月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel   作:ペタンコ

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今回は駿我さん視点の一人称です。


第5話 目が覚めた日

 大蔵の血は呪われている。

 最初にそう考えたのは、山弌氏が死んだ時の父親の世代だろう。

 俺達の世代、総裁殿から見ての孫世代は、そういった親達の執念を受け継いでの権力争いを更に激化させている。

 

 長男家と次男家、特に俺と衣遠はそういったしがらみに囚われて、お互いを蹴落とそうとしている。

 そんな惨状に、互いの家族間は憎しみを更に募らせるだけ。

 親戚達は上辺だけは取り繕うものだから、総裁殿は上辺だけを見て、家族の仲が良いという。

 

 滑稽という他になかった。

 晩餐会で両家共に内心でナイフを握り合い、相手に隙が生じないかを爬虫類の如く監視している。

 そんな現状に対して嫌気が差しつつも、俺は権力争いからは微塵も降りる気は無かった。

 ――大蔵衣遠、あいつが居る限りは。

 

 権力欲と野心を煮詰めたような男。

 俺の認識する、醜悪な大蔵家そのものの化身。

 あいつが居る限り俺に安寧はなく、俺の感性自体があいつを許容する事を許さなかった。

 

 永遠に、延々と、俺とあいつは貶め合い、追い詰め合うだろうと思っている。

 それは長男家と次男家も同様で……いや、事は親戚間での権力闘争に収まらない。

 次男家では、父親が晩餐会での頭数を増やすという目的の為だけに、弟のアンソニーを生ませた。

 しかも、俺とは腹違いの弟。

 俺の母親が病弱で、次の出産には耐えられないからというのが父親の言い分だった。

 

 クソくらえという気持ちがあった。

 自分の子供を道具そのものとし、傀儡として大蔵家の支配を望む。

 醜悪さとしては、衣遠を上回るものがある。

 あいつは、腐っても自身の実力のみで全てを奪い取ろうという強欲さがあるからだ。

 

 一方で長男家も、腹違いの子供を出産している。

 大蔵の長女、女子という血脈であるが、晩餐会での採決で名前だけ与えて実は与えないという結果が出ている。

 要するに、血の繋がった他人であるというのが彼女に与えられたものだった。

 アンソニーは家族として認められたのに、彼女……屋根裏のラプンツェルと呼ばれていた少女には、それが与えられない。

 それが、総裁殿のいう家族という概念が欺瞞であるという、何よりの証左でもあった。

 尤も、俺の母親はアンソニーが生まれる直前で死んでいて、再婚したのが今の継母なので、そういった運の良さが弟にあったとは言えるのだが。

 

 そんなお家事情の泥沼の中で、俺は風変わりなものを見る事になった。

 それは、ある晩餐会での出来事。

 衣遠やうちの父親が総裁殿のご機嫌取りで忙しい中、従姉妹が真星殿に突っかかっていた。

 総裁殿には気付かれていないが、もしバレようものならば、真星殿は点数を下げられる事になるだろう。

 俺は弱みを握るつもりで、その交わされている会話に耳を傾けて……驚きを感じずには居られなかった。

 

『姉のことで、少し聞きたいことがあるのですが』

 

 姉、彼女は姉と言った。

 名目上、晩餐会では里想奈さんこそが、真星一家の長女となっているにも関わらず。

 つまりは、この場に居ない人物の事を話していると気が付いた。

 それも定義上のもので、家族とは認められていない人物。

 つまりは、屋根裏のラプンツェルその人の事だと察するしか無かった。

 

『何も知らない』

 

『助けてあげないのですか?』

 

『知らぬ、だから出来ない』

 

 真星殿には撥ね付けられているが、従姉妹には怒りと焦り、それに懇願が混じっていた。

 それに、少女の純粋さを垣間見た気がして、俺は思わず口を挟んでいた。

 彼女の表情が、恐怖と警戒に変わったのを認識しつつも、俺は我慢できなかった。

 彼女は日本に居ると、そう伝えずには居られなかった。

 

 この従姉妹は賢い、俺と話すのがどういう意味合いか理解している。

 それでも、かつて縁を紡ぎ、約束をしたという姉の情報を聞き出すために、俺に対する恐怖を乗り越えた。

 無謀を理解しつつも、挑戦をしてみせた。

 

 幼さから来る万能感からかもしれない。

 それでも、そこに愛情が滲み出すのを見逃せなかった。

 彼女の居場所を聞き、心底から嬉しそうな顔をした彼女は、家族を愛せる人だと理解できたから。

 

