月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
嬉しすぎて、手が震えるここ最近(寒くて物理的にも震えてます)。
今後とも、マイペースながらに更新をして参りますので、よろしくお願いします!
やる気マンゴスチンです!
あれから、衣遠兄様は様々なことを私に学ばせてくださった。
服飾以外でも、知識、教養、マナー、技術。
多岐多様に、どんな時でもお役に立てる様に。
多くの事を学ばせて頂き、高いモチベーションを維持できている。
今までは、お母さまの教えが支えで、誰かのためにという目的で頑張れていた。
でも、その誰かの名前が明確になると、より一層頑張れる。
その事を、お優しい衣遠兄様は、私に教えてくださったのだ。
ここまでの教育を施すには、相応にお金が掛かっているという事を知っている。
私は、周りの方々よりも、深い程の贅沢をさせて頂いている。
それを意識し、毎日を学びに費やしていたある日のこと。
部屋にやってきた衣遠兄様は、唐突に告げたのだ。
「今日は、服飾関連の点検に来た訳ではない。
我が妹、お前にとっても血の繋がりがある末妹が、直ぐそこまで来ている」
無表情で告げるお兄様に、心臓がどきりと高鳴った。
だってそれは、知覚はしてなかったけれど、私が初めてお話をした家族のあの子を思い出したから。
日本に連れてきてもらい、そこで出会った彼女が妹である事をお兄様から教えられた。
また、彼女がお母さまとの別離の原因だと衣遠兄様は言っていた。
でも、それは違うと知っている。
私が選んだから。
あの日、部屋から飛び出して、誰かの役に立とうとした。
それは、誰に決められたからでもない、自分の初めての善行だった。
お母さまも、良い事をしたと褒めてくださった。
あの出来事は、私にとってあの出来事は誇りになり得ることなのだ。
なので妹が、あの時の姫様が来たら、笑顔で迎えようと思っていた。
だからこそ……私は少し困ってしまっていた。
あの姫様が、泣きながらごめんなさいと言うことに。
部屋の扉を開けて、妹がやって来た。
こちらを見て、丸く目を見開いて、そうして抱きついて来たのだ。
私も、彼女を受け止めて、抱きしめ返す。
身内の妹、私よりも年下の女の子。
今まで守ってもらうばかりだった私が、守ってあげないといけない対象。
胸に飛び込んできた、愛すべき喜びに私はその気持ちを強くして。
そんな時、彼女が震えている事に気がついた。
そうして、ほろほろと涙を流し始めた彼女は、こんな事を言い出したのだ。
「本当に……本当に、ごめんなさい。
私は、貴方を大変な目に遭わせてしまいました。
私は幼く、愚かでした」
幼く、愛らしい私の一歳年下の妹。
彼女の爛漫さは、かつて他者と関わる楽しさを私に教えてくれたもの。
それが陰り、今は悲しみの涙を流している。
私を搔き抱く腕の力が、彼女の感じる後悔の強さを物語っている。
ずっとこの幼い少女は、それを抱えて生きてきた。
自責の念で、こうして押し潰されてしまう程に。
私の胸もジクジクと痛んだ。
彼女の痛みを想像して、後悔を抱える意味を知っていたから。
私も、お母さまに最後に掛けた言葉は、行って参りますだった。
そう、また会えると無条件に私は信じていた。
それが、既にあの日と断絶が生まれてしまった。
もう、私はお母さまに会えない。
その時、私は茫然自失とし、取り返しのつかない現実に、愛を伝えられなかった事を悔やんだ。
だって、“愛しております、お母さま”という一言が、永遠に届かなくなったのだから。
妹も、私の事を伝え聞いた時、同じ事を思ったのかもしれない。
私は愛していますで、妹はごめんなさいという言葉の違いはあるけれど。
共に、断絶が後悔を呼び込んだのは、同じだったから。
だから、私がこの妹に掛ける言葉は一つだけだった。
「泣かないで下さい、こうしてまた会えたのですから。
私は、貴方が笑っている姿が、とても好きでしたよ」
「い、妹に、敬語なんて、使わない、で下さい。
貴方、は姉で、私は、妹なんですから」
涙でクシャクシャになった顔を上げた彼女に、私の想いを伝える。
良い子で、私のために泣いてくれている子に。
「うん、じゃあ、そうするね。
それと――りそな、久しぶり。
あの時、好きになった友達が、妹でとっても嬉しい。
私、あの時に妹を助けてあげられたんだね。
立派な姉で居られたかな、私」
「――立派でしたっ! 立派じゃない訳無いです!
