育てるが、彼女は両親を尊敬していたが為にそれを難なく乗り越えられた。

 何故なら、両親は皆に尊敬されていて、パーティーなどで口々に讃えられていたから。

 そうして最後に、君はご両親に良く似ていると揃って口にする。

 

 年端も行かない子供に対する言葉。

 リップサービスの類ではあるが、少女はそうなのかと言葉をそのままの意味で受け止めた。

 そうして、浴びせられる言葉の中で、ほんのりとした憧れが少女の中に湧き出てきたのだ。

 自分も、両親の様に優しく立派になりたいな、と。

 

 愛されて育った環境が、幼年な少女に他者への気遣いを芽生えさせた。

 自分のことだけでなく、他人のことも気に掛ける。

 自分が貰った分、他者にもそれを還元したい。

 真心、と少女はその気持ちに名前をつけた。

 両親のように、私も真心を込めて皆に尊敬されるようになりたい、と。

 それが少女にとっての、ノブリス・オブリージュの発芽であった。

 

 少女は行動的で、直ぐに次第を両親へと伝えた。

 父も母も、揃って喜んだ。

 目に入れても痛くない、いや、痛くても我慢できる一人娘から、二人みたいになりたいからお手伝いをさせて欲しいと伝えられて。

 

 ただ、幼い少女に出来ることなんて、当然限られている。

 しかし、愛娘の気持ちを無下にすることも憚られる。

 少女の両親は悩んだ末に、幼い少女でも出来ることを何とか見繕えた。

 それが、慈善事業での恵まれない人達に対する慰撫である。

 

 普通の子供なら、思わずと言った感じで無神経さを発露することもあれど、少女には品位があった。

 思い遣りの心も、他者への哀れみもある。

 貴族らしさを、もう持っている。

 両親はそれを看破し、少女もその目が正しかったことを証明した。

 

 主に、孤児院への寄付(お菓子やおもちゃの現物など)、貧困での炊き出し(中身の入ったスープを配る係)を中心とし、彼女は精一杯に働いた。

 常に笑顔で、落ち込んでいる人がいれば老若男女関係なく励まし、常人でも薄汚れていると形容するであろう人物であっても、その手を握り真心を説く。

 彼女はたちまち、慈善事業界隈において有名人となった。

 

 曰く、偏見を持っていない少女。

 曰く、誰よりも純粋な子供。

 曰く、聖女様。

 

 フランス人らしいからかいも混じりつつ、おおよそが好意的に少女を見ていた。

 中には、どうせ直ぐに飽きる遊びと言う人も居たが、何年も当然の様に慈善を行い続ける姿に、そういった陰口はひっそりと消えていった。

 

 しかし、当然ながら少女には人並みの欲望はあったし、皆が思っているような健気な聖女様でもなかった。

 それどころか、もっと俗物的な欲望の発露さえしていた。

 虚栄心、もっと他人に褒められたいという欲求を。

 

 ただ、少女はそれが、周りが見ている自分のキャラクターと合わないことも理解していた。

 早熟気味で、賢くあったがために。

 彼女は幼い頃に両親に抱いた憧れを縫直し、自分の武器として纏うことにした。

 当然のように周りをコントロールして、少女はより周りから褒められることに成功する。

 もしかしなくても、役者を目指す友人よりも彼女は演技が上手かった。

 

 ある意味で、ここが少女の絶頂期だったのかもしれない。

 欲望は理性である程度は抑制され、早熟さが自制心をよく稼働させていた。

 それでも中学生が感じる万能感のようなモノを、少女が感じてしまったのは無理ないことだ。

 おおよそが、全て上手くいくのだから。

 そもそも、彼女は人の役に立つことを行っており、役に立てて嬉しいという感情も持っていた。

 そのために多くの努力を行っているのだから、誰にも文句を付けられる謂れもない。

 このまま、もしこのまま時が過ぎ去っていったのならば、彼女は現代の貴族として大いに讃えられていただろう。

 ノブリス・オブリージュを体現した者として、称賛の中にあったはずだ。

 

 けれども、世の中の全てが善意と好意で舗装されていると信じている幼さが、それでも少女の中には存在していた。

 生きている人は貧しくても善良で、善意や好意に感謝してくれるのだと無条件で信じていたのだ。

 ……それが、恐らくは世間に対する誤解だと気が付けずに。

 

