独自解釈てんこ盛りにつきアレルギーをお持ちの方は摂取をお避けください。
世界は戦っていた。
もう何年も、いつ終わるとも知れぬ戦いを、絶望的ともいえる消耗戦を強いられていた。
――突如として海の底から現れた、人類の天敵。
SF映画かと人々は笑った。誰もが良くあるネット上でのありふれた加工画像程度にしか認識しなかった。パプアニューギニア、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド近海で数多くの船舶・航空機が原因不明の消失を繰り返してなお、世界の大多数はそれを脅威とは感じなかった。
いつも通り放っておけば、どこぞの誰かが知らないうちになんとかして、普段通りの生活を送っていける。
そう、信じていた。
なぜならそれは、あまりにも現実離れが過ぎていた。
異形、異質、未知の生命体。生命と呼んでいいのかすら不明瞭。ネット上でぼやけた画像が出回っても、誰も信じなかった。
世界で無敵を誇ったアメリカ海軍の空母打撃群。
その一角が、それに全滅させられるまでは。
――
アメリカは恐怖した。
信じられないことが起こった。信じられないから、軍の総力を挙げて調査に乗り出した。
結果、原因海域に派遣した艦艇は全て戻らず、挙句の果てには複数派遣した原子力潜水艦までもが消息を絶った。
航空機も同じだった。当該空域に達した途端音信不通となり、データリンクからも消え、二度と帰ってこなかった。
高高度偵察機及び衛星からの撮影では、濃い霧のようなモノに阻まれて何も掴めない。
アメリカは混迷の極みにいた。
なぜ、最新機器を満載した船や航空機が何の情報も得られず、あまつさえ帰ってすら来ないのに、現地の住民達はネット上にあるような写真を撮れるのか。
しかも、先進国では廃れて久しいような旧式のカメラで、だ。
アメリカは仮説を立てた。
あの霧のようなものが、電子機器を狂わせているのではないか。そうであるならば、最先端技術の塊であるアメリカ軍には相性が悪すぎる。
対策を、早急な対策を。アメリカの、世界唯一の超大国の威信にかけて。
しかし連中は待ってはくれなかった。
霧はゆっくりと、だが確実に勢力を広げていった。
霧の発生から一年後にはパプアニューギニアは国家の体を保てなくなり、インドネシアもそれに続く。
オーストラリアは主要都市が集中する東海岸をやられ、ニュージーランドも風前の灯火だった。
ここまでくれば、先進諸国も黙ってはいなかった。
現に、彼らの所有する船舶や航空機も多数が当該海域にて消息不明となっており、世論は過熱し、もはや静観などという立場をとれる段階はとうに過ぎていた。
英連邦の盟主たるイギリス、イギリスの後背に甘んじるつもりなど欠片もないEU諸国、東南アジアの覇たらんと欲し、オーストラリアにも強い影響力を持つ中国、中国には絶対に勝たねばならないインド、自分達を最先進国と疑わない韓国、そして、日本。
世界はアメリカを筆頭に国連平和維持軍を派遣。
各々の思惑を複雑怪奇に絡ませながらも、人類史上初となる世界連合艦隊を結成し、害虫共を駆除せんと集結した。
この頃の人類にはまだ、余裕があった。
それぞれの権益だの面子だのに気を配り、にこやかに握手を交わしながら互いの足を踏みつけ合う気力もあった。
ただ、人類は気付かなかった。知ろうともしなかった。
霊長類の長たる人間様に逆らう邪魔者を踏み潰すことしか考えていなかった。
その考えは、新たな敵に対する認識として、甘すぎると言う他なかった。
奴等は蝗。
海の底より生まれ出で、世界を覆いつくす黒の軍勢。
人智の及ばぬ天災の化身。
結果は、人類の敗北。
世界連合艦隊、その総戦力の8割を喪うほどに決定的なものであった。
後の世に忘れられる事がないであろう敗戦の記録が、人類史に刻まれた。
アイアンボトムサウンドの悲劇。
人類が名付けたその天敵の名は、深海棲艦。
――
「それからというもの、人類は奴等と戦い続けている。現在の地球の総人口は詳しい統計が得られないので確たる数字は言えないが、まず15億は超えないだろうというのが通説だ」
一人の男が話し続けている。
