「うわー、面白い事になってるねエインウルズ」
「ああ……? どこが面白いんだよ」
ロドスアイランド本艦、地下一階の最後方部にある装備製作兼点検室はかなりの広さを誇る。強化処理がなされた床から天井まで灰色一色の壁、大きければいいだろうと言わんばかりに一段の幅が高い無数の工具が納められた複数の棚、今一緒に居るクランタ女専用の部屋だ。朝目覚めればスズランが食堂に行かなくて良いぐらいの食事を作り、かごに入れておいた洗濯物──適当に置いたら怒られて、寝てる間に洗濯したら生乾きになるのでやめろと更に怒られた──を回収してどこかに洗いに行き、それが済むと端末に連絡が入って可能な限り一緒にいようとしてくる。もうこれ新手の恐怖体験だろ。
それが五日。俺のプライベートがなくなってから経過した日数である。
何せ合鍵を握られているのだ。一日目はともかく、二日三日と経てばずっと引きこもる訳にもいかず、俺の後ろをひょこひょこついてくるスズランを引き連れて艦内を歩く事になった。後は言わなくてもわかるだろう。
鉱石病と戦うロドスじゃ明るい話題は確かに必要なのかもしれないが、だからと言って俺がその役割を担う必要があるわけではない。他にも格好の相手がいるはずなんだが。
「言葉の綾だよー、だからここに入れてるんじゃない」
話を戻すと、だからと言ってスズランを邪険に扱う訳にもいかない。そんなことをして悲しませれば俺はロドスを降りる前におよそ真っ当な人が受けてはいけない壮絶な体験を味わうだろう。そんな事はしたくないので深夜の内にこっそりと艦内を走り、事前に渡された鍵でこいつが来るまで待ってたわけだ。
……まあ、スズランから逃げて別の女と会ってましたなんてバレたらそれも面白おかしく広められるのだろうが、社会的に瀕死になるか物理的に瀕死になるかを選ぶならば後者を選ぶ。何故物理的に瀕死になるかって?
「俺の精神に悪い冗談はやめてくれ、ただでさえ参ってるんだ」
「満更でもないくせに、素直じゃないんだから」
「ほんとにやめろ……」
今一緒に居るのがブレミシャインだからだ。
ロドスアイランドで一番強いのは誰かという話題でいの一番に上がるニアールさんの実妹で、とある教官と遠縁で、カジミエーシュのごたごたで俺が瞬殺こそされなかったものの手も足も出なかった人を叔父にもつ才媛。
姉譲りの金髪と実力、姉譲りの見事なゴールドテイル、姉とは違って親しみやすく優しい女。姉と同じく揺るぎない心を持つ女。とある過去のやらかしで俺はこいつの叔父と叔母からマークされているので本当は頼りたくなかったが背に腹は代えられん。作ってもらった俺の装備のメンテを頼んでたと言えば最低限の言い訳も立つ。
「困ったときは頼っていいよーとは言ったけどさ、こんな頼られ方をするなんて思ってなかったよ」
「お前に頼るのはほんとに最後の手段だからな。こういう時に男連中は助けてくれねえんだ」
「ふぅーん……あ! もちろん私は今回もエインウルズの噂なんて信じてないからね!」
「“も”ってところに悲しみを感じるぜ……」
「あ、あはは、それはちょっと」
「おい」
「叔父さんと戦ったの事を聞くと、ねぇ? また余計な事でも口走ったんでしょ?」
俺の相棒たる装飾がほとんどない長方形のデカい盾をあちこちと触りながら、こちらを見ずに苦笑いするブレミシャイン。対して就寝間際にオリジムシの幼体を見つけた時よりも苦い気分になる俺。
「あの時は意図的だった。ま、それで頑固なおっさん相手に喧嘩吹っ掛けて瞬殺されたけどな」
「いやいや謙遜し過ぎ! ただの傭兵がカジミエーシュでも指折りの実力だったあの人の前で一分も立っていられたなんて!」
「十秒だよバカ。フカすにしても大きすぎると俺が空しくなるだろ……」
「あ、あれぇ?」
