寂しがり屋の吸血鬼は人間失格と一緒に居たい   作:Gray goal

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8.水寂死

 

この世界はクソだ。

 

 

俺、龍川芥がそう吐き捨てたのはいったいいつだっただろうか。

 

とにかく、まだ学校に通っていた時だとは思う。

そのとき俺は、社会という息苦しい水槽に、人生という苦痛を伴う旅に疲れ切っていた。

だから深夜に居場所のない家から飛び出し、歩道橋の上で道路と夜の街を眺めながら俺はそう言ったのだ。

 

理不尽と不平等という本質を、耳触りの良い嘘と欺瞞で塗り固めた世界。

知恵の実を食べた愚かな人間はその結果死と破壊を無限に生み出し、未来や過去を言い訳にして他人の今日を搾取する。

信仰や祈りは無限の血で彩られ、愛や夢ですら敵を作って何かを傷つけるのが現実だ。

 

けれど別に俺は、そんなことに悪態を吐いた訳ではなかった。

 

世界は綺麗事だけで出来ていない。

でもそんなこと当たり前だ。

 

されど世界は美しい。どうしようもないほど。

 

夜を満たす人の光も、必ず訪れるだろう夜明けも、吹く風も流れる水も命も愛も夢も全部全部。

例え千の醜さが世界に満ちていたって、それを万の綺麗さが拭い去る。

そう、世界は美しいのだ。

 

でも俺は違う。

俺は醜い。

醜く産まれ、醜く育ち、醜く歪んで歪みきった。

それは心の話なのか体の話なのかは問題じゃない。

純然たる事実として、俺はこの美しい世界で醜い人間として産まれた。

 

だからこの世界はクソだ。

どれだけ美しかろうと、綺麗だろうと、俺の敵だ。

なぜなら俺はそうじゃないから。

俺をこんなカタチで産み落とした世界はクソッタレだ。

だから憎んだし嫌った。

世界のことを。

家族も友人も他人も。

愛も夢も恋も何もかも。

 

 

息を吐く。

その日の息は白かった気がする。

ただ光溢れる人の営みの中では、月も星もよく見えなかったことを覚えている。

 

 

⋯⋯太宰治の「人間失格」を読んだとき。

ただひとつの事を思った。

そう、俺はただ”安堵”したんだ。

自分のような醜い人間が他にもいることに。

この世のどこにも居場所が無く、本質的に無力で無価値で救いようのない命。

それが自分以外にもいるのだと思うと、ただひどく安堵した。

 

「だから俺が生まれたのかな」

 

その声に思わず振り返る。

歩道橋の反対側に、自分と同じ格好でこちらに背中を見せた”そいつ”は居た。

いや、”そいつ”というのは正しい表現ではない。

なぜなら、その声は最も聞き慣れた⋯⋯

 

「怖かったんだろう。

辛かったんだろう。

嫌だったんだろう。

こんなクソッタレな人生は。

いつか思ったことがあるよね。

”誰にも愛されなければ、自分で自分を愛するしかない”と。

もしかしたら、それが本来の俺の役目だったのかな」

 

そいつが振り向く。

その胸には大きな穴が空いていて、そこから黒い泥のようなものが際限なく溢れていた。

どろどろ、ドロドロと。

その顔は、陰惨に嗤う(じぶん)の顔だった。

 

「人間失格の主人公は、より醜くなって生き長らえ、最後はその死に様すら描かれなかった。

それは何より怖いことだ。

忘却という名の2つ目の死を、生きながらにして味わい⋯⋯果ては死んだことすら誰にも知られず、ただ虚無として朽ちていく。

いつか(おれ)は願っていたのさ。

こんな”醜い生”ではなくせめて”美しい死”が欲しい、とね」

 

俺の首にそいつの手がまわる。

そのときようやく、夜空に月が見えた気がした。

 

「俺は君《おれ》だ。だから分かってる」

 

強い力で押され、歩道橋から落下する。

その刹那、そいつの胸から溢れていた泥が、俺の口の中へと落ちてきた。

浮遊感の中、喉が、肺が、胸の中が、黒い黒い泥で埋まっていく。

 

「大丈夫、恐れる必要は無いよ。

そのために俺は生まれたんだから──」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「⋯⋯最悪の目覚めだ」

 

