月に寄りそう乙女の作法 Nomadic Rapunzel 作:ペタンコ
りそなと私が会えるのは週に一回。
りそなの習い事がない日と、奥さまに用事がある平日の日。
普段は部屋で遊んだり、一緒に勉強したりするくらいだけど、今日は手を引かれて外に出ていた。
前からの約束で、今日は服を見に行く事になっていたから。
「姉、ゴスロリですよ!」
今日のりそなは、とても楽しそうだった。
私も、可愛い妹と二人で買い物出来て、普通の姉妹になれたみたいでとても嬉しい。
りそなも、一緒の思いで居てくれている。
それは、とっても幸せな事だった。
「りそなはお姫様だから、とっても似合いそうだね」
「何言ってるんです、着るのは貴方ですよ?」
「私は精々メイド服ですよ、姫」
「駄目ですシンデレラ。
妹、今日は姫じゃなくて魔法使いですから、しっかり魔法に掛かってください」
何時もは服を着せられる立場のりそなが、今日ばかりはコーディネートをする側に。
ワクワクする気持ちも分かるから、あまり無下にできない。
なので、今日の私は、すっかり着せ替え人形になっていた。
「こっちの青い薔薇をあしらったデザイン、ゴスロリなのに明るさがあるね」
青い薔薇はかつて、製造が不可能な事から花言葉は存在しないものだった。
けれど化学の発展によって開発に成功し、現在では夢は叶うという花言葉になっている。
素敵だね、とりそなに言ったのだけれど、彼女は残念ながらと言った。
「この服の薔薇は純粋な青です。
一方、実際にある青色の薔薇は、やや紫色に近いです。
なので、この薔薇は非実在性の象徴である、存在しない意味合いの薔薇です」
りそなにお姉さん振ろうとして、知ったか振りをしてしまった。
顔が熱くなるのを自覚するけど、りそなはそんな私を見てフフンと笑う。
「姉は服にはプラスのニュアンスで溢れていると思ってますが、そうでないのもあります。
例えばゴスロリ、姉はお姫様みたいと褒めてくれますが、どちらかと言えば暗くて退廃的です。
そういう世界観に連れて行ってくれる、そんな別の私にしてくれる服なんです。
妹、ゴスロリしか詳しくなくて、他の服についてなんて語れませんが」
常に勉強しているから、私がりそなに教えてあげないと、と思っていた。
でも、りそなはゴスロリを愛してる。
自分の好きな物だから、そのジャンルを深堀りして理解している。
それに、感心せずには居られなかった。
私は広く浅く、まずは知識を埋め込んでいる段階。
技術の習得に熱を上げていて、デザインだって一通りは描ける様になったけど、自分から見ても作りたいと思える服は無いに等しい。
それはきっと、服への愛が足りていないから。
だから、その姿勢を見習いたいなと妹に教えられたのだ。
好きな事こそ上手なれ、それは素敵なことに決まっているのだから。
「りそなに教えてもらってばっかりだね」
「いいえ、姉こそ私に色んな事を教えてくれています。
世界が、思ってたよりも広いと感じたのは姉のお陰です」
世界が広がった。
りそなが言ってくれたそれは、私にも当てはまる事だ。
楽しさ、嬉しさ、そして家族との絆。
沢山の幸せを教えてくれた、今が楽しく思えるのはりそなのお陰でもある。
「じゃあ、私達は一緒だね。
これからも、二人でたくさん学んでいこうね」
「はい、勉強は好きじゃないですが、姉となら楽しいです。
だから、これからもよろしくです……お姉ちゃん」
妹が可愛い、知っていたけどやっぱり思わずにはいられない。
やる気マンモスです!
「抱きしめても良い?」
「良いわけ無いでしょう、人前です」
妹は恥ずかしがり屋だった。
それに正論だから、反論をする余地もない。
代わりに頭を撫でると、むずがる猫の様にジタバタする。
「姉は直ぐに調子に乗ります。
接触過多だと妹が喜ぶとか思ってませんか?
嬉しくないとは言いませんが、所構わずは嫌です」
「ごめんね、嬉しくなると甘えたくなっちゃうみたい」
「え、甘えたかったんですか?
もしかして、妹になりたかったりします?
