とある雪の日、一人の女性が命を落とす。
彼女が再び目を覚ますと、そこは見たこともない世界だった。



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ちょっと気分転換に投下してみる
つづく予定は今のところない


ぬらちるの

「寒い……」

 

 年明け早々大雪に見舞われ、ライフラインが止まるという不幸。

 仕方ないので近所のコンビニへ向かったものの、当然のごとく食料品は品切れ。

 仕方なしに調味料と日用品を少しばかり購入して帰ることにした。

 

 しかし、寒い。とても寒い。

 あたりを見回せば一面白・白・白の白一色。

 ついでに言えば空も降る雪でかなり白い。

「こんなことになるなら、寒さに強いように生まれてくればよかったなあ」

 なんて軽い冗談をつぶやきつつ、雪を掻きわけ歩みを進める。

 しかし、思えばこれがフラグだったのかもしれない。

「ん? なにこの」

 音は?と続けようとして、頭上から強襲してきた物体に視界をふさがれ、そのまま彼女は地面へ叩きつけられる。

「――――――!!? !?」

 一瞬の停止、からの混乱状態に陥る。

 顔面に伝わるこの冷たさと今の天気、そして暗い視界にわずかに見える雪に何が起こったのかを理解した。

 雪だ。今彼女は頭上にあった積雪に押しつぶされているのだ。

 彼女は急いで脱出しようと試みたが、体が少しも動かない。想像以上の積雪が体の上につもり、その重さで体が動かないのだ。

(いやだいやだいやだ止めこんなところで死にたくない、いやだれか助けて)

 悲しみや後悔や絶望が彼女の心を支配する。

 むやみやたらに体を動かそうと試み、無駄に体力を消費して、数時間、いやもしかしたら数分のことだったかもしれない。

(あ……、もう、だめかも)

 精魂尽き、襲い来る眠気に抗えなくなり、その瞳を閉じる。

 次に生まれるなら、こんな死に方はしたくないなと願いながら。

 

 

 

 