皴一つない純白の軍服を身に纏い、胸には色鮮やかな証を幾つか配しており、時折無機質な金属音を響かせていた。
背筋正しく、顔立ちは整っており端正そのもの、全身からは先鋭に富んだ精悍さが溢れ出ている。深めに被る軍帽の鍔の下に潜む眼は、その冷徹な色を隠そうとしないほどに鋭い。
「先程述べた戦いでは、かつての自衛隊とアメリカ軍の損失は比較的軽微だった。あくまで比較的、だが。これに関して、両国は他国の軍を利用し敵の戦力分析を行ったのだと、まことしやかに囁かれていた。
果たしてこれは事実だった。そもあの戦いで中国軍を参加させることは各国、特に日本とインドと東南アジア諸国には警戒されたが、中国が勇み足で太平洋上における今後の主導権をも手中にせんと行動することは目に見えていた。そして、インドがそれに張り合おうとするのも。ゆえにアメリカは、それを利用した。日本には事前に情報を提供した。敵の戦力があまりにも未知数なので、中国とインドの華々しい奮戦を持って敵情を把握し、後に生かすことが肝要だ、と」
では、なぜ日本にだけ――。
「欧州諸国はあまりに遠い。中国は太平洋への野心を隠そうともしていなかったから丁度良い。インドは中国に噛みつく。東南アジア諸国の戦力は脆弱で論外。消去法で日本が選ばれたのかもしれん」
――ま、なんでもいいがね。
心底どうでもいいと言う風に吐き捨て、彼は続ける。
「事前のアメリカからの情報提供と、各国独自の調査によって霧の影響で電子機器がやられるのは把握していた。各国は用意できるだけの旧式艦を集めて前衛艦隊に仕立て上げ、本隊には可能な限りの対EMP措置を施し、さらには有線で互いを繋ぎ、通信ができるようにした。緊急時には即刻切り捨てる事、物と必要経費、有線通信による事故等が発生した場合は日本とアメリカが責を負う、という条件付きで。大方の予想通り、中国軍は足並みを揃えることなく霧へと突っ込んだ。スクラップ寸前の旧式艦隊を捨て駒にしてな。インド軍も同じような編成で突入させ、韓国軍もそれに続いた。果たして捨て駒艦隊は異形の敵と真正面からやり合うことになった。その時に送られてきた映像が、人類が初めて鮮明に捉えた奴らの姿だった。地獄の底から這い出てきたかのような化け物共だった。情報提供をする気なんぞさらさらなかったであろう中国軍もインド軍も、あまりの衝撃に唖然としたのかもしれん。その映像が他国艦にも流れた」
彼は淹れてあった茶を啜る。
すっかり冷めていたが、気にする素振りもなく唇を濡らした。
「戦況として、当初はアメリカの予想を上回る奮戦ぶりだった。当時の3ヶ国の旧式艦なんざ、第二次大戦の船に毛が生えた程度の性能だったにも関わらず、だ。
これにはアメリカも驚いた。なんせ、当時世界最強最新鋭を誇った自国の空母打撃群が、同じ霧の中で報告の一つもできずに海の藻屑にされていたんだからな。とにかく、捨て駒艦隊は善戦した。ただ、あくまで人類側の予想よりかは善戦した、というだけの話だ。21世紀の時代に、目視照準による艦砲射撃と、無誘導魚雷による雷撃なんざしていたんだ。むしろそんな戦法が採れる船をまだ稼働させられたことを褒めるべきかもしれん。かの国の上級将校は喜んだろうよ。なんだ、所詮は害虫に過ぎん。天下のアメリカ軍も耄碌したものだ、と――」
――でも、それも長続きしなかった。
彼は僅かに頷き、続ける。
「時間が経つにつれて、中国軍とインド軍を筆頭に焦りが見え始めた。背筋に冷たいモノを感じたことだろうな。捨て駒艦隊はあらん限りの砲弾と魚雷、果ては機銃まで化け物共に叩きつけた。だが倒せども倒せども、敵は一向に数を減らさなかった。それどころか爆発的に数を増やし始めた。海中から次から次へと湧いて出て、捨て駒艦隊に襲い掛かった。一隻、また一隻と、無残に沈められていく船、人。ある船は猛烈な量の砲撃を浴び、ある船は海面を埋め尽くさんばかりの魚雷に、ある船は乗員ごと化け物共に食い荒らされながら、圧倒的な数の暴力を前に蹂躙されていった。本隊が見守るその目の前で、な」
数瞬の沈黙の後、彼は言葉を紡ぎ続ける。
