年の初めの西住流撃ち初め式は寅年という事もあり、
ティーガーの名を冠した戦車が勢揃い。
それに便乗したラブとゆかいな仲間達のの新宴会は、
今回もまたダージリンが何やら良からぬ事を企んでいる様子です。

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大変遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
年末年始が以前にも増してハードな状況で、今更やっと正月休みを取ってます。

新年最初の投稿は番外編でスタートですが、タイトルで既にネタバレでしょうかw
なお、今年も変態達は全員揃って元気なようですww


ヨコシマな新年会

「撃て!」

 

 

 コマンダーキューポラから顔を出す車長の砲撃命令の下、ティーガーⅡの特徴的なヘンシェル砲塔に搭載された71口径8.8㎝ KwK 43 L/71戦車砲から必殺のアハトアハトが撃ち出される。

 

 

「どうだった?」

 

「……す、すっご~い!」

 

 

 砲撃の凄まじい衝撃に砲手席で固まっている少女の顔を装填手を務める女性が覗き込むと、不意に我に返った少女はたった今渾身の力で発射レバーを引いたばかりの手を握り締め、すっかり興奮した様子で目を輝かせ堰を切ったように喋り始めた。

 

 

「私大きくなったら西住流に入って黒森峰の選手になる!それで全国大会で優勝するの!」

 

「そっか~、いいねガンバレ~♪」

 

 

 今年やっと学童戦車道に参加出来る学齢になるらしい少女は、初めて体験した重戦車にテンション爆上げで熱く将来の夢を語り、彼女が搭乗したティーガーⅡの装填手はニッコリと微笑みながら装填手用の皮手袋を外し彼女の頭を優しく撫でたのであった。

 毎年の恒例行事である近隣住民を招いての西住流道場新年の撃ち初め式は、寅年という事もあり今回は使用車両をティーガーの名を冠した戦車に統一して行われていた。

 ティーガーⅠとティーガーⅡは当然の事、ヤークトティーガーも射撃体験が出来るとあって今回の撃ち初め式は過去最高の人出を記録していたのだった。

 

 

 

 

 

「It's unbelievable!信じらんない人の数ね~!」

 

「やっぱヤークトティーガー効果じゃね?ティーガーの88㎜だってアレなのに、128㎜なんてバケモンは戦車道選手だってそう滅多に撃てるもんじゃないからな」

 

 

 西住流道場の射撃演習場にズラリと並ぶ重戦車達の砲声が轟く中、射撃体験の順番待ちの長蛇の列をケイとナオミは呆れと感心半々といった様子で眺めていた。

 

 

「カーベーたんの方が口径は上だけど、あの装甲貫徹力には勝てないわね……」

 

「KV-2とヤークトティーガーでは役割が違いますから……」

 

 

 カチューシャとしては愛してやまないカーベーたんの方が上だと言いたい処であったが、大口径とはいえ榴弾砲を装備したKV-2と対戦車砲装備のヤークトティーガーでは役割がまるっきり違い、ノンナはその点を冷静に指摘していた。

 

 

「ヤークトティーガーも驚きでしたが、やはり一番の驚きはシュトルムティーガーですわね……」

 

「ええ、ですがそのシュトルムティーガーは最初にまほさんのお母様がお撃ちになられただけで、あとは展示だけになってしまったのが少々残念ですわ……」

 

「あれは減薬しても煩過ぎて近所迷惑だからそう何発も撃てないんだ…それ以前に一発装填するだけでもあの騒ぎで時間ばっか掛かるからなぁ……大体他流試合でも滅多に出番がないから、弾の方も正直そんなに在庫がないんだよ……」

 

「あら、そうでしたの……」

 

 

 中々お目に掛かる事のないシュトルムティーガーの登場にダージリンとアッサムも興味津々な様子であったが、言い難そうに裏事情を語るまほに二人もバツが悪そうに顔を見合わせる。

 

 

「う~む、地元サービスも大変だな…けどいいのか?そんなイベントに我々みたいな余所者が参加しても……?なんかいきなり家元の後に続いて好き放題ぶっ放した感が強いんだが……?」

 

 

 新年会の前に道場の撃ち初めに参加しないかと誘われたはいいが、後になってそれが実質的に近隣住民の為の祭りである事を知ったアンチョビは、地元の人達を差し置いて自分達部外者が先に撃ち初めをしてしまった事に後ろめたさのようなものを感じていた。

 

 

「ああそれなら何も問題はない、皆にはみほの事(選抜戦)で随分世話になったからな、地元の方達もその事は知っているから大歓迎しているよ」

 

「そうなのか?ならいいんだが…けどそれでか、集まってる人達が妙に好意的に感じたのは……」

 

 

 これまで火力で散々苦労して来たアンチョビは、ここぞとばかりにヤークトティーガー選んで撃ち初めに臨んだが、射撃終了後降車した彼女は拍手喝采を浴びた上にやたらフレンドリーに話しかけられ大いに困惑していたのだった。

 しかしその理由がみほ(大洗)の窮地に助太刀に駆け付けた事にあると知ると、それで漸く納得が行ったと撃ち初め体験の列に並ぶ住民達を眺めていた。

 

 

「けど理由はそれだけじゃないぞ」

 

「…それはどういう意味ですの……?」

 

 

 まほにしてはやや含みのあるもの言いが気になったのか、若干声のトーンを抑えたダージリンが探るような口調でスッと目を細める。

 

