月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
10年ぶりくらいで、結構楽しかったです、が。
そうしてこっちの小説を書こうとすると、遊戯王に侵食されて中々書けませんでした……(言い訳)。
彼女が縫い物を解く事は少なくなった。
それでも、縫い目を見て、寂しそうにする癖は抜けていない。
また、単純なイージーミスを起こす様になったのが、彼女が立ち直れていない事を何より証明していた。
あの日、愛弟子に憧れの目で見られていた裁縫は、ふわふわ浮いた様になっていた。
「メリル、ご飯だよー」
「………………」
「ご飯だって、っと。
やっぱ裁縫中かぁ、トランスしてるから邪魔できないんだよねぇ」
邪魔して針で怪我したら怖いし、と呟いているのは、この修道院で一番年上のオルガ。
何時も通りに呼びに来て、同じ様な調子に溜息を吐く。
こうなったのは、考えるまでもなく朝日が居なくなったから。
最初はショックのあまり、何も出来ないことが続いた一週間。
その後は、ぼぉっとしながら、日常に戻ろうとした数か月。
最近は、ぬぼぉっとしながら作業を行い、イマジナリー朝日と会話をしている。
そういう時に声を掛けると、そそっかしい事になり、何かしらの事故を起こす。
ここ最近は修道院のみんなも慣れてきて、ハイハイといった感じだが、そろそろ治ってもらわないと困るというのも本当の事だった。
励まそうとした修道院のみんなは、一緒に縫物を行ったりしてみた。
なお、全て解かれてしまい、全員で憮然としたのもお約束。
カトリーヌなどは、“メリル、キライ、メリル”と涙目で言い捨てる程。
どちらにも、大人気といったものは微塵も存在していなかった。
「オルガ、メリルは……やはり、こうなっていましたか」
「何時ものだよ、マザー。
まぁ、アサヒは全員で可愛がってたからね。
気持ちは分かる、分かるんだけどね……」
「オルガ、先に皆とご飯を食べていなさい。
私はメリルと、少しばかりお話をします」
遂に来たか、とオルガは思った。
マザーの目が、メリルを諭す時のそれになっていたから。
こういう時、大体メリルが諭される時だ。
「マザー、あんまり怒らないで上げてね」
「私は怒った事などありません」
「そりゃそうだけど、マザーに間違ってるって言われるとメリルがへこむからさ。
アサヒが居なくて、私だってまだ寂しいよ」
朝日が居なくて寂しいのを間違いと言わないで上げて、とオルガは告げる。
それにマザーは、心得ていると頷いた。
「神は未だ、メリルを見捨てておりません。
ならば、道は開かれるものです」
「そんな大仰な話でもないでしょ」
「いいえ、こればかりは私の裁量では決められない事でしたので」
何を持って回った言い回しに、オルガは首を傾げたが、すぐにどうでも良くなった。
単純にお腹が空いて、ご飯と呼びに来た事を思い出したからだ。
先に食べてるねと言い残し、オルガは食堂へと向かった。
残っているのは、宙を見ながら服を縫っているメリルと、それに溜息を吐くマザーのみ。
「メリル、聞こえていますかメリル」
「はい……朝日……」
「私は朝日ではありません」
「……あっ、マザー?
どうしたんですか、こんなところで」
「今はもう17時を超えていますよ」
「え、もうそんな時間!?