悪夢を見ていた気がする。

背中は冷や汗をびっしりとかいており、その背筋は未だ不気味な浮遊感を覚えている。

浅く体を起こして周囲を見回すと、いつもと景色が違うことに気がついてそちらが気になり出す。

 

そう言えば昨日、真昼間に目が覚めて⋯⋯。

トイレ行って帰ってきたら、ガブが寝てるベッドになんか入りにくくて、仕方ないから適当にソファで寝たんだったな。

いつもと違う環境で寝たから悪夢なんて見たのかもしれない。

 

「⋯⋯んぅ」

 

と、ベッドの方から小さな声が聞こえた。

ガブも目が覚めたのか。と思ってそちらを見ると、なんかあいつ布団の中をもぞもぞしている。

 

よく分からなくてそのまま見てると、なんかを寝ぼけながら探してるみたいな、そんな感じでずっとゆっくり動いていた。

そのままずりずりと這いずるようにベッドを動き、最終的にベッドから転がり落ちた。

いったいなにをしてるんだあいつは⋯⋯。

 

「⋯⋯?」

 

流石吸血鬼、特に痛みは無いようで起き上がる。

布団を被ったまま寝ぼけまなこで周囲を見回し、やがてその紅い瞳と目が合った。

布団を引きずりながらこっちに歩いてくる。表情から察して、まだ寝ぼけているらしい。

 

「おいガブどうした⋯⋯ぐえっ」

 

寝起きが弱い吸血鬼は、そのままソファに寝てた俺の腹にダイブしてきた。

 

「ちょ、ストップ! 今すげえ汗かいてるから、くっつかれると気持ち悪いの! それにお前も汚れちゃうぞ」

 

軽く引き剥がそうとしてみてもその剛腕にはまったく敵わない。

 

「ガブリエラ? 頼むから起きろ、あと離れろ⋯⋯!」

「⋯⋯やだ」

 

はい?

ぎゅーっと、俺の服が握りしめられるのを感じる。

 

「はぁ? 起きてたのかお前。分かるだろ、今服べちゃべちゃで汚いから⋯⋯」

「やだ」

「いや、ヤダじゃなくてだな⋯⋯」

「やだ。はなれない」

「⋯⋯まだ寝ぼけてんのかな、これは」

 

ガブリエラはそのまま俺の腹の上で二度寝に入りやがった。

まったく汚れたりしても俺のせいじゃないからな⋯⋯と遠い目をしつつ、しょうがないので俺も目を閉じる。

まったく。腹が重い。このまま寝たら今度は”象に腹を踏まれる悪夢”とか見そうだな。

⋯⋯そういや、悪夢の内容ももうすっかり忘れちまった。

その点だけは、このわがまま娘に感謝だな⋯⋯。

 

 

 

 

二度寝から目覚めて、歯磨きとか夕食(ちょうしょく)とかを済ませてソファでだらける。

凄くのんびりとした時間だが、今日はなんかガブリエラの距離が近かった。

いやいつも近いんだが。この吸血鬼は距離感バグってるんだが。

それを踏まえても今日は近すぎだ。もうなんというか、液体化した猫みたいにべったり体に張り付いてくる。

 

「ガブ、今日どうした。これは流石に動きにくいんだが」

 

聞いてみるも、ガブリエラは腹の上でこう⋯⋯ツーンとしてる。すぐそっぽ向くし。やっぱりコイツ正体は人型の猫とかじゃなかろうか。

なんとなく不機嫌っぽいのは分かるんだが⋯⋯くっついてくる理由は分からん。

 

「おーい、聞いてるか? これだと次の巻取れないから。テーブルまで行こうとするとお前がずり落ちちゃいそうだから」

 

手に持ってた漫画を振って交渉してみるも、反応ナシ。むしろなんか、よりぐいぐいと体と体を合わせに来てる感じすらする。

 

「⋯⋯なんか言いたいことでもあんの?」

 

ぴく、と僅かに肩が跳ねる。分かりやすいな⋯⋯。

 

「なんだよ。何が言いたいんだ?」

 

俺なんかしたっけ⋯⋯?