 

「なぁダージリン、いい加減自分が人気選手な事を自覚した方がいいぞ……?」

 

「…まほさんに言われたくはありませんわ……」

 

 

 珍しくまほに揶揄われたダージリンがそっぽを向くが、構う事なくまほは種明かしを続けた。

 

 

「いやな、みほの事は関係なしに名の通った有力選手が来るとあって、今年の撃ち初めは例年以上に人が集まったから感謝してるんだよ」

 

「What's?ちょい待ち…それはどういう意味よ……?」

 

「あ…コイツ私らを人集めのダシに使いやがったな……?」

 

 

 ケイはまほの発言に違和感を覚え尋問口調で問い詰めようとしたが、パートナーであるアンチョビは彼女が何をやったか気が付いたらしくジロリとまほを睨んでいた。

 

 

「私じゃないよ…暮れにお母様が回覧版を回しに行った時、ご近所さんと立ち話になってお前達が撃ち初めに参加するって洩らしたらしいんだよ……」

 

『…恐るべし、主婦の口コミ……』

 

 

 アンチョビに睨まれ肩を落とすまほであったが、愚痴のような彼女の自供に全員が何が起きたかを悟りオカンネットワークの恐ろしさにその身を震わせたのであった。

 

 

「ハイお待たせ~、ってどうしたのよ……?」

 

 

 とっくに撃ち初めを終え控室代わりのテントに戻っていた仲間達と違い、撃ち初め後も射撃演習場に残りご近所さん相手のファンサービスに精を出していたラブは、テント下に漂う何とも微妙な空気に首を捻る。

 

 

「いや…大した事じゃない……それよりお前だけ仕事させて済まなかったな……」

 

「あ~ど~って事ないわ~、ご近所付き合いは大事だものこれ位はお安い御用よ~」

 

 

 僅かな期間とはいえ西住家で暮らしていたラブにとってこの熊本は故郷同然だったので、しほの為ならひと肌でもふた肌でも脱ぐ事を躊躇いはしなかった。

 

 

「や~、それよりポルシェ砲塔の初期型ティーガーⅡなんて久しぶりに見たわ~、ヘンシェル砲塔搭載型はフラッグ車に使う学校が結構あるから比較的よく見るけど、ポルシェ砲塔は受注生産に近いからまず見かけないのよね~」

 

 

 開発開始当初はポルシェ社とヘンシェル社による競合であったティーガーⅡは、曲線を取り入れた砲塔のショットトラップ問題を始め生産性の悪さなどの事情により、初期に50両程ポルシェ砲塔を搭載した以外は全ての車両にヘンシェル砲塔が搭載されていた。

 

 

「まぁ西住流はルール上使用出来るドイツ戦車は全て所有しているからな……」

 

「まほさん…今全てのドイツ戦車と仰ったようですけど、その中にはレオポ……いえ、ポルシェティーガーも含まれていると考えて宜しいのかしら?その割に今日は姿が見えないようですけど……」

 

 

 コイツ相変わらずそういうトコはよく聞いてやがると溜息を吐きそうになったが、それでまた何かダージリンに言われたくないので、グッと堪えまほはポルシェティーガー不在の理由を語り始めた。

 

 

「確かにダージリンの推察通りポルシェティーガーも所有しているよ…購入したのは流派創設当時と聞いてるから、ウチに現存する戦車の中では最古参に近い車両と言ってもいいだろうな……だが皆も知っての通りポルシェティーガーは欠陥だらけで、導入当初から故障が頻発して運用実績は極めて低いんだ…お父様も時間がある時に少しづつ手を加えているみたいだが、如何せん古過ぎて一か所直せば他が壊れる鼬ごっこで正直匙を投げてるみたいなんだよ……」

 

「ならみほさんの所の自動車部さんに任せてみたら如何かしら?彼女達ならレオポンで実績があるからどんなに古くてもどうにか出来るのではなくて?」

 

「あのなぁ、ウチのお父様が匙を投げたモノを彼女達にどうにか出来る訳ないだろう……大体そんな事で迷惑掛ける事は出来ないよ……」

 

 

 何を言い出すかと思えばとまほが渋い顔をすれば、さすがにダージリンもそれで口を噤む。

 

 

「けどレオポンと言えばみほはどうした?朝から姿が見えないが帰って来てるんだろ?」

 

「みほか?みほならエリカ達を手伝いたいと言って受付と会場整理の仕事に行ってるよ…毎年撃ち初め式の時は黒森峰の現役選手が手伝いに来るのが習わしになってるんだ……まぁお母様の方からバイト代の名目でお年玉出るから、みんなそれ目当てで来るんだけどな」

 

「それは単なる口実でエリカと一緒に居たいだけだろ~?抜け目のないヤツめ~」

 

 

 みほの姿が見えない事を不審がるアンチョビであったが、まほの説明に全てを察しみほのちゃっかりぶりに彼女も苦笑いを浮かべた。

 

 

「さあ、それじゃあ全員揃ったから新年会の前に温泉で汗を流すとしようか」

 

 

 これで自分達の役目は果たしたと言わんばかりに話を締めたまほは、仲間達を引き連れ撃ち初めの会場になっている射撃演習場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「あなた達の撃ち初めは終わったのですか?」

 

「ええお母様つい先程終わりました、それで新年会の前に皆で風呂に入ろうかと…ここにいるという事はお母様も風呂に入られたのですか……?」

 

