転生したら帆波ちゃんだったので、綾小路君の相棒になってみようと思います 作:レイラレイラ
私が女子テントの前で堀北さんを待っていると、15分くらいで彼女は姿を見せた。
下を向いて目を伏せたまましばらく立ち尽くしていた堀北さんは、私と目が合うと途端に申し訳なさそうか顔になってしまう。
「…………一之瀬さん。少し来てもらえるかしら…………」
返事をする前に私は一度振り返り、伊吹さんがシャワー室前に並んでいる姿を確認する。
問題は無さそうだし、堀北さんの話を聞いても大丈夫そうだね。
「どうしたの堀北さん。何かトラブルでもあったのかな?」
「ついてきて…………ここでは話せないことなの」
堀北さんはそれだけ言うと、キャンプ地から離れた森の方に向かって歩いていく。
あえて何も問うことはせずに、とぼとぼと歩く堀北さんの背中を私は追う。
足を止めた頃には、もう既にキャンプ地が見えなくなるほどに離れている状態だった。
ようやく振り返った堀北さんは一度躊躇った様子で、でも意を決したように口を開く。
「…………これは私の油断。ミスだと自覚したうえで話すこと。いいわね?」
「ミスって?」
「…………盗まれたのよ」
「もしかして、キーカードとか?」
「そうよ。完全な不覚だったわ。あなた以上の失態を犯した私はとんだお笑い草よね」
自己嫌悪に包まれた堀北さんの表情は沈みきっていて、どこまでも自分を責めているのが伝わってくる。
どこまでも屈辱を感じているんだろうなと思いながら、私は彼女の言葉の続きを待った。
「あなたを信用したからこそ話したのよ。犯人の可能性がある人物になんて相談しないから。死にたくなるほど屈辱的な話だしね」
やっと信用してくれたことに嬉しさが込み上げてくる思いだったけど、盗まれるとわかってて見逃した立場としては素直に喜べない。
「大失態ね…………」
「堀北さんは悪くないよ。盗んだ人が悪いと私は思う。違うかな?」
「だとしても責任問題よ。体調が悪いとか、泥だらけだったとかは何の理由にもならないわ」
本当に悔しそうな表情を浮かべている堀北さん。
さっきも言ったようにあなたは悪くないし、責任を感じる必要性は欠片もないんだから。
「今は表沙汰にせずに事態の把握を優先しないと。ここで慌てても何にもならないしね」
「ええ…………私もそう思うわ」
この事実を明るみにすれは、まず間違いなくBクラスはパニックになる。
この後にそれと同等のパニックを起こす出来事が発生するんだけど、私が話さなくても後で嫌でも分かるだろう。
「まず間違いなく犯人は伊吹さんだと思う。Dクラスである彼女なら動機としては充分よ」
原作と違って軽井沢さんは堀北さんに突っかかっていないためか、すぐに伊吹さんが犯人であると堀北さんは断定した。
明後日の方向に疑いが向くような事態にはならなかったことに安堵する。
「ただあまりにもタイミングが良すぎる。盗み出すのは非常に危険な賭けなはずだし、キーカードにはリーダーの名前が刻まれているんだからペナルティを犯すような真似をしてまですることかしら」
私に答えを求めてくるような不安げな瞳を向けてくる。
教えてあげたいのは山々なんだけど、まさか葛城くんに明確な証拠として持っていく必要があるだなんて言えないもんね。
「戻ったら頃合いを見計らって聞いてみよう。伊吹さんのことは信じたいけど、それでも疑うなら目を離さない方がいいかも。持ち逃げされるのだけは避けたいからね」
「そうね。でもごめんなさい、先に戻ってもらえるかしら。すぐに後を追いかけるから」
「…………わかった。先に戻ってるけど出来るだけ早く帰ってきてね」
私は堀北さんをこの場に残してベースキャンプに戻った。
そして、Bクラスにおいて初めてのトラブルが発生する。
仮説トイレの裏手から薄暗い煙が上がっていることに不信感を覚えた生徒たちが、どんどんと集まってくるのを見ながら表向きは動揺している体を装う。
清隆くんが上手くマニュアルを燃やしたことで、伊吹さんは戸惑いの色が隠せていない。
想定外の事態に驚くのも無理はないし、この火事には伊吹さんは関わっていないんだから責任なんてあるはずもない。
