ロドスアイランドは福利厚生もしっかりしている。艦内のいたるところにあるリラクゼーション施設や食堂など負担の高いオペレーターのストレスを軽減すべく様々なスペースがあり、更には相応の金額を支払う事で己の趣味のために店舗を持つことすらできる。
今俺とエフィがいる一角もその一つ。ビーンストークが借金と共に借り受けた吹き抜けの喫茶店である。
前回作戦時に撤退の遅れたビーンストークのハガネガニを庇い、無事に送り届けた事でかなり感謝されて休日の一日を丸々貸し切れる事になったのだ。
「エインさん、それいいんですか……?」
「まあ悪い気はしねぇしいいだろ」
大も小も無数のハガネガニが忙しなく動く店内と、「貸し切りって言った手前申し訳ないんだけど……」と言いづらそうなビーンストークの申し出に快諾した結果、奥の席でわいわいやってるケオベ、ポプカル、バブルの三人。そして庇った事で好かれたのか俺の頭と両肩をシャトルランするビーンストーク小隊のハガネガニ『トレイ』。たまに俺の髪を挟んで軽く引っ張るのは御愛嬌。
とまあそんな空間で俺とエフィはのんびり洋菓子とコーヒーを味わっていた。入店してからずっとハガネガニが俺にべっとりくっついているからかエフィも気になっていたらしい、一通り満喫してから俺の顔よりやや上を見ている。
「正直、見分けつかねぇと思ったんだがな……」
「ふふ、入って早々に二つの鋏を挙げてた子がいましたもんね」
「あんなことされりゃどんだけ鈍くても解るぜ。『あ、こいつ俺が助けた奴だな』って」
俺の言葉に反応したのかシャトルランをやめて右肩に止まり、すりすりと身体をこすりつけてくる。意外なことに、その身体は角ばりが少なくざらざらよりはすべすべの方が近い感触だった。
恐るべきは助けられた事を理解し、数日経ってなお覚えている知能だろう。野生のハガネガニは個体によってはバカでかいやつもいるわけで、そいつが同等の知能を有しているとしたら脅威となる。
「ふふーん、ウチの子は賢いんだから! 命の恩人の事はしっかり覚えてるよ!」
「ま、可愛らしいところはあるよな」
「そうでしょそうでしょ! 今日はトレイのためにちょっとしたおめかしもしたんだからね」
おめかしっつーと、この頭の右側にあるリボンか。それもあってこうだろうなぁと見分けの要素にもなった。
手のひらを肩まで寄せれば、喜ぶようにジャンプして身体を乗せてくる。零れている両腕はだらしなく空中へ投げ出されていて、降りる事を全く考えていなさそうだ。
「ううーん、でも一回助けられたくらいで私の次に気を許すなんて……将来が心配かも……」
「ボク達のトレイがー……」
「エイン兄ちゃん、トレイを泣かせたらおいら達が成敗するからね!」
「エインお兄ちゃんなら大丈夫って……ポプカルは信じてる」
「うっさいぞガキンチョ共。もうちょい大人の女になって演技磨いてから言え」
「そ、そんなエインさん……」
「エフィ、笑ってるのを隠してから言えよ」
とまあこんな感じで。ちょっと『トレイ』と交流すればこれだ。親しかった友人がぽっと出の男に夢中になっている、というシチュエーションを楽しむかのようにチビ共が俺を見ているが大根役者のお前らにはまだ早い。エフィはエフィで悪乗りしているが、言葉に心が全く籠っていない辺り演技力はチビ達と良い勝負になるだろう。
「エフィお姉ちゃんと“しゅらば”? なのか!?」
「け、ケオベちゃん……?」
「待てケオベ、それは誰から聞いたんだ?」
しかし子供には演技とは判らなかったらしい。ケオベに似つかわしくない単語が飛び出てきたので思わず凝視する。
「う……そのぉ……」
「あーーーー! ちょっと!!」
俺が不機嫌なのを感じ取ったのか、素直なケオベは気まずそうにビーンストークの方をチラ見した。我関せずとあらぬ方向を見る他のチビ。俺はしっかりと意味を理解した。なぁに、子供の不始末を片付けるのも大人の役目だろう。
「ほぉ~~ビーンストーク、てめぇガキ共の前でお姉ちゃんぶりたいからって適当な事いいやがったな?」
「……ま、まさかぁ。エインウルズ、ちょっと顔が怖いよ?」
「なあエフィ、どうしてやろうかなあこいつ」
「そうですねー子供に間違った事を教えるのは褒められた大人とは言えませんし……」
「エフィちゃ~ん……悪戯心だったんだって~」
縮こまるビーンストーク。しかしこの世には自業自得という言葉がある。悪戯心は無関係の誰かが対象なら娯楽だが、自身が晒されればキッチリ落とし前を付けさせないと繰り返されてしまうのだ。それをガキ共に学ばせるために、仕方なく……そう仕方なくビーンストークを詰めるのが俺の役目だろう。
ビーンストークから出されたクッキーを一つ、口へと運ぶ。丸いもの、四角いもの、星型のものと様々な形のそれは、全てがビーンストークお手製で、さくっとかみ砕けば、甘い匂いと味が広がる。
さらにもう一枚をテーブルの上に移動したトレイに差し出せば、前脚で器用に受け取って小さな口でもぐもぐと食べ始めた。
「そういやエフィは菓子どうだった? 俺にとっちゃ甘すぎたが、旨いもんばっかだった」
「確かに美味しかったです。特にふんわりしてたマカロンとか」
エフィにも話を振れば、如才なく色とりどりのマカロンから水色のものを手に取って見せてくれた。細い指先が、丁寧にマカロンを摘まんでいる。
「へ、へえ~二人の口に合ってよかったよ~」
「これなら気が向いた時に来てもいいかもな。他の奴らとか連れてきて」
「良いですね! あ、でも毎週はお金が足りなくなっちゃうかもです……」
こういう時のエフィは俺の思考を汲み取ってくれる。完璧と言って良いパスに吊り上がる口角を片手で隠しながら、手をひらひらさせて話を続ける。
「こう、割引になる会員制度とかあったらな」
「うぐっ……」
「でもそういうのって会員費とか掛かるじゃないですか」
「そこは食事の味と同じ、店長の匙加減ってやつだろう」
そこまで言って俺は
「なぁに悪い話じゃあねえだろ? 俺やエフィはお安くイイモン食えて、お前は俺達が客を連れてくるから利益も増える。な?」
「駄目ですよエインさん。そんな集るような事言っちゃ」
「金はちゃんと払うさ。実入りの良い仕事が終わったあとはパーッとやってもいい。ただそれ以外の日常で、商品が少しばかり割り引いてくれればな」
俺は付き合いで良い店を紹介できる、ビーンストークは少なかった客を増やすことができる、双方に利益があって誰も損のしない素晴らしい提案だろう。
大げさによりかかった背もたれからぐいと身体を起こし、カウンターの向こうにいるビーンストークに問いかければ、ややあって諦めたかのように溜息を吐いた。
「……今度来るまでに、用意しとくね」
「話がわかる奴は嫌いじゃねえ」
「私達も色んな人をお誘いしますから」
「あ! おいらもくらすめーと連れてくるよ!」
「ポプカルも、A6のみんなと来る」
「故郷にもお店だしてくれたらボクもいーっぱい連れてくるよ!」
便乗するかのように、三人の子供が元気な声を店内に響かせる。そのキラキラした眼差しを見れば、ビーンストークも「しょうがないなぁ」と言わんばかりばかりに苦笑いしていた。