「コンベンションホールの方で招待客相手の宴席に出るのに、さすがに煤塗れという訳にも行きませんからね…座敷の方に新年会の準備はさせていますから、あなた達も早く汗を流して体を温めて来なさい……今日は結構冷えましたから風邪をひかぬよう気を付けるように」

 

「はい解りました」

 

 

 まほに連れられ向かった先、西住家本宅の徹甲の湯前で出くわしたしほは湯上りの上気した顔で娘とその連れに母親らしい気遣いを見せる。

 

 

「え~っとしほママ…私もそっちの宴席に顔出した方がいいのかな……?ホラ、招待客の方達にも私が来てるのは知れちゃってるワケだし、これでも一応厳島流の家元だからさ……」

 

 

 今や押しも押されぬトップアイドルとして知名度の高いラブは、撃ち初めでもその派手な容貌と神がかった命中率で相当に目立っていたので、招待客の接待と聞きしほの手伝いをすべきかとおずおずと申し出ていた。

 

 

「それには及びませんよ、これはあくまでも西住流の行事なのですから、恋はお友達と一緒に新年会を楽しみなさい」

 

「そう……?解ったそうする、ありがとしほママ」

 

 

 子供達の手前あからさまに口調を変える事はなかったが、しほの気遣いは充分に伝わっているらしくはにかんだ笑みで立ち去るしほの背中をラブは見送っていた。

 

 

『ねぇまほさん…大変言い難い事ですけど、あなたのお母様は実の娘のあなたよりラブに対しての方が随分接し方が優しくありません事……?』

 

『…そりゃ昔からラブのヤツは、あのオニババァに平気で甘えるからな……』

 

『……』

 

 

 しほを見送るラブの背中に声を潜めたダージリンは、まほの態度に母娘のありようとしてそれはどうなのかと言いたくもあったが、下手な事を言うとまほは余計に意固地になるのが見えていたので、彼女もそこでそれ以上何かを言うのを控えたのであった。

 

 

 

 

 

「これがマホーシャの家のお風呂……」

 

「狭くてスマンな……何しろ今日は撃ち初めで煤塗れになる門下生達が交代で寮の風呂に入るので、とてもじゃないが私達があちらでのんびり湯に浸かる訳に行かないんだよ」

 

「これで狭いですか……」

 

 

 まほが言うように広い寮の風呂は、撃ち初め式の指導役の門下生達が交代で煤を流す為に使われているので、今回は本宅の徹甲の湯を使うよう事前にしほに言い付けられていたのであった。

 しかしまほは狭いと言うがそれは寮の風呂に比べての話であって、どう見ても高級旅館の温泉にしか見えない浴室に真っ先に足を踏み入れたカチューシャは、目の前の信じ難い光景にあんぐりと口を開け絶句していた。

 

 

「Aww…露天風呂まであるじゃない……こりゃあ凡そ個人の家のお風呂には見えないわねぇ……」

 

 

 カチューシャとノンナに続いて浴室に突入したケイも内部をぐるりと見回しながら、やや大袈裟な身振りを交え思ったまま感想を漏らしていた。

 

 

「まぁ脱衣所の様子からして何となく予想は付いてたけどな……」

 

「Hey!せめて前ぐらい隠しなさいよ!全くガサツなんだから……」

 

 

 直ぐ後ろで腕を組み仁王立ちのままナオミが何を今更とでも言いたげに呟けば、振り向いたケイはすっぽんぽんで一切隠す気のないナオミの下腹部を指差し声を荒げた。

 

 

「オマエが言うなというやつですわね…ケイがそれを言っても説得力がないと思わなくて……?」

 

「私にそんな話を振らないで下さる……?」

 

 

 一緒に居る時にケイが騒げば大概の場合真っ先に小言めいた事を言うダージリンだったが、自分を巻き込もうする彼女を関わる気のないアッサムは素っ気なく突き放す。

 

 

「ねぇ!も~いい加減寒いんだからそんなトコに突っ立ってないでどいてくれる!?」

 

『あ…ごめんなさい……』

 

 

 だが迷惑そうにするアッサムも含め下らない立ち話で浴室の入り口付近を塞いでいた全員が、例によってアンチョビにに髪を結い上げて貰ったラブに睨まれると、漸くそれで自分達が如何に迷惑な場所にたむろしていたかに気付き慌てて左右に割れてラブに道を譲ったのだった。

 

 

 

 

 

「ふ…この温泉はいつ入っても本当にいいお湯だわ……」

 

 

 湯煙の中アンチョビの手で長い髪を高々と結い上げられ露になったうなじも色っぽいラブは、滾々と湧き出る源泉かけ流しの湯に温められ、ほんのりと桜色に染まったたわわなアハトアハトをプカプカさせながら吐息と共に呟きを洩らしていた。

 

 

「確かに良いお湯だとは思うけど、そこまで違いが解るものなのかしら……?」

 

 

 確かに入れば気持ちも良いし効能も色々ある事は知っているが、若く健康なダージリンはまだそれが今ひとつよく解らなかったらしく、ラブの洩らした呟きに何処か懐疑的であった。

 

 

「そうね…以前と違って今の私の身体はそういう事に敏感だから実感し易いと思うわ……実際最近はこの徹甲の湯に入った後は何日か調子が良いのよ……」

 

「そう……」

 

 

