とおまどがちゅーするだけ

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妬けあと

暑い。ジリジリと地面から熱を照りつけられる身体。その身体に少しでも涼しさをと、シャツのボタンを2個開ける。生ぬるくて不快すら覚える空気。それに当てられた茹だる頭をサイダーで冷やす。これで幾ばくかはマシになったかと思い始めた矢先、浅倉が急に声をかけてきた。

 

「樋口ー」

「...なに?」

「それ、プロデューサー?」

「は?」

「だって、跡あるし、首に」

「.........」

 

相変わらず、浅倉が分からない。急に声をかけてきたと思ったら首筋にある蚊に刺されを、あろうことかプロデューサーに付けられたキスマークだと勘違いをしていた。滑稽極まりない誤解をとこうとして言葉を口にしようとしたその時、不意に浅倉の顔が目の前に写った。

 

「あさ、くら、何して」

「え、キスしようとしてる」

「はぁ?」

次の言葉を放とうとした途端、両手首が浅倉の手によってコンクリートの壁に押し付けられる。厳重に上から押さえつける形になっていて、そう簡単には振り解けない体勢になってしまった。それでも何とか身動ぎしてこの状況から逃げ出そうとしたら、浅倉と目が合った。浅倉のどこまでも澄んで、触れたら刹那の間に消えてしまうかのような儚さを持つ色が、私をじっと見据えていた。私と浅倉の睫毛が、そのまま引っ付いてしまうのではないかと思う程、顔と顔が密接な距離にある。ふと気がつくと、私は浅倉の目を見たまま動けなくなった。ただでさえ息がしづらいのに、浅倉と密着しているせいで更に息が苦しくなる。それにこの嫌な夏の沸騰しそうな暑さで、意識が希薄になっていくのを自覚していく。

 

「ひぐち」

 

そっと、頬に手が触れた。そのまま、唇と唇が重ね合う。最初は軽い唇で触れ合うだけの優しい接吻が、徐々に情欲が混じったモノへと変化していく。熱い吐息が、口を少し開く度に漏れる。それと同時に、官能的感情によって支配された脳が勝手に吐き出す意味の無い言葉が喉から溢れる。全身に炭酸が走って、ただ身を震わすしか能がない生き物に無理やり変えられているようだった。そんな私を見ても、透は何も変わらなくて。ただじっと目を逸らさずにこちらを透き通る目で見詰めている。私はただ為す術なく、透のお気に召すまま受け止める事しか出来なかった。

 

どうして、こんな事になってしまったのだろうか?初めはただの勘違いからなのに、今ではもはや何も関係なくなり、欲のまま貪られている。あぁ─

 

やはり夏は、人を狂わせる季節だと思った。




ちょうど良かったから。キスをするための口実に


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