「捨て駒艦隊の8割が沈められたところで、中国軍とインド軍本隊は霧の中へ攻撃を始めた。中の味方など最初からいなかったとばかりに、砲弾・魚雷・ミサイルを雨霰と叩き込んだ。韓国軍もそれに続いた。世界連合艦隊の中でも数的中核を担っていた中印両雄の一斉射撃は、それはそれは凄まじかった。狂気にかられた両軍の上層部は他国艦隊にも攻撃に参加するよう、半ば脅迫じみた要請を出す。各国軍が困惑する中、霧の中から奴らが姿を現した。一つ、また一つと増えていく黒い影。それは加速度的に数を増やし、あっという間に世界連合艦隊前方の海面を黒く塗りつぶした」
失礼、と彼は懐から煙草を取り出し、煙を燻らせる。
白煙を吐き出した後、小さく息をついた。
「これにはたまらず、号令も合意もなく、全軍による総攻撃が開始された。海面に夥しい量の白い柱が立ち昇り、ミサイルの尾から吐き出される白煙が空を覆い、艦載機があらん限りの火力を放り込んだ。それはもう化け物じみた投射量だった。その光景に感動すら覚えた者もいただろう。
だが、敵はそんな火力を物ともせず、数で押してきた。人海戦術なんて目じゃない。文字通り黒い海が艦隊を襲った。最初に、最も前に出ていた中国艦隊が飲み込まれた。次にインド艦隊、次は韓国艦隊、その次は東南アジア諸国連合艦隊……。勝機なしと判断した残存艦隊――欧州各国、海上自衛隊、アメリカ海軍は撤退を決断する。だが――」
彼はもう一度煙草を食み、煙を食らう。
艶すら感じさせる唇を放し、か細く白い煙が宙に消えていく。
「――転進した艦隊の前方を、黒い海が立ち塞がっていた。驚愕し、恐怖し、絶望するも、一縷の望みにかけて突破を試みる残存艦隊。そして、各艦隊で最も大型――空母若しくはそれに準ずる艦、すなわち旗艦の上層部は決断した。旗艦を囮にして一隻でも多く脱出させる――。先にやられた中国やインド艦隊は、中核である空母を真っ先に沈められていた。輪形陣を組む外周艦に目もくれずにな。目論見通り、隊列を離れ四方に分散する各艦隊旗艦に深海棲艦共はお行儀良く列を成して群がっていった。残存艦隊は急ごしらえにも関わらず良く助け合い、追撃を振り切った。というより、奴らは霧の外では長時間の活動が出来ないらしく、巣に戻ってくれたおかげで助かっただけだがね」
最後の一口を吸いつくし、ポケット灰皿に吸殻を捨てた彼は続ける。
「その後のあらゆる軍事的行動は被害を増すばかりで、科学的にもお手上げ状態。悲劇からさらに一年が経つうちに、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランドは完全に失陥し、フィリピン、インドネシア、マレーシアは国土の大半を飲み込まれた。台湾、ベトナム、ホノルルの目と鼻の先にまでその勢力を伸ばした霧にはもはや核の炎に頼るより術はないとの最終決定が国連で下された。かの霧には中心部に台風の目のような部分があることが偵察衛星によってわかっていてな、そこを主目標として霧全体を満遍なく焼き払えるよう、核及びICBM保有国であるアメリカ、中国、インドが十数発ずつ打ち込んだ。作戦名はジャッジメント作戦。アメリカが考えそうな名前だな。ロシアは財政難と国土が離れていることもあってか参加しなかった。まあ、奴らのせいで世界中が大恐慌に陥っていたからな。太平洋の物流網が機能しなくなってはどうしようもない」
手にしたジッポライターを慈しむように撫でる彼の表情は、伏せられて伺い知ることはできない。
「核攻撃は、対深海棲艦にだけ見れば、結果として効果はあった。パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、多くの東南諸国の国土――美しい島々とコバルトブルーの海、珊瑚礁、生態系……。その他種々様々な、到底数え切れないそれらを、化け物諸共地獄の業火で焼き尽くした対価として、人類は僅かばかりの安堵の時を得た。
世界に残されたのは、膨大な難民と世界恐慌、そして核の冬への恐怖と、核抑止力という概念の崩壊。人類は深海棲艦という未知の敵を消し去ったが、結果として各地で経済、食糧事情の困窮などによる紛争が頻発するようになった。そして、然程時を置かずして火蓋が切られた印パ紛争において早速、その後の中印戦争でも当たり前のように核が使用された。その他にも中東や南米、アフリカ諸国における数多の紛争、第2次朝鮮戦争でも核、核、核……」
