休憩室の隅で、背もたれにだらりと身体を預け両サイドに腕を乗せて一角を占有していた俺は珍しく暇を持て余していた。
ロドスに来てからしばらく経つが、契約社員の割には良くしてもらっているのをひしひしと感じる。肩書としては“傭兵”のままでも任務に参加すれば追加で手当てが出る。ロドスの一室を借りている訳だから家賃とか食堂の利用費などは取られるが、それも破格と言っていい程の安さで気にもならない。
理想の職場とはこんなものだろうかと思いつつ、傭兵社会の緊張した生活から考えれば有り得ない平和だ。仕事終わりはともかく、それ以外でやる気なく過ごしていれば実入りの良い依頼は取られるし、掴んでいた情報は古くなって大怪我の元になる。それに比べれば食って寝ても仕事前にはきちんと現場の情報が降りてくるし仕事を選ぶことすら出来る。毎日が楽に生きられて何の心配もいらないときた。雲泥の差とはまさにこのことだろう。
「おや、エインウルズ。一人とは珍しい」
やる事が無い時に何をすればいいかと悩む辺りまだロドスでの生活には慣れていないと言っていい。そんな俺に声をかけてきたのはとあるオペレーターだ。黒いスーツの上部を開放的に着てピンクのシャツを見せびらかす黒髪のイケメン野郎。
元ホストで今はロドスアイランドの行動予備隊A6の一員。
「ミッドナイト、俺が一人でいるのはそんなに珍しいか?」
オペレーター名“ミッドナイト”を持つ高身長の男は、俺の問いかけにニッコリと微笑んで首肯した。
「そりゃああなたの場合は誰かしらと一緒にいるだろう? その横は大体の確率で女の子と来たもんだ。正直、嫉妬してしまうね」
「大体って、どんぐらいの確率だよ」
「俺がオーキッドさんに怒られるぐらいかな」
「100%じゃねえか、お前オーキッドさんには誠実に向き合っとけよマジで。この間俺を売ったせいで燃やされかけた件、謝りに来たからな」
とまあ、俺とミッドナイトはこんな仲だ。親しくさせてもらってるが、身の保身の際に足を引っかけ合ったりするタイプだ。
「しかしあの時はエインウルズの言葉も良くなかった。相方たる少女の前で他の女を褒めちぎるなんて女心がわかってない」
「ロドスでの相棒はエフィなんだがなあ」
「それをきちんと言葉にして伝えた事は?」
「いやそんな改まって言う事じゃねぇだろ」
「はぁ……これだから傭兵は」
わざとらしく肩を竦め、これみよがしに溜息を吐いて首を振るミッドナイトにイラッとして拳を作る。「おおっと怖い怖い」などと宣いながら、ミッドナイトは自己弁護を始めた。
こいつ曰く、言葉にしなければきちんと伝わらない。思っている事は言える時に言っておいた方がいい。
言いたいことはわからんでもないが、それと誰かを両手を挙げて褒めるのは別問題だろうが。
俺は人を褒める時はすぐに褒めるタイプだが、タイミングってもんがある。あの時はプロヴァンスを褒めちぎる時で、エフィのご機嫌を伺う時ではなかったはず。
「作戦中にエフィの事は沢山褒めてるんだけどなあ」
「へぇ、例えば?」
「俺の倒してほしい敵を言われずとも倒してくれた時とかに『自慢の相棒だぜ!』とか『俺の事分かってんな、流石だ!』とか」
「微妙なラインだね」
「微妙なのか……」
言葉の通り、なんとも言えない表情のミッドナイト。
「だが本当に一例だぞ。俺は過去にエフィを褒めちぎりすぎてドクターから苦情もらったからな」
「何したんだいほんと」
『君がエイヤフィヤトラと些細な事で喧嘩したのは皆の知るところだから、作戦中にご機嫌取りをするのは止めろ』だったかな。
ともあれ、そうやっている内にエフィの方もだんだん慣れてきたのか、相槌をしながらアーツで掃討するようになった。最初みたいに正面から受け取って動揺する姿はもう見れない。
