大体タイトル通りのラブコメ風。
pixivにも掲載しました。
「先生、このスーパーにはよく行かれるんですか?」
早瀬ユウカから発せられたのはそんな疑問の声だった。
場所はシャーレのオフィス。半ば日課となった領収書の整理をしていた時、とあるスーパーの領収書が複数あるのが目についたのだ。
だが手に取った先生も首をかしげる。
「知らないスーパーなような?」
「そうなんですか? 何度も行っていますし、ゲヘナの方にあるスーパーですから何かあるのかと思ったんですけど」
その一声でピンとくる先生。
領収書の内容とある記憶を照らし合わせると思い当たる節があった。
「なるほど、フウカの行きつけか」
「……フウカさんですか?」
「うん、ゲヘナ学園の愛清フウカ。たまにご飯を作りに来てくれるんだけど、悪いってことでお金だけでも払っているんだ。これはその時の領収書」
その一言に凍り付くユウカの笑顔。
内心では先生も自炊を始めてくれたのかとウキウキだったのだ。領収書の日付は全て金曜日で自炊をするには良いタイミング。なんなら手料理を食べてみたいとかも思っていた。
だが、そんな事実はなく生徒に餌付けされている先生がそこにはいた。
「へぇ、良かったですね先生」
それでも笑顔で会話を続けるユウカ。
そこの圧に気付かない先生。
「正直助かっているかな。美味しいのもそうなんだけど、優しい味でさ。市販のものではああはいかないよ」
先生の笑顔は曇りがなくて、それに不満を言う資格もなくて。
結局その場でアクションを起こすことはなかったのだった。
「嫌な女だな、私」
あの後領収書の整理は問題なく終わり帰宅後。自室で思わず呟く私。
先生が私以外の生徒と仲良くしていたことに対する嫉妬はもちろんある。最初に感じたのはその感情だった。
でも後から思い返すと、何より嫌だったのは先生の対応だ。
私に対して疚しいところはありませんといったそれが何よりも心に刺さった。本当に疚しいところはないのだろうし、先生の仕事柄生徒と親しくするのは当然のことだ。
「先生も先生よ。もうちょっとこうさぁ……」
それでも慌てる態度を見せてほしいと思ってしまうのは私の贅沢なんだろうか。
仮に逆の立場で男の人が料理を作りに来ていることが先生にばれたら必ず慌てる。(そんな事実はないし、好きでもない男を自宅にあげる趣味もないが)
もっと程度を低く、男性と二人で歩いている姿を見られただけで先生に言い訳を重ねる自分が容易に想像できるのだ。
それなのに先生ときたら本当にもう。
「付き合ってるわけでもないし、告白したなんて事実もないんだけど」
プライベートの領収書の整理まで任されていたのだ。
それは財布を握らせてくれるということで、少しは女として見ていてくれているのかと期待していた。なんの気もない女にそんなことはさせないと思っていたし、内心夫婦みたいと思っていたなんて事実もある。
「愛清フウカさんね……」
一応名前だけは聞いたことがあったのだけれど、改めて端末で調べてみる。有名な人ならすぐに引っかかるし、手慰みのような行動だった。
結果は直ぐにヒット。ゲヘナの給食部の部長だった。
そこから関連ページに飛ぶが、内容を見るごとに眉をひそめてしまう。
良い評判はほとんど見当たらず、大抵の意見は不味いだの遅いだの。ひどいものでは食べ物が逃げたとか、食べた後お腹を壊したまである。
眉唾の意見もあるし、ネットの評判が全てではないのは分かっている。わかっているが不安を覚えずにはいられなかった。
それもある種の理由づけにすぎないと心の奥では分かっているのだけれど。
それから暫くたったシャーレのオフィス。曜日は金曜日。
そこでユウカはある作戦を決行する。
「先生、今日の仕事の後夕飯をご一緒しませんか?」
「ごめん、今日は先約があって」
「そうですか……。たまに親睦を深めたかったんですが、それなら仕方ありませんね」
澄まし顔でそう言うが断られるのは織り込み済みである。
というか断られなかったら少し困った。まぁそれなら本当にご飯を食べに行っただけではあるのだが。
「そういうことならちょっと待ってて。先約の子も一緒になっちゃうけど、ユウカはいいかな?」
「私は大丈夫ですけど、よろしいんですか?」
「フウカには負担かけちゃうかもしれないけど、折角のお誘いを無視しちゃうのもね」
