史記 白起伝付白匡伝   作:(TADA)

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第三回

三日目、趙軍は二日目に奮戦した蒙武を討つために『守備』の李白と公孫龍の二軍を投入したが、蒙武を討つことは失敗した。そのため、夜に趙軍の本陣に軍を率いる趙将が集まっていた。

特に『破壊』の異名を持つ渉孟の怒りは凄まじかった。

 「二人そろって何をしているか!!」

渉孟の怒声が天幕を揺るがすが、集まっていた趙将達は動じない。そして総大将代理である趙荘が口を開いた。

 「責めるな渉孟。これは蒙武の力を見誤った私に責がある」

 「ならば軍師らしく、策で責任とるね、趙荘」

渉孟の言葉に趙荘は頷いて口を開く。

 「明日、全軍で蒙武を討つぞ」

趙荘の言葉に趙将達が息を飲む。一人の将を殺すために全軍を動かす。つまり、蒙武にはそれだけしてでも討つべき価値のある首なのだ。

公孫龍の他の軍に警戒する言葉にも、趙荘は他が動く前に殺すと言い切る。そして蒙武の首を落とす役割を渉孟に任じると、渉孟は愉快そうに同意した。

そのまま散会すると思われたが、公孫龍が止めた。

 「渉孟。間違いなく、白匡軍は左軍にいたのだな」

公孫龍の言葉に渉孟は不愉快そうな表情に変わる。

 「いるね。真紅に白の一文字の軍旗を趙の人間が間違えるわけないね。あのガキがいるせいで左軍に止めをさせなかったのだからね」

渉孟は吐き捨てる。思い出すだけでも腹がたつ。留めを刺そうとする時に動いて自分の軍の動きを止める白匡軍の軍旗に。そしてその動きに恐怖して防御の陣を敷いてしまう渉孟自身に腹が立っていた。

渉孟は過去に一度だけ、白匡軍と戦ったことがある。趙国内に白匡が侵入して暴れ始めたと聞いて、恐慌を起こした討伐軍の一軍を預かる将として参戦したのだ。

白匡軍はたかだか二千。趙軍は一万五千を集めての出撃だった。渉孟も武勇に自信を持っていたために、白匡の首を自らで落として、出世を夢見たものだ。

だが、結果は散々な物になった。

突如現れた白匡軍の奇襲で総大将、副将三名、従軍していた軍師達を同時に殺され、兵士達も草でも刈るかのように殺されて行った。この時点で敗北が決定したようなものだったが、渉孟の前に真っ白な服装をしたガキが現れた。片手に剣。もう片手に戟。さらに真っ白な軍装。白匡本人だった。渉孟は驚きと同時に歓喜した。この状況で白匡を殺せれば、勲功第一となり、三大天にも大きく近づく。だから雄叫びを挙げながら斬りかかった。

結果は無様なものだった。

戟の一閃。それだけで愛用していた戈が圧し折られた。自分が助かったのは、乗っていた馬の命と、白匡がそれまで殺していた趙軍によって戟が鈍っていたおかげだ。

渉孟が気が付いた時には白匡軍が去った後だった。周囲に立ち込めた死体の匂いと重傷者の数。

この戦によって趙軍は人事改革を始めた。始めざるをえなかった。三大天の最後の一人である廉頗はこの戦の前に亡命。さらにそれを埋めていた重臣達が軒並み白匡に殺されたのだ。

渉孟は白匡軍と戦って『生き残った』という功績で、褒美が出た。渉孟はこれが屈辱だった。『殺した』ではなく、『生き残った』という功績。さらにこれが自分の力で生き残ったわけではなく、たまたま白匡の武器が鈍っていたから生き残ったのだ。

それから渉孟は鍛錬を続けた。死ぬ思いで鍛錬を続けたが、それでも脳内に焼きついた白匡の一閃が消えなかった。そして今回の戦で白匡軍の軍旗を見て感じたことは恐怖だった。今度こそ殺されるという恐怖。

