これ、なんだと思う? そうだね、傷だらけの俺が映った鏡だね。自走式塹壕整地オペレーターで有名なスカジさんと訓練場でかち合うと大体こうなるのである。
訓練終わりの火照った身体と無数の擦り傷にぬるま湯が良く沁みわたり、鋭い痛みがそこかしこを走ってうざったい。傭兵時代からの腐れ縁だから慣れていると言え出来れば傷は負いたくないものだ。
洗面台の鏡から目を逸らし、綺麗に身体を拭いて洗濯したばかりの服に腕を通して食堂へと向かう。
シャワーで汗と埃を洗い流した後は栄養補給である。訓練に付き合ってくれた銀髪紅眼で元賞金稼ぎのオペレーター――スカジさんと共に食堂で辣腕を振るう職員達のご飯を味わいながら、近況報告を交えた雑談の時間だ。
「私を大地に沈めるのでしょう?」
「……毎度毎度そうやって過去の事を持ち出すのはやめましょうよスカジさん」
俺だけがひいひい言ってる横で、ジョギングしてましたみたいな澄ました顔のスカジさんが昔の事を掘り返してくるのはいただけない。昔と言っても、十年も経ってないから最近っちゃ最近の話なんだが。
「考えずに発言した事でも責任は発生するの。未来永劫、ね」
「そんな根に持たれるような事は言ってねえでしょうに」
「あら? あなたは私と初めて戦った時に『重い女』呼ばわりしたじゃない」
「スカジさんがいつも使ってる大剣で俺の盾をぶっ叩いた時の話ですけど!?」
全く心外だ。屈強な体躯でもなく、貴族様の娘と言われても違和感がない程綺麗な容姿と染みすらない肌、捉えきれない程の速さで移動する時にかろうじて見える上質な糸のような銀髪。傍から見ればとても噂の賞金稼ぎに見えないのに、いざ攻撃を防ごうとしてみれば都市防衛に使われるバリスタよりも強いんじゃないかと思う程の圧倒的パワーを感じたわけで。
……いや、もしかしたらぎちぎちに筋肉が詰まっていて重かったりする可能性はある。武器は身の丈程もある大剣でロドス技術部が匙を投げる謎の知識で作られたオーパーツ、生半可な種族では持ち上げるので精一杯だった重量。アカフラに存在すると言われる毛むくじゃらの原生生物を親類に持っていたとしても違和感がない。
「自慢じゃないけれど、私は勘が良い方なのよ」
「へぇ」
「それから、余計な事を考えている時のあなたは目線がやや上に向いているみたいだから気を付けた方がいいわ」
「ご親切にどーもありがとうございます」
「いったい何を考えていたの」
「そのことは今重要なんですかねぇ……」
野性的な勘も備えている。なんてことだろう、状況証拠もバッチリ。
ロドスを揺るがす新事実に気付いて戦慄している俺を呆れたように見つめるスカジさんだが、やがて溜息を吐くと「まあ、いいわ」と逸れていた話題を元へ戻した。
「だって、私を打倒するのでしょう? テラの大地を寝床にしてやるって」
「もしかしなくても根に持ってますよね?」
「期待しているのよ。そうやって私に戦いを挑んで、未だに気概を失っていないのはあなたが最初よ」
そんなことを言う割には、素っ気なさそうに目を瞑ってご飯を口に運んでいる。髪が垂れないように耳にかけつつ抑え、在籍する無数の職員達を唸らせる料理人が腕をかけた逸品を、数度咀嚼して飲み込む。
本当に期待しているのだろうか。俺が最初とは言うが似たような人種はロドスに結構居て、身近なところじゃあ酒癖の悪い某フェリーンのエリートオペレーターなんかもそんなタイプだ。事実として何度か訓練場を廃墟にして始末書を書かされていたような。
「それなら適役がいるでしょうに。そうだ、今度活きの良い奴を紹介しましょうか?」
「この前、それで連れてきたオペレーターは凄い形相であなたの事罵っていたけれど」
