『裏山で保護した野良犬がニホンオオカミだった。』 作:草原山木
切腹しようかな。
急速に航行する船。もはや航行と言っていいのかは定かでは無い。
ダンクルオステウスの鋼鉄製の背中に載せられ、ボートはどんどんと未知の海域へと進んでいる。
同乗している軍人が、先程から逐一VRFとの連絡を取り続けているが、イージス艦が追いつけるかは定かでは無い。正確な速度は皆目見当もつかないが、下手したら80キロぐらい出てる可能性がある。
つまるところ、ほぼ高速道路。高速道路を走る車のボンネットに身一つで鎮座すると考えれば、如何様な怖さかは想像も容易いだろう。
しかも今我々がいるのは海のど真ん中。もしもそんな場所に放り出されたらと考えるとさぶいぼが止まらない。
したがって、我々はなんとしてでも振り落とされてなるものかとボートの縁に着いているロープを死んでも離すものかと、一様に強く握りしめていた。
やがて、速度が段々と緩やかになった。
船が進み始めて約6分程度、ついに動きが止まった。先程まで我々を運んでいたダンクルオステウスはさながら任務完了と言わんばかりに、ボートを海面に下ろすと、そのまま深い海へと沈んで行った。
どうやら、我々ごと海底へ向かうことは無いらしい。人間が水棲生物でないことを知っているかのような動きをしているが、その知識の有無は定かでは無い。
『第5艇、GPS上の動きは停滞しているが、状況報告を頼む』
『こちら第5艇、現在ダンクルオステウスと思わしき生物にボートを移動させられた、8時の方向へ航行を開始し6分程度移動した地点で停泊、現在地の把握は可能か』
『現在地の把握は出来ている、すぐさまそちらにヘリを向かわせる、あと数分もすれば我々も追いつくところだ』
『了解』
「…すげぇ」
先程まで必死でロープに捕まっていたというのに、切り替わったように的確な状況伝達をこなすエリート軍人に思わず感心してしまう。
通信を終えると、気力が抜けたようにため息をついた、やはり現状冷静沈着を保つのは難しいらしい。軍人は縋るように俺に問うた。
『ミスターササカベ、我々は…助かるのでしょうか』
「…なんとも言えません」
実際、ダンクルオステウスは人を襲った過去がある。そのせいでアメリカでは色々拗れたことになったが、彼らのその凶暴性をいくら懐いているからと言って無視することは出来ない。相手は体長15メートルもある生きる潜水艦だ。戯れと称した体当たりでも、人間という脆い生物は簡単に死ぬ。
「そうですか…」
分かりやすくシュンとする軍人。こういった時は嘘も方便で安心できるようなことを口にした方が良かったのだろうか。
一同、海よりも深く沈みきった顔をしていると、希望の光が彼方から見えてきた。
『…ヘリだ』
けたたましいプロペラ音をはためかせながら、煌々とした光をスポットライトがごとく海面に打ち付けるヘリコプター。
押し寄せる膨大な安堵感。良かった、これで食われることは無い。
そういうことを思ってしまうと、意図知れずそれはフラグとなってしまうわけで。
水柱があがった。何かが大量の海水を一気に押し上げ、水しぶきを四方八方に飛び散らせながら、浮上した。
何が起きたのか、と考える前についに船は横転した。身につけていた救急ベストが大きくふくれあがる。視界の大半をその黄色が占めるなか、俺は見たのだ。
山のようにデカい、もはや生物と言うよりも強大な自然とすら錯覚してしまう…大きな。
そう。
大きな『白鯨』を。
耳をつんざくような鳴き声が辺りに響き渡る。
体表は白く、滑らかで、しかし口から覗く巨大な乳白色の牙。鋭い目。
俺は確信した。こいつはダンクルオステウスよりも確実に強いと。
圧倒的な生物としての力の差、人間の本能と言うべきか、普段は気づかない備わった力と言うべきか。圧倒的な恐怖心と絶望感。
白鯨の身体は、目算大きさにして50から60m。
現在、地球上最大と呼ばれている生物がシロナガスクジラの30mであるから、その倍と考えればどれほど壮大な存在であるかは想像も容易いだろう。
それが、まるで俺を捉えるようにゆったりとこちらに向き動き始める。
あ、死ぬのかな。
そう思いきや、白鯨は俺をすくい上げるように校庭ほどの大きさの巨体を、俺の真下に滑り込ませた。白い大地に膝を着く。
肌は非常に固く、さながらタイヤを触っているようだった。
イルカに乗った少年ならぬ"白鯨に乗った中年"とかマジで笑えねぇぞ。
俺はおそらく人類でただ1人、小説にも描かれた怪物の背に座った人間になった。
一方、VRFこと管制室の置かれたイージス艦内では、けたたましいほどの大騒ぎ…という訳でもなく、ただひたすら静寂が続いていた。
白衣を着た博学そうな科学者が呟く。
「おい、誰か…俺の頬を引っぱたいてくれ」
と。
目の前の光景が幻想かと思い込んでしまうほど、有り得ないと言わざるを得ない。ひょっとして、誰かが映画の一部を切り取って、監視用のモニターにBluetoothで接続してるんじゃなかろうか。と辺りを見回す者も入れば、歴史的というよりももはや伝説を目の当たりにしたことに感涙を流している者もいた。
それはもちろん、今回の作戦における第一人者である大富豪 ケヴィン・ロスウェルドも例外でない。
「ハーマン・メルヴィルの記したことは真だったのか…」
世界十大小説のうちの一つであり、アメリカ文学史においても名作と名高い小説がある。
名を『
作者ハーマン・メルヴィルが実際に捕鯨船に同乗し、後に創作されたと言われるこの作品は、1851年に発表され、なおもその人気は留まることを知らない。
題名通り、作中には白鯨が登場し、さながら怪物のように畏怖されている。
体長約30m 重量80トン。
平均的なマッコウクジラの約2倍に相当する化け物だ。
そんな空想上の怪物が現在、そのスケールを遥かに上回る大きさで人類の目の前に現れた。
幻覚と錯覚するのも無理はないだろう。
しかし、いつまで経ってもぼーっとしている訳には行かない。
研究員はすぐさま、映像から確認できる程度の僅かな情報から生物の特定に急いだ。全くの新種なのか、はたまた再び蘇りし絶滅生物なのか。
断定は困難を極めた。
そして一行はある仮説に行き着いた。
それは白鯨の口、上顎と下顎に並んだ鋭い乳白色の牙。これが仮説の断定を加速させた。
そして研究者らが出した結論。それはあのクジラは、極めて特異的な進化を遂げた古代生物であること、その名は『リヴィアタン・メルビレイ』かつて、メガロドンと共に海の覇者として君臨した海洋生物だ。
発見されている上記の生物は、体長12mから20mと、現代のマッコウクジラと何ら変わらない大きさである。肉食で、その特徴は両顎に鋭く大きな牙を持っている事だ。通常、マッコウクジラは下顎にしか牙は存在しない…たったそれだけ?と