「三雲君こっちこっち。」
朝、まだ人の少ないボーダー基地エントランスでキョロキョロしている眼鏡をかけた少年、三雲君に呼びかける。
「おはようございます。」
「おはよう、ごめんね朝から。」
とりあえず、書類の処理からだね。とそのまま会話を交わしながら彼を私は事務窓口に案内する。防衛任務が終わってから数時間後、私は迅君に頼まれたように三雲君の昇級関連のあれこれを手伝いに来ていた。
事務窓口では書類の提出、給料や隊務規定諸々の説明などを受けた。これで彼は正隊員の仲間入りである。通常での昇格とはちょっと異なる部分が多かったが、無事手続きが終わると今度は彼を開発室に案内する。
開発室は死屍累々だったが、まあいつものことである。三雲君がちょっと驚いているようだが、その反応もよくあることである。すみませーん、と声をかけながら比較的綺麗な来客対応用のデスクに彼を案内すると予想外の人物が出迎えてくれた。
「あ、来た来た。」
「あれ、寺島さん。榊さんは?」
無言で寺島さん─ぽっちゃりとした体格の男性で開発チーフの1人だ─が自身の背後を指差す。覗き込めば昨日の夕方にチャットを送った相手である壮年の男性、榊さんがデスクに突っ伏して寝ていた。あちゃー、やっぱりデスマーチだったか。
「榊さんが準備はしてくれてるよ、ほらコレ。」
寺島さんが棒状のプラスチックケースのようなもの─トリガーホルダーを出してくれる。ありがとうございますとお礼を言いながらそれを受け取り、三雲君に見せながら聞いてみる。
「もともとレイガスト使ってくれてたみたいだから、取り敢えずレイガストがメインにセットしてもらったけど何か使いたいトリガーの希望ある?」
あ、スラスターも入れてあるらしいから心配しなくていいよと寺島さんが付け加えてくれる。自分が開発したトリガーを使ってくれてるからかちょっと上機嫌な気がする。
「すみません、そもそもどんな武器があるのかあまり知らなくて…。」
「んー、じゃあひとまずはシールドかな?メイン側はレイガストあるしサブに1個入れとくのが無難かな。」
困った様子の三雲君に提案し、シールドの説明をざっくりとしていくがいまいちイメージが湧いていないのか微妙な表情である。まあ、使ってみないと分かんないかな?
「えっと、東雲さんが使っていた射撃用のものって僕も使えますか?あの、立方体の…。」
「あー、シューター用か。いいんじゃない?レイガストは防御寄りだしサブに入れるのは悪くなさそう。」
初めてならアステロイドがいいかな、と言いながら三雲君の様子を観察する。オプショントリガーならともかくシューター用のトリガーならオリエンテーションで一通り説明受けるはずなんだけどなあ。説明を真面目に聞かないタイプでもないだろうし、シューター用のトリガーがわからないのはちょっと変な感じがする。
「取り敢えずメインにレイガストとスラスター、サブにアステロイドとシールドでお願いしてもいいですか?」
寺島さんにそう頼むとはいはい、と慣れた様子でトリガーホルダーを開けチップをセットし始める。
「三雲君。アステロイドはともかくシールドとかスラスターみたいなオプションの使用感分からないと思うんだけど、良かったら簡単なレクチャーしようか?15分もあれば最低限は終わると思うけれど。」
「お願いしてもいいですか?その、僕入隊時期が他の人とズレていたみたいであまりそういったレクチャーを受けていなくて…。」
「え、ホント!?うわ、ごめんね。本来こっちでサポートしなきゃならないのに…。」
コレ、私の連絡先ね。困ったことあったら何でも聞いていいから、と慌てて電話番号とチャットの登録を済ませる。うわー、マジで申し訳ないな。いきなりボーダーに放り込まれて説明なしは困っただろう。
「この後時間大丈夫?トリガーの使い方とか本部の施設案内とかするよ。」
「約束があるので1時間くらいだけになってしまうんですがお願いしてもいいでしょうか?」