 彼女は、活動をもっと広げようとした。

 自国の人間だけでなく、昨今の国際化でフランスに訪れている外国人にも慈善の範囲を広げようとした。

 ――そこで、彼女は初めて両親からの反対をうけた。

 

 

 

『リリア、青い血の使命は自国の人間に還元すべきものだ。

 何故ならば、フランス人民から選出された伝統を脈々と引き継いで来たのが我らだからだ。

 フランスの人民には、まだまだ救われない者がいる。

 そちらに目を向ければどうだ』

 

 その言葉に、確かに一つの理はあった。

 それは正しいことだし、認められるところでもある。

 だが彼女の視界には、このパリだけでも多くの外国人労働者が偏見の目を向けられながら働いている。

 多くの難民が職のないまま、飢えと侘しさに襲われている。

 見て見ぬ振りをするのは、彼女は些か善良に過ぎた。

 

『いいえ、お父様。

 人間の権利は平等と、多くの血を流した革命で証明してきたのが我が国です。

 彼らにも、助けられる権利はあると思います』

 

『ならば何故、我らは貴族と呼ばれて尊重されている?

 他の者よりも、多くの尊敬を集められているのだ?

 答えられるか、リリア』

 

『それは……多くの人を助けてきたからで……』

 

『そうだ、多くのフランス人民を助けてきたからだ、覚えておきなさいリリア。

 自国の人間以外、あまり信用するものではないと。

 他国の人間など、権利ばかり主張するハイエナにすぎんのだ』

 

 少女の父は、彼女が早熟に育っている事を理解していた。

 だからこそ、かつては見せなかった”貴族”としての、”当主”としての姿を見せたのだ。

 頭の良い、可愛い娘だから分かってくれると期待を添えて。

 

『……いえ、ダメです』

 

『リリア?』

 

『愛は寛容であり、愛は親切です。また人を妬みません。

 愛は自慢せず、高慢になりません。

 礼儀に反せず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます』

 

 ただ、父が期待した賢さは、見事に別の方面で発揮されてしまった。

 彼女は聖書の言葉を引用し、容易に否定できない図面を作り上げてしまったのだ。

 信仰を持ち出されては、違うと言えない。

 そこで、ようやく少女が本気であることを父は認めた。

 認めたからこそ……声を荒らげざるを得なかった。

 

『ならん!

 その様な思想は、衰退を招くばかりぞ!

 権利には力が伴うが、それは付属する権利の範囲での話だ。

 我々が有している権能は、フランスの中で完結するもの。

 第一、お前が望んでいる難民共など、食い詰めた居直り強盗に過ぎないではないか!』

 

 少女の家、ラグランジェ家の国粋主義は昔からのものだった。

 ナポレオン時代に完成した、王ではなく国に尽くす在り方だ。

 引き継がれてきたそれは、合理ではなく伝統、もしくは偏執と言ってもいい程のもの。

 そこから逸脱することは、貴族であることを辞めるのと同義とすら捉えている。

 それも、拘りではあるが一つの思想ではあった。

 

 一方の少女も、貧している者を見捨てることは貴族の義務に反すると考えている。

 無論、無制限に身を切り分けるなど出来ないのだが、それでも格好だけは付けたかった。

 困っている人を励ましたいという気持ちは、自分が褒められたいという欲望と同じくらいに求めているものだったから。

 

 そう、少女の思いは、理屈ではすまない思い遣りだった。

 計算の上で善意を乗せる正道ではなく、善意と欲望が混ざりあった在り方だ。

 故に、論理をぶつけられても響かない。

 話している内容が、噛み合っている様で噛み合わない。

 何故なら、互いが自分の言い分を引っ込めることを考えていないから。

 相手の言い分など、端から聞く気などないのだ。

 

『お父様がそういう考えなら、私にも考えがあります。

 この件はお父様に頼らず、私が行うことに致します』

 

『待て! 話はまだ終わっておらん!!』

 

 少女は、父の言葉を無視してその場を去った。

 外国の人にはどの様に手を差し伸べるか、その算段を立てながら。

 

 これが、初めて少女が両親のコントロールから離れた出来事。

 両親の引いたレールではなく、自分でレールを引き始めた最初のこと。

 それがどういう結果を呼んだのか、少女は今でも考えてしまう。

 

 

 