「最近は任務はバラバラだと聞いたけど」
「流石にどんなとこにも俺付きじゃ不便だろうしな。安全性が高いもんや調査外勤とかは俺いなくてもいいだろって」
「ああそれでか。良くエイヤ嬢と一緒にいる職員がボヤいていたよ」
「なんて?」
「休憩時間に君の愚痴を聞かされてうんざりだって」
「………………」
俺の不幸を楽しんでいそうな笑顔のミッドナイトは後でしばくとして、それは確かに困った。ここ最近は何もしていないはずなんだがな。
そう言うとミッドナイトは呆れたように肩を竦め、行動を思い返したらどうかな? と軽薄な声。
何って、酒場で寝るまで飲んだだけだが? 朝起きたら隣に誰かが眠っていたなんてヘマはもちろんしていないし、ブレイズとかいう飲んだくれフェリーンの後始末だって手伝った。
「そうだね、君が大声で尻尾とタッパがデカい女は良い女なんて叫んでいなければ良かった」
事実だろ。
それから尻尾の手入れ講習会を開いた。レッドがあまりにも自分の尻尾をぞんざいに扱ってたんで緊急案件だった。ついでに参加希望者を兼ねて、一室借りてプロヴァンス大先生に教えを広めてもらったりな。
「とても良い事だけど、講習会にかこつけて複数人の尻尾を堪能した事はプロヴァンス嬢からエイヤ嬢へ話が流れたみたいでね」
同意の上だったんだが。それはそれとして裏切り者のプロヴァンスはケジメ案件として尻尾触りに行ってやる。
最近ってならユーネクテスのやつとタイマン練習ばっかして訓練場の一角を破壊したとかかね。始末書がダルかったかな。
「ああ、彼女に兄様なんて呼ばせていなければエイヤ嬢も何も思わなかっただろうね」
呼ばせてんじゃねえ、向こうが勝手に呼んでくるんだ。
っていうかな、さっきからまるで俺が悪いかのように言うのはなんでだよ。
「なあ」
「なんだい?」
「俺が悪いのか?」
「情状酌量の余地はあると思うよ」
心外だった。俺は無実なので情状酌量なんてものは発生しないはずなのに、ミッドナイトの中で俺は有罪の受刑者だと結論づけられている。
眉間に皺を寄せながら、本来ならば悪者へ向けるべきはずの言葉を咎める。
「俺は何もしてねぇ」
「それは犯人の台詞だけど、認めるのかい?」
「犯人……? そりゃまあ、酔って大騒ぎした事やロドスの設備の一部を壊した事は悪い事だけどよ、エフィが気にすることか?」
「いや、それはそうなんだけど」
想像してごらんよ、と言われたのでミッドナイトの言葉通りの出来事を脳内で想像する。
「エイヤ嬢が俺と任務に出るとして終わった後に君より俺の方がやりやすいなんて言われたら」
「いいか、帰ってきた時に傷一つでも付いてたらお前の爪を一枚一枚丁寧に割るぞ」
「一瞬前と温度差が酷い!?」
しまった本音が。傷付きながらも任務を全うして帰艦するエフィの姿を見たら信じて任せたんだろと脳内でミッドナイトを詰めていた。
腹の底から低い声が出たせいで通りがかった職員がギョッとした目で俺を見ていたので、愛想笑いで手を振りながら誤魔化す。
「じゃあスポットはどうかな」
「あいつじゃエフィの勝手はわからんだろ。俺の方が上手くエスコート出来るね」
「その謎の自信は一体どこから……?」
年季が違うってやつだ。スポットと俺とじゃ組んでる長さが違う。むしろアーツの余波で大事な毛並みが縮れ毛にならないか心配する余裕がある。
エフィは制御も狙いも正確で、俺の身体すれすれを火球が飛んでいくからな。あいつの毛並みに掠るだけでも予備隊A6で見世物になる未来が決定されるだろう。
「……わかった、ホシグマさんは? 龍門から出向してきて、たまに任務に出たりするだろう?」