多少覚悟しながら聞いてみると、ガブはしばらく無言を挟んだ後、そっぽは向いたまま口を開いた。

 

「⋯⋯て」

「ん?」

「どうして、ソファ(ここ)で寝てたの?」

 

恐る恐る、という感じの問いかけの意図が分からず、俺は素直に理由を答える。

 

「昼間目が覚めてさ。トイレ行って帰ってきたとき、ベッドに入ると起こしちゃうかなーと思って。だからここで寝てたんだよ」

「⋯⋯私を嫌いになったわけじゃない?」

「なんでだよ。むしろ気を使ったんだぞ、俺は」

 

ようやくこっちを向いたガブリエラは⋯⋯今度は大きく息を吐いて、俺の胸あたりを枕にするみたいに突っ伏した。

 

「⋯⋯二度とここで寝ないで」

「は?」

「私気にしないから、今度はベッドに入ってきて。起こしてもいい。別々で寝る方が嫌」

「⋯⋯よくわかんねえけど、わかったよ」

 

甘えんぼか、という言葉はかろうじて飲み込んだ。流石に怒らせるのは嫌だしな。

 

「それじゃ解決したところで、ちょっと離れてくれガブ。この漫画の次の巻をテーブルに取りに行きたいから」

「⋯⋯それはやだ」

「なんでだよ。今解決したじゃん。もうくっついてる意味ないだろ」

「やだったらやだ。もうちょっとだけでいいから」

「いやこの前お前の”もうちょっとだけ”鵜呑みにしたら結局朝まで続いたから。吸血鬼の時間感覚なめてたから。頼むよガブ、今いいとこなんだよ~」

「えっちなとこ?」

「ちがわい! 今師匠キャラが死ぬかどうかの瀬戸際なんだよ普通に続きが気になるだけだよ! お前また変なこと覚えやがって⋯⋯」

「人間はすぐ死ぬ。多分その師匠も死ぬ」

「吸血鬼怖すぎだろ! てかお前の”死ぬ”、多分寿命とかも含まれてそうだな。それなら主人公もラスボスもみんな死んじまうよ⋯⋯」

 

ふと。

談笑を楽しんでいたのに、急にガブの顔が神妙な感じになっていた。

 

「死ぬ⋯⋯そう、人間は簡単に死ぬ⋯⋯」

「どーしたガブ。なにブツブツ言ってんだ?」

 

問いに答えは返って来ず、そのまま暫く沈黙か続く。

そして黙りこくったガブがちょっと心配になってきた頃。

ぽつりと、ガブリエラは切り出した。

 

「──アクタは、吸血鬼になるつもりはない?」

 

思わず彼女の方を見てしまう。

紅い瞳がこちらを見ている。

その表情は真剣だった。

彼女の口から覗く牙が、いやに存在を主張していた。

 

「⋯⋯なるかって、なれるもんなのか?」

 

そう聞いたのは、疑問だったからか、それとも。

ガブリエラは真剣そのものな表情で、答える。

 

「なれる。私が噛んで、それで”吸う”んじゃなくて”送る”⋯⋯それでアクタは吸血鬼になる」

 

思わず、いつも噛まれている首筋を抑えてしまった。少しだけ凹んだふたつの穴を指先が感じ、ぞわりと背筋が冷える。

 

「でも、無理矢理はしない。嫌われたくないから。⋯⋯アクタ、答えて」

 

首を抑えた手に、ガブリエラの手が重なる。

ひやりとした感触に、どこか無機質なものを感じてしまう。

時間が伸びたように、たくさんのことを考える。

イエスとノー、その未来。選択の意味。色々な想像が脳内を駆け抜け、やがてひとつの結論を出す。

 

ふぅ、と大きく息を吐いて、俺は力を抜いた。

答えは決まってる。

 

「いや、俺はいいや。吸血鬼には、ならない」

 

結局それが俺の答えだった。

 

「長生きしたってやることも無いし⋯⋯それに、人を襲うってのは嫌だしな」

 

人生は長い。

20年に満たないそれにすら疲れてしまったのに、これ以上伸びてもむしろ困る。

それに吸血鬼になれば、恐らく人を殺して生きることになる。

自分が数多の死の上に成り立っていることは分かっている。

けれどやはり俺も人間と言うべきか、”人の命”ってやつは別格だ。

ガブリエラに示したみたいに心があって。

俺が掴めなかった恋や愛を知っていて。

それを俺が喰うのは⋯⋯何がねじ曲がってもナシだろう。

 

だから俺は人間でいい。

人間のまま死にたい。

俺のその答えを聞いて、しかしガブリエラは食い下がった。

 