 彼女は両親からの援助を当てに出来ないため、今までの名声を使って寄付を募った。

 これまで彼女を見ていて、ラグランジェ家が国粋主義であることを知っているのを知っていた人々は驚いた。

 今まで彼女を褒めそやしていた人々は、困惑したかのように静観してしまっていた。

 だから、寄付をしてくれたのは一般階級の人やインテリ、活動家が中心であり想像を下回ったもの。

 彼女はそれにムッとしつつも、今支援してくれた人達は味方であるということを心強くも思った。

 

 そうして、外国人に対する慈善もささやかながら行える様になったのだが……。

 今までと違い現実が、彼女の眼の前にはあった。

 感謝して、拙い言葉ながら頭を下げてくれる人達が大部分なのは確かだ。

 だが、彼女が行う支援活動に、これだけ? と落胆を隠せない人は可視化出来るほどにいた。

 フランス人が受けている手厚い慈善内容と比べて、まるでお遊びそのものだと感じていたのだ。

 

 炊き出しではスープだけで、パンを配ることが出来なかった。

 毛布はリサイクル品で、他人の臭いがして落ち着かない物。

 子供たちや病気の人への見舞い品は、やたらと固くて美味しくない。

 

 けれども、これらの品は彼女が必死に頭を下げて、予算内で何とか取り揃えたもの。

 皆に行き渡るようにと、数を揃えられる範囲で集めた品々。

 彼女は必死に努力し、多くの可哀想な人達に手を差し伸べられたらと思っての行動だ。

 ただ、各所で聞こえてくる声は芳しくはないものばかり。

 

 貧相、所詮はお子様の、などは序の口。

 フランス人向けの物資と比べられて、差別主義者なんて弾劾されていたこともあった。

 そこで彼女は初めて、両親の偉大さを実感を持って理解した。

 必要に足る物資を、キチンと届けてこその慈善なのだと理解もした。

 

 正直な話、少女は後悔していた。

 非難ばかり行われて、褒められることなんてなかったから。

 感謝されても、それも心からのものではない。

 やらなければ、とすら感じていた。

 

 でも、ここで投げ出してしまえば、口先だけと言われるのは目に見えている。

 彼女は優しい笑顔の裏には、一人前のプライドが存在していて。

 そんな事を言われるのに引けないと、必死になって自分を鼓舞して活動を行い続けた。

 活動していたら寄付金も増えてくれるはず、みんなだって苦しんでいる人を助けたい筈だと言い聞かせて。

 そうして一年ほどがたって彼女の心が軋み始めていた頃――事件が起きた。

 

 

 

 彼女は、その日は従者を引き連れて移民街を訪れていた。

 交通事故にあった一家の世話を行うために、家の使用人に何とか頼み込んで。

 だが、そこで彼女を待っていたのは――。

 

『ザッケンナコラー!』

 

 突如として襲い来る黄色人種の人間に、家の使用人が殴り飛ばされる。

 ピクリとも動かずにその場に倒れ伏した使用人に、状況の把握が出来ず呆然とする少女。

 そうしている間に、少女は複数人の外国人労働者に包囲されてしまっていた。

 

『貴族様が施しに現れただぁ?

 どの面下げて来てんだよ!

 俺らの仲間はなぁ、貴族様の車にぶつけられて体を壊した上に車内の壺を割ったとかで、とんでもない借金を背負わされたんだぞ!!!』

 

『え? え?』

 

 労働者から語気強く浴びせられた言葉は、少女にとっては寝耳に水だった。

 危害を加えたのに見舞いにも来ず、むしろ借金を背負わせるなど貴族の所業ではないと感じたから。

 いきなり怒鳴られて恐怖と困惑の比率は大きいが、少女は申し訳無さを感じた。

 フランス人、それも貴族の血筋の人間の行いに恥ずかしさを感じたが故に。

 だが、そもそも少女に過失はないのだから、彼らの行動は完全に逆恨みの八つ当たりに過ぎない行為であった。

 けれども、少女が怯えながらも殊勝にしている様子に、彼らは更にヒートアップしていく。

 

『世話なんていらねえから、金を寄越せって言ってんだよこっちは!

 借金と、怪我した仲間を養えるだけの金を!!』

 

『も、持っていません。

 今はお金がありませんが、少し待ってもらえれば……』

 

『信用できるわけないだろ、何の責任も取らなかったやつらが!』

 

『申しわけありません、ですがこのリリアーヌ・セリア・ラグランジェの名において約束を……』

 

『ラグランジェだぁ?