そう言って電話をかける先生。
ユウカの胸中もやっぱりフウカさんなんだっていう思い。自分を優先してくれた嬉しさ。毎週来るのはずっこいなって嫉妬っと絡み合っていた。
「ごめんフウカ、今日なんだけど……」
「急に言われても困る? おっしゃる通りです」
「ありがとう! フウカの料理は凄いんだってこと、色々な人に知ってもらいたくてさ」
「全く、先生は」
電話を切った私は口調とは裏腹にご機嫌だった。
毎週金曜日に先生のところにいくのは確かに楽しみにしていた。先生と二人での食事会は週末の潤いだった。
内心通い妻みたいだなって思っていたりもして。それこそ時間があれば毎日でも行きたいくらいなんです。
「欲しい言葉をかけてくれるんですから」
それでも先生の側からいつか漏れると思っていたし、同席を願う人もいると思っていた。人に料理を作ることは好きなのだ。少し残念ではあるけれど、私としては先生も食べてくれるならそれで問題はなかった。
何より私の料理を凄いと言ってくれた。それだけで心が満たされる思いだ。
幸いまだ買い物も済ませていなかった。タイミング的にも問題はない。あの人のことだからその辺りも織り込み済みで頼んだ可能性もあるんですけれど。
買い物メモに修正を入れてからスーパーに入っていく。
買い物は滞りなく進んでくれた。この辺りはゲヘナでも治安はいい方だし、品ぞろえだって十分だ。
その分少しだけお値段は高いのだけれど、やっぱり先生にはおいしい物を食べてもらいたい。勿論他の食材を使ったから不味いものになるわけではないけれど、食材の力は偉大なのだ。
でも今日の目利きにはいつもより力が入っている気がする。推定ライバルさんがいるのだ。意識するなっていう方が無理というものかも。
「おや、フウカちゃん。今日はいつもより多いね?」
「あはは、今日は一人増えちゃいまして」
「なるほどね。取られないように頑張りな!」
毎週決まった時間に来ているお陰か、顔も覚えられている。いつかの世間話で先生の所に行っていることも伝えたことがあったし、それと買い物の量から状況を察せられた。
流石店員さん、侮りがたし。でもストレートにそういわれると気恥ずかしい……
本日の業務も一段落して、普段だったら生徒さんが帰っている頃。
つまりはいつも通りの時間にフウカは来てくれた。
「お邪魔しますね、先生」
「いらっしゃいフウカ。こっちが……」
「早瀬ユウカです。今日はお邪魔する形になってしまいましたが、いつか会いたいと思っていました。愛清フウカさんですよね」
その一言でフウカもこいつはライバルだ、と確信をする。そしてフルネームをあげたのはお前のことを知っているぞというサインである。
バチバチと音を発する空気。だが先生は気づかない。
「愛清フウカです。今日は満足いける料理をお出しできると思います」
言外に噂なんて宛にするなという意味を込めるフウカ。
笑顔で握手を交わす二人だが、笑顔とは本来攻撃的な……。
「私は残った仕事を終わらせちゃうけれど、ユウカはどうする?」
先生は家事をフウカに任せてお仕事に向かう。
最初は任せるのも悪いので手伝おうとしたのだが、普段家事をしない男性だ。いてもらうより他の仕事をしてもらった方が効率もよい。
オブラートに包んで伝えた結果、料理についてはフウカに任せることになった。先生としても申し訳なく思っているのだが、普段練習する時間も取れずフウカが嫌がっていないことも察している。
なのでフウカがいる時の料理は全権を委任してしまっていた。先生が胃袋を掴まれる日も近い。
「そうですね、ご迷惑でなければお料理のお手伝いをしてもいいでしょうか?
ごちそうになる身ですから、何もしないのは申し訳なくて」
「歓迎ですよ。量もあるので手伝って貰えると助かります」
お台所に向かう二人。
先生は二人に仲良くなってほしいなと見送っていた。
勝手知ったる台所。ここを主に使うのはフウカということもあり、手慣れたペースで準備をしていく。
第2の自宅キッチンといっても過言じゃないのだ。
「今日は肉じゃがとお味噌汁、あとピーマン春雨にしようと思います。ご飯は白米の予定です。
何か食べれないものとかありますか? ごめんなさい、最初に確認すればよかったんですが……」
「特にないから大丈夫よ。それで私は何をすれば?」
「そうですね、最初は皮むきをお願いしちゃっても?
