「そこの職員」
「ん?」
「少し、道案内を頼みたい。待ち合わせしている人が遅れるようで先に行っててくれと言われてね」
ある日、艦内をぶらぶらしてたらヴァルポの女に話しかけられた。
聞けばロドスアイランドに滞在することになったのだが、案内図を見てもイマイチ経路が把握できないらしい。俺もロドスに来た頃は似たような感じだったからよくわかる。チェスの基盤みたいに四角く区切られてるから案内板をしっかり見ないと曲がる通路を間違えて迷子の完成だ。
ただなぁ……とヴァルポをまじまじと見つめる。金髪、腰まで届く長い髪とヴァルポによくある尖っていて大きい耳。黒いスーツを着こなしていて赤いネクタイと左右にぶら下がる同じく赤色の装飾品。一般の来客じゃねえと一目でわかった。しかもこの空気感……やべえ、勘がざわつく。
「何か?」
「……いやなんでもねぇ。ま、案内は任せろよ。どこに行くんだ?」
とはいえ、ロドスに入れて周囲に人がいる今の状況で侵入者なんてことはないだろう。右目の下に小さな古傷っぽい線が一つあるのはどうにも表の住人っぽくないが……
ただまあ、結局俺は引き受けることにした。来艦用のIDをきちんとぶらさげていたのが一つ、金髪でヴァルポといやぁロドスで大人気のオペレーターを頭の中で浮かべたことが一つ、ついでにそいつに世話になっている記憶が勝ったのが一つだ。
なーに、勘が当たってもロドスからでなけりゃ死ぬまではいかんだろうな。ロドス内における俺の評価は面白おかしく脚色されているから社会的な死も起こらないだろうし。
「この階の食堂に行きたいのだけれど……」
「お前さんは向こうから来たんだよな?」
「あぁ」
「結構遠いぞ、ほとんど反対側だが」
女の言葉に首を傾げる。ここらへんは訓練施設と更衣室の並ぶ区画で中央通路とは真反対に位置するところだ。汗を流すための浴場やシャワー室、休憩区画まであるから何かしら食べるにしても購買で簡単なものしかない。雰囲気でわかりそうなもんだが。
「あー方向感覚が悪いとロドスは特に苦労するよな」
「私は別に方向音痴ではないよ」
「…………」
言葉を返さず、無言を返す。下手なことを言うと後がまずそうだからだ。緋色の鋭い瞳と赤の装飾が僅かに揺れる。纏うオーラに比べて女は小さく、その不自然さが俺の勘をさらに刺激する。この手合いは絶対に普通じゃねぇぞおい。なんで会っちまったのか、なんで安請け合いしちまったのか、後悔が押し寄せてくる。
俺が無言になれば向こうも無理に喋る気はないのか無言のままなので、気まずくならないように話を変える。
「で、どれくらい滞在するつもりなんだ?」
「さぁ? あるいは、オペレーターにでもなるかもしれない。やり残したことを片付けてきたばかりで、先の事は不透明でね」
なるほど、そりゃあめでたい話だ。
「いいね。俺も思い残しを片付けたら傭兵稼業やめてここに就職しようか考えてるクチでな」
「あなたも何かやり残したことが?」
「故郷にちょっとな。ガキの頃の……って初対面の人間に話すことでもねぇか」
艦内を歩き、時々すれ違う職員に片手をあげて軽い挨拶をしながら廊下を進む。
一部の職員は引きつった笑みを浮かべているのがもう俺の勘が正しかったことの証左にほかならず、道案内を放り投げて逃げたくなるが一度引き受けたからにはそれも叶わない。
「そういや、待ちあわせってことはロドスに知り合いがいるんだよな?」
「知り合いというか、子供をロドスに預けていてね。夫と共に何度か来た事がある」
「へぇ……」
こんな抜き身の剣みたいな雰囲気の女が既婚者? と顔に出しかけて止まった俺の事を褒めてほしい。
結婚相手か子供の事でも脳裏に浮かべているのか、ヴァルポの女は微笑みながら語り続ける。
「鉱石病になってどうなるかと思っていたけれど、娘は新しい場所でも上手くやっているようで、ここに来る度に成長した姿を見れてね」
「そりゃ強い子だな」
「自慢の娘さ。成長した瞬間を直に見れないのが悲しかったが、これからはそうでもなくなる」
「ああ、ここのオペレーターになるかもって言ってたな」
「夫には悪いけど、しばらくは娘を独り占めだ」