 確かラグランジェって、動けなくなったアイツを解雇した工場の持ち主だろ?』

 

『理由も考慮せずに、怪我してこれなくなったら解雇だぁ?

 お前の家の人間は、どういう神経してんだよ、糞が!』

 

『ザッケンナコラー! スッゾコラー!』

 

 少女も対応しようとしたが、激高している人間にそもそも理屈が通用しない。

 特に、相手を下に見ていて、反撃されないと思っている人間は特に。

 

『それは気の毒に思いますが、お父様はオーナーであって現場責任者ではありません。

 現場で判断したことを、事後報告を受けるだけの立場で……』

 

 少女は、知っている事実をそのままに伝えた。

 最近溝ができているとはいえ、尊敬する父を侮辱されたことに対する怒りもあって。

 但し、そんな事実は周りを囲んでいる人達にとってはどうでもいいこと。

 むしろ、望んでいた反応でないだけに、怒りの火に油を注ぐだけの結果となる。

 彼女は腕を掴まれて、強引に家屋の中へと引きずり込もうとする。

 

『うるせえ、オラ奥来い!

 あいつの家族に謝るんだよ!!!』

 

『ま、待って下さい!

 お話を、お話を聞いてくださ――』

 

『謝れっつってんだろ!!』

 

『んぶっ』

 

 少女のお腹に成人男性のカラテが炸裂し、その痛みと衝撃で彼女はその場に倒れ伏した。

 更には畳み掛けるように足蹴にされて、痛さのあまり涙が少女の頬に涙が零れ落ちてきた。

 

 どうして、痛い、痛い……、痛いっ。

 

 あまりに理不尽なことに、彼女は考えていたことが頭から消し飛び、痛みに悶えるのに精一杯になる。

 そんな彼女を見て、男たちは加虐心が刺激されて、悪辣な笑みを浮かべ始めた。

 

『見てみろよ、このお貴族様は使用人よりも丈夫だぞ』

 

『何だよ、手加減してんのかよ。

 涙まで流して、同情を誘おうってか?』

 

『謝罪はタイセツ、出来なければブッダも怒る』

 

 嘲られ、嬲られるなんてことは、少女にとって初めての経験だった。

 本来ならば、屈辱で腸が煮えくり返りかねない。

 だが、少女は純粋に痛みに慣れていなかった。

 普通の人間でもそうであるのに、少女は取り分けて大切にされていたが故に。

 縋り付くべきプライドはいとも簡単に砕けており、どの様にすれば見逃してもらえるかを必死に考えていた。

 そうして――。

 

『あやまります、ごめんなさいっ。

 だから許して下さい!』

 

『なら土下座をするんだよ、あくしろよ』

 

『DO、GEZA?』

 

『両手と膝を地べたにつけて、頭を下げることだ。

 やれ、やれぇーーーーーーっ!』

 

『は、はい、も、申しわけございませんっ』

 

 少女が震えながら、五体投地と見紛う程の土下座を披露すると、周りにいた男たちは手を叩いてその様子を哄笑する。

 

『うっわ、本当にお貴族様が土下座をしてるよ』

 

『無様過ぎて笑えるな。

 ……でも、なんかスッキリしねえよなぁ』

 

『足りてないんだろ、謝罪が。

 ――脱げよ、パンツ一枚で土下座しろ』

 

『い、いやです、それだけはっ』

 

 拒絶する彼女に対する返答は、額への蹴りだった。

 頭蓋を通して脳に危害を加えられる感覚、少女の白む意識を男達はビンタで気付けする。

 

『分かるか? 脱げっつてんだよ』

 

『はぃ……脱ぎます、だから、だから……』

 

 服に手をかけて、ボロボロと涙を零しながら脱いだ彼女は、そのまま再び土下座する。

 それが、唯一の体を晒さないで済む方法であったから。

 その様子に、男達は最早仲間の敵討ちという体裁を忘れてしまっていた。

 復讐心が、明らかにサディスティックなリビドーへと乗っ取られていた。

 

 それを止めるものは居ない。

 興味深そうに遠巻きにする者と、目を逸らして関わり合いになろうとしない者。

 この移民街にいる人間は、その二種類の行動しか取らなかったから。

 少女は、完全に見捨てられていた。

 