ごめんなさい、気が付きませんでした」
あまりにも気が抜けているメリルに、マザーは言わなければならない事を告げた。
それはメリルにとって、どうしようもない事だとしても。
「寂しく、立ち止まってしまうのは仕方がないのです。
ですが、何れはまた歩みださなければなりません。
メリルは、それができそうですか?」
何についての話か、メリルは直ぐに理解できた。
それでいて、難しい顔をしてしまう。
理屈がどうとか、そういう事を抜きにして、寂しいものは寂しいのだから。
「分かりません、マザー。
私はどうすれば良いでしょう……」
「それを見つけるのも、人生において大切な事です」
「でも、難しいです」
上手に感情を処理できず、メリルとしても困っていた。
ふと気がついたら、朝日はどうしているだろうと考えている。
朝日が居た頃は、それだけ自然に寄りそっていたという証左ではある。
しかし、それがふとした瞬間だけでなくずっとだという事が問題なのだ。
それだけ、朝日が居るのが当たり前になっていたのだから。
「一人では、どうにもならないのですね?」
「はい」
一人ではどうにもならないのなら、誰かの力を借りる他にない。
しかし、この修道院のシスター達では、メリルを正気に戻せなかった。
だったら、とマザーはある方法を試す他に無くなっていた。
「メリル、私は朝日になれないのですから、寂しさを晴らすことは出来ないでしょう。
けれど、キッカケを作る事は出来ます」
「キッカケ?」
不思議そうに首を傾げるメリルに、マザーは一通の手紙を渡した。
封を開け、中身を改めたメリルは、小さな声で一人の名前を呟いた。
それは、メリルの止まっていた時計を動き出すキッカケになるだろう。
マザーは、そう願っていたものが、確信に変わりつつあるのを自覚したのだった。
それは麗らかになりつつある、春の玄関口での出来事。
衣遠兄様が、私の課題をチェックを終えた際に仰ったのが始まり。
「手紙、ですか?」
「そうだ、サヴォアへと出すものだ」
何のことでしょうと思い尋ねると、それはメリルさんの事だった。
彼女が私の居ない寂しさを埋めるため、イマジナリー朝日さんという妖精と会話を始めたらしい。
まさかと思ったけれど、衣遠兄様がしかめっ面で言われた事だから否定もしづらい。
ただ、衣遠兄様は手紙を書けと指示を出すだけで、細かい指定をされなかった。
私としては、メリルさんが望んでくれているならば、喜んで手紙を書く所存ではある。
けれど、それはそれとして、どうしても気になる事があったのだ。
それを、私は恐る恐る衣遠兄様に尋ねていた。
「委細承知致しました、私の手紙で解消できることならば、直ぐにでも取り掛かります。
ですが、一つだけ、この浅学な私にご教授下さい。
どうして、そこまでメリルさんの事を気にしてくださるのでしょうか?」
そう、衣遠兄様は私の知人だからと気を使ってくださる方ではない。
縁故を嫌い、才能を愛する人だから。
どうして、という気持ちを言葉にして。
衣遠兄様は、まるで用意していた様に、直ぐに返事を返してくれた。
「貴様に裁縫の技術を教え込んだのは、その女だと聞いた。
ならば、それだけで助ける価値があると言える」
「私に技術を……ですが、衣遠兄様は、私に技術を全て捨てろと仰っしゃいました」
「愚かなる妹よ、お前の能力は毛ほどの才能も感じられないお遊びだった。
だが、そのお遊びの中に、確かに愛が詰まっていた。
この俺が! 未熟を許容しても、続けさせてみようと思えるほどのだ。
だからこそ、それを教えた人材が腐り果てていくのを俺は許容できない。
ただ、それだけの事だ」
それは……私を通して、メリルさんの技術や才能を垣間見たという事か。
それも、確かなものと断言出来る程のもの。
確かに、メリルさんの技術は、私から見ても確かなものがあった。
あの頃は理解していなくとも、服飾の勉強を始めた今なら分かる。
裁縫の技術やケース毎への対処は勿論、立体裁断で自作の服などを作っていたあの才能。
アレを、実際に見ていなくとも、衣遠兄様は感じ取ったのだ。
胸に、ジワリと暖かさを覚えた。
嬉しかったのだ、衣遠兄様にメリルさんの事を認めて頂いたのが。
「お答えくださりありがとうございます、お優しい衣遠兄様。
理解致しました、私にとってもメリルさんは大切な友人です。
交友を温める機会を下さり、その温情に私は感動しております」
「お為ごかしはいい、必要な事を成せ」