「でも、吸血鬼になればずっと一緒に居れるのに」

「それは⋯⋯」

「そうだ。人は私が持ってくる。アクタは私と居てくれればいい。やなことは全部私がする。傷つける全部から私が守る。だから⋯⋯」

「⋯⋯いや、それでも俺は吸血鬼にはならないよ」

 

ガブリエラは⋯⋯泣きそうな子供みたいになった。

ぎゅっと俺の服を握りしめて、懇願するように言う。

 

「どうして。人間のままじゃすぐ死んじゃう。ずっと一緒に居られない。

アクタが居なくなったら、私は、わたしは⋯⋯」

「⋯⋯ごめんな、ガブ」

 

まるで聞き分けのない子供を諭すみたいに、俺は彼女の頭を撫でた。

銀の髪がさらさらと流れる。

 

「俺は人間だ。いくらお前の頼みでも、それだけは聞けないよ。

でも大丈夫。いつか解るさ。

俺たちはずっと一緒に居られる」

 

優しい声と、優しい心で嘘をつく。

いや、まるっきり嘘という訳では無い。けれどそれはあくまで詭弁で、この優しい吸血鬼が望む答えではないことは知っている。

 

でも少なくとも、今はこれでいいハズだ。

ガブリエラの悲しい顔が消せるなら、これで。

答え合わせは、本当に最期の最期でいい。

 

「⋯⋯ほんと?」

「ああ。お前が考えてるのとはちょっと違うかもしれないけどな。”そのとき”になれば、お前にも理解できるようになるよ」

 

いずれ俺はお前に全てを捧げるだろう。

そのとき俺の命はお前を構成する1要素になって、俺だったものはお前のために働き続ける。

それは多分、ずっと一緒とも言えるから。

だから俺は、あくまで笑顔を貫いた。

 

「うん、わかった」

 

だから、その表情を見ても、俺に苦しむ権利はない。

騙すようなことをした代わりに、せめて笑顔は崩さなかった。

 

と、ガブが顔を俺の首に近づけてくる。

 

「おいガブ⋯⋯」

「大丈夫。ちょっと吸うだけ」

「本当か?」

「うん。そもそも今の私には、アクタを吸血鬼にできる分の体力はない」

 

そう言われても、こんな話の後じゃ簡単に信じらんねえな。今日も夜食(ちょうしょく)のときに血を吸われたし。

そんな思いで憮然とした顔をしていると、今度はガブリエラが諭すように、俺の髪を撫でながら言った。

 

「ほんとに吸うだけ。

私はアクタの言ったこと信じる。だからアクタも、私のこと信じてほしい」

 

まったく。

やっぱお前には敵わないな、ガブ。

 

「いいよ。好きなだけ吸え」

「⋯⋯ありがとう」

 

くしゃりと、ガブリエラは笑った。

 

そしてその顔は変わる。

少女から、吸血鬼へと。

淫猥な赤に彩られた白い牙が、首筋へと近づいてくる。

肉を穿ち血を啜ろうとする意思が、その興奮が、熱い吐息となって肌に伝わる。

熱っぽい色に濡れた紅い瞳が、俺を見つめている。

 

「アクタ⋯⋯」

 

牙が、口付けするように触れる。

それが皮膚を突き破るその瞬間──。

 

 

 

 

轟音と共に、屋敷の正面玄関のドアが吹き飛んだ。

先程まで扉だった分厚い板が、大階段にぶつかってようやく床へと落ちる。

もうもうと立ち込める埃のなか、姿を表したのは──

 

 

 

 

轟音。衝撃。

正面玄関の方からだ。

俺たちは揃って硬直し⋯⋯先に動き出したのはガブリエラだった。

すぐに俺から離れて立ち上がり、部屋の外に向かって歩き出す。

 

「アクタ、ここにいて。私が見てくる」

 

そう言うないなや、彼女は乱暴に扉を開けて部屋を出た。

 

「おい、待てよガブ!」

 

俺も遅れて立ち上がる。

あの轟音の正体はなんだ。

敵襲か? なら相手は誰だ?

人間? 吸血鬼?

俺に心当たりは無い。

ならばガブリエラ関連か?

