エインウルズの日常譚   作:まむれ

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-03.朝から-

 俺は惨めだ。

 

「お兄さん、聞いていますか?」

「聞いてる聞いてる、シルバーアッシュは優しいって話だろ」

「違います、煙草もお酒も止めないから怒って来いってアンセル先生に言われたからそのお話をしてたんですよ!」

 

 俺は惨めだ。

 なんでずっと年下の女の子にこんな説教をされてるんだろう。疑問の答えを探せど出てこず、ガミガミと聞き流すに残り時間が延長されていく。

 

「っつっても酒と煙草は俺の相棒なんだよ、それをやめるなんてとんでもないぜ」

「煙草はともかくお酒に関しては私だって、次の日がお休みの時だけなら言いませんよ? けどお兄さんはほとんど毎日飲んでるじゃないですか」

「クセになってんだ、酒飲むの」

「そんな癖は私が矯正します!」

「どうやって?」

 

 目の前の小さなヴァルポをあざ笑うようにどんな方法なのか聞く。俺と酒煙草は切っても切れない赤い糸で結ばれているのだ。それを高々十数年程度しか生きていない子供が経ちきれるとは到底思えなかった。

 

「ドクターさんに許可はもらいました」

 

 えっ。

 急に悪寒が背筋をなぞる。残念な事に、俺が有事の際に一番信用する類のモノだった。

 

「なんとお兄さんには」

「ちょっと待て」

「明日から私と常に行動を共にして貰います!」

「おーうれしいなー」

 

 驚くほどの白々しさしか感じられない声が出た。この後ロクでもない噂話になるんだろ知ってるよ。

 

 


 

-03.朝から-

 


 

 

「お兄さん、起きてくださ~い! 朝ですよ!」

「あ~~~……?」

 

 ズキズキと痛む頭へ響く幼い声に顔を顰めながら、個室に備え付けられたベッドから起きる。眩しさを覚え、目を細めて壁を見れば普段は閉まっている窓が半分ほどまで開かれて朝日を招き入れつつ、澄んだ空気を取り入れて今まで部屋を占領していた陰鬱な空気を中和していた。

 昨日のスズランとのやり取りに思考が壊れた俺は、ブレイズやスポット辺りを連れてしばらく出来ないであろう平穏な酒盛りを盛大に取り仕切り、いつものように駄フェリーンの介護をして結局自室で静かに飲み直したのだった……までは覚えている。

 

「まさかあの後すぐに飲んでるなんて思いませんでした。しかも後片付けもせずに置きっぱなし! っめ、ですよー!」

「別にいいだろ」

 

 片付けるのは俺なんだ、し………

 はたと気付く。俺の借りている部屋は個室で、ルームメイトなんてもんは居ないはずだ。

 

「…………」

「……………………?????」

 

 声のする方を視界に納めれば、あり得ないものが見えたのでしっかりと目を擦ってもう一度同じ場所を見て、理解出来ない光景に何度も目を擦るが現実は変わらない。

 何故か、そう何故かだ。朝からスズランが俺の部屋に居て、簡易キッチンで何かを作っている。

 は? なんで?

 

「お洋服も雑に入っていたのできちんと畳んでおきましたから後で確認を……って聞いてるんですかお兄さん」

「言いたい事は色々あるんだがどうやって俺の部屋に?」

「どうやってって、合鍵使って入りました」

 

 がさごそとポケットからカードキーを取り出したスズランが、当然のように見せてくる。いやそうはならないだろうと言いたいが実際になっている。

 

「……どこでそれを?」

「ドクターさんが入用だろうからって」

「あんのクソ野郎……」

「人の事、そんな風に言ったらいけませんよー?」

「俺とドクターの仲ならいいんだよ」

 

 とりあえずドクターには後で龍門から取り寄せた激辛簡易麺を口内調理してもらうとして、この状況をなんとかしなければいけない。スズランと言えばロドスのどこへ行っても愛されるマスコットととも言えるオペレーター……で済めばいいのだが、その愛くるしさと本人の気質から日夜ハードワークに勤しむロドス職員の心を鷲掴みにし、密かに見守り隊が結成されている程度には派閥が存在している。