あの日に、私は嬉しさと、心強さと、勇気を分けてもらいました!
私も、あの時の貴方が姉と知り、心から嬉しかった!」
あの時のことが肯定されて、とても嬉しかった。
正しい事をしたと思っていたから。
あの日の続きが、ここで幕を下ろす。
私と妹が再会して、こうして手を取り合えたのだから。
「両思いだったんだね、私達。
こうして話して、分かり会えるのって素敵だね」
「貴方が先に、私の事を好きになりました。
一目惚れって、そう言ってたから。
――そうでしょう? 朝日……お姉ちゃん」
照れた顔で私を見上げる妹、大切なりそな。
その顔に、仕草に、お姉ちゃんと呼んでくれる口に。
胸から、溢れ出てくる強い気持ちがあった。
「りそな、力一杯、抱きしめても良いかな?」
「え? ……えぇ、良いです、けど」
「それじゃあ、えいっ」
ギュッと抱きしめて、りそなを感じる。
抱きしめた時に、ウギュっと、苦しそうな声が聞こえたけれど、少しだけ我慢して欲しい。
だって、本当に愛おしく感じたから。
友達になった子が、妹になって嬉しかった。
それが、最初にりそながこの部屋に来た時の思い。
けれど今感じているものは、心の底からこの子の力になりたいという気持ち。
友達を通り越して、家族だと心がそう認めていた。
お母さまが私を大切にしてくれた気持ち、今なら分かります。
こんなの、愛さずには居られない!
「そろそろ苦しいです、姉」
「ごめんね、もう少しこういさせて」
「えぇ……」
流れていた涙は引っ込み、困惑の表情を色濃くするりそな。
でも、これは仕方のない事なのだ。
兄妹、姉妹なのだから。
「……茶番はそこまでにしろ、愚かなる妹達」
そんな私達を制止したのは、今まで見守ってくださっていた衣遠兄様だった。
りそなは、あっ、と驚いたような声を出している。
私の事に一生懸命になってくれていたから、それでお兄様の事を思考の隅に追いやってしまっていたのかもしれない。
「ありがとうございます、お優しい衣遠兄様。
あの日に会った妹と再会でき、こうして触れ合うことも出来ました」
「姉、姉っ、衣遠兄様の前ですよ。
早く離して下さい!」
ジタバタとするりそなを、惜しみながら解放する。
本当は、この抱擁を衣遠兄様も交えて行えたら、更に幸せだったかもしれない。
でも、それを為す胆力も、失礼さも持ち合わせていなかった。
「クク、それにしても、よもやこれ程とは。
流石は雌犬の子、毒婦の系譜。
誑かすのは得意といったところか」
衣遠兄様は面白そうに、いや、目は冷ややかに、私達を見ている。
お兄様にとって、私達の交流は何かの目的があってのもの。
それは、普段のお兄様を知っていれば、承知できる事だ。
それでも、こうして妹と会わせて頂けたことに、感謝の念しか浮かばない。
「衣遠兄様が、私達の絆を紡ぎ直して下さいました。
妹と言葉を交わし、心で繋がる事ができたのです。
心より感激致しました、ありがとうございます」
「衣遠兄様、私からも感謝致します。
こうして姉に謝罪でき、苦しみが和らぎました」
私達の言葉に、彼は鷹揚に頷いた。
ただ、それは納得を示すものでなく、分かっているのだと暴く動作。
「全ては、俺の手の中の事。
互いが互いに鎖を掛け合う、その滑稽さはいっそ嗤えさえした。
りそな、なるほど認めよう。
ことを為す算段があった知能と、その貪欲な偏愛を」
りそなは、私の裾を握った。