だから白匡軍の軍旗が動くと過剰に反応してしまう。

渉孟はその思いを僚友達に気がつかれないように、公孫龍に対して鼻で笑う。

 「どうしたね、公孫龍。たかだか十七のガキがそこまで怖いかね?」

 「ああ。怖いな」

渉孟の挑発にも乗らずに、公孫龍は堂々と言い放った。公孫龍は趙軍でも中心となっている人物だ。その言葉に趙の将軍達も押し黙る。

 「渉孟。私とお前は『あの地獄』で生き残った数少ない将軍だ。そして私は数日前まで馬陽で奴と戦った。趙荘も万極も李白もわからない。『あの男』と実際に戦ったからこそわかるだろう。『あの男』の恐怖がな」

公孫龍もまた渉孟と共に白匡の迎撃に出撃していた。そして完膚なくまでに叩き潰されたのだ。それから公孫龍は白匡の戦を研究し続けた。それは恐怖を打ち消すためだった。そしてその『研究成果』で戦い続けた結果、趙軍の中心人物にまでのしあがった。

そして馬陽で思い知ったのは白匡の底知れなさ。

どんなに堅く組んでも容易く蹴散らされ、罠を張っても逆手に取られる。

結局、公孫龍に出来たのは被害を抑えるだけだった。

それまでの研究と、実際に戦っての印象。それが二日目と三日目の白匡軍の動きを奇妙だと思った。

だから、実際に白匡と戦ったことのある渉孟に確認をとりたかったのだ。

だが、渉孟は不機嫌に鼻を鳴らして立ち上がる。

 「どうでもいいね。まずは蒙武。次にあのガキ。最後に王騎の首を落とすだけね」

渉孟はそれだけ言うと天幕から出て行った。万極も出て行く。

残ったのは趙荘、公孫龍、李白の三人だった。

 「公孫龍。何がおかしい? 私も白匡の動きは追っていたが、奴の動きに異変はなかったぞ。こちらに対応しての動き。とても十七とは思えないほどだ」

趙荘の問いに公孫龍は腕を組んで眼を瞑る。

 「十二回だ」

 「……なに?」

公孫龍の突然の言葉に趙荘から疑問の声があがる。

 「白匡ならば十二回、渉孟と万極は死んでいる」

公孫龍の言葉に趙荘と李白は絶句する。しかし、公孫龍はそれを気にせずに続ける。

 「趙国内。いや、他の国の中でも、私は白匡の戦を一番研究していると自負している。それを踏まえて昨日、今日の戦を見ていた。そして渉孟と万極は十二回死んでいるはずだ。だが、あの二人はまだ生きている」

 「まさか……白匡がいないというのか?」

李白の言葉に公孫龍は頷く。

 「少なくとも初日にはいただろう。初日に本陣の急襲があった時に、白匡本人と副官の女を確認している。だが、昨日と今日は確認できてない」

白匡がいない。一方ではそれは趙軍にとって有利かもしれないが、公孫龍が感じたのは『秦の狼』が行方不明という恐怖だった。

 「白匡、どこに行った」

 

 

 

 

白匡は趙国内でとある男と会っていた。

 「『久しぶりだな、バジオウ』」

 「『白匡も元気そうで何よりだ』」

『山界の死王』楊端和の側近であり、本人も有能な戦士であるバジオウだった。白匡とバジオウは友人同士であり、白匡にとっては数少ない友人と言える人間だった。白匡は楊端和に教えられ、山の民の言葉を話すことができ、バジオウは白匡に学んで秦の言語も話せるようになった。だが、二人が会話する時は山の民の言葉である。

 「『五十人引き連れて来たところを見ると、ただの伝令のようではないな』」

 「『その通りだ。王の命令でな。曰く弟の手助けをしてこい、だそうだ』」

バジオウの言葉に白匡は苦笑する。滅多に表情を変えない白匡の表情が変わったことに、同席していた王忠が少し驚く。白匡はそれに気づくと、いつも通りの無表情に戻る。

山の民になることを拒否した白匡だが、楊端和には変わらず気に入られており『弟』と呼ばれて可愛がられていた。白匡も楊端和を慕っており、楊端和の戦の手伝いをしたことも一度や二度ではない。そのために白匡軍の中には秦軍より山の民の軍に好意を寄せている人間も多い。そのために連携をとることにも慣れている。白匡とバジオウはいくつかの確認だけすると、すぐに進軍を開始する。