それから、俺とその女は会話をしながら食堂へ向かった。相変わらずすれ違う職員達中には不可解な反応を見せるやつもいるが……いや本当に大丈夫なのかこれ? うわぁみたいな表情のあとに目を閉じて両手合わせられたんだが。
とにかく、それで食堂へとついたがまあ人が多い。お昼時ってのもあるんだろうが……入口でぐるりと食堂内を見渡すが、ぱっと見で待ち合わせしてそうなやつを見つけるのは難しそうな密度だった。
「あれ、お兄さん? こっちに来るなんて珍しいですね」
「んあ? ってああスズランか。まーちょっと野暮用でな」
横から声をかけられたもんでそっちを向けば、正しく俺が勘を無視して女を案内する原因となった子供が俺を見上げていた。
スズラン。何やら珍しいと言われる九つの尻尾を持つ金髪のヴァルポの少女。純粋無垢という言葉はこいつのためにあるんじゃないかと言われるぐらいにはロドスにいながら素直で明るい子どもだ。
それでありながら、源石術の腕もよくてロドスオペレーターの資格も持ってるとなりゃあなぁ。
「野暮用、ですか?」
「ああ、迷ってる来客がいてそれの道案内してたんだ」
「お兄さんが……?」
おい、その『面倒くさがりなのに?』という疑惑まみれの目をむけるな。俺だってロドス内じゃ人並みの優しさくらい持つ。
そのことに文句を言うかと少し屈んでスズランと同じ目線になる。
「お前は俺をいったいなんだと……ん?」
が、そのスズランは俺ではなくその後ろに目の焦点を合わせていた。そういや俺は人を連れてきたなと思い出し、
「やぁリサ、久しぶりだね」
「お、お母さん!?」
二人のやりとりに絶句した。
「は?」
「案内ありがとう。おかげで娘と会えたよ」
「は?」
「いつ来てたんですか? も~言ってくれれば私がお迎えしたのに!」
「すまないねリサ、少し会ってみたかった人がいたから日程を早めたんだ」
眼前で会話を繰り広げる親子に意識が追いつかない。
なるほど確かにヴァルポで金髪は共通点だろう。しかしこの鋭い女とスズランの纏う空気は真逆と言ってもいい。だから予測できなかったわけだが、えぇ?
困惑してる間にも二人は会話を続けている。スズランは嬉しそうに、女の方はそんなスズランを慈愛の目で見ていた。
「これからは私もロドスでお世話になるつもりだから、毎日会えるよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「あー……よかったなスズラン」
「はい! お兄さんも、お母さんを助けてくれてありがとうございます!」
「ははは……」
一つの事実がある。それはこのスズランがたまに俺の監視役をやっていることだ。
仕事の前後と夜に酒を飲んだ俺は相当だらしがないらしく、ちょっと仲が良かったばかりにスズランは俺の事を気にかけて身の回りの世話をたまにしてくれるようになった。
有難い話ではある。俺みたいな傭兵を気にかけてくれるのもそうだし、どうにも横着しがちな自分の代わりに色々やってくれるってのは助かってるが、大の大人としての評判は一瞬で地に落ちた。
さて、そんなだらしない上に傭兵という血生臭い職種の男に我が子が絡んでいて、どうやら身辺の世話までやらせることがあるらしいと。
娘が可愛い母親(おそらくおっかない)がそれを知って考える事はなんだろうか。
「自己紹介が遅れたね。私はイングリッド。見ての通りこの子の母親さ」
「あぁどうも。オペレーター名で悪いが俺はエインウルズだ」
「娘からの手紙にあった名前だね。噂はかねがね」
終わったかもしれねぇ……今すぐ離艦申請するべきか?
「とりあえずこれで俺の役目は終わりだな、俺は部屋に戻るとするか」
「えー! 少しお話していきましょうお兄さん!」
「久々の再会なんだから二人で話せばいいだろ」
「私も君がいても構わないが」
「俺が構うんだよ」
イングリッドと名乗ったスズランの母親は笑った。
優しい笑顔だと言うのに、出会った時のような勘が俺の背中を走った。
くそっこんなところにいられるか! 俺はさっさと部屋に戻るぞ!
「また日を改めて話そうか」
イングリッドの低い声が、聞こえた。