「いやあちょっとした仕返しですよ。事実無根な噂話を広められたからつい」
「『話が違う』とか『あの時あの場所で手打ちだったはずだ』とか」
「勘違いしてたんですよあいつが。俺は手打ちにするなんて一言も言ってないし、丁度スカジさんも伸び伸びと訓練が必要だったから俺は」
持っていた食器を一旦置き、左右の両手を優しく合わせて小さく音を鳴らす。
「それを両方知っていたから結び合わせただけでさぁ」
「彼……エリジウムだったかしら」
「えぇ」
「筋は悪くなかったわね。死にそうなんて言いながら最後まで逃げなかった胆力もあった」
「伊達に戦闘オペレーターやってるわけでもないですからね。最後は寸止めされて気絶寸前でしたけど」
ただまあちょっと予想外と言えば、割とスカジさんがノリノリだったことだろう。
この人の性格的に、適当なところで切り上げて「はいお終い」にするかと思っていたらまあまあ本気で追い掛け回した事と、ついでに言えばエリジウムが最後まで耐え抜いた事も予想外だ。何をやっても一振りで無かった事にされまくって、「実際に体験してみてこんな絶望的な事はこの先ないだろうから気が楽になったね」と言えるのは素直に凄い。
ちょうどいいからそれも聞いてみようと思い、それとなく振ってみれば聞かれる事が意外だったのか少し俺を見て固まっていた。
「もう終わった事を今更聞くの?」
「これ逃したらもう聞く機会はないでしょうしね」
「そうね……」
そこからしばらくは、沈黙したままだ。黙々と食事を続け、いつ話してくれるのかと何度顔を伺っても変わらないので諦め、俺もさっさと食事を済ませる。
この後は就寝まで自由時間だから何をするかは未定だ。適当な奴を捕まえて遊戯室で遊んでもいいし、自室で就寝までのんびり過ごしても良い。武器の整備のためにブレミシャインの元へ行くのもありだ。ちょうど参加予定の任務もないし、隅々までメンテナンスをするか。
「彼の戦闘訓練を厳しくした理由だけれど」
「へ?」
唐突に。
食べ終えたのか食器を持って席を立っているスカジさんが、俺の方を見ている。なんだかんだで教えてはくれるらしい。
「私だって感情はあるのよ」
「知ってますけど」
「いくらあなたが考えなしだとしても、最低限の道理を弁えている事は知っているわ」
「その悪口と何の関係が……?」
質問に答えてくれると思ったら突然精神的に殴られて困惑する。いや、悪口と言うには事あるごとに言われているから俺自身も慣れてきたきらいがある。エフィだって言葉を濁しているがたまに口が滑りそうになるんですと言っていた。それを本人に向けて言っている時点でダメなんだが、そこは御愛嬌って奴だ。
ただスカジさんは、どうなのだろうか。いや付き合いの深さで言えばそれこそロドスに来る前、各地を放浪しながら日銭を稼いでいた傭兵時代から続くものではある。俺としては気の許せる相手だと思っているが、スカジさんはあんましそういうのを出さないので判断が難しい。
「『年端もいかない少女の尻尾を撫でまわそうとにじり寄っていた』なんて根も葉もない知り合いの噂話に不満を持つ事だってあるという事よ」
「あ、あぁ~~~~…………」
その時の俺の顔はどんな感じだったのだろうか。いやまあ確かにその噂話はいい加減でどうしようもない嘘の類だ。
ただし根も葉もないとまでは言い切れないのが悲しいところで、余計な事を吹き込まれたその年端もいかない少女ちゃんの純粋さが変な親和性をもたらしたせいで向こうがにじり寄ってきたのと、実際に女の好きな部位を聞かれて「尻尾」と答える癖を持っているのは変えようのない事実だ。
だが俺は賢い男だったのでここで余計な事は口にしなかった。初めて吹いたハーモニカみたいな声で、感動的な事実を台無しにしてつり合いを取るのが精いっぱいだったとも言う。