そして半刻程で目的の軍を発見した。

平地の軍とは思えない行群速度。そしてバジオウからもたらされた匈奴軍十万以上を討ち破った大軍勢。

 「『指揮官らしき男が三十人近くいるな。どうする』」

 「『本物はどれか一人だろう』」

 「『どれかわかるか?』」

 「『わからん。聞けるなら趙軍に確認を取りたいくらいだ』」

白匡の軽口にバジオウが軽く笑う。山の民の言葉がわからない王忠は不思議そうに首を傾げていたが。

 「『確認は取れんな。どうする?』」

 「『簡単なことだ。全部殺せばいいだろう』」

白匡の言葉にバジオウは再度薄く笑うと、率いていた山の民に指示を出して戦闘態勢を取らせる。白匡は手で指示を出して部下に戦闘態勢を取らせると、右手に剣、左手に戟を構えて言う。

 「吶喊」

白匡の指示によって『秦の狼』が趙軍の奥の手に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

李牧は副官のカイネ、そしてたまたま一緒になった秦の軍師候補達と一緒に秦と趙の戦いを見ていた。

今のところは李牧の予想通りに事が進んでいる。

趙荘が李牧の指定していた山間に王騎を誘き寄せていた。もし出て来た時のために足止めを頼んでいた公孫龍も白匡を抑えている。

だが、李牧はどこか寒気をしていた。

ここまで予定通りだ。

そう『予定通り』すぎる。

蒙武の動きは読める。王騎の動きもまた読める。だが、秦で『唯一』読めない筈の白匡の動きが読めてしまう。

 「おかしい……」

小さく呟いた言葉が、周囲に聞こえていたのだろう。副官のカイネだけでなく、秦の軍師候補達も李牧を見てくる。

だが、李牧はそれを気にせずに白匡軍の動きを注視する。公孫龍は白匡軍の動きに対応している。

いや、対応できている。

ここで李牧は王都で作戦を伝えた時の公孫龍の言葉を思い出した。

 『私は白匡を研究しています。だからこそ李牧様以上に白匡のことを知っているでしょう。だからこそ、先に伝えておきます』

 「『私は白匡に敵わない』」

 「? 李牧様?」

カイネの声かけを無視するように李牧は笑う。

それと同時に李牧達がいる廃砦に馬蹄の音が近づいてくる。

これは王騎を殺すための軍のはずだ。だが李牧の読みが当たっているなら……

騒ぎ始めた秦の軍師候補達を無視するように李牧は王騎を殺すために用意した軍勢を見る。

遠距離をかけ通しだったにも関わらず、数は多い。だが、大半が傷だらけであり、さらにどこか恐怖を抱いている印象だ。

王騎に読まれたか

どこか李牧は安堵していた。秦の六代将軍の最後の生き残りが、そう簡単に殺されるわけがない。そしてその王騎に信頼される秦の若き将軍。

 「魏加殿。どれくらい白匡軍に殺されましたか?」

李牧は援軍を率いていた魏加に問いかける。問いかけられた魏加も一瞬だけ驚くが、すぐに破顔する。

 「李牧殿のご指示で用意していた、指揮官に見せていた三十人が全滅。死者は確認しただけでも三千程度。無傷な者はいませんな」

魏加の言葉に李牧は大きく笑う。秦の軍師候補達は戦の外にいた自分達すら気づかなった趙の援軍を看破していた王騎と、決戦から抜け出して趙の援軍を襲撃していた白匡に驚愕していたが、李牧は気にならない。

 「魏加殿。予定変更です」

 「と、言いますと?」

魏加の言葉に李牧は苦笑して答える。

 「最初は王騎、白匡の両方を殺す予定でしたが」

 「な!? 諦めるんですか!!」

カイネの言葉に李牧は首を振る。

 「まず、居場所がハッキリとわかっている王騎を殺します」

出来ることなら両方同時に消し去りたいが、白匡は行方知れず。ならば、せめて王騎だけは殺す。

李牧はそう覚悟を決めた。




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