「あれ?」

 突如差し込んだ光に瞼を開ける。

 視界の先には気絶する前まではあった積雪はどこかえ消え茶と緑が混じった大地が広がっていた。

 先ほどまでに感じていた寒さもなく、体の感覚もいつものような状態に戻っていることに気が付く。

 さっきのは夢? そう思いながら体を起こす。

「……え?」

 顔を上げた先にあるその光景は、彼女を驚愕させるのに十分すぎるものだった。

 一面が見たことのない植物に溢れ、そのほかの生物もなく、広大な大地が広がっていた。

「え? ええ? ここどこ?」

 立ち上がり、あたりを見回してみるものの、人影どころか動物や建築物さえ見当たらない。

 私が死んで天国にでもいるのかと思ったがこの体が感じる空気や体温の感覚が、ここが現実だとはっきりと知覚させてくる。

 それにこんな不気味な天国はいやだ。

「……」

 彼女はとにかく誰かを探すことにした。

 しかし歩めど歩めど何も見つからず、妙な植物が一面に生えているだけ。

 数分、いや数時間以上歩き続けて落ち着きを取り戻しかけたころ。周りだけではなく自身の異常にも気が付いてしまった。

「なによ、これ……」

 そう言って見つめるのは自身の腕。

 色白で艶のあるまるで小学生のような小さな腕。 

 彼女は大学生のはずだ。あと一年すれば就職活動をして、卒論に追われ、みんなと一緒に打ち上げパーティーをしたりしてお酒を飲んでは泥酔するような歳の女大生のはずだ。

 だからまかり間違ってもこんな子供のような小さな手が彼女の手であるはずがないのだ。

「あは、ははは……、あたいの手ってこんな小さかったっけ? ……ん? あたい?今私、あたいっていった?」

 彼女は首をかしげながらとりあえず言い直そうと試みる。

「なんであたい、あたいのことあたいって……、あれ?」

 私、と言えない。

 私と言おうとすればあたいと自動的に口が動いてしまう。

 ゆっくり言っても逆に早口で言ってもダメ。

 彼女の一人称はどうやらあたい、で決定されているようだ。

「なにこれ、意味が分かんないですけど……」

 急に縮んだ自身の体。なぜか変化した一人称。

 自身の許容を大きく超える事態に直面し、頭が正常に働かない。

 なぜどうしてなにがどうなって、そんな言葉が脳内を駆け巡る。

 ふと右をみれば少し遠くに浜辺があるのが見えた。

「……確かめなきゃ」

 そう思い歩みを進める。

 そんなに遠くではないはずなのに一歩一歩が重い。

 まるで彼女の歩みを邪魔するように、まるでそこへ行ってはいけないかのように足がゆっくりとしか動かない。

 十分以上に時間をかけ、彼女はそこへたどり着く。

 息をのんでゆっくりと水面へ顔をのぞかせる。

 そこには、彼女の顔はなかった。

 見覚えはあるもののそれは決して三次元で見たようなものではなく、そもそもが空想の産物であり現実世界に存在していいものではなかった。

 

「あはは、はは、はははは……まじで?」

 そこには、チルノがいた。

 悲しそうに顔をゆがませ、こちらを見つめる氷の妖精がそこにいた。

 唐突に彼女は理解した。彼女は転生したのだと。

 漫画やアニメであるような死後からの転生、そして私はチルノになったのだと理解した。

 おそらく彼女はあの積雪で息を引きとり、転生してしまったのだ。

 だが問題はそれだけではなかった。

 

「きゃ!?」

 

 彼女の体に何かが触れ、驚いて立ち上がる。

「何何何よ!?」 

 触れた部分へ視線を向ければそこにいたのは見たこともないような生物だった。

 一見するとそれはサソリに近いが、ハサミも毒針もない不思議なそれはゆっくりと歩みを進め海へと帰っていく。

 彼女はすこし怯えつつも脳内に沸いたある疑問がそれの後を追えと語りかけてきた。

 その声に導かれるように彼女は海へと入る。

 肩まで水面が迫ったところで私はいったん息を止め、しゃがむように頭を海水につけた。

 そして恐る恐る目を開くと、そこにあったのは彼女にさらなる絶望を与える光景だった。

 

「ぶはっ……」

 急いで顔を上げ、そのまま陸へと走る。

 走って走って走って、海からだいぶ離れたところで彼女は膝をついた。

 

「ははは、こんなのて、こんなのってないよ!」

 

 天を仰ぎ、叫ぶ。

 あの海にはさっきのサソリもどき以外にも生物がいた。

 エビの尻尾みたいになってるものやクモのような脚で陸を歩きそうなのなど、似たり寄ったりではあるものの多くの生命がそこに蔓延っていた。

 見たことのない生物ばかりだったが、逆にそれらをみたおかげで今私がどこにいるのか確信してしまった。

 見たことのない植物に、サソリのような生き物。

 まるで進化の途中のようなそれらは、文字通り進化の途中だったのだ。

 そう、つまりここは私が知る地球であるが、私がいた西暦2010年ではなく。

「ジュラ紀や白亜紀より前ってことはたぶん古生代のどれか、ってことは最低でも2億5000万年以上前なのかな……」

 正しくはここは古生代のシルル紀、つまり現代から約4億4370万年前から約4億1600万年前となる。

 けれどこの時の彼女にはそんなことは知る由もなく、ただ漠然と古代の地球であることしか認識できていなかった。

 だがそれでも、彼女に絶望を与えるには十分だった。

「こんな場所にたった一人、しかもチルノに転生して、人類が出てくるのが何億年も先だなんて……」

 明言されてはいないがチルノはじつは結構年上だったりする。その体を持つ彼女も相当長生きできるはずだ。しかし、いくら長生きできようが、それまで人の精神が持つかは保証できない。

