月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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遊戯王のゲームがSteamで出たので遊んでいました。
10年ぶりくらいで、結構楽しかったです、が。
そうしてこっちの小説を書こうとすると、遊戯王に侵食されて中々書けませんでした……(言い訳)。


第4話 祈りは月を通して

 彼女が縫い物を解く事は少なくなった。

 それでも、縫い目を見て、寂しそうにする癖は抜けていない。

 また、単純なイージーミスを起こす様になったのが、彼女が立ち直れていない事を何より証明していた。

 あの日、愛弟子に憧れの目で見られていた裁縫は、ふわふわ浮いた様になっていた。

 

「メリル、ご飯だよー」

 

「………………」

 

「ご飯だって、っと。

 やっぱ裁縫中かぁ、トランスしてるから邪魔できないんだよねぇ」

 

 邪魔して針で怪我したら怖いし、と呟いているのは、この修道院で一番年上のオルガ。

 何時も通りに呼びに来て、同じ様な調子に溜息を吐く。

 こうなったのは、考えるまでもなく朝日が居なくなったから。

 

 最初はショックのあまり、何も出来ないことが続いた一週間。

 その後は、ぼぉっとしながら、日常に戻ろうとした数か月。

 最近は、ぬぼぉっとしながら作業を行い、イマジナリー朝日と会話をしている。

 

 そういう時に声を掛けると、そそっかしい事になり、何かしらの事故を起こす。

 ここ最近は修道院のみんなも慣れてきて、ハイハイといった感じだが、そろそろ治ってもらわないと困るというのも本当の事だった。

 

 励まそうとした修道院のみんなは、一緒に縫物を行ったりしてみた。

 なお、全て解かれてしまい、全員で憮然としたのもお約束。

 カトリーヌなどは、“メリル、キライ、メリル”と涙目で言い捨てる程。

 どちらにも、大人気といったものは微塵も存在していなかった。

 

「オルガ、メリルは……やはり、こうなっていましたか」

 

「何時ものだよ、マザー。

 まぁ、アサヒは全員で可愛がってたからね。

 気持ちは分かる、分かるんだけどね……」

 

「オルガ、先に皆とご飯を食べていなさい。

 私はメリルと、少しばかりお話をします」

 

 遂に来たか、とオルガは思った。

 マザーの目が、メリルを諭す時のそれになっていたから。

 こういう時、大体メリルが諭される時だ。

 

「マザー、あんまり怒らないで上げてね」

 

「私は怒った事などありません」

 

「そりゃそうだけど、マザーに間違ってるって言われるとメリルがへこむからさ。

 アサヒが居なくて、私だってまだ寂しいよ」

 

 朝日が居なくて寂しいのを間違いと言わないで上げて、とオルガは告げる。

 それにマザーは、心得ていると頷いた。

 

「神は未だ、メリルを見捨てておりません。

 ならば、道は開かれるものです」

 

「そんな大仰な話でもないでしょ」

 

「いいえ、こればかりは私の裁量では決められない事でしたので」

 

 何を持って回った言い回しに、オルガは首を傾げたが、すぐにどうでも良くなった。

 単純にお腹が空いて、ご飯と呼びに来た事を思い出したからだ。

 先に食べてるねと言い残し、オルガは食堂へと向かった。

 残っているのは、宙を見ながら服を縫っているメリルと、それに溜息を吐くマザーのみ。

 

「メリル、聞こえていますかメリル」

 

「はい……朝日……」

 

「私は朝日ではありません」

 

「……あっ、マザー?

 どうしたんですか、こんなところで」

 

「今はもう17時を超えていますよ」

 

「え、もうそんな時間!?

 ごめんなさい、気が付きませんでした」

 

 あまりにも気が抜けているメリルに、マザーは言わなければならない事を告げた。

 それはメリルにとって、どうしようもない事だとしても。

 

「寂しく、立ち止まってしまうのは仕方がないのです。

 ですが、何れはまた歩みださなければなりません。

 メリルは、それができそうですか?」

 

 何についての話か、メリルは直ぐに理解できた。

 それでいて、難しい顔をしてしまう。

 理屈がどうとか、そういう事を抜きにして、寂しいものは寂しいのだから。

 

「分かりません、マザー。

 私はどうすれば良いでしょう……」

 

「それを見つけるのも、人生において大切な事です」

 

「でも、難しいです」

 

