転生したら帆波ちゃんだったので、綾小路君の相棒になってみようと思います 作:レイラレイラ
まだ日も昇りきっていない早朝5時より少し早い時間に、私は目を覚ました。
原作においては伊吹さんが、軽井沢さんの下着を盗んだ犯行時刻という可能性が最も濃厚であるとされる時間。
7時近くになってくると、早起きの生徒に見られる危険も必然的に高まってしまう以上はそろそろ動かないと伊吹さんが下着を盗む瞬間を目撃されかねないからね。
息を潜めながらテントの外に意識を向けていると、誰かの足音が微かに耳に入ってきた。
誰も起こさないように細心の注意を払っていて、その静かな足取りにその人物の本気度が窺える。
徐々に荷物置き場に近づいていく気配に合わせて私はテントを出た。
もちろん偶然を装った状態のために、眠そうにぼんやりとした様相を作り出しておくことも忘れない。
起きたばかりで眠いのは事実だから、演技をする必要もほとんどないというのが正直なところなんだけど。
「な、なんであんたが…………」
そしてテントに近づいていたその人物は私の予想通り伊吹さんだった。
もし仮に違っていたとしても、荷物置き場周辺で適当に作業でもして監視しておくつもりだったから問題はないんだけどね。
「ふわぁ…………あれ? 伊吹さんも目が覚めちゃったの? 実は私もなんだ。偶然だね」
意図的に鉢合わせたわけだから、当然ながら偶然であるはずもない。
男女間の亀裂を防ぐためにも、伊吹さんのBクラスに混乱を起こす作戦はなんとしても防がなければいけない。
「…………ねえ。あんたっていつもこんな時間に起きてるわけ? それとも今日が特別なだけ?」
作戦が破綻したと判断したのか、この状況で不自然じゃない話題をふってきた。
あえて私は何も知らないふりをして、伊吹さんの話題に乗ることにする。
ここで私が伊吹さんが来るのを警戒していたと悟られれば、6日目に離脱するだろう予定を早められかねないから。
「え? うーん、そうだね。私は早朝ランニングを毎日やってるから、いつも早い時間に目が覚めるようになっちゃって。お弁当作りもしなきゃだしね」
「ふーん。そういえば食堂で見かけたこと一度もないな。いつも教室で済ませてるなら当たり前か」
「清隆くんと愛里ちゃんのぶんもよく作るよ。二人とも美味しそうに食べてくれるから作りがいあるんだ」
「愛妻弁当ってわけね。お熱いことで」
「あ、愛妻…………っ!?」
「冗談だよ。何本気にしてんのさ」
「あはは。そ、そうだよね…………」
さすがにびっくりした。
いきなり愛妻弁当とか言われて驚かない女子の方が少ないとは思うけど、私だけがおかしいなんてことはないだろう。
「伊吹さんって、思ってたよりもよく喋るんだね。何だか新鮮だな」
「…………別に。二度寝する気分でもないし、ただの暇潰しみたいなもの」
「そっか。だったら暇潰しついでに朝食作りをてつだってくれない? 無理に手伝わなくてもいいけど、気が向いたら私に声をかけてくれると嬉しいかな」
「…………そうだな。Bクラスには助けられた恩もあるから…………わかった、手伝う」
「ありがとう伊吹さん。それじゃあ、まずは顔を洗ってシャキッと目を覚まそっか」
そうして私は伊吹さんを伴って、近くの川に向かって顔を洗った。
荷物からタオルを取り出すときも自分の鞄以外に触れる様子はなかったし、今日のところは安心してよさそうだね。
そして伊吹さんも明日の早朝に動く可能性はグッと低くなった。
今日だけなら偶然で片づけられたかも知れないけど、私みたいに普段から早起きが習慣化している人物でなければ不自然に映るのは必然。
また私に出くわしてしまった場合、いよいよ言い訳をすることすら困難なのは薄々本人もわかっているはず。
でも伊吹さんにはもう一度だけ行動を起こしてもらう必要がある。
そのためにも実質のサバイバル最終日でもある6日目には、伊吹さんのために手荒い方法を取らないといけない。
みんなには申し訳ないけど、Bクラスの勝利のためにはどうしても必要なことだから我慢してもらわないとね。
伊吹さんの妨害をしてから何事なく過ごすことが出来た平穏な日々。
6日目の早朝も念のためテントの中から警戒はしていたけど、伊吹さんが行動に移ることはなかった。
どんよりとした曇り空に加えて、昨晩の雨で所々に水溜まりや地面がぬかるんだ箇所があるのがクラスで不満そうなくらいかな。
収穫していた食料と初日に購入していた非常食を合わせての質素な朝食であるものの、トラブルが起きなかったことや今日を乗り切れば無人島特別試験も終わるという安堵もあって愚痴などは一切聞こえてこない。
最後の探しに行く班分けを決めることになって、私と清隆くんに愛里ちゃん、そして堀北さんに山内くんと伊吹さんというなかなかの大所帯になった。