終始、衣遠兄様のしかめっ面が直る事は無かった。
そんなこの人に、やっぱり優しさを感じずには居られない。
服飾を愛していて、その力を強く信じておられる。
お兄様の見えているその風景を、いつか私も理解できればと思わずにはいられない。
その景色を、メリルさんが掴んでいるというのなら、尚更に。
――お兄様、私は貴方を理解したいのです。
メリルさん、修道院で過ごした日々の幸せは貴方と共にありました。
私は貴方に、人生での楽しさを教えて頂いたのです。
その上で更に我儘を許して頂けるなら、貴方の世界を私に覗かせて下さい。
当時、未熟な私は、貴方の世界を1割も理解できていなかったのです。
今なら、その才能の一片を理解できる気がします。
今は家族に囲まれ、幸福な日々を送っております。
それでも、修道院での暮らしが私を形作りました。
ひび割れていた私を、皆さんに治してもらったのです。
その中で、メリルさんには特に甘えてしまいましたね。
私は自身の欠けた部分を、メリルさんで型取りして修復したのです。
だから、そのせいでメリルさんが苦しんでいるのなら、私に多くの責任があります。
その償いになるかは分かりませんが、手紙を出すことをお許し下さい。
その優しさに助けられ、救われた者だから。
今度は、私が貴方に報いたいのです。
僅かながらでも、私の書く手紙が貴方の支えになります様に。
窓から木漏れ日の様に、月光が差し込んでいる。
夜、私は眠る前に、やはり祈りを捧げていた。
今日は、手紙がメリルさんの助けになって欲しいというもの。
どうかと祈る先は、夜空高くにあるお月さま。
何時だって、私を見守ってくれていたのは、十字架でなく月の優しい光だから。
私の祈りを見届けてくれていた月こそ、私の信仰の先だった。
今では、お母さまもそこで見守ってくださっている。
ですから、どうかお願いします。
この想いを叶えて下さい。
手紙を読む、朝日が書いてくれた綺麗なフランス語での文字を。
書いてある事といえば、徒然と。
東京はサヴォワより暖かいこと、ご家族のこと。
私と服を縫いたい気持ちのこと、私もいつか日本に来て欲しいこと。
私やみんなと過ごした、この修道院での生活が好きだったこと。
あの時には聞きようがなかった、新しい生活を送っている朝日を書いたもの。
心配していた朝日は、無事に日本での生活を送っているみたい。
その優しい文字が、ここには居ない朝日を感じさせてくれる。
そして、だからこそ、近くに朝日が居ない事を強く意識させられた。
ぼんやりとして意識が、強く現実に引き戻される。
そう、朝日は日本で私はサヴォワ。
それを自覚して、泣いてしまいそうになった。
「マザー、朝日が酷いです。
私、泣いてしまいそう!」
「泣いて良いのです。
お別れの日に泣けなかった分だけ、いま泣きなさい。
そうして、前を向いていきましょう」
「は、い。はい!」
ポロポロと涙が流れるのを我慢せず、私はマザーに抱きついていた。
そう、自覚が薄かったけど、私はとても寂しかった。
手紙を受け取って、朝日が近くで話しかけてくれた気がして、そうして思い至った。
振り向いても、そこに朝日が居ないという現実を。
朝日が気持ちを込めて、この手紙を書いてくれたからこそ自覚できた。
「メリル、貴方も朝日に返信しなさい。
文字でも、気持ちがあれば思いが伝わります。
分かりますね、メリル」
「っはい、そうします!」
朝日は、遠く日本でも服の勉強をしている。
私と、服を作りたいと書いてくれていた。
だから、私もこれからもっと服を縫おう。
そうして、また会った時に、朝日にまた沢山の事を教える。
そうしたいと心から思った。
この気持ちを、私は手紙に綴ろう。
サヴォワで、ううん、どこででも。
また朝日と服を作ってみたいから。
「マザー、エッテの服のお下がりってあったっけ?」
差し当たっては、服を触り続ける。
それが、今の私に出来ることだから。
「それより先にご飯です、メリル」
「あ、本当、お腹が空いてる……」
今まで忘れていた色々なものを、いま思い出した。
朝日、私はいま元気じゃなかった事に気が付いたの。
これから、また元気になるよ。
だから心配しないでいてね、朝日。
……あと、私も朝日を妹だって思ってるから。
朝日と私は家族なんだよって、これも手紙に書かなきゃ駄目。
手紙の内容を考えて、部屋の色合いが少し鮮やかに感じる事ができていた。
送った手紙の内容は、1話目の冒頭にあるものと一緒です。