もちろん、と応えていると寺島さんが隊服どうする?と聞いてくる。
「部隊所属してないみたいだし、いくつかあるプリセットから色だけ選んでもらう形になるけど…。」
「あ、デザインデータもらってるのでそっちでお願いしてもいいですか?」
コレです、とデータの入ったメモリを寺島さんに渡す。何か昨日のうちに迅君から送られてきていた。どんだけお気に入りなんだ、彼のこと。
データの入力を終えると寺島さんがトリガーホルダーを三雲君に渡す。私達の会話を聞いていたのだろう、仮想戦闘モード使うでしょ?とそちらの用意もしてくれる。
助かります、と言って奥にある開発室用のトレーニングルームに三雲君と共に入る。いつもここでトリガーテストなどを行なっているのだ。
「じゃあトリガー起動してくれる?一通り使ってみようか。」
内部から設定をいじって自分のトリガーセットを彼と同じものに変更する。シールドモードのあるレイガストに機動力を補う専用オプションのスラスター、アステロイドにシールド。あんまり時間もないしそれぞれの使い方を確認するぐらいかなあ。
その後、ボーダー基地内部の案内も軽く終えると彼は丁寧な礼を言い、帰っていった。結論から言って三雲君は今のところあまり将来有望とは言えなかった。
オリエンテーションや合同訓練をそんなにこなしていないとは言っていたが、そもそも体を動かすのが得意なようには見えなかった。今回の昇級でなく、普通のランク戦でポイントを稼ぐ方式ではB級になるのはだいぶ遅かっただろう。バムスター程度には勝てるだろうけど、モールモッドのような戦闘用トリオン兵に勝てるようになるのはまだ先かな、なんて思う。まあ訓練すれば防衛任務こなすのには困らない程度には強くなるだろうけど、対人戦とかは苦手そうだなあ。
そんなことを思い返しつつ、C級の個人戦ブースへ向かう。今日は休日であり多くの人が訓練にやってくるのだ。
ブースに着くとC級隊員の白い隊服を来た学生たちが個人戦を行っていたり、それをモニターで眺めたりしている。C級のトリガーは1つのみだが、それでも慣れるまでは思ったように扱うのは難しい。実際モニターに映っている隊員の1人はガンナーなのに上手く当てられないのか、少しでも当てやすいようにとアタッカー相手に距離を詰めてしまっている。
トリガーを起動、白い隊服ばかりの中1人目立つ深青色の隊服を着て正隊員であることを示す。しばらく眺めていると避けきれなかったガンナーの子が相手の弧月にぶった斬られ、勝敗が決した。
「あ、東雲さーん!」
勝ったアタッカーの女の子がこちらに駆け寄ってくる。勝てましたよ、褒めて褒めて!と言うように飛びついてくるのでおめでとう、とお祝いを言っておく。
「無駄に振ることなく、ちゃんの相手を見て動けてたね。うん、上達してる。」
その調子で色んな人と対戦しておいで、というとはーい!と元気一杯にかけていった。そのうち壁にぶつかりそうだし、誰か師匠探しておくかあ?弧月使ってて元気いい女の子任せられる人いるかな。
「初めまして。何か悩んでること、例えば上手く銃が当たらないとかある?」
「あ、えっと…。」
今度は先程負けてしまった少年に声をかける。時々こうやってC級やB級に上がりたてで困っている隊員にアドバイスしたりしているのだ。自分自身、あっという間に強くなっていく准君やザキ君達とは対称的に伸び悩んでいた時期が長かったので、こういったアドバイザーがいて欲しかったと思っていた。そのうち制度としてもっと指導体制作っていきたいなー、なんて思っているので理論的に様々なポジションの技能を学べる荒船メゾット確立にかなり期待している。
「私は東雲縁連と言います。時々、こうやってC級のランク戦見にきてるんだ。一通り武器使ったことあるから何でも聞いていいよー。」なんて言うと少年はおずおずと切り出す。
「あの、僕上手く弾が当てられなくて…。」