頭の中で様々な予測が飛び交いつつも、俺は行動していた。

 

普段は触らない棚を空ける。そこにあったのは、一振りの短剣。

少し華美な装飾の、刃渡り20センチに満たないその剣は、刃が銀製に出来た対吸血鬼の護身用のものだ。

⋯⋯そして、俺の罪の証でもあるのだが⋯⋯今はそんなことはどうでもいい。

 

とにかく、状況を確認しに行く。

漠然とした不安がある⋯⋯いや、本当は分かっている。

懸念事項があるのだ。ずっと意識しないようにしてきたそれが、今になってとてつもなく嫌な予感を放っていた。

 

足手まといになるつもりは無い。

出来ることがなさそうなら直ぐに逃げる。

けれどもし、俺の予想通り”俺にできること”があるなら⋯⋯。

 

短剣を懐にしまい、部屋を飛び出す。

 

ガブリエラは大階段の上から数段だけ降りたところで、1階正面玄関の様子を伺っていた。

 

「ガブ、状況は──」

 

下を覗き込む。

 

 

赤髪に赤いスーツ姿の男が、壊れた扉から侵入してきていた。

 

 

「銀髪、女のガキの姿⋯⋯ようやく見つけたぜ【四枚羽】」

 

この存在感は、間違いなく吸血鬼。

声を聞いただけで体が震える。まるで自分が蛇に睨まれた蛙の様だ。

これが、吸血鬼(ほしょくしゃ)の本気の殺意。

自分に向けられている訳でもなさそうなそれが、とてつもなく重い。

 

「おまえは誰。目的は」

 

ガブリエラが鋭く問う。その顔は位置的に見ることが出来ない。

 

「目的ィ? ファック、吸血鬼が吸血鬼の住処にカチコミかけてんだ、そんなの決まってんだろ」

 

赤髪の吸血鬼はおどけるようにそう言って⋯⋯そして、その顔を軽薄な笑顔から凄味のある威圧顔へと変化させた。

 

「オレはノーゲート・クリムゾン。

ガブリエラ・ヴァン・テラーナイト、テメェを殺しに来た」

 

それは。

俺が想像しうる限り最悪の宣言で。

 

「⋯⋯わかった。でも場所を変えたい。場所はそっちの言うことを聞く」

「なんだァ? その人間がお気に入りか? ⋯⋯まあいいぜ、ちょうどいい場所があるからなァ」

 

そしてもう、俺が入り込める隙はどこにもなかった。

ガブリエラが階段を降りていく。

その背中に、思わず声をかけてしまった。

 

「おいガブ! 大丈夫なのか⋯⋯!?」

 

ガブリエラは俺の声に振り返って⋯⋯そして、笑った。

 

「大丈夫。すぐ帰ってくるから、アクタはここにいて」

 

すぐに分かってしまった。

クソったれ⋯⋯ガブ、お前嘘が下手すぎるぜ。

お前のそんな下手くそな笑顔、初めて見たよ。

 

階段の下、睨み合った吸血鬼はお互いに視線を外し、赤髪が先に、ガブはついて行くように外に出た。

 

「こっちだ。あァ、あの人間に言い残したことがあるなら待ってやってもイイぜ?」

「必要ない。言いたいことは、お前を殺して帰ってから言う。早く案内しろ」

「ケッ。その威勢、後悔させてやるぜ」

 

そして吸血鬼達は、その脚力でどこかへ飛び立った。

慌てて外に出た俺が見たのは、どこかの屋根へ消えていく銀と赤の軌跡だけ。

 

「⋯⋯ガブリエラ」

 

あいつは⋯⋯意外にまめなやつだった。

どこかへ出かける前には、必ず「いってきます」と言うやつだった。

いつか聞いたとき⋯⋯「いってきますは、帰ってくるって約束」って言ってたっけな。

でも、今回は言わなかった。

つまりさ⋯⋯約束出来ないほどヤバい状況だってことだろ?

 

 

街灯ひとつない夜の街へ、駆け出す。

懐の短剣を強く握りしめながら。

ノーゲートと名乗った吸血鬼の目的地には、ひとつだけ心当たりがある。

なんの確証も無いが、それでもじっとしては居られない。

 

その言葉は、あまりにも自然に漏れていた。

 

 

「クソったれ⋯⋯これ以上奪われてたまるかよ!」

 

あのときよりも冷たい夜風を感じながら、ただ走る。

不気味なほど明るい満月が、嘲笑うように俺を照らしていた。


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