 それからかもしれない、積極的に弟と交流を持つようになったのは。

 家族間の争いに巻き込みたくなく、純粋な環境で育てるために弟は父から遠ざけていた。

 それは弟が不出来で、父親の期待を掛けられなかった点も追い風となり、実質的に父は弟を見限っていたといっても過言ではない。

 だが、それ故に、俺自身も弟に対して干渉は少なくせざるを得なかった。

 俺の近くに置けば、それだけ父の影響が強くなる故に。

 ……本当の事を言えば、俺が権力闘争のマシーンに弟を育ててしまうかもしれないという懸念があったからだが。

 

 その憂慮を振り払えたのは、里想奈さんと話したからだ。

 家族と見做し、弟を側に置くようになったのは里想奈さんの影響だろう。

 大蔵家にも、家族に対する愛情があると、あの時に確信できたから。

 もしかすると、俺の中にもそういったものがあると信じたくなったのだ。

 

 

 

「兄上~、俺は帝王学というものを理解したかもしれない。

 つまりは、部下の責任を取ること!

 俺はどっしりと構えて、ウンウンと頷いておけば良い!」

 

「勉強をサボる言い訳にしては上等だが、部下の発言の真贋をハッキリさせる判断をお前は下せるのか?

 正しいか否かを判断するためにも、お前は覚えることが山ほどある。

 人間、間違わずには居られないのだからな」

 

 そんな~、と情けない声を上げているのは、俺の弟である大蔵アンソニー。

 前までは家庭教師などに任せっきりだったが、今では空いた時間にこうして勉強を教え込んでいる。

 

 出来は悪いが、あの父親と距離を置かせて育てた甲斐があって、純粋に育っていた。

 尤も、父から“お前は駿我の役に立つだけでいい。それ以外、お前には期待していない”と言い放たれ、幼い時に長幼の序を教え込む為に何度か心を折った事もあった。

 それを考えると弟には恨まれていても仕方がないが、弟は俺に雛鳥の様な情を持ってくれていた。

 俺に全て任せておけば大丈夫という思考になっているのは気になるが、それも俺の責任と考えれば、この弟の面倒を見ることを嫌になる理由は存在しない。

 俺にとって、家族愛を感じさせてくれるのは、この弟の愚直な明るさであった。

 

「ところで兄上、従姉妹殿はどうなっている?

 あ、ここの従姉妹というのは里想奈殿ではなく、屋根裏のラプンツェルの事だ。

 俺にキッカケをくれたのは彼女なんだろう?

 その彼女は大蔵の血族だが、家族に数えられてないという。

 だったら、この俺と結婚すれば、彼女は晴れて大蔵一家の一員だ、ハッハー!」

 

 それに妾の子なら、他の女と交流しても許してくれそうだし、と頭が痛い事を呟いている馬鹿に、俺は呆れ果てながら言い放つ。

 こいつの困ったところの一つは、学生なのに女癖が悪すぎるところだった。

 

「衣遠が許さない。

 屋根裏のラプンツェルを取り込めば、総裁殿が気紛れで採決権を与えるかもしれない。

 それを向こうは恐れている。

 第一、長男家と次男家は婚姻関係を結べる程の関係ではない。

 駆け落ちでもするなら、それも一つの選択だが」

 

「むぅ、そういう事なら仕方ない。

 俺は従姉妹殿を諦めよう。

 でも、いつかは家族皆で仲良くしたいものだな」

 

「あぁ、そうだな」

 

 衣遠と俺の争いや長男家と次男家の確執、更には今までの怨恨。

 それらを含めて、難しいと言わざるを得ない。

 だが、それを口にする程に俺は無粋ではなかった。

 夢を見るだけなら、誰にも口を出す権利は無いのだから。

 

 ただ、気になる事が一つあった。

 それは、さっきアンソニーが言っていた、屋根裏のラプンツェルのこと。

 里想奈さんこそが俺にキッカケを与えてくれたが、その彼女の思いの源泉である人にも、思いを巡らせずには居られない。

 

 彼女とは顔を合わせたことはないが、ちょっとした接点があったから。

 1年程前のあの、衣遠が俺に電話なんかを寄越してきた日。

 権勢力と野心が肥大化し、自信が傲慢へと昇華されたあの男が、俺に頼み事なんかをしたときのことを。

 

 

 

『何のようだ、衣遠。

 プライベートの会話をする程、俺達の仲が友好だったというのは初耳だが?』

 

『なに、文明人たるもの、電話の一つも使いこなすものだ。

 それとも、貴様は俺と顔を合わせて話したいとでも言うのか?』

 

『なるほど、不愉快極まりないな。

 だが、どの道お前との会話自体が毒のようなもの。

 人の気分を害しておいて、然も配慮していると言わんばかりの態度は改めたほうが良い』

 