桔梗ちゃんも誘ってみたんだけど、みーちゃんが心配だから残ると言われて断られてしまった。
本音では私と一緒にいるのが相当に嫌なんだろうなと思う。
嫌われることが平気だとは思わないけど、色々と動く必要があるから万が一探られるようなことは避けたいから仕方ない。
ちなみに山内くんは愛里ちゃんが誘ったら即決で来てくれることになって、堀北さんに対する仕込みの準備はこれで完全に整った。
愛里ちゃんはかなり前向きというか、常に俯いていた頃とは違ってBクラスでもかなりの人気を誇っている。
山内くんの恋心を利用するみたいで申し訳ないんだけども、私の戦略のために犠牲になってもらおう。
食料探しをするにあたって、Aクラスに勝手に突撃して心配をかけたことの罰として私と堀北さんでペアになってもらった。
堀北さんからはかなり嫌そうな顔をされたものの、断ったあとの方が余程面倒だと渋々ながら了承してくれた。
戦略の概要は清隆くんとも合流しているし、あとは実行あるのみだ。
「堀北さん、今さらなんだけどキーカードってどういう風に管理してるの?」
「本当に今さらな質問ね。試験6日目にするような質問じゃないわよ…………。常に身に着けてるわ」
やっぱり上着のポケットに入れていたらしい。
他に安心出来るような場所なんてないだろうし、キーカードを守るためにも一番の安全策なのは確かだろうね。
「もしよかったらなんだけど、少しだけ見せてもらえないかな」
「え? …………ちょっと、ここで?」
「ここの方がむしろ都合がいいんじゃないかな。ベースキャンプだとかえって目立っちゃうでしょ?」
「…………そうだけど、カードを見てどうするつもり?」
「確信がなかったから黙ってたんだけどね。初日にAクラスの葛城くんがキーカードみたいなものを持ってたの。だから、それがキーカードなのか確かめたいんだ」
「…………そうね。気にくわないあなたとはいえ、それが確かなら大きな成果になるかもしれない」
気にくわないは余計だよ。
…………私みたいな人間って癖が強い人ほど嫌われやすいのかな。
私の言い分に納得してくれた堀北さんは伊吹さんに背を向け、そっとカードを取り出した。
キーカードを受け取って、私はその裏と表をよく確認する。
表面にはリーダーの証明である『ホリキタスズネ』の名前が彫られてあった。
下手な小細工でどうこう出来るような代物じゃなさそうだね。
「どうなの? 葛城くんが持ってたカードと同じかしら?」
「形はこれと全く同じだったかな。でも、記憶にある色とは違うから何とも言えない。クラスによって配色が違うのかも」
「そう。何にしても判断材料が足りないわね。ミスをすればBクラスにとって大きな損害になるもの」
堀北さんにキーカードを返すふりをして、私は悟られないように自然にカードを落とす。
「あっ!」
私が焦ったような声を漏らすのと同時のタイミングで、堀北さんは即座に手を伸ばした。
すぐに拾われたカードは堀北さんの上着にしまわれるけど、私があげた声のせいで注目を集めるのは無理もないこと。
もっとも、狙ってやったことなんだけどね。
愛里ちゃんも心配そうに私たちを見ていた。
伊吹さんはどちらかと言えば、探るような視線と言った方が正しいかもしれない。
私を親の仇でも見るような形相で睨み付けてくる堀北さん。
「ご、ごめんね。私がドジしちゃって…………」
怒髪天を衝くとはまさにこのことで、殴らずに距離を置かれただけでも不幸中の幸いだと言えるかな。
キーカードを落としたことが清隆くんへのサインで、視界の端で清隆くんが山内くんに泥を堀北さんの髪にかけるようにお願いしている光景を捉えていた。
今頃は愛里ちゃんのメアドを報酬に交渉している最中だろうね。
交渉が成功したらしく、山内くんが動き始めた。
両手いっぱいに泥をかき集めた山内くんは、気配を感じとるほどの余裕がない堀北さんの背後に回ると綺麗な黒髪に泥を思い切り被せた。
被せるだけじゃ飽き足らず、さらには両手で泥を塗りたくった。
指示だしの時に被せるだけでいいって言っておけばよかったかな。
「うははは! 泥だらけだぞ堀北! おもしれぇ!」
少しの間だけ固まっていた堀北さんだったけど、状況を理解すると同時に山内くんの腕を掴んで投げ飛ばしていた。
ごめんね山内くん。
君の犠牲は無駄にはしないからね。(死んでない)
ベースキャンプに戻ってからの堀北さんは、多数の女子による順番待ちでシャワー室を使えないことを悟って川に向かっていく。
水着姿になってから川に堀北さんが現れたのを確認すると、清隆くんと一緒に人気のない場所を探して回った。
約5分ほどの探索を終え戻ってきたところで、身体を洗ったと堀北さんが上がっていくのが見えた。
伊吹さんも上手く動いたみたいだし、無人島特別試験のクライマックスが迫りつつあるのがはっきりと分かる。
ゲームセットまであともう少しなんだと。