不幸な行き違いだった。休暇のつもりで訪れたカジミエーシュで厄介ごとの気配を感じ、その原因だった女の親族だった事も関係した。ついでに訓練場でボコられまくった相手の親族でもあったことも。
何度も経験した“口は禍の元”をカジミエーシュでも再現してしまったのだ。いやそんな血気盛んだとは思わないだろ。「貴様が都市外からやってきた人間なのはわかっているがそれはそれとしてだ」とか言って即抜剣してくるのはな。
「その十秒だって向こうがたかだか傭兵風情と手間惜しさに全力じゃなかったからだ」
最初の一秒、見えないはずなのに手元のブレ方に見覚えがあったから防げた。次の一秒、俺がニアールさんへ失言した時と同じ追撃だったから防げた。五秒を会話に費やして、一秒間も沈黙があってそこから俺の視界が回るまで一秒。落とした装備へ手を伸ばしながら視界が真っ暗になるまで一秒。
ぶっちゃけると俺は首が落ちたのかと錯覚したし、起きた時に首元へ手をやってどうして生きてるのかしばらく理解出来なかった程だ。
「そ、それでも凄いよ?」
「どうだかな、雑に蹴散らそうと思って手癖の斬り方が出たんだろ。何度もニアールさんとの訓練で見た動きだったぜ。そうじゃなかったら秒殺だ秒殺」
「いやいや! エインウルズならそんな事ないよ!」
「ずっと気になってたけど、その俺に対する盲目レベルの過剰評価はなんなんだよ」
無邪気に励まそうとするのは良いが行き過ぎればそれは毒薬だ。ましてやブレミシャインという名実共に光の存在に、金で命のやり取りをする傭兵風情だった俺が持ち上げられるのは過去を肯定したくなる程に気分が良くなる。スズラン、カーディ、ブレミシャイン、プロヴァンス。男を堕落させるのが目的なのでは、と思う奴がぱっと思いつく限りでもこんなに出てくるのでロドスはやべぇ会社で間違いない。
「でもエインウルズはあの時ずっと守ってくれたじゃない」
「連結しかけた都市ってやつだ。巻き込まれたままってのも癪だったし知ってる奴を見捨てるのも目覚めが悪いだろ。オマケにニアールさんの妹で美人と来たもんだ、これで俺だけ尻尾まいて逃げちゃあ男が廃るってもんよ」
「も、もー! そういう冗談はやめてよ!」
「冗談で言ってるわけじゃねえさ」
ブレミシャインが顔を少し赤くしながらさっきまでと違い俺を見て否定するが、もうちっと自分の容姿には自覚的であるべきだ。そういう奴少ないんだよなロドスは。
とはいえ俺だって完全無償だったわけではない。そこらへんはそこそこの依頼金を貰っていたからこそ無冑盟が出て来てもブレミシャインの傍を離れず死にそうな目に遭いながらも騎士競技が閉幕するまでカジミエーシュに居たのだ。本当なら騎士競技を満喫できるはずだったんだけどな……ロドスから離艦許可があっさり出て首を捻りながら休暇をカジミエーシュで消化するはずだったのに蓋を開けてみればいつも以上にハードな仕事が降って来たのは納得出来ん。
「ずっと聞きたかった事があるの」
「ん?」
ふと、ごとりと俺の盾を灰色の壁に立てかけ、改まった表情でブレミシャインが真っ直ぐな目で俺を射抜いていた。一欠片の曇りもなく、嘘を付かせない力強くて綺麗な目は俺の苦手なものだった。
「私を助けてくれたのは何で? はっきり言って、あの時の私は厄介ごとの宝庫だったのに、でも無冑盟に攫われそうになった時も追魔騎士に襲われた時も逃げていいよって言ったのに」
俺がカジミエーシュでブレミシャインの味方をしたのはそういう依頼があったからだ。
内容には依頼主の事は当然として、本人の意向により“依頼を受けた事自体に守秘義務を課せられた”。それは依頼を終えてずっと経つ今も有効になっているし、失効する事はない。
「会った時から私の事を可愛いとか綺麗とか口説いてたけど、本当にそう思ってたから?」
「それとも、“美人でお世話になったニアールさん”の妹だったから?」