気持ちが揺れ動いている。
畏怖と、緊張と、少しの後ろめたさ。
どこか遠慮がちな、その握り方が、それらを伝えてくれる。
「私達は、今後ともこうして、交流することが出来るのでしょうか?」
咄嗟に、私は口を挟んでいた。
反射的に、こうしてしまっていた。
無礼なのは承知で、けれども耐えきれなかったから。
衣遠兄様は、私を一瞥した。
温度を排した、けれども激しさを感じさせる目。
一瞬交錯した視線が、ゾクリと私の背中を撫でる。
……妹の気持ちが、少し分かってしまった。
確かに、この衣遠兄様は、恐ろしく感じてしまう。
だが、それ以上は何も怒らず、お兄様はつまらなさそうに答えを与えてくれた。
「ふん、貴様らを覆う鎖は、逢瀬を繰り返す毎に雁字搦めになるだろう。
そして、それは最初にこの小賢しい末妹こそが望んだ、籠の鳥になる束縛の証。
故に、道理はある。
良いだろう、俺の手が届く範囲での交流を許可する」
「ありがとうございます、慈悲深い衣遠兄様!」
理由はどうあれ、私達がこうしている事を衣遠兄様は認めてくださった。
元々、私は衣遠兄様の下、お役に立つ事を目的に教育して頂いている。
それは、私が裏切らない、お兄様の道具であってこそのこと。
なのに、図々しくも今、こうして意見を述べた。
本当なら、それだけで不快だっただろう。
でも、それを飲み込んで、許可まで与えてくれた。
結局のところ、衣遠兄様の優しさによってしか私達の交流は成り立たない。
それが分かっているから、私もりそなも、深く頭を下げるしか無かった。
「裏切ることは許さない、それだけは覚えておけ」
衣遠兄様はそう言うと、この場を去っていった。
あの人は、常に急に来て、颯爽と次の場所へ向かう。
多種多様な用事があり、お忙しい身であるからだ。
けれども、こうして足を運んでくださるのは、気にかけて頂いている証左なのではないか。
そう思うのは、私の願望だろうか。
望めるのならば、私の憶測が正しくあって下さい。
かつて教会でそうしていた様に、祈りを込める。
いつか、お兄様とも笑い会えるように、と。
「りそな、やったね」
そうして、静まり返った部屋で、私はりそなに笑いかけた。
色々と、思い悩みながらも、こうして来てくれた可愛い妹に。
「妹、心臓が止まるかと思いました。
兄は怖すぎます、交渉なんてもう二度とやりたくないです」
疲れた声を出して、りそなはその場にへたり込んだ。
この小さな体で、それだけ頑張ってくれていたということ。
それも、私と会って、謝りたかったという理由から。
「そうだね、今度はお兄様とも仲良くお話が出来れば良いね」
「――妹、確信しました。
貴方はあの日の優しい人のままですが、想像以上にド天然ですね」
「それって褒めてくれてるの?」
「半々です、天然ジゴロ姉。
でも、そのままで居てくれた事が嬉しいので、やっぱり凄く褒めてることにします」
ピトッとくっついて来た妹を受け入れつつ、少し考えた。
彼女は私が変わらずに居てくれてと言ったけれど、多分変わったところはある。
もう、無条件で、誰の前でも笑える訳では無いから。
りそなの前だから、こうして変わらずに居られるのだ。
思い出のままで、楽しかったという記憶と、経験と、感触。
初めてそれを齎してくれたのが、りそなだったから。
「うん、どうかしましたか?」
「りそなが妹で良かったなって」
「なっ、すぐそうやって、妹をキュンとさせる!