 事故後血の滲むような努力で、彼女は様々なハンデを克服して来た。

 しかしそれでもラブの身体は尚も複数の後遺障害を抱えていたので、温泉に入る事で得られる効果は健常なダージリン達より遥かに多かった。

 

 

「ナニ今更深刻そうな顔してるのよ?」

 

「別にそんな事ありませんわ…そんな事よりねぇラブ、あなたの実家に温泉はないのかしら?確か直ぐ近くに日帰り温泉がありましたよね……?」

 

 

 ラブの抱える障害に関する話題となると周囲はどうしても神経質になってしまうので、彼女も敢えて今更それがどうしたと素っ気ない態度を取り、ダージリンもそれを誤魔化そうとするかのようにやや無理のあるやり方で話題を変えた。

 

 

「割と近年出来た施設ね…最近は技術が進歩して1,500mとか掘るとお湯が出るらしいけど、あまり無理して掘るのもどうかと思うしねぇ……」

 

 

 後遺障害の事を差し引いても元々温泉は好きだったが、無理矢理深掘りしてまで自宅に温泉が欲しいとはその口振りからしてラブも思っていないようだ。

 

 

「フム、ラブの家は温泉に入りたくなったらヘリで箱根か伊豆の別荘に行くから、自宅に温泉がなくても特に不都合はないぞ?」

 

『ヘリ?別荘?』

 

 

 特にその事を特別な事と思っていないらしいまほが横から補足するように口を出すと、厳島家が普通ではないと解っていても金持ちを象徴するワードに全員が同じ反応をした。

 

 

「あぁ、プライベートヘリがあるよ、私とみほも昔何度も乗せて貰ったし温泉も入りに行ったな」

 

『チッ……』

 

「今更何よ……」

 

 

 まほもやはりそれが普通なお嬢様育ちであったので別に悪気があった訳ではなく、ごく当たり前の事として説明したつもりであったが、自家用ヘリとお別荘などというブルジョアの必須アイテムは一般庶民の神経を逆なでし、その反応にラブも完全に開き直っていた。

 

 

 

 

 

「さて…私達もそろそろ上がって新年会の準備のお手伝い位しないと、さすがにお屋敷の使用人の方達に申し訳ないですわね……」

 

 

 それまで他愛のない話に興じながら湯に浸かっていたダージリンは、不意にそんな事を言い出すとそのまま腰を上げる。

 程良く膨らんだ胸から腹部にかけて張りのある肌を伝い落ちる水滴が艶めかしく、思わず見とれてしまいそうな光景であったが、その行動はあまりに唐突過ぎて違和感を覚えたアンチョビは言いようのない警戒心を抱いていた。

 

 

『おいラブ……』

 

『何よ千代美……』

 

 

 そのアンチョビが隣で特大の機雷を湯に浮かべているラブに小声で囁きかけると、返って来たラブの声も小声ながら険があり何かを警戒しているのが感じられた。

 

 

『あのダージリンのよそよそしい態度、アレは絶対何か企んでるぞ…去年の事(牛柄ビキニ)もあるからな、オマエも気を抜くんじゃないぞ……』

 

『言われなくても解ってるわ……』

 

 

 昨年の新年会でもベタな牛柄ビキニを二人に着せる為に、まほを焚き付けた首謀者であるダージリンの動きに目を光らせるアンチョビの注意喚起に、ラブも険しい目付きで眉間に皺を入れ低い声で短く答えていた。

 

 

「Phew…これ以上浸かってたらさすがに上せそうだわ……」

 

「私はとっくに限界超えてるのにノンナが離してくれなかったわ!」

 

 

 ダージリンが腰を上げるとケイとカチューシャがそれに続いたが、言っている事がどうにも嘘くさい上に素人芝居丸出しな棒演技だった。

 

 

『嘘つき……』

 

『わざとらしい猿芝居しやがって……』

 

 

 出て行く二人の背中を完全に据わった目で見送る二人の傍を、ナオミはあのバカ共がと片手で顔を覆いながら通り過ぎ、ノンナとアッサムは無表情でその後を追って行った。

 

 

「そ、それじゃ私も上がるとするか……」

 

『……』

 

 

 そして最後に一人取り残されたまほがぎこちない動作で立ち上がり、やましい事がありますと白状するようにオタオタとその場を逃げ出すと、ラブとアンチョビは無言でその背中を見送っていた。

 

 

「…アイツら今度は何を企んでるんだか……」

 

「あの様子だと去年返り討ちにされたのに全然懲りてないわね……」

 

 

 ラブとアンチョビを残し全員が退出して暫くの間、二人は押し黙り口を開く事はなく浴室には湧き出た湯の流れる音のみが響いていた。

 だがそれは別に気まずさからそうしていた訳ではなく、単に出て行った連中が何か仕掛けて来るかもしれないと様子を窺っていたからに過ぎず、取り敢えずは大丈夫そうだと判断すると二人は険しい表情のままこれからどうすべきか作戦を立て始めたのだった。

 

 

「どうせまたダージリンの口車に西住のヤツがまんまと乗せられたんだろうな…また私とオマエを残して全員が示し合わせて動いたって事はそういう事なんだろう……」

 

「去年は丑年で牛柄…今年は寅年だから虎縞……?」

 

あのバカ(ダージリン)の事だから充分あり得るな……」

 

 

 二人は互いの予想が当たりだろうと顔を見合わせながら一層嫌そうに顔をしかめたが、いつまでもそうしてもいられないので深く重い溜息を吐きながら重い腰を上げていた。

 