「それとも、誰かに頼まれてお金分は働いたから?」
「そろそろ教えてくれても、いいんじゃないかな」
同じやり取りを何度行っただろうか。数える事をしていないので覚えていないが、少なくとも片手で数えられない事は確かで、だから俺はいつもと同じ答えをキッパリと言ってやった。
「そりゃお前、俺がやりたいからに決まっただろうが」
「むぅ」
「俺は確かに傭兵だがロドスっつー優良顧客抱えてんだぜ? 他の傭兵と違ってロドス外の依頼は選り好みしても食ってける立場だったワケ」
いやあほんとロドス様様でしたね、問題は俺の休暇とロドスの行動をブッキングさせた事だけどな! しかもこれ幸いと俺を泳がしやがって。ドクターは俺の性格をきちんと把握したうえで、一切の連絡を取らずに自由行動させて休日出勤をひいこら言いながらこなすように仕向けた。控えめに言ってクソじゃねえか……
「ドクターに頼まれたのはそうだし、ニアールさんの妹の危機を知らんぷりしちゃあ後が怖いからってのもそう。で、それら全部ひっくるめてな、ブレミシャインの……マリアの力になりてぇから全力を尽くしたってのが本音だ」
「……」
「まあ当時は結構後悔したけどな。戦う相手がほとんど格上ってどういうこったよ」
「私の欲しい答えはそれじゃないんだけどな~~」
「じゃあどういう答えを望んでたんだよ」
「エインウルズが秘密にしてる事、とかね」
「良い女の条件に秘密を抱えてる事があるように男も秘密を持っといた方が良いんだぜ?」
「そんなの無くてもあなたは良い男だよ?」
かっこよく決めたと思ったら綺麗にカウンターされて言葉に詰まる。これだからニアール家はよぉ!
「大人をからかうんじゃねえよ」
自分ながら随分と感情の籠ってない声だなと思った。演技の点数で言えば驚異の0点と言えよう。
「からかってませーん、本心だよーだ!」
こ、こいつっ!
ブレミシャインは悔しそうに眼を逸らす傭兵を愉快な目で見ていた。
日陰者だと自称していたこの男が褒められ慣れていない事に気付いたのはロドスに来て少ししてからだ。
カジミエーシュで強敵相手に一歩も引かなかった男が、自分が素直に賞賛するだけで露骨に視線を泳がせて声が上擦るのだから面白い。
『………………いや、マリアがいいなら私は何も言わないが』
傭兵がカジミエーシュでどれだけ活躍したのか、お礼に傭兵に似合う頑丈な装備を作りたいと話した時に、大好きな姉がオリジムシを踏みつぶした人が浮かべそうな顔で絞り出したような声を未だに覚えている。
いったいなんのことだかわからずじまいだが、そうして得られた助言の通りに作った盾は大層気に入られたらしく、今では標準装備となっていた。
『あいつは実用性を第一に考えるからデザインなどは一切考えなくて良いだろう』
『一芸に秀でるよりはとにかく信頼性を求めるタイプだ。変な特性などいらん、ただ堅ければ良い、欲を言えば対アーツ耐性もあったほうが良いと思うが』
カジミエーシュで使えば落第点を捺されそうななんの装飾もなく平らで分厚いだけの武骨な盾、いっそ金属扉の取手を持ちやすい場所に移動しただけとも言えるようなもの。それを渡した時の傭兵は諸手をあげて喜び、ブレミシャインの両手を握り、片膝を付いて神に捧げるように感謝してきた。ちなみにギャラリーがいたのでブレミシャインは相当恥ずかしかった。
それはさておき盾の完成から今まで、こっそりと付けた片翼のマークには一切触れられていないのがブレミシャインは気に入らない。
目立たないよう片隅に描いたとは言え、裏面なのだから使っていくうちに気付くと思えばそんな素振りは見られず。
気付いた時に文句を言ってやろうと思ってそこそこの日数が経つ。それでも何のリアクションもないから、ブレミシャインは傭兵をからかう──本音を伝えているので厳密にはそうではない──のだ。