あまりにも対応が無さすぎるのも不自然だと判断した私は、とりあえずクラス内の動揺を抑えるために対応を始める。
「みんなごめんね。私がちゃんと管理してなかったからこんなことになっちゃって、せっかく楽しめてたのに私のせいだよね」
もともとは自分の巻いた種なんだから、私のせいなのは至極当然のことだ。
謝罪の理由だって半分は本音だったけど、最後にはみんなに最高の勝利をもたらすための手順だからと自分に言い聞かせる。
「一之瀬さんのせいじゃないよ!」
「そうだぜ! 帆波ちゃんがいない時に俺たちだってちゃんと見てたとは言えないし、俺たちの責任でもあるだろ!」
「みんな…………」
「僕も、一之瀬さん一人に責任があるとは思っていないよ。これは事前に対処出来なかった全員の問題だ。君が背負いすぎる必要はないんだから」
平田くんは比較的落ち着いている様子で私を気遣ってくれる。
彼が原作で酷い状態にまで追い込まれたのもクラスが内輪揉めを始めたことが原因だったわけだし、纏まりを見せているBクラスにおいては冷静さを失う理由がない。
クラスが一丸となって汲み上がった水を残り火にかけて完全に鎮火させたり、犯人探しよりも事態の沈静化に動き始めた。
ぽつぽつと空から雫が落ちてきた。
どんよりと黒ずんだ雲は、もうすぐ本格的などしゃ降りの雨になることの証拠だ。
「…………よし。そろそろ雨が降りだすと思うから、濡らしちゃダメなものとかを早くテントに閉まっておこっか。今日が最終日だし、このまま最後まで乗り切ろうね」
みんなが片づけをしている間に、どうやら伊吹さんは姿を消したみたい。
堀北さんも同時にいなくなったようだし、私もあの二人を追いかけた方が良さそうだね。
私は清隆くんに目配せすると、彼は理解していると言うように頷いた。
真っ直ぐに続く浜辺への道を見据えて、伊吹さんたちの後を追いかけるために歩き始めた。
木陰から気配を殺しながら、森の中で集まって暗躍していた一団の様子を窺う。
全身泥だらけでぼろぼろになりながら地に伏せる堀北さんを他所に、Dクラスのリーダーである龍園くんとAクラスの葛城くんがキーカードという確実な証拠を確認している。
葛城くんはAクラスの地位を磐石にするために、龍園くんと交渉してまで裏で動いていたようだけどその実は利用されているだけでいずれは自分の首を絞めることになる。
それは特に重要ではないし、Bクラスにとっては対岸の火事だからね。
一通りのやり取りを終えたのか、葛城くんが彼らに背を向けて去っていった。
凄まじい轟音とともに、海の方角に雷が落ちてきたタイミングで私は龍園くんたちの前に姿を見せる。
「…………何。おまえまで追いかけてきたわけ?」
「よお帆波。随分と遅い到着だが、何処かで逢瀬でも楽しんでたか?」
遅かれ早かれ私が来るのは予想していたらしい。
清隆くんと一緒にいる状況から出た冗談なんだろうけど、この場面で照れるようなことはしない。
伊吹さんに契約の内容を話さずに沈黙していたのは、私が出てくるのを待っていたんだとしたら龍園くんも物好きだと思う。
「私は堀北さんを追いかけに来ただけだよ。伊吹さんも何処に行っちゃったのかと思ったけど、ひとまず見つかって安心したよ」
「ククク、この期に及んでおまえのことまで心配してるぜ。よかったじゃねえか、心底大事に扱われたようだな」
「ほっとけ」
私の代わりに清隆くんが堀北さんをお姫様抱っこしてから、早いところベースキャンプに戻ろうとしたところで龍園くんに制止される。
「待てよ帆波。忘れもんだぜ」
呼ばれて振り返ろうとした瞬間、足下に何かが投げ捨てられた。
『ホリキタスズネ』と名前が彫られたキーカードを拾って、清隆くんに預ける。
指紋は当然拭き取られているだろうから、証拠としては役に立たないだろうね。
最初から使おうとは思ってなかったけど。
「それから、行かせるのはそこの腰巾着だけだ。おまえは残ってもらうぜ。メインディッシュが自分から来たんだ、逃す手はねえだろ」
誰にも見られる可能性の低い森の中であることを利用して、この場で私を潰そうっていうことかな。