 上手に感情を処理できず、メリルとしても困っていた。

 ふと気がついたら、朝日はどうしているだろうと考えている。

 朝日が居た頃は、それだけ自然に寄りそっていたという証左ではある。

 しかし、それがふとした瞬間だけでなくずっとだという事が問題なのだ。

 それだけ、朝日が居るのが当たり前になっていたのだから。

 

「一人では、どうにもならないのですね?」

 

「はい」

 

 一人ではどうにもならないのなら、誰かの力を借りる他にない。

 しかし、この修道院のシスター達では、メリルを正気に戻せなかった。

 だったら、とマザーはある方法を試す他に無くなっていた。

 

「メリル、私は朝日になれないのですから、寂しさを晴らすことは出来ないでしょう。

 けれど、キッカケを作る事は出来ます」

 

「キッカケ?」

 

 不思議そうに首を傾げるメリルに、マザーは一通の手紙を渡した。

 封を開け、中身を改めたメリルは、小さな声で一人の名前を呟いた。

 それは、メリルの止まっていた時計を動き出すキッカケになるだろう。

 マザーは、そう願っていたものが、確信に変わりつつあるのを自覚したのだった。

 

 

 

 

 

 それは麗らかになりつつある、春の玄関口での出来事。

 衣遠兄様が、私の課題をチェックを終えた際に仰ったのが始まり。

 

「手紙、ですか?」

 

「そうだ、サヴォアへと出すものだ」

 

 何のことでしょうと思い尋ねると、それはメリルさんの事だった。

 彼女が私の居ない寂しさを埋めるため、イマジナリー朝日さんという妖精と会話を始めたらしい。

 まさかと思ったけれど、衣遠兄様がしかめっ面で言われた事だから否定もしづらい。

 ただ、衣遠兄様は手紙を書けと指示を出すだけで、細かい指定をされなかった。

 

 私としては、メリルさんが望んでくれているならば、喜んで手紙を書く所存ではある。

 けれど、それはそれとして、どうしても気になる事があったのだ。

 それを、私は恐る恐る衣遠兄様に尋ねていた。

 

「委細承知致しました、私の手紙で解消できることならば、直ぐにでも取り掛かります。

 ですが、一つだけ、この浅学な私にご教授下さい。

 どうして、そこまでメリルさんの事を気にしてくださるのでしょうか?」

 

 そう、衣遠兄様は私の知人だからと気を使ってくださる方ではない。

 縁故を嫌い、才能を愛する人だから。

 どうして、という気持ちを言葉にして。

 衣遠兄様は、まるで用意していた様に、直ぐに返事を返してくれた。

 

「貴様に裁縫の技術を教え込んだのは、その女だと聞いた。

 ならば、それだけで助ける価値があると言える」

 

「私に技術を……ですが、衣遠兄様は、私に技術を全て捨てろと仰っしゃいました」

 

「愚かなる妹よ、お前の能力は毛ほどの才能も感じられないお遊びだった。

 だが、そのお遊びの中に、確かに愛が詰まっていた。

 この俺が! 未熟を許容しても、続けさせてみようと思えるほどのだ。

 だからこそ、それを教えた人材が腐り果てていくのを俺は許容できない。

 ただ、それだけの事だ」

 

 それは……私を通して、メリルさんの技術や才能を垣間見たという事か。

 それも、確かなものと断言出来る程のもの。

 確かに、メリルさんの技術は、私から見ても確かなものがあった。

 あの頃は理解していなくとも、服飾の勉強を始めた今なら分かる。

 裁縫の技術やケース毎への対処は勿論、立体裁断で自作の服などを作っていたあの才能。

 アレを、実際に見ていなくとも、衣遠兄様は感じ取ったのだ。

 

 胸に、ジワリと暖かさを覚えた。

 嬉しかったのだ、衣遠兄様にメリルさんの事を認めて頂いたのが。

 

「お答えくださりありがとうございます、お優しい衣遠兄様。

 理解致しました、私にとってもメリルさんは大切な友人です。

 交友を温める機会を下さり、その温情に私は感動しております」

 

「お為ごかしはいい、必要な事を成せ」

 

 終始、衣遠兄様のしかめっ面が直る事は無かった。

 そんなこの人に、やっぱり優しさを感じずには居られない。

 服飾を愛していて、その力を強く信じておられる。

 お兄様の見えているその風景を、いつか私も理解できればと思わずにはいられない。

 その景色を、メリルさんが掴んでいるというのなら、尚更に。

 

 ――お兄様、私は貴方を理解したいのです。

 

 

 