今日から私が姉で、姉が妹になっちゃいますか、このこの~」
私もお調子者だけど、りそなも有頂天になりやすい。
困ったさんではあるけど、そういった点で似てるのは嫌じゃなかった。
りそなと心が似通ってる気がして、悪い気がしないから。
「じゃあ、りそなお姉さま?」
「……ゾワゾワしますね、良くないです。
妹、甘えられるのも悪くないですが、甘える方が好きみたいです」
「いっぱい甘えてね?」
手を広げて、りそなを待つけど、それにはプイッと顔を背けられる……残念。
そうして、二人で試着を続けた。
ゴスロリの他にも、ギシアン・ウェストウッ、ドピュの服なんかも見ていた。
欧州本場の、衣遠兄様とも取引しているデザイナーの作品。
パンクファッションを取り扱っていて、アイテムや小物はとてもゴスロリと相性が良い。
ゴスロリ以外で、りそなが愛好しているファッションの一つだ。
「姉は黒との相性が良いですね。
逆に、赤はちょっと派手かもしれません」
「服の着やすさ自体はフワリとしてるのに、不安感は全然ないね!
でも服が良すぎて、服に着られていないか気になるよ」
「言っときますけど、貴方は可愛いです。
髪は長い方が映えるかもしれませんが、それを差し引いても完璧です」
りそなは、凄く褒めちぎってくれている。
お世辞じゃないと、ここまで真っすぐ言ってくれると理解してしまう。
恥ずかしい、恥ずかしいけど、今の私はオシャレな私らしかった。
「あ、りがとう、りそな」
「大丈夫です、これから少しずつ着慣れていきましょう」
流れで、そのままギシアンを購入することになっていた。
でも、これはりそなが似合うと言ってくれた服なんだ。
照れて言い辛いけど、私もゴスロリが似合うようになれたらなと思う。
「……あの、少し良いでしょうか?」
そんな交流の最中――ふと、声を掛けられた。
振り向けば、そこにはクリームの優しい髪色をした外国人の女性の姿。
着ている服的に、この人もギシアンのファンなのかもしれない。
「どうしましたか?」
辿々しい日本語を話していた彼女に、私は英語で聞き返した。
すると彼女は、成程とオランダ語で呟く。
どうやら、彼女はベネルスク辺りの出身みたいだ。
「英語、お上手なんですね?」
「はい、少し前にイギリスに住んでましたから」
「道理で、流暢なクイーンズイングリッシュで驚きました。
日本語も達者な様で……流石は大蔵の血族だということですか」
「ところで、何か御用でしょうか?」
何かを呟いている彼女に尋ねると、一つ頷いて口にする。
「難儀してます」
「難儀しているんですか」
何にと聞くと、服にと答えが返ってくる。
要するに、彼女は新しい服を買いに来たのだ。
それも慣れない日本でのこと、店員に聞いても要領を得ない。
だったら自分と同じ立場の消費者に聞いてみよう、と半ばヤケクソ気味に行動していたとの事だった。
「あと、着ている服が似合っていました。
そういう人に聞いた方が、間違えないと思います」
「それは、こちらの妹のお陰ですね」
私が視線を向けると、女性の方もりそなへと目を向ける。
りそなは慌てて、私の背中に隠れた。
そうして、背中を耳元で怒った声を出す。
「ちょっと、英語なので何話してるか分かりません。
あと、意味深に妹を見つめてくるの止めて下さい」
「ごめん、でも、りそなのファッションセンスに興味があるって」
「は? 初めて会う人になに話してるんですか。
私は人見知りです、かなりの内弁慶なんです。
姉は、そこら辺の事を理解してますか?」
「ごめん、ちょっと無頓着だったね。
りそなが嫌がることをしたい訳じゃない。
ただ、私の幸福を少しお裾分けしてあげたくて」
私は日本に来てから、ずっと誰かに助けられてきた。
それを、私以外の人に還元するのは、我儘だけど間違った行動ではない筈。
誰かの為に、それ自体は変わらずだけど、それを笑顔で出来る事が大事なのだと最近は思ってる。
「……分かりました、姉のそういうとこは嫌いじゃないので良いですよ。
ただ、早く終わって下さいね」
不満そうに、けれどもりそなはお願いを聞いてくれた。
この子は、賢いだけでなくて優しい子でもあった。
「ありがとう、りそな。
すみません、それではそうですね――」
私は自分の知識と、りそなから教えてもらったことを伝えていく。
残念ながら、コーディネーター程の知識はまだないけれど、自分に出来る範囲で最善を尽くして。
話しかけてきた女性は、ウンウンと頷きながらメモを取っていた。
そうして、ありがとうございますと言って女性が服をレジに持っていった時、溜息を吐いたのはりそなだった。
「あー、もぅ。
妹、何もしてないのに疲れました」
「ありがとうりそな、こっちの我儘に付き合わせちゃって」
「本当ですよ、今度からは妹最優先にしてくださいね」
頬を膨らませて、りそなはギュッと私の手を握ってきた。
甘えたいと言うよりかは、もう好き勝手にしては駄目だと釘を刺している感じだけど。
「じゃあ、美味しいケーキを出してくれるお店があるんだけど、今から行こっか?」
「……食べ物で釣れるほど甘い女じゃありませんよ、妹」
「また次の週、一緒に買い物してあげるから許して」
「必死な姉が可愛いので、もう少し許してあげないことにします」
「えーっ!?」
二人っきりになると、びっくりするくらいに元気になるりそな。
ちょっと人見知りだけど、頼りになる妹。
私がしてあげられることは少ないからこそ、甘えてくれるのが凄く嬉しい。
出来ることを増やして、この妹と堂々と出会うことの出来る立派な人間になりたい。
最近は、それも目標の内の一つになってる。
日本に来てから、なりたい自分、目標が増えている。
それは大変だけど、一生懸命になれる事が素敵だと感じる。
「ところでさっきの人、本当に服を買いに来たんですか?」
「どうしたの、急に?