「ふむふむ。まず、人に当てるのが怖いとかそう言うわけでない?」
「あ、そう言うわけではないです。ただ、狙いをつけるのに時間がかかっちゃって。」
なるほど、と頷く。訓練量にもよるが、動きを見た感じ弧月はしっかり避けれてたから生身より運動能力の高いトリオン体にはそこそこ慣れていそうではある。
「他に使ってみたトリガーはある?ずっと拳銃タイプのアステロイド?」
「初めはシューターだったんですけど、焦ると思った方向に撃てなくてガンナーに変えました。」
定番である。シューター難しいよな、私の頃ガンナー開発中だったから選択肢ほぼ無くてなくて頑張ったけど。
「うーん、ガンナーはまず動作に慣れるのがかなり重要だ。だからこのまま続けるのも1つの選択肢だね。」
でもね、と続ける。
「狙いをつけるのが苦手なら連射性を上げる、弾種を変えるっていう手もあるよ。例えば拳銃じゃなくてアサルトライフルとかにすれば連射性が高いからばら撒くっていう感じになる。狙いも拳銃に比べれば付けやすいと思うよ。あとはハウンドを使えば探知や目視で誘導することができる。ただ、もちろんデメリットもあるし、相性もあるから絶対こっちの方がいい、ていうものではないけどね。」
どうする、ちょっと試してみる?と聞くと少年は少し悩む姿を見せる。
「アサルトライフルって嵐山隊が使っているやつですよね。ちょっと試してみたいです。」
オッケーと応えてランク戦ブースの脇にいくつかあるC級隊員が自由に使えるシュミレーターに入る。彼をフィールドに転送すると機器を操作、トリガーをアサルトライフルに設定する。
「じゃあ、的を出すからちょっと撃ってごらん。」
「はい!」
しばらく静止目標やトリオン兵を撃っている様子をモニターで見るが、少年との相性は悪くはなさそうだ。実際試し撃ちが終わって彼が出てくると早速私に報告する。
「あの、僕アサルトライフルにします!」
「オーケー、ちょっと落ち着け。」
少し興奮気味の少年の肩に手を置き、落ち着かせる。じゃあ、いくつかデメリットを説明しとくよ?と新しい武器に変えることが良いことばかりではないと確認する。
「まず取り回しが拳銃に比べて悪い。当てるのは楽になったかもしれないけど、全く別方向に向けるとか片手で撃つとかはやりにくくなったと思う。あとは1発の火力が下がったからたくさん当てなきゃいけない。今まで君は拳銃に慣れてきたから、そうした違いに慣れるまでは成績が伸び悩むかもしれないよ。それでも構わないかい?」
「はい!」
なら、これから頑張れ。そう励ますと彼は早速トリガー変更の手続きに向かった。
その後も以前アドバイスした子が報告に来たり、友達を連れてきたりてアドバイスを求めてきた。また先程の様子を見ていた子がアドバイスを求めて話しかけてきたりもしたのでそうした事に対応しているとあっという間にお昼になった。
お昼を食べに食堂に行くと、同じような隊員や職員たちで混み合っていた。冬だしあったかいのがいいなあ、と思いきつねうどんを選ぶとトレイに器を乗せて空いている席を探す。結構埋まっているなあ。
「シノー。こっち空いとるでー。」
耳慣れた声がしたのでそちらを見れば、友人達が席を1つ確保してくれていた。
「イコ君、弓場ちゃん!ありがとう!」
友人2人と一緒にランチを食べることにする。ちなみにイコ君はマグロ丼、弓場ちゃんは焼き魚定食のようである。
「シノ、お前今日は非番か?」
「んー、夜シフトあるからその前には一回家帰りたいなあ。何かあるの?」
弓場ちゃん─弓場拓磨、同い年の隊長である。そして威圧感が凄い。─が尋ねてくるので予定を応える。
「いや、久しぶり帯島が稽古付けて欲しがってたからな。頼めるか?」
「それなら喜んで。久しぶりに対人戦やりたかったんだー。」
帯島ちゃんは弓場ちゃんのところの隊員であり、今伸び盛りの子だ。どれくらい強くなってるかなあ?