 メリルさん、修道院で過ごした日々の幸せは貴方と共にありました。

 私は貴方に、人生での楽しさを教えて頂いたのです。

 その上で更に我儘を許して頂けるなら、貴方の世界を私に覗かせて下さい。

 当時、未熟な私は、貴方の世界を1割も理解できていなかったのです。

 今なら、その才能の一片を理解できる気がします。

 

 今は家族に囲まれ、幸福な日々を送っております。

 それでも、修道院での暮らしが私を形作りました。

 ひび割れていた私を、皆さんに治してもらったのです。

 その中で、メリルさんには特に甘えてしまいましたね。

 

 私は自身の欠けた部分を、メリルさんで型取りして修復したのです。

 だから、そのせいでメリルさんが苦しんでいるのなら、私に多くの責任があります。

 その償いになるかは分かりませんが、手紙を出すことをお許し下さい。

 

 その優しさに助けられ、救われた者だから。

 今度は、私が貴方に報いたいのです。

 僅かながらでも、私の書く手紙が貴方の支えになります様に。

 

 

 窓から木漏れ日の様に、月光が差し込んでいる。

 夜、私は眠る前に、やはり祈りを捧げていた。

 今日は、手紙がメリルさんの助けになって欲しいというもの。

 どうかと祈る先は、夜空高くにあるお月さま。

 

 何時だって、私を見守ってくれていたのは、十字架でなく月の優しい光だから。

 私の祈りを見届けてくれていた月こそ、私の信仰の先だった。

 今では、お母さまもそこで見守ってくださっている。

 ですから、どうかお願いします。

 この想いを叶えて下さい。

 

 

 

 

 

 手紙を読む、朝日が書いてくれた綺麗なフランス語での文字を。

 書いてある事といえば、徒然と。

 

 東京はサヴォワより暖かいこと、ご家族のこと。

 私と服を縫いたい気持ちのこと、私もいつか日本に来て欲しいこと。

 私やみんなと過ごした、この修道院での生活が好きだったこと。

 

 あの時には聞きようがなかった、新しい生活を送っている朝日を書いたもの。

 心配していた朝日は、無事に日本での生活を送っているみたい。

 その優しい文字が、ここには居ない朝日を感じさせてくれる。

 そして、だからこそ、近くに朝日が居ない事を強く意識させられた。

 

 ぼんやりとして意識が、強く現実に引き戻される。

 そう、朝日は日本で私はサヴォワ。

 それを自覚して、泣いてしまいそうになった。

 

「マザー、朝日が酷いです。

 私、泣いてしまいそう!」

 

「泣いて良いのです。

 お別れの日に泣けなかった分だけ、いま泣きなさい。

 そうして、前を向いていきましょう」

 

「は、い。はい!」

 

 ポロポロと涙が流れるのを我慢せず、私はマザーに抱きついていた。

 そう、自覚が薄かったけど、私はとても寂しかった。

 手紙を受け取って、朝日が近くで話しかけてくれた気がして、そうして思い至った。

 振り向いても、そこに朝日が居ないという現実を。

 朝日が気持ちを込めて、この手紙を書いてくれたからこそ自覚できた。

 

「メリル、貴方も朝日に返信しなさい。

 文字でも、気持ちがあれば思いが伝わります。

 分かりますね、メリル」

 

「っはい、そうします!」

 

 朝日は、遠く日本でも服の勉強をしている。

 私と、服を作りたいと書いてくれていた。

 だから、私もこれからもっと服を縫おう。

 そうして、また会った時に、朝日にまた沢山の事を教える。

 そうしたいと心から思った。

 

 この気持ちを、私は手紙に綴ろう。

 サヴォワで、ううん、どこででも。

 また朝日と服を作ってみたいから。

 

「マザー、エッテの服のお下がりってあったっけ?」

 

 差し当たっては、服を触り続ける。

 それが、今の私に出来ることだから。

 

「それより先にご飯です、メリル」

 

「あ、本当、お腹が空いてる……」

 

 今まで忘れていた色々なものを、いま思い出した。

 朝日、私はいま元気じゃなかった事に気が付いたの。

 これから、また元気になるよ。

 だから心配しないでいてね、朝日。

 

 ……あと、私も朝日を妹だって思ってるから。

 朝日と私は家族なんだよって、これも手紙に書かなきゃ駄目。

 手紙の内容を考えて、部屋の色合いが少し鮮やかに感じる事ができていた。






送った手紙の内容は、1話目の冒頭にあるものと一緒です。
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