普通に、服を買いに来ただけだと思うけど」
「いえ、私と姉が話している時、ジッとこっちを見てメモを取ってたので。
何故だろう、変だなと思っただけです」
「気にし過ぎだと思うけど」
「……そうですね、それよりも服を買って甘味屋さんに行きましょう」
「うん!」
りそなは聡い、だから周りのことがよく見える。
誰にでも気を使えるこの妹は、今後はどんな風に成長していくのだろうか。
それを考えると、将来が楽しみになる親の気持ちが分かった気がした。
おまけ
彼女は大変に難儀していた。
「これが彼女、大蔵朝日の生活ルーチンだ」
ある日、彼女は仕事があると社長室に呼び出された。
淡々とした声に、特に考える事なく社長室に向かった彼女。
そこで待ち受けていたのは、幼気な少女の生活を徹底的に調べ上げ、それについて解説する上司の姿。
そこはかとなく……ううん、無茶苦茶イヤな光景だった。
けれども、事情は初めに説明されていた。
彼女は大蔵の、いわゆる妾の子なこと。
敵対している大蔵欧州グループの保護下にあること。
相手の弱みたり得る部分だからこそ、素行調査が必要なこと。
全部分かっていたが、彼女の生活を隅々から調べ上げて発表する社長の姿は社会的にアレだったことは確かだ。
「……そこまで調べられているなら、もう十分なのでは?」
彼女は耐えかね、話を遮ってしまった。
本来、この社長は部下への統制を何よりも大切にしている。
故に、この類の越権行為はとても気に入らない。
やってしまったと彼女は即座に思ったが、今回ばかりは然程気にした風もなく、社長は理由を話してくれた。
曰く、人柄が知りたいと。
「大蔵朝日、彼女のことを詳しく知りたい。
彼女が、里想奈さんとキチンとやって行けるかをね」
いつも通り無表情ながら、いつもよりも饒舌な社長。
欧州グループを敵と呼びながら、その仲間である里想奈については敵視をしていない。
矛盾だと思ったが、それは彼も承知していたのだろう。
一つ、言葉を付け加えた。
「大蔵朝日がこちらに靡くなら、里想奈さんも仲間にできる。
かなり入れ込んでいたからね、これはそれを確かめるのに必要なことさ」
淡々としていた中に、少しの感情が混じった。
それは、つまらないというもの。
本当に裏切るのなら、面白くないという気持ち。
要するに社長にとって、そういう口実での調査なだけ。
本心は別のところにあると、彼女は悟らざるを得なかった。
「私が接触を図り、確かめてくるという事になるのですね」
「そうだ、出来るか?」
「出来るかもしれませんが、あまりお勧めはしません。
この東京の中心で、年上の外国人に話しかけられるのは警戒されるでしょう。
別の人物が適任と思われます」
「……他に、いない。
大蔵の事情を知って、こうして動かせる部下が。
裏稼業の奴らは殆ど、いい年の大人だからな」
同僚の事を思い出すと、確かにサングラスやスーツが似合う男ばかり。
だからこそ、若年の自分が呼ばれたのだとここでようやく理解する。
けれども、お前はスパイをやれと告げられて、彼女は難儀するしか無かった。
しかし、事が事なので外部の興信所に依頼する訳にもいかない。
社長は苦肉の策として、彼女を選ばざるを得なかっただけだ。
「承知致しました」
難儀ですね、と心の中でだけ彼女は呟いて。
どうするかに思考を巡らせ始めた。
この社長は恩人であるため、最善を尽くす理由があったから。
報告結果
大蔵朝日様について
非常に良く気が付き、他人に対しても親切心を忘れない。
大蔵里想奈様との関係も良好で、両者の間には深い繋がりを確認した。
また、英語についても巧みに操り、勉学の面に置いても優秀さが垣間見える。
但し、他人を信じすぎる節があるので、その点が弱点に当たるものと思われる。
※第一感であり、僅かに会話しただけで読み取れた情報だけを記載している。
引き続き、調査を続行する必要性があると思われる。
報告書作成者 カリン・ボニリン・クロンメリン