「えー、俺もシノと久しぶりに個人戦したいねん。弓場ちゃんだけずるない?」
「何言ってやがる、やるのは帯島だ。」
何やらイコ君─生駒達人、同い年のこれまた隊長である。─は私と個人戦をやりたがっているようだ。そういえば君割とバトルジャンキーだったね。
「帯島ちゃんとやって時間あったらいいよ。あんまりたくさんは出来ないだろうけど。」
「よっしゃ!ほんならランク戦ブースで待っとるな。」
おっけー、と返してその後も雑談をしながら食事を続ける。話題は彼らの大学での出来事やボーダーでのことなど、本当に何気ないことばかりだ。友人達と和やかなひと時を過ごし、私は弓場ちゃんと共に弓場隊隊室に向かった。
強くなった帯島ちゃんとの勝負を終え、イコ君との個人戦も終えるともう夕方である。流石に一回帰って夜シフトに備えて仮眠を取るかあ、とボーダーの出口に向かうためエレベーターを目指していると、自販機やベンチが置いてある簡易休憩所に黒髪の少年─三輪君が座っていた。その表情は暗く、同時にかなり苛立っているようだ。
「三輪君、どうした?」
思わず声をかける。三輪君は入隊時期も結構早く、私を含めた年上の戦闘員からかなり可愛がられている。昔の鬼気迫る様子を知っていることもあって、困っていたら力になってあげたいとは思うのだ。可愛い後輩の為なら睡眠時間ぐらい削ってやろう。
「東雲さん…。いえ、別に。」
目線逸らしちゃって分かりやすいなあ、三輪君。んー、言いたくないのか言えないのか、その両方か分からないが、何となく予想はつく。
「誰かに負けた?まあ、言いたくなければ別にいいけどさ。」
昔から結構負けず嫌いだよねえ、だからこそ強くなったんだろうけど。そんなことを言いながら自販機でホットのカフェオレを2つ買い、片方を三輪君に差し出すと割と素直に受け取ってくれた。何か餌付けしてる気分になる。
「…東雲さんは初めて戦う相手に勝つにはどうしたら良いと思いますか?」
「勝ちを捨てて粘る。」
卑怯上等、引き撃ち一択だよ。そう即答すると三輪君は驚いてこちらを見る。勝つ為の方法を聞いたのに勝ちを捨てるという発言でなんだか訳がわからないという様子だ。
「私はそんなに強くないからね、情報を出来るだけ集めて粘って勝てる人が、状況が揃うのを待つ。特に初見ならね。」
逆に言うとそれしか出来ないんだよ。と少し寂しく思いながら言う。本当ならパッと倒してしまいたいけど出来ないものはできないのだ。無理に意地張って事態を悪化させるわけにはいかない。
「訓練して、もっと強くなれとかは言わないんですね。」
なるほど、そういう方向性のアドバイスをお求めだったか。でもなあ。彼の問いかけに悩みながら言葉を紡ぐ。
「君が努力をしていないとは思わない。まあ、あとはあくまで私の場合として聞いてね。
私は強くない、強くなれなかった。だから自分が努力して強くなるよりも勝てる人を、勝てる状況を用意する方が効果的だと思うんだよ。だってボーダーは皆で街を守ってるんだからね。誰が、どんな形で勝っても街が守れるなら構わない。そういう考えだから、今まで部隊に所属したりせずにあれこれ手を出してきた。」
そんな考えを彼に伝える。その上ででもね、と続ける。
「勝たなきゃいけない、ていう瞬間は確かに存在すると思う。粘ろうと思っても力が足りなくて何も出来ないって場面だってあるだろう。初見殺しとかもあるしね。だから、強くなるのは絶対に無駄ではないよ。」
脳裏に浮かぶのはイレギュラー
「すぐにめちゃくちゃ強くなるなんてことはない。君はその段階をとっくに過ぎてるからね。でも君自身も、三輪隊も、ボーダーもまだまだ強くなる余地はある。どんな勝ち方を狙うかも含めて色々考えてみなよ、隊長さん。」
はい、と静かに頷く彼は悩んではいるものの、その表情に苛立ちはなくなっていた。
三輪君とのコミュニケーション。東隊にいた頃の狂犬のような姿も知っているので、独立して友達と隊を組んでいる今を全力で応援したくなる年上組は絶対多いと思う。
遊真VS三輪隊の裏側。嵐山や柿崎がさっさと正隊員になっていく横で伸び悩んでいた時、迅からのアドバイスで開発中のトリガーテスターなどをやってた時期がある。周囲がどんどん強くなって隊を組んでいく中、アレコレ手を出して教え方や教わり方、師弟関係の重要さなどを学んだので後輩達の育成環境を整えようと必死である。迅からすればシノがいるとボーダー全体の育成能力に若干バフがかかる感じなので、そりゃそういう方向に誘導するよね。荒船メゾットの完成に期待してるし、協力も惜しまない姿勢。荒船がガンナーへの転向したら基礎技能を教えることを約束しているとか、してないとか。
榊さん
エンジニアのおっちゃん。元々はオペレーターとしてボーダーに入ったがトリガー改造などに興味が湧いてきたので開発室に移ったという設定がある。オリキャラが佐崎、榊、東雲と無意識にサ行ばかりであるため筆者はサ行が好きなのかも知れない。