『笑え、顔を上げて笑って土下座しろ』

 

『真心を込めて、全裸で笑顔でごめんなさいって謝るんだぞ!!!』

 

『ドッソイオラー!』

 

 あまりの事態に、非現実的な状況に、彼女の心は乱れていた。

 ただ、その状況で笑顔を浮かべられたのは、いつも慈善のために駆けずり回っていたから。

 どんな人にも、頑張りましょうねと手を握って励ましてきた経験があったから。

 笑顔を浮かべるというのは、彼女にとって自然な行動ではなく特技だったのだ。

 

『は、はい、真心を込めてごめんなさい』

 

『オラっ、ついてこい。

 奥でアイツと奥さんと娘さんに謝ってこい!!!』

 

 

『真心を込めて、真心を込めて、真心を込めてごめんなさい――』

 

 

 

 その日、一人の少女の尊厳が砕け散った。

 花よ蝶よと育てられた、虚栄心が強くもその娘なりに真面目に生きてきた少女の顛末。

 

 その日から、少女は自宅に引き篭もり、ぼんやりと宙を眺めることが増えていった。

 そんな少女を見兼ねて、両親が外国人への敵愾心を煽り始めたのは、ある意味で当然のことだった。

 

 ”だから言っただろう?”

 

 その言葉を否定する余力は、少女には無くて。

 むしろ、今までの外国籍の人間のことを思い出すと、ストンと来た。

 ――あぁ、不満ばかり抱いていたな、与えられる立場なのに。

 

 そうして、彼女はラグランジェ家の伝統に染まった。

 あの日から感じていた後悔、幾度も見た悪夢。

 それらが、侮蔑と蔑視で心を固めるだけで鮮やかに吹き飛んだのだから。

 少女は、喜んで自らをその様に染め上げた。

 

 大蔵家との縁談話が彼女の知らぬ間に吹き飛んでいたが、むしろ清々した。

 だって、あの人達は黄色人種なのだから。

 下劣で、汚く、野蛮な人種。

 フランスに居る連中は、全部掃除してしまいたいくらい。

 

 愚かな私はあの日、生まれ変わった。

 世の真実、共通の価値観を有する人間しか信用できないと知って。

 他の人種は、私たちの様な人間を食い物にするしか能がないのだと。

 そこからは、新しい私を形作る毎日が始まった。

 

 慈善事業は、フランス人に限り続けることに。

 外野が何やら騒いでいたけれど、なんにも聞こえない。

 どうせ私を困らせることだから、知ったことではないのだ。

 

 従者には、黄色い連中を選んだ。

 嫌いなのに、どうして? と問われれば、あの時に失った自尊心を取り戻すためにと答える。

 DOGEZA、東洋の謝罪をする流儀なのでしょう?

 あの時に強要されたものを、真心を込めさせて私に捧げさせた。

 歪んだ屈辱的な顔に、足蹴を食らわせるのがゾクゾクと快感を感じられた。

 それだけで、私は黄色人種を取るに足らない獣と見ることが出来た。

 

 そんな中で、従者におかしなのがやってきた。

 どれだけ虐げても、どれだけ屈辱を与えても、気にした風もなく飄々としている女が。

 服飾の腕も見れるものがあり……コイツだけは少しだけ評価しても良いかと思ってしまったのは、今回話していることの余談になるから別の機会にでも。

 

 

 

 

 

 ふう、と思いっきり息を吐いたリリアさんが、ニコリと笑った。

 いつもの優しい笑顔ではなくて、意地悪そうな笑い方で。

 

「そういう訳なのです、そういう女なのです。

 私は、公衆の面前で破廉恥な格好を晒してDOGEZAを行った、フランス国粋差別主義者なのです。

 貴方に見せていた私は、オブラートに包んだ上辺だけのものに過ぎません。

 これが、私の隠していた秘密で、とても恥ずかしいと今は感じていることです。

 アサヒさんも恥ずかしさなんて、大したものではないと理解頂けましたか?」

 

 自虐するリリアさんを前に、私は言葉を紡げず、境遇を想って涙を流すことしか出来なかった。





あの部分を書くなら、最後まで非情に振り切らないと駄目だと思ったのですが、原作を見返しても胸糞シーンでどうにかなりそうだったので、一部ふざけてしまいました。
なんか、シーンのバランスを崩してしまってそうで申し訳ないです。
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