彼は窓の外を見遣り、雲一つない青空を仰ぐ。
「そうして世界に終末論が蔓延し始めた頃、比較的被害も少なく何とか国家の体を保っていた旧G8の先進諸国にも異変が起きた。それぞれの近海において、突然艦船や航空機が消息を絶ち始めた。今回に至ってはロシアも例外ではなく、そしてまた、海に黒い霧が現れた。当時の人類はさぞ絶望しただろう、深海棲艦は滅んでなどいなかったのだと。
しかし、絶望ばかりではなかった。黒い霧の発現と前後して、長い間空を覆っていた灰色の空は本来の色を取り戻し、各地の放射線量は減少の一途を辿っていた。何の因果か、その減少量は霧に近づけば近づくほど多かったという」
――これは極秘事項なんだがね。
本気か冗談か、判断のつきかねる声色で男は呟いた。
「旧G8を主体とした、未だ国家の体を保っていた諸国は連携とまではいかないもののいがみ合いは極力避け、目前の敵に集中することとなった。それ以外の地域は酷い有様だったそうだ。沿岸部は新種の深海棲艦共に荒らし尽くされ、残された国土を人間同士で奪い合った。ま、人間同士の殺し合いで死んだ数の方が、よっぽど多かったらしいがね」
……新種の、深海棲艦。
「そう、それが今も我らを脅かし続ける天敵。わが国では、"いろはにほへとちりぬるを"に準えて名づけられた。最初は今で言うイ級くらいしか確認されていなかったんだがな。奴らはかつての海を覆うほどの圧倒的物量はなくなったが、代わりに人型の其れが確認されて個体能力が大幅に向上し、倒しても倒しても時を置いて次が現れた。結局、人類は今度こそ終わりなき消耗戦を強いられて加速度的に疲弊していった」
自ら核で滅ぶのと、化け物共に滅ぼされるのでは、どちらがマシな終わり方だったんだろうな――。
誰に告げるでもなく嘲笑気味に呟き、男は向き直ってくる。その表情は鉄のように頑なで、冷たかった。
「人類の生存圏が限りなく狭まっていき、各国の組織的抵抗が限界に近づき、人類の殆どが絶望しこれで終わりかと自暴自棄になりかけた矢先、突然"其れ"は現れた。そう、まるで奴等深海棲艦のように、忽然と現れた――――」
その瞳に宿るのは怒りか、それとも別の感情か――。
「かつての軍艦の生まれ変わりだと自称する、海を駆ける少女の姿をした、自律海上機動式人型艦船決戦兵器――戦乙女、救世の英雄、戦場の女神、ヴァルキュリア、異能の天使、テティス…………。
喜べ、君は其れに選ばれた。理由は直接確認してくれ。これで君は、ただただ化け物共に殺されるか飢えて死ぬかを怯えて待つだけの一般人から、化け物共を殺す力を持った化け物共を率いる英雄となる。知っているだろうが敢えて言おう――拒否権などない。亡国の淵にある我が祖国を救い、世界を救うために戦い続けろ。無為に死ぬことなんぞ決して許さん。戦って、戦って、戦って――――戦い抜いて死ね。それが、選ばれた君に課せられた最低限の使命である。知恵を絞り駆逐しろ。逃げる場所などどこにもない。君の後ろにあるのは老若男女、老人から赤子にいたるまで、人々が必死に日々を藻掻き足掻いている君の母国、日本だ。死力を尽くし之を護れ。神仏照覧、尽忠報国、神州不滅、堅忍持久、乾坤一擲の精神をもって軍務に当たれ。以上」
矢継ぎ早にそう言い放つと、一切の無駄を省かれた敬礼の後、踵を返して部屋を後にする男。
立ち替わりに、一人の学生服を身に纏った小柄な少女が入室し、大きく透き通った瞳が真っ直ぐにこちらを見据え、先の男と同じく――若しくはそれ以上に見事な海軍式の敬礼を披露し、口を開いた。
「初めまして、司令官。大日本帝国海軍特Ⅰ型駆逐艦一番艦、吹雪。現刻をもって着任しました」
提督が鎮守府に着任しました。
これより艦隊の指揮に入ります。
※ 続 き ま せ ん 。
以前書いてたのを息抜きにふと読み返してたらなんか書けちゃったので供養がてら投稿させてくだしあ……(震え声)
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