「……そんなに意外?」
スカジさんの思っていた反応を返せなかったからなのか、立ち去ることなく不満気に俺を見下ろしている。
「正直に言えば」
「あなたが私をどう思っているのか良くわかるわね」
「そうじゃないですけど、俺を憎からずは思ってくれているんだなと」
始まりからして戦闘だったし。一方的に負けた挙句、視界に入れもしない態度が俺の闘争心に火をつけて行く先々で絡んでいたわけで。
それがしつこくてウザい自覚はあった。ある時を境にその足跡もパッタリと途絶え、死ぬビジョンの見えなかった“厄星”も遂に墜ちたのかと柄にもなく落ち込んだりもしたからロドスで見かけた時はビックリしたっけか。
「少なくとも、話した事のない相手よりは気にするわ。……これで満足?」
「本音が聞けて嬉しいです」
俺への変な風聞が流れるのはよくある事なので、要するに名誉を傷つける話にはスカジさんもあまり良い顔をしないと。
嬉しいは嬉しいんだが、一抹の申し訳なさがある。『年端もいかない少女』の文言を削除すると噂話が一転して真実になるあたりが特に。
「立ち回りには気を付ける事ね。私が言うことでもないと思うけれど、善人だらけの此処で信用を失ったら終わるわよ」
「確かに、スカジさんはもうちょっと自分の見聞に頓着すべきだとは思いますけど」
今でこそ落ち着いているが、アーミヤ社長やドクターから聞いた話では化け物扱いされていた時期もあったらしい。
任務中も非協力的でコミュニケーションを取らず、一人でさっさと片付けて来て何を言う事もなく帰投する。ハッキリ言って、そこらの有象無象からすれば畏怖するのもしょうがない。
わからない存在に対して恐怖するのは生物として正しい反応であり、理由はあれど本人が正そうとしなかったのは事実だから伝言ゲームが加速していく。
流石に見過ごせないとアーミヤ社長直々に行き過ぎた話は訂正したのだが、それでも残る話は残る。
「あなたがたまに子供たちの前に私を引っ張り出す事と関係がありそうな話ね」
「いやぁなんの話ですかねぇ」
というわけで、それを憂慮したドクターが俺に話を持ち掛けてきて一枚噛ませろと乗っかった結果、任務終わりのスカジさんへ不定期に子供たちがぞろぞろと現れてスカジさんに纏わりつく構図が見られるようになった。
どういう訳か俺と一緒に任務へ出ると決まって子供たちがやってきて、俺の相手もそこそこに大きな剣を持っている美人な謎のお姉ちゃんをキラキラした目で見るのである。いやーなんでだろうねぇ。
スカジさんも噂に違わぬ血も涙もない冷血戦士というわけではなく、表に出さないだけで他人を心配する事もあれば知り合いを捨て置かない情も持っている。少なくとも子供を利用する俺達よりはまともなのだ。
ちなみにロドスの経費で作られたスカジさんが使っている武器のミニチュアは子供たちに人気らしい。やっぱ小さい頃にデカい武器へ憧れるのは全種族の共通なんだなと思いながら一個購入した。
「都合が悪いとすぐ恍けるのも、直した方がいいわね」
直る事を期待していなさそうな投げやりさで言い残すと、「それじゃ」とスカジさんは立ち去った。
仲間思いなんだなと感じる事はあったが、それが自分に向けられた事と、割と上の方にカテゴライズされているってのを改めて知るとむず痒く感じるなぁ。
スカジニウムとは、スカジが登場する創作でしか得られない一部ドクターに必要な栄養である(要出典)
最近のアークナイツ二周年放送にて、スズランのお使い編にて突然スカジを登場させたため数多のドクターが過剰摂取により存在しない記憶の想起、意識の混濁、感謝の言葉を数分間繰り返すなどの異常行為が――――