点呼の時間までには戻りたいし、とりあえずは応じた方が早く済みそうだね。
「堀北さんのことはお願いね。ここからなら、Bクラスのベースキャンプに戻った方が迷う心配もないよ。堀北さんのことは休ませてあげて」
さすがに龍園くんの前でリタイアと口にするわけにもいかないかから、休ませるという言葉で誤魔化す。
「わかった。おまえも早めに戻ってこい」
私の腕を知っている清隆くんは大丈夫かとは聞かず、おとなしく私たちが進んだ道を戻っていった。
Bクラスのベースキャンプに茶柱先生も拠点を構えているから、そこで堀北さんのリタイアをしてもらう。
点呼の時に堀北さんは試験を続けられる状態じゃないとすぐにわかって、海の方にある船に向かってリタイア宣言するよりは効率的だ。
清隆くんが立ち去ったのを見た龍園くんが、不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。
ここで戦うつもりはなかったんだけど、この際文句は言ってられない。
「卑怯だとは言わせねえぞ。前にも言ったが、これが俺のやり方だからな。お前を屈服させるのはBクラスに上がった時から決まってたことだ」
「ちょっと、まさかそんな弱そうなやつを痛ぶって楽しむつもりじゃないでしょうね」
「大丈夫だよ伊吹さん。こう見えて私、結構腕には自信あるんだから」
「だったら見せてもらおうか、その自信ってやつをよ。悪いが俺は女が相手だからと言って手を抜くようなつもりはない」
むしろ手を抜かれたら勝負にならないよとは口にせず、私は黙って戦闘の開始に備える。
力いっぱい込められた拳が容赦なく迫る。
決まった型なんてものはない、正真正銘の独自スタイルなのは私はよく知っていた。
清隆くんみたいに正面から受け止めるなんてことはせずに、冷静に龍園くんの攻撃を受け流して鳩尾を的確に撃ち抜く。
「がっ────!?」
力で男性に敵わないなら、別の方法で倒せばいい。
とにかく早く、とにかく的確に人体の急所を狙ったりもする。
僅かに後退した龍園くんの足に引っ掛け、滑りやすい泥を利用して転ばせる。
「グハッ! はあ、はあ…………たまらねえよ帆波。こいつは想像以上だな」
力の抜けた状態のお腹に強烈な一撃を叩き込み、それでもなお意識を保つのはさすがだろう。
私も結構鍛えているのに自信を無くしそうだよ。
「もういいかな。Bクラスのみんなに心配かけたくないからさ」
「おいどうした。俺はまだ負けちゃいねえぜ。それともこれ以上は殴りたくねえか?」
本当に鋭いというか、こういうところは素直に凄いと称賛出来るんだけどな。
やり方が普通に近かったら、こんな風に強い人間にはなれないだろう。
「殴ることに躊躇いはねえが、その躊躇わない自分に対して自己嫌悪してるだろ。甘いやつだな」
龍園くんの言うことは大体はあっている。
確かにこれ以上は戦いたくないけど、戦おうと思えばいくらでも出来るよ。
「俺をもっと満足させてくれよ!」
迫り来る拳を右に避けて、思いっきり右足で龍園くんの股間を強く蹴りあげる。
男の急所に重い攻撃を食らった龍園くんは、なすすべのないまま膝をついた。
その隙をついて私は身体を回転させ、威力の増した蹴りを脇腹に放つ。
かなりのダメージを負いつつ痛みに顔を歪ませながらも、まるで戦意は衰えていなかった。
「満足してないかもしれないけど今回はおしまいね。清隆くんにも早く戻るって約束してるから」
「ちっ。俺にお預けさせるとは肝の座った女だ」
そう遠くない未来に私よりもすごい人と戦えるから、龍園くんにはそれまで我慢してもらうしかない。
目を見開いて身動きが取れないでいる伊吹さんを尻目に、私は戦闘を切り上げてBクラスのベースキャンプへと急いだ。
ベースキャンプ辿り着いた時の時刻は午後7時50分。
堀北さんはリタイアとなって、急患として学校の職員たちに運ばれていったらしい。
最後の最後で龍園くんに絡まれる羽目にはなったものの、6日目の特別試験はなんとか終わりを告げた。
次回で第3巻の内容はラストになると思います