姉は、兄弟姉妹間キュン死取り締まり法違反で、その内に逮捕されますよ!」
「じゃあ、りそなも同罪だね。
私も、とってもりそなが可愛いから」
「……お互い、何か変なテンションですね。
嬉しすぎて、はしゃぎ過ぎてしまいます」
「そうかも、でもそれが楽しい」
もしかすると、この妹の前だと、常にこんな感じになってしまうのかもしれない。
けれど、それが悪いとも、変だとも思わない。
素敵な事だと、そう思えるのだ。
「姉、色々とダシに使ってしまって、ごめんなさい。
姉と会いたくて、兄に色々と言ってしまいました」
そうした中で、りそながまた謝った。
恐らくは、鎖がどうとか、二度と衣遠兄様の下から離れられないとか、そんな話。
そんな事、と私は笑った。
「想っているだけでも満たされるけど、想われるのは喜びが溢れちゃうね」
好きでいる事は簡単でも、好かれるのは擽ったい。
妹の形容表現は、今回のそれだった。
そう考えると、嬉しく思えど不便さなんて感じる筈がない。
「お兄様は鎖と仰って居たけど、それは強固になっていく私達の絆を表現するのに、ピッタリの表現だと思う。
だからりそな、早速だけど鎖、巻いちゃおうか」
私は小指を出した、いわゆる指切りを行うために。
りそなは、おずおずと、けれどもしっかりと小指を絡ませて来てくれた。
もう、後悔をしたくないと、そういう気持ちを込めて。
「私達は、これからも一緒にいる約束をします。
指切りげんまん、嘘ついたら……お兄様の小間使いになぁる、指切った」
「悪魔の契約じゃないですか!」
「お兄様のお側に置いて頂ける位に頑張ろうって、意思表示も込めたよ」
「姉は虐められるの大好きっ子ですか?
私は大嫌いですので、もうこれは全力で契約を果たすしか無いです」
よく考えたら、私に損のない指切りだったかもしれない。
でも、針千本は、流石に怖くて試せなかった。
だからこそ誠実に、私はこの約束を守らないといけない。
「りそな!」
「はい、何でしょう?」
「これから宜しく!」
神様、お母さま、どうか見守って下さいまし。
どうか私とこの妹が、分かたれることのありませんように。
没ネタ
「……茶番はそこまでにしろ、愚かなる妹達」
そんな私達を制止したのは、今まで見守ってくださっていた衣遠兄様だった。
りそなは、あっ、と驚いたような声を出している。
私の事に一生懸命になってくれていたから、それでお兄様の事を思考の隅に追いやってしまっていたのかもしれない。
「ありがとうございます、お優しい衣遠兄様。
あの日に会った妹と再会でき、こうして触れ合うことも出来ました」
「姉、姉っ、衣遠兄様の前ですよ。
早く離して下さい!」
ジタバタりそなを抱えたまま、お兄様と向かい合う。
ふと、その時に魔が差した。
妹の暖かさが、私を強気にしているのか、はたまた神様のお導きか。
「衣遠兄様も、一緒に抱擁いたしましょう?」
何かとんでもないことを、私は口走っていった。
腕の中で、ピタリとりそなが大人しくなる。
更に言えば、何考えてるんですかポンコツ姉あね成人と、信じられないと言わんばかりの目も向けられている。
――沈黙が、この部屋を包んだ。
膨らみ続けた風船を見る気分、誰も触りたがらない。
爆発音は、戦列で痛烈だろうから。
ゴクリと、誰かが唾を飲んだ音がして。
「大蔵の男子は……」
そうして、口を開いたのは衣遠兄様だった。
彼は、震えつつも、そこから滝の様に言葉を紡ぎ出した。
流石です、尊敬する衣遠兄様。
「大蔵の男子はその様な軟弱な真似はしなぁい!
トチ狂ったか妹よ、恥を知れ屑が!
恐るべき毒婦の遺伝子、その怪腕でこの俺を籠絡するつもりか!
だが、残念だったな、愚かなる妹よ。
この俺、大蔵衣遠はその様な誘惑には屈しない!」
一気呵成に言い捨て、衣遠兄様は部屋から退室された。
怒りのあまりか、頬を染められていたのが気掛かりだ。
「……妹、兄が分からないです」
「そうだね、お兄様のプライドを傷つけてしまったかもしれません、反省しなきゃ」
「ツッコみませんよ、妹」
ひと押しすると、おかしな方向に流れが持っていかれる。
そんな大蔵家の事情、ちょっとエイプリル空間よりな世界線の出来事。