私はお米を研いじゃいます」
手際だけを考えれば逆の方がよいのだが、このあとどの程度任せられるかの指標が必要だった。お米研ぎで分からないわけじゃないのだが、普段お米だけ炊いておかずはお惣菜任せなんて子も一定数いる。
なので皮むきによってどの程度出来るか見る必要があったのだ。
そしてユウカの手際は中々だった。多少ぎこちない部分はあれど、問題なく剥けている。不慣れな部分はあれど、この日に向けて訓練はしていた。それに持ち前の手際と地頭の良さが合わされば足を引っ張ることはない。
「完璧~。こんなもので平気かしら?」
「えぇ、大丈夫です。お上手なんですね」
料理の経験が浅いの見ていてわかったが、それでこれなら十分すぎる。磨けばもっと手際もよくなるだろうし、給食部に欲しいなと思うフウカであった。
その後はユウカに対する仕事の振り方、自身の手際と共にそつなく進めていく。そんなフウカに対してユウカの疑念は募るが、そもそもゲヘナ全員の食事と3人分の食事。その調理の難易度は全く違うわけで当然と言えた。
「うん、美味しい。これで完成ですね!」
「本当に美味しい……。それに優しい味。
ごめんなさい。フウカさんのこと勘違いしていたみたい」
「多分給食部の評判が良くなかったんですよね。私も満足いくものが作れているとは言えないんで、それは仕方ないですよ。
冷めないうちに運んじゃいましょう」
「流石フウカだね。今日も美味しいよ」
「ありがとうございます。その一言を頂けるだけでも作り甲斐があります」
笑顔で美味しそうに食事を進める先生。美味しいの一言が言える人は中々おらず、これが素直に出てくるのは先生の美徳だ。
「でも給食部の評判良くないのは何故なんですか? この味で文句出るってことはないと思いますけど……」
「それは人数がね……」
「えぇ、人数が……。どんなに頑張っても二人でゲヘナ学園全員分の料理とか作れるわけないじゃないですか」
「えっと、二人ですか?」
「二人なんです」
聞き返してしまうユウカだが無理もない。ゲヘナ学園4000人分の給食を二人で作るとか、無理に決まっている。
「新規の人員の募集等は?」
「なりたいと思いますか?」
疑問で返されて思わず窮する。10人くらいでまとめて入れるならともかく、その状況に一人で入るのは蛮勇だ。はっきり言うと入りたくない。
「そういうことなんです。私も卒業したら抜けてやります」
座った目で宣うフウカだが、彼女がいなければゲヘナの食事事情は崩壊する。多分放っておけなくて残ることになるんだなと思う先生であった。同時にそれまでに対策も考えてあげたいと。
「一部製造の機械化なんてどうでしょう?」
「一時期導入していたことがあるんです。ただそれがあると、どうしても献立に偏りが出ちゃって。こんな機械があるからだって壊されたんですよね……」
「ゲヘナだなぁ……」
「ゲヘナですね……」
あいつらならやると迷いなく言える二人であった。
実にゲヘナである。
「あと先生、今日の代金はいくらでした? 自分の分くらいは払いますよ。
親しき中にも礼儀ありです。お金のやり取りはしっかりしましょう」
言わないと自分で払うということにするので、先回りして釘をさす。そもそもユウカはいる予定ではなかったのだ。それなのに自分の分も払われると座りが悪い。
「食べ終わったらレシート渡すね」
「ありがとうございます」
このやり取りを見て妙に慣れているなとフウカの中に疑惑が出る。
お金のやり取りをする場合多少の気遣いがあるんだが、どうもその辺りの壁が薄い気がするのだ。
「先生とユウカさんは良くこういうやり取りを?」
「こういうというか、領収書整理を手伝ってもらっている感じかな」
「ですね。私的なものも混ざっているので慣れているといえば慣れているかも」
「そうなんですね」
相槌で流すが、フウカの中は大荒れだった。
私的な領収書の管理って、それお財布を握られています……! 距離が、距離が近すぎです!! 少なくとも1生徒に任せることではないでしょう、それ。言ってくれればフウカだってやりたかったくらいだ。
知ってか知らずか笑顔でこちらを見るユウカも意味深だ。
「先生とユウカさん、仲がよろしいんですね」
「フウカさんと先生もね」
「みんな仲良しだね」
空気はまた重くなるが、それでも気づかない先生であった。
「それでは先生、また今度」
「お疲れ様でした先生」
「ごちそう様フウカ、お疲れ様ユウカ」
食後、遅くなると危ないということで片づけは先生にお願いして帰路につく二人。
「今日はごちそうさまでした。おいしかったです」
「いえ、こちらもお手伝いしてもらって助かりましたから」
どことなく手探りの距離感になる二人。違う学校、初対面、おそらく好きな相手が一緒ということで、そうなるのも無理はないのだが。
「ねえ、フウカさん。呼び捨てでもいい? 私も呼び捨てでいいから」
「構いませんよユウカ」
「ありがとう」
ただその要素を弾いて考えれば、この二人は仲よくなれる。
お互い苦労人で他人のために頑張れる人だ。愚痴を言い合うでもいい、単純に遊ぶでもいい。
「お互い大変よね。周囲はやりたい放題。こっちは巻き込まれてばかり」
「その上巻き込んでも詫びれないですからね。少しはこちらの苦労もわかってほしいです」
「好きな人は鈍感だしね」
「敏感だったらそれも苦労しそうですけどね」
苦労人の雰囲気を感じて話題を振れば、いい音が返ってくる。お互いに笑い合う二人。そこには壁なんてなくて。
先生はこうなるの予想して引き合わせたんだろうな、とも感じる二人だった。
「協定とかはなしでいいですよね」
「当然ね」
先生を狙うライバルは当然多い。そんな中二人だけの協定とか足を引っ張り合うだけだ。
「フウカは明日暇?」
「土曜日でお休みです。幸い予定もなくて」
「私も暇なの。どこか遊びに行かない?」
「いいですね。行きましょうか!」
お互いが最大のライバルになるのだろうなという予感はある。それでもこの新しい友人との出会いにも感謝してしまう二人であった。