 

 さて問題。

 そんな可愛い可愛い我らがスズランが、だらしない雇われ傭兵男の一人部屋から、しかも朝から出てきたと知られたら。

 ついでに言えば、非常に不本意ながらその傭兵が人間関係に置いてよろしくない話の一つや二つを持っていて、オマケにスズランの特徴と合致する性癖*1を持っているとしたら。

 

 終わりだ。俺は今すぐにロドス本艦から脱出の準備を始めなければならない。本人曰く今までで一番真剣に作ったらしいとあるクランタが製作した最硬の盾を最優先に。あとは持てるだけの食料と水を購買部で用意し、服や嗜好品は諦めて最下層のどこかから抜け出す。

 素顔を滅多に見せないドクターのニヤケ面に一発ぶち込めないのは残念だが命には代えられない。

 

「何してるんですかお兄さん」

「逃げる準備だよ、今日でロドス暮らしはお終いだ。また一介の傭兵に戻る時が来たんだ」

「もぉ! そんな事言ってないでご飯食べる準備してください!」

 

 有無を言わさないスズランの声に渋々と脱出の準備を中断して洗面台で顔と手を洗い、朝食の並べられた机に向かう。

 パンとスクランブルエッグ、サラダの横に置かれたベーコンの香ばしさが鼻をくすぐる。量は少ないがロドスには食堂があるのだからそれまでの繋ぎ程度だろう。

 それらが盛られた皿を綺麗に並べたスズランが、向かい側の椅子にちょこんと座って両手を合わせて指の間に箸を挟んで「いただきます」と祈りを捧げた。

 

「お兄さんも」

 

 フォークを片手に何も言わず食べようとしたら見咎められる。食材を作ってくれた者への感謝、そして食材の生命を糧にする感謝を込めて食前に行うという極東の祈りを俺にもやれという事だろう。

 

「頂きます……っと」

 

 言わなかった場合せっかく作ってくれた朝食が冷めるまで食べられなくなるし、そもそも逆らう理由もない。スズランに倣って言葉を口にすれば、よく出来ましたと言わんばかりに顔を綻ばせる。

 朝ご飯の味は言うまでもなく。美味いと伝えれば年相応の笑みを浮かべ、尻尾と耳がぱたぱたと動いて喜びを表す。これが食堂だったら俺も可愛いなで済ませられたんだがな。

 

「お兄さん今日はどう過ごすんですか?」

「特には決めてねぇが……それを知ってどうすんだ?」

「私も着いていこーかと」

「やめろやめろ、一日もスズランを連れまわしてたらどんな噂されるか」

「例えばどんなですか?」

 

 そうだな、とフォークで宙に弧を描き、それをスズランに責められて居心地悪くなる。とは言え、このままだと俺の危機なので縮こまったりはしない。

 

「まず今の状況だけで俺は朝から自分の部屋に少女を連れ込んでる男って言われるんだ」

「私は自分でお兄さんの部屋に入ったのに?」

「噂ってのは面白い方が広がるんだ。それこそ本人の言葉も無かった事にされる」

 

 なんか前にもこんな話した気がするなとこの前の事を振り返って話してみれば、スズランも納得したのか困り顔だ。

 その時は散々な目に遭ったからな俺が。ドクターが大声で笑いながら過呼吸になりかけてる横で、アーミヤ社長が呆れていたのを鮮明に思い出せる。

 

「お兄さんが悪く言われるのは私も嫌です」

「そう思うなら朝っぱらから俺の部屋に入って来るべきじゃなかったな」

「それはそれ、です!」

「入ってくるのがダメってわけじゃねえからな? 時と場合を考えろって言ってるだけで」

 

 まあなんだ、世話を焼いてくれる人を嫌う奴は滅多にいない。変な話が流れても俺が気にしなきゃいいだけで、こうやって飯まで作ってくれた少女を無碍になんかしない。あと十年でも経ってりゃ両手を挙げて歓迎しただろうが。

 

「ドクターももうちっと俺の事を考えてくれれよ……」

「……私ってそんなに好かれているんですか?」

「自覚しといたほうがいいくらいにはな」

 

 深くは説明しないが、ただ、オペレーターの情報を纏めている人事課の奴が愚痴るくらいには形式を無視した主観だらけの記事が送られてくるらしい。

 正職員でもなし、ふらふらと宙ぶらりんな俺を、スズランと仲の良いとあるオペレーターは目の敵にするくらいだし……ん?