 

「ハァ…ったくもう!とにかく連中に背中を見せないよう気を付けて行くぞ……?」

 

「えぇ、念の為に自前のバスローブを持って来ておいて良かったわ…千代美の分も用意しておいたから、いざとなったらそれだけ羽織って逃げればいいわ……」

 

「そうだったか、用意がいいな……」

 

 

 逃げる以外の選択肢がない事がどうにも腹立たしかったが、行動方針が決まった事で二人は小さく頷き合い浴室を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

「バスローブ…ですって……」

 

 

 ラブとアンチョビが脱衣所に姿を見せた時、バスタオルのみを身体に巻き髪を乾かしていたダージリンは、鏡越しに二人がバスタオルを使う事なくバスローブに袖を通し始めたのを認め、予想外の事態に動揺を隠す事が出来なかった。

 その瞬間狼狽した彼女が見せた表情に、ラブは着るバスタオルであるバスローブを用意していた自分の判断が間違いではなかった事を確信しダージリンを見下すように目を細める。

 

 

「何よ?私がバスローブ使っちゃ何か都合悪い事でもあるのかしら?」

 

「べ、別に何も不都合は……」

 

 

 ラブに睨まれながら言葉を濁すダージリンは髪が生乾きにも拘わらずドライヤーを止めると、必死にさり気なさを装いながら鏡台の前から脱衣所の籠が並ぶ棚の方へと移動していた。

 

 

「何だオマエまだ髪が生乾きじゃないか…そんな状態じゃまともに結う事も出来ないぞぉ……?」

 

 まず先にラブにバスローブを着せてやったアンチョビは、自らも着用したバスローブの帯を締めながら不自然な動きをするダージリンにツッコミを入れる。

 

 

「も、問題ありませ──」

 

「ねぇダージリン、今後ろ手で隠し持った物はナニよ!?」

 

「な、何の事かしら?何も隠してなどいませんわ……」

 

「嘘おっしゃい!」

 

「あ!何を!?」

 

 

 あくまでしらを切ろうとするダージリンであったが、ラブはステージで見せる華麗なダンスステップのような身のこなしで彼女との距離を瞬時に詰めると後ろに回した手を捻り上げていた。

 

 

「な…何よコレは……私こんなモノ絶対穿かないわよ!?」

 

 

 捻り上げたダージリンの手からポトリと床に落ちた物を拾い上げたラブは、それをが何であるか認識するなり口元を歪め、ワナワナと震えながら怒声を上げたのだった。

 それは昨年の牛柄ビキニ以上にベタな虎縞のパンツで確かに自分の予想通りの展開であったが、両手で左右にビロ~ンっと広げてみたラブはそのデザインに激高していた。

 前から見れば際どいカットながらも単なる虎縞のショーツだったが、後ろ側には大きく丸い穴が開いている所謂O-backと呼ばれるろくでもないシロモノで、もしそれを穿けばお尻が丸見えになるのは確実だった。

 

 

「ふざけんじゃないわよ!紅茶飲み過ぎて頭の中まで発酵してんじゃないの!?」

 

「あ、このヤロウそれだけじゃなくてロングスリーブグローブとオーバーニーソックスまで用意してやがる…ってこっちにあるのはシッポか……?」

 

 

 ブチキレたラブがO-backの虎縞ショーツを床にべしっと叩き付ける傍で、ダージリンの背後に回り込んだアンチョビが彼女の籠の中を物色し、更に隠されていたコスチュームを掘り出していた。

 

 

「ちょっ!勝手な事しないで下さる!?」

 

「黙れこのド変態!毎度毎度いい加減にしやがれ!」

 

 

 昨年同様ラブと一緒にオモチャにされ兼ねない状況だけに、アンチョビも一切容赦せずに不平を言うダージリンを罵倒する。

 

 

「ねぇ千代美…そのシッポの取り付け部分……」

 

「あ?取り付け部分が何だって……?」

 

 

 怒れるアンチョビが握り締める虎の尻尾付け根、本来なら取り付ける為のクリップか何かが付いているであろう場所にその類の物は見当たらず、代わりに黒いシリコン製と思われるチェスの駒のポーンに似た突起物が取り付けられていた。

 

 

「ん?何だコリャ…オイ……オイオイオイ!これはまさか!?」

 

 

 ラブが震える手で指差したしっぽの想像すらしたくない装着方法に気が付いた途端、二人の顔は見る見るうちに真っ赤になり怒りは頂点に達していた。

 

 

「Ugh…ダージリン……さすがにソレはあなたの人間性を疑うわ……」

 

 

 しかし怒髪天を突いた二人がダージリンを罵るより先に、彼女が用意した物の詳細まで知らなかったケイがドン引きしながら軽蔑の言葉を投げ掛けていた。

 

 

「うっさいわね!アンタ達だってコレを付けたラブの姿を見たいから話に乗ったんでしょ!?」

 

「ダージリン…言葉遣いが悪過ぎますわ……」

 

 

 ガサツで下品と日頃から小言をいう事の多いケイに軽蔑され、逆ギレしたダージリンが思わず口汚く怒鳴り声を上げると、一緒にしないでと言いたげな表情でアッサムが背後から彼女を撃つ。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 まさかの裏切りにダージリンは目を白黒させながら振り返るが、そっぽを向いたアッサムはそれ無視して一切目を合わせようとはしなかった。

 

 

「あーもうまどろっこしいわねぇ!」

 