 百年ならまだ耐えられたかもしれない。千年でも希望はあった。

 しかしそれらをはるか上回る億の壁。そんなどうしようもない年数に彼女は嘆き悲しむことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『近年世界各地で発見されている日本語で書かれたと思われる謎の石板群ですが、炭素年代測定を行なった結果最古のもので六千万年以上前には既に存在していたことが確認されました。中には数億年前の地層から発掘されたものも存在し、文明も科学もない時代になぜこの様な物が作られたのか学会では日々討論されているようですが、一向に答えが見えない状況です』

『こちら特別に公開された石板の一部を読み上げさせていただきます』

 

『あたいが生まれて何年経った? 令和あと何年?』

『来る日も来る日も同じ日々もう待つのにも飽きた』

『もう百年はすぎたと思う。まだまだ遠い』

『記す石もすくなくなった。洞窟が石の図書館みたい』

『早く来ないかなへいせい

『徐々にたいりくの形が変わってきた』

『昨日見たらペットが死んでた。いつから飼ってたんだっけ?』

『もうあたいの名前も思い出せない。あたいって誰だっけ』

『ずっと誰とも話していない、寂しい

『なんか最近氷をよく見る氷河期かな

ああああああああああああああああああああああああああああああ

嫌だ嫌だもう独りは嫌だ

あたいは誰!? なんでこんなところに一人ぼっちなの!!

死にたいけど死ねない。何をしてもこの体が死ぬことはない

マグマに落ちても、身をなげても、毒を食っても、気がつけば五体まんぞくで生きている。ここは地ごくか

『あ、恐竜さんだ』

『今日はステゴサウルスの背中に乗った』

『今日は美味しい木のみがあった』

『あたいの名前って何だっけ?』

『このもじってなんだっけ?』

『あたい、チルノ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~~~~~~~~~」

 とある日本屋敷の庭、その一角で木の棒に糸をたらして池に垂らす幼い子供の姿があった。

「チルノ、そんなに悩んでどうした?」

「あ、ぬらりん」

「だれがぬらりんじゃ」

 チルノと呼ばれた少女が振り向くと、そこは後頭部が異様に突出した老人、いや、妖怪がそこにいた。

 一見か弱そうにも見えるが、何を隠そう彼こそが東日本の妖怪を統べる総大将、ぬらりひょんなのである。

「全然魚つれないの」

「そりゃ餌も何もついてない糸にかかる魚何ぞおらんじゃろ」

「あ、そっか」

 ぬらりひょんに指摘されて初めて気づいたのか、チルノは手製の釣竿を引き寄せると、そのまま一瞬で氷漬けにしたかと思えば、次の瞬間には粉々に砕け散っていた。

「まったく、これでわしよりも年上とはのう」

「じゃあリクオと遊ぼ。リクオどこ?」

 リクオ、奴良リクオはぬらりひょんの孫であり、三代目奴良組組長を襲名する予定の人物である。

「リクオは……今は学校じゃな」

「学校? とらぶるしたりマフィア継いだり死神代行したりする人がいる学校?」

「何処の世界の学校じゃそれは!? 普通の、昔で言うところの寺子屋みたいなところじゃ。お前もたまに混ざっとたじゃろ」

「そだっけ? ……忘れた!!」

 ぴょこんと立ち上がると、彼女はすさまじい速さで正門へと走る。

「おーい、何処に行くんじゃ!?」

「リクオのとこ行ってくる!」

「いや、お前学校の場所知って……もう行きよった」

 ぬらりひょんが止める声も聞かず、チルノは走り去っていった。

「おや、どうかされましたか?」

 彼の背後から小さな子供サイズの妖怪、烏天狗がふわふわと飛びながら近づいてくる。

「いやの、チルノの奴がリクオと遊ぶって行って学校に行ったんじゃが、あいつ学校の場所なんぞ知らぬだろうに」

「おや学校、ですか? 確か今は夏休みで閉まっているはずですが」

 おかしいな、と烏天狗は首を傾げる。

「……確かそうだったの」

 すっかり忘れていたぬらりひょんだったが。

 これではリクオに会える筈がないが、まあチルノなら直ぐに帰って来るだろうと、そのまま気にせずに屋敷に戻っていった。



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