「俺も流石にホシグマさん程度とは言えねぇな……確かにそれならあり得る」
「エイヤ嬢がいかにホシグマさんの技能が素晴らしいかを語りだしたらどう思う?」
「そりゃもうわかるじゃねえかって盛り上がるだろ。龍門じゃ上司に恵まれなかったせいで上手くなったと思うと同情はするがな」
ちなみにその上司は過去に起きたごたごたのせいで今では立派にロドスの一員になった。俺にとっても苦い思い出の人物なのであまり思い出したくないが、ホシグマさんは別であり同じタイプのオペレーターなので話も弾む。実践じゃあ負けはしないまでも勝てるかどうかは分が悪し、と言ったところか。ただし夜の飲み比べじゃあ即降参だ。いくら飲んでも潰れる気配がない、酒に強すぎる。
望む答えを得られないのか、ミッドナイトはため息を吐いて顔を下に向けながら、目を瞑る。額に手を置いて、まるで処置なしと言わんばかりだ。
「君みたいにそうやって考えられれば良かったけどね、エイヤ嬢はまだ年相応の女性なんだ」
「お前に言われなくても知ってるが」
「知ってるなら、きちんと気に掛けるべきだよ。他の女性にうつつを抜かして放っておくなんて」
「うつつを抜かしてはいねぇよ……」
嘘でもなんでもなくこれは本当だ。仲の良い女性オペレーターを挙げるとして、プロヴァンスはあれで凄腕の天災トランスポーターで手伝いに駆り出されたらミスが許されないので気を抜けないし、スカジさんは本気で追いかけないと置いて行かれるし、ニアールさんはスパルタで休憩時間も鍛錬みたいなところあるし、ブレミシャインの作ってくれた武器防具は取り扱いを間違えると怪我をするし、スズランは対応を間違えるとロドスの半分が敵に回るし、ブレイズは飲みの後始末役にされる……いやこの話は止めよう。俺の精神衛生上問題だらけだ。
そもそも、関わる事で政治的な問題に巻き込まれる可能性がある奴が潜んでいるのがロドスアイランドだ。シルバーアッシュとその妹たちなどは最たるものだろう。
確かに俺はロドスと契約しているが所属しているわけでなく、何かあればクビを言い渡されてテラの厳しい自然へ放り投げられてもおかしくない傭兵なのだ。
ということをつらつらとミッドナイトへ丁寧に言ってあげれば酷く胡乱な目を向けてきた。
「ロドスでも美人や可愛いと評判どころのオペレーターばかりじゃないか。そういうところだよ」
「その代わり刺が凄すぎるけどな。プロヴァンスが癒しだ」
「君は知っていてもエイヤ嬢は知らないよ。見た目だけでなく、腕も良い相手ばかりともなれば相方たる君が取られるんじゃないかと不安にもなる」
「俺にどうしろと」
「安心させてやればいい。きちんと言葉にすることが大事だってさっき言っただろう?」
んでもって後日。
「エフィ、俺にとってはエフィが一番(の相棒)なんだよ」
「えっ」
「(任務で)一緒だと安心するし、(状況がヤバくても)お前となら乗り越えられると思ってる」
「えっえっ」
「(作戦前は)いつもお前の事を考えてるし、他の奴は狙いがブレる事あって安心出来ないし」
「あ、あの、ほ、補聴器の調子が……悪いんですかね?」
「なんだ? じゃあもっと大きな声で言ってほしいのか?」
「えっ」
ま、ここは朝の食堂だし周囲に人がいちゃあ恥ずかしいかもしれない。
しかしここを逃すとエフィはフィールドワークで数日いなくなるので、どうせなら今言っておこうと決めたのだ。
「俺の中では! エフィが! 一番(の相棒)だからな!」
「ああああ! 聞こえてます聞こえてます! そんな大声で言わなくてもいいじゃないですか馬鹿ぁ!」
このあとめちゃくちゃアーミヤ社長とドクターから呼び出しくらったしめちゃくちゃ不名誉な事言われまくった。
俺が何したって言うんだよ!!!