「カチューシャ様!?」

 

 

 結託して二人追い詰めるはずが誰が敵で誰が味方か解らない事態に陥り誰もが戸惑っていたが、突然足下から上がったカチューシャの咆哮に何事かとビクリと身を震わせていた。

 

 

「チンタラやってないでサッサとひん剥いちゃえばいいのよ!」

 

「あ!いけませんカチューシャ様!」

 

 

 ダージリンの用意したこれまで見た事もないようなお下劣な虎縞ランジェリーセットに、想像力の限界を超えたカチューシャはいつもの癇癪を起しラブ目掛けて掴み掛る。

 

 

「ちょ!カチューシャ!?」

 

 

 体格差を全く弁えぬカチューシャの突進にさすがのラブも取り乱すが、咄嗟の判断で床に膝を突いた彼女は真っ直ぐ突っ込んで来るカチューシャ目掛けてたわわな胸部重装甲を突き出していた。

 

 

「どすこ────い!」

 

「うぎゅっ!?」

 

 

 気合と共に突き出された世界最強のたわわに正面から突っ込んだカチューシャは、勢いそのままに弾力抜群なアハトアハトに深くめり込んで行く。

 しかしその程度の突撃にラブのたわわが負けるはずもなく、限界点に到達したカチューシャはその直後ティーガーIの71口径8.8㎝ KwK 43 L/71戦車砲を上回る高射速で弾き返されたのだった。

 

 

「か、カチューシャ様!」

 

 

 カチューシャを止めようと不自然な体勢で身を乗り出していたノンナは、たわわ砲から撃ち出された徹甲弾(カチューシャ)を何とか受け止めようと試みたが、ラブに次ぐ高身長とそのアンバランスな体勢が災いしその勢いを殺す事が出来なかった。

 

 

「え!?」

 

「きゃあ!」

 

「うわ!ちょっと待った!」

 

「ぐえっ!」

 

 

 ギリギリの処でカチューシャを落っことす事は回避出来たノンナであったが、その高い射速に敗北を喫した彼女は呆気なくバランスを崩してしまい、哀れカチューシャに雪崩式バックドロップを決めてしまったのだった。

 そして更に不幸な事に二人が倒れ込んだその先には、カチューシャの抜け駆けを許すまじとおバカさん達が殺到していた為に、全員を見事に巻き込む絵に描いたような将棋倒しが発生していたのだ。

 

 

「千代美逃げるよ!」

 

「がってんだ!」

 

 

 するとこれを脱出の好機と判断したラブが迷う事なく撤退命令を発信し、アンチョビも打てば響くでそれに応じ、二人は自分達の着替えの入った籠を抱え脱衣所からバスローブ姿のまま一目散に逃げだしたのであった。

 

 

 

 

 

「あイタタタタ……」

 

「酷い目に遭いましたわ……」

 

「誰のせいよ!?」

 

「それはあなたが血気に逸るから!」

 

「F●ckin'!何でもいいから早くどいてくんない!いい加減重いのよ!ドイツもコイツも揃いも揃って太ったんじゃないの!? 」

 

「なんですってぇ!?」

 

 

 まんまと二人にに逃げられた挙句将棋倒しで倒れ込んだケダモノ達は、脱衣所の床に折り重なったままの状態で醜い言い争いを始めていた。

 

 

「その辺にしておけ…早く着替えないと私達が風邪をひいてしまうぞ……」

 

 

 だが身体に巻いていたバスタオルもはだけ全裸に近い状態で、折り重なった山の中段に埋まったまほが真面目くさった顔でそう指摘すると、ぐっと言葉に詰まった一同は漸く立ち上がり始めたのであった。

 

 

「ヤレヤレ…今年は絶対上手く行くなんてダージリンの戯言に乗ってしまった私が馬鹿だったよ……ん?アレは一体何だ……?」

 

 

 既に身体は湯冷めしかけていたが改めて温泉に浸かり直す時間もなく、まほはアホな企てに加担しながらも何も得るモノのなかった事に自虐の呟きを洩らしダージリンに横目で睨まれていた。

 しかしそんな視線など気にも留めぬ彼女は急ぎ身体をバスタオルで拭き直した後、籠から取り出した着替えのショーツに身を屈め脚を通していたが、その途中脱衣所の出入り口付近に何かが落ちている事に気が付きその手を止めていた。

 

 

「っと、イカン…まずはこれを穿いてからでないと……」

 

 

 どうやら落とし物らしいと拾いに行きかけたまほは、着替えの途中である事を思い出し慌ててショーツを引き上げるとパンイチのままの姿で、扉の前に転がる生まれたての黒い子猫のように丸まった落とし物を拾い上げた。

 

 

「ん…何だコレは……って……こ、こここここ、この極めてあだるとな黒いおパンツは、もしかしなくてもラブの忘れ物ではないのか!?」

 

『なんですってぇ!?』

 

 

 掌の中に納まる程小さな物体の正体を確かめるべく両手で広げたまほは、それが何であるか認識した途端裏返った声でとっ散らかった叫びを上げる。

 そしてその叫びに全員の視線が集中した先には、まほが両手でビロ~ンっと広げた黒い大人のおパンツがあり、それを見た瞬間ケダモノ達は一斉に目の色を変えていた。

 

 

「Really!?そ、それはまさかラブの脱ぎたての生おパ──」

 

「お止めなさい!仕方がありません、それは私が預か──」

 