 

「ところで、フォリニックはどうした。俺が朝からスズランに迷惑かけてるなんて知ったら瓶投げてくるだろ」

 

 医療オペレーターのフォリニック。悪い奴じゃないんだが、以前任務でスズランと行った都市で不測の事態に巻き込まれてから、一緒にいるところが見られるようになった女。

 俺は何故か変な噂が流れる事がままあるので、そんなのと話すとどんな悪い影響があるかわかったもんじゃないと考えてるっぽいんだが肝心のスズランが構わず話に来るからどうにもならないと歯ぎしりして、八つ当たり気味に俺の生活習慣をあげつらって二人仲良く俺から酒と煙草を取り上げようとしてくる。世間一般の正論で合法的に殴ってくるのはやめてほしい。

 

「フォリニックお姉さんはそんなことしませんよ!?」

「いいかスズラン、この状況ならあいつはそうするって信じてる」

「その信頼の仕方は違うと思います……」

 

 ヴァルポ耳をぺたんと伏せ、困ったように俺を半目で見ているが、残念ながら事実だ。

 

「実はですね、私が朝から用事がある事は知っているんですが~どこで何するかまでは教えていません」

「それさ、バレたら俺がヤバいって事だよな」

「?」

 

 可愛らしく小首を傾けているがそれが許されるのは俺以外だと知るべきだろう。

 まあいい、幸運にも今日の俺は一日フリーだ、部屋に引きこもっていれば良い。

 

「じゃあ俺は今日部屋にいるからお役御免だ。朝飯美味かったぞ」

「またそんな事言って……アンセル先生に言いつけますからね!」

「一日くらい動かなくてもあいつは文句を言いやしねぇよ」

「じゃあフォリニックお姉さんに」

「あいつにどやされるのは慣れた」

「エフィお姉さん」

「あいつは今フィールドワークでいないだろ」

「……む~~!」

 

 ふはは! 頬を膨らませ、じたばたと足を揺らして悔しがるスズランとは対照的に俺は勝利の余韻を朝飯のデザート代わりにしっかりと味わう。エフィに限って言えば、あいつは理解してくれるので丁寧に説明すれば納得するからそもそも居ても居なくても変わらない。

 

「ケルシー先生」

「女狐は忙しいんだからこんな下らん事で手間をかけさせてやるな」

「ドクターさん」

「そもそもの元凶だろ」

「アーミヤお姉さん」

「ドクターのせいであって俺は悪くねぇ、軽率な判断を下した責任者が悪い」

 

 それでもと食い下がるのは良いがロドスの三巨頭を出してくるのはやめろ。無駄に問題を大きくして損をするのは俺だけなんだ。

 

「ええっと、ご馳走さまでした、だっけか」

「くぅ……おそまつ様、です」

「とてもいい気分だ」

 

 話は終わりだと食器を集めて席を立つ。こういう事があると大体呪われたかのように俺の不利な方へと状況が傾くから、それが起きない事がこんなにも心穏やかになるとは。

 なんだったら普段は後回しにしていた皿洗いを今行えるくらい余裕がある。ちょっと待ってろと弾んだ声でスズランを気にかけながら、鼻歌交じりに食器の汚れを綺麗に落とす。

 

「俺の部屋から出る時は言えよ、先に俺が通路を見て誰もいないかどうか確認するから」

「そこまでしなくてもぉ……」

「旅をする時天災トランスポーターを10人雇うって言うだろ」

 

 こと消極的目標に対しては警戒はすればするだけ良いものだ。ここまで上手く運んだのに最後の詰めを甘くして台無しになるなんて馬鹿らしいからな。

 

 

 ──なお、翌日もスズランの声に起こされて現実逃避するのだが、良い気分の俺は想像をしていなかった。

*1
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