『ククッ、器の小ささが露呈しているぞ駿我。

 仮にも大蔵家当主の座を競い合うというのなら、相応の大器であるべきだ』

 

『自信と傲慢は別物だ。

 お前は人に道理を説く前に、己の態度を見直した方が良い。

 反感を買う態度を、人は増長という』

 

 俺と衣遠の会話は、何時もの如く険悪な空気で始まった。

 互いに、相手の揚げ足を取ろうとする。

 相手を否定することしか考えていない、嫌いな奴と行う会話そのもの。

 我慢には限度があり、こいつ相手だとそれが更に低くなる。

 電話を切り、着信拒否でもするかと考え始めた時に奴は切り出してきた。

 即ち、リンチ性のあの子を隔離している場所に、一人増やしたいと。

 

『本当はボーヌの酒蔵に送られるところだったが、あの場所は女子の身では死にかねない。

 雌犬の子一人、どうなろうと構わないが大蔵家が殺したとなると面倒になる。

 更に言えば、大蔵の手が広がっていない欧州圏での事件にもなる。

 警察に追求されれば、些か不利だ』

 

 人間の扱いに関する会話をしている風には、とてもじゃないが聞こえなかった。

 だが、それを咎めたところで、こいつは嗤うだけだろう。

 そして何より、こんな話を聞かされて死ねと見捨てるには忍びない。

 どうやら、毎日擦り切れている俺の人間性もまだ捨てたものじゃないらしい。

 

『他に場所があるだろう。

 さっきお前が言った通り、欧州圏は大蔵の手が及んでない。

 だったら、どこへだって隠せるはずだ。

 わざわざ、事故を起こしかねない場所に二人を一緒にする必要は無いだろう』

 

『管理の問題がある。

 アレに対して我が家は苛烈な躾を施してきた。

 それに対して、奴は恨みを募らせているだろう。

 脱走などされれば、それこそ災禍を呼び込む。

 だとすれば、逃げようがない山奥に封印せざるを得まい。

 俺とお前が、リンチの子供にした様に』

 

 善人振るな、と釘を刺された。

 山弌殿の子供であるあの子に、俺達は人道を無視して全てを取り上げた。

 財産、家族、教育、その他全て大蔵家に居たら得られたもの全部。

 その事を思い出せと衣遠は言っている。

 

 ……忌々しい程の正論に、やはり憎悪を募らせてしまう。

 衣遠の言い分は正しい、正しいならそうすべきだとも思う。

 納得し、実行した方が良いと俺自身も計算して弾き出してしまったから。

 この人でなしであれるところに、同族嫌悪で衣遠の事を許せなくなる。

 

『良いだろう、だがこれは貸しだ。

 お前が借りて、今後の負債になる代物だ。

 何故なら、俺もリスクを負うのだからな』

 

 頼み事なら頭を下げろとも思ったが、それでプライドの高い衣遠に憎悪を植え付ける必要はない。

 むしろ、このことに対して交渉権を得た方が、よほど合理的だとも言える。

 衣遠が恩知らずであろう事も承知で、裏切られた時は追い詰める手札にもなる。

 トントン拍子で話は進み、彼女はサヴォワの修道院へ送られる事になった。

 それが、俺と屋根裏のラプンツェルとの関係性。

 忌々しい衣遠を通した、見知らぬ彼女との繋がり。

 そんな彼女は、衣遠の都合で日本に呼ばれている。

 手に届く範囲に居るからこそ、少し気になっていた。

 

 それに、押し付けがましい言い分になるが、俺は彼女の命の恩人に当たるらしい。

 俺が助け舟を出した人物の顔を、少しばかり見てみたいとも思った。

 里想奈さんも、その人物には心を許している。

 それが、俺の中で彼女に対する親近感を覚えさせている一因になっていた。

 

「会ってみたいかな、俺も」

 

「お? おぉ!

 あの兄上が女子に興味を持たれた!

 ようやく精通が来たのか、年頃の男子にしては遅かったが、何にしろ目出度い!

 今夜はパーティーだ!

 お赤飯は個人的に好きじゃないから、ピザで祝おう!」

 

「……黙ってろアンソニー、追い詰めるぞ」

 

 どうやら、俺は弟に不能だと思われていたらしい。

 馬鹿なほど可愛いと言うが、同じくらいに追い詰めたくもなる。

 そんな日常が俺の手の中にあった。





下の従兄弟の設定を少し盛りました。
でも、あそこまで歪んでないと、兄への劣等感はあっても父の悪影響は受けなかったんじゃないかなと……(原作で詳しく書いてあったら、こちらの単純なガバです。その場合は直ぐに訂正致しますので、報告な程よろしくお願いします)。
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