「ざっけんじゃないわよ!粛清されたいの!?その役目はこのカチュ──」

 

「仕方がない、これは身内である私が責任を持って届けてやるとしよう」

 

「Hey!ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そうよ!抜け駆けは許されませんわ!」

 

 

 まほが手にした黒いショーツを凝視するケダモノ達は、互いに語気も鋭く牽制し合いながらジリジリとにじり寄りその距離を詰めて行く。

 

 

「いーからサッサとこっちに寄越しなさい!」

 

 

 しかしこのままでは埒が明かぬと業を煮やしたダージリンが目を血走らせてまほに掴み掛ると、それに釣られた者達も後れを取ってなるものかと後に続き、ラブの脱ぎたて生おパンツを巡る世にも醜い争奪戦が勃発したのだった。

 

 

「ふざけるな!寝言は寝て言えこの茶坊主が!」

 

「カチューシャ様!それはお子様のあなたには不要です!」

 

「誰がお子様よ!?って何匂い嗅ごうとしてんのよ!?」

 

「You suck!最っ低ぇ!スケベオヤジみたいな顔してんじゃないわよナオミ!」

 

「オメェが言うなこの尻軽!」

 

「あぁ嫌だ品のない……」

 

『黙れこのデコッパチ!』

 

 

 床にバスタオルを散乱させて全裸で掴み合いと罵り合いを繰り返しながら、いつ果てるとも知れないLove Panの奪い合いを続けるケダモノ達。

 高校戦車道全国大会でも上位を占める強豪校で主力を張る猛者揃いだけに、誰もがそれなりに体力には自信があり精神的にもタフであったが、色欲に目が眩み力加減出来なくなった状態でのキャットファイトに誰もが肩で息をしていた。

 

 

「ハァハァ…ふ、フハハ……か、勝った……」

 

 

 しかしさすがは高校戦車道最強と謳われる黒森峰を率いて来ただけに、総合力で頭一つ抜きん出ていたまほが最終的に全員を力技でねじ伏せると、息も絶え絶えながら勝利を宣言するようにラブのおパンツを握り締めた右の拳を天高く突き上げたのだった。

 

 

「と、という訳でこのおパンツは私が直接ラブに届けてやる…こ、これは妹である私に与えられた正当な権利だからな……」

 

 

 アホな事この上ない世迷言を口にしながら、まほは実力で勝ち取った戦利品であるラブのおパンツを両手で広げ、まるで黒森峰の舟形帽を被るように得意げにスポっと頭に被っていた。

 

 

「うん?この声は……?」

 

 

 ところが彼女が勝ち鬨を上げた直後、脱衣所の出入り口の扉の向こうが何やら騒がしくなり、一体何事かとかほは訝し気に眉を寄せたのであった。

 

 

 

 

 

「あれ~?しほママどうしたの~って、わぁ♪とっても素敵♡けどそんなカッコでどうしてこんなトコに?お客様の接待に行ったんじゃなかったの……?」

 

 

 徹甲の湯へと続く廊下の途中、一体何処で着替えたのかラフな私服姿で偵察でもするように様子を窺っていたラブとアンチョビは、予想外にもしほと遭遇しそのいで立ちに驚き目を輝かせていた。

 ラブを驚かせたしほは艶のある黒髪を品よくアップに結い上げ、裾に岩山の上で天に向かい咆哮する白虎が染め抜かれた黒留袖を身に纏い、シンプルながらも仕立ての良いその黒留袖は彼女にとてもよく似合っていた。

 

 

「宴席に出る前に幾つか片付けなければならない事があったのよ、久しぶりの着付けにも手間取ったしお陰ですっかり遅くなってしまったわ……」

 

「でもラブの言う通りとても素敵です♡」

 

「何ですか二人して大人を揶揄って…おだてても何も出ませんよ……?」

 

 

 着物姿のしほを前にはしゃぐラブとアンチョビに彼女は窘めるような事を言うが、ろくでもない事しか言わぬ実の娘達と違う反応を示す二人に何処か嬉しそうにしていた。

 

 

「う~ん、でもしほママこんな素敵な着物持ってたの知らなかったわ……」

 

「私が常夫さんと結婚した頃に母が作ってくれたのよ…いずれはまほにと思っていますけど……」

 

「みほには…この柄は似合わないわよねぇ……」

 

「確かに……」

 

 

 将来的な事に話が及びラブがみほの名を出すと、彼女がこの黒留袖を着付けた姿を想像したアンチョビも苦笑しながら眉尻をへにょっと下げたのだった。

 

 

「あ…ちょっとしほママ……」

 

「何ですか……?」

 

 

 アンチョビと共に苦笑していたラブだったが、その途中不意に口元を引き攣らせるとしほを手招きし、怪訝そうな表情を浮かべた彼女の耳元に身を屈め何かを囁いた。

 

 

「そ、それは…確かにあの子ならやりかねないですね……解りました、私も注意してよく監視しておく事にしましょう……」

 

 

 最初こそ何を言い出すのかと身構えていたしほもラブの話を聞くうちにその顔にタテ線が入り、息を呑みながらも神妙な顔で一つ頷いて見せたのだった。

 

 

「な、何だどうした……?」

 

「…ボコよ……」

 

「は……?」

 

 

 その二人の深刻そうな表情に不安げなアンチョビが様子を窺うようにしていると、如何にもうんざりだと言いたげな顔をしたラブが吐き捨てるようにその名を出した。

 

 

「だからみほの好きなボコられぐまの事よ…気を付けて監視しておかないと、あのバカの事だから将来勝手に特注でボコ柄の成人式の晴れ着を発注し兼ねないからって言ったのよ……」

 

「あ゛ぁ゛……」

 

 

 その説明で全てを理解したアンチョビもみほなら確かに高確率でやらかすかもしれないと、まるでバルサミコ酢と間違えて米酢を大量に振り掛けた冷製パスタを食べたしまったかのように、その顔を歪ませていたのだった。

 

 

「そ、それでしほママな何故ここへ……?」

 

 

 変な方向に激しく話を逸脱させてしまったラブも暫くの間アンチョビと似たような顔で固まっていたが、話が途中であった事を思い出すと改めてしほがここにいる理由を聞き直していた。

 

 

「え?あぁそうね…部屋に戻って着物に着替えた後に脱衣所に忘れ物をした事に気付いたのよ……」

 

「なんだ、しほママも?」

 

「も?って事は……?」

 

 

 しほが単に忘れ物を取りに来ただけである事を告げると、ラブもやや気抜けした調子で自分達も同じである事を仄めかし、しほもそれに釣られ先を促すように言葉を重ねる。

 

 

「うん、私は脱衣所の鏡台の所に髪留めを忘れて千代美はリボンを忘れて来たのよ」

 

「成程……」

 

 

 ラブの説明を受けしほも二人が着替えを済ませているのに、髪だけがお風呂仕様に結い上げたままである事に合点が行った。

 

 

「で、しほママは……?」

 

「私はその…着物に着替えた後洗い物を纏めていた時に肌着が一枚足りない事に気が付いたのよ……多分脱衣所を出ようとした時、うっかり洗い物の入った籠を落としたからその時だと思うわ……」

 

「ふ~ん、そっか…でその肌着って上?それとも下?」

 

「下よ……」

 

 

 しほは多少答え難そうだったがラブにしてみれば何の気なしに聞いただけで、特にその質問に何か含みがあった訳ではなかった。

 そして彼女達にとってはこの件はここで終わった訳であったが、脱衣所の中で二人のこのやり取りに聞き耳を立てていたまほには悲劇の始まりだったのだ。

 彼女がラブの物だと思い込み、激しい争奪戦の末に勝ち取り得意げに頭に装着した大人のおパンツが、実はラブの物ではなく日頃からオニババァと公言して憚らない母の物であったという恐ろしい事実は、まほに全国大会での敗北以上に激しい衝撃をもたらしていた。

 ラブの物であるという思い込みの下宝冠の如く自らの頭上に戴いたおパンツが、よりにもよってしほの物であったという受け入れ難い真実に打ちのめされ、まほはその場で炎上すると瞬く間に燃え尽き白化したのであった。

 

 

 

 

 

「あぁ、やはりここに落ちていましたね…ところであなた達はそのような格好で一体何をやっているのですか……?早く服を着なさい、風邪をひきますよ……?」

 

「ホント、アンタ達ナニやってんのよ…バカじゃないの……?」

 

 

 脱衣所の入り口近くに転がっていたショーツを拾い上げたしほは、マッパのまま魂の抜けた顔で立ち尽くす娘の姿と、似たような格好で床に折り重なっているおバカさん達に小言を言い、ラブも心底馬鹿にした目付きで見下すような事を言った。

 

 

「お~、あったあった……お~いラブ、やっぱここにあったぞ~」

 

「おっけ~、それじゃ戻って髪を結んだら菊代ママの手伝いに行こう」

 

 

 彼女がそうしているうちに髪留めとリボンを鏡台から回収したアンチョビが戻って来ると、それきりまほ達の存在を忘れたようにラブは振舞い、三人は揃って脱衣所を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「…パンツ……オニのパンツ……」

 

 

 虚ろな表情でユラユラと揺れながら、意味不明な呟きをまほは延々と洩らし続ける。

 だが様子がおかしいのは彼女だけではなく、ラブとアンチョビ以外の者達もむっつりと押し黙り、新年会の宴席はまるで葬式の後の精進落としの席のようであった。

 

 

「お、お姉ちゃんどうしちゃったのかな?それに他の人達も様子がおかしいし……」

 

「フン…どうせラブ姉とドゥーチェに何か不埒な事しようとして、一網打尽の返り討ちにでも遭ったんじゃないの……?ね、私の言った通りコッチに参加しなくて正解だったでしょ……?」

 

「う゛ぅ゛……」

 

 

 みほが今回の撃ち初めに参加しなかったのは本人の意思ではなく、こうなるであろう事を事前に予想したエリカの英断によるものであった。

 

 

「全く毎年懲りないわねぇ…みほ、アンタも直ぐこの人達の口車に乗ってバカやるんだから、この有り様見て少しは学習しなさいよね……」

 

「う゛え゛ぇ゛……」

 

 

 エリカに止められなければ彼女もまほ達と一緒に同じような目に遭っていただけに、改めて釘を刺されたみほは情けない顔で潰されたヒキガエルのような呻き声を上げたのだった。

 

 

 




どうにか今年も番外編を投稿出来ましたが正月休み明けがまた少し忙しいので、
本編の方の投稿は来週末から再開させて頂きます。

本年もどうか恋愛戦車道を宜しくお願い致します。

来年の正月は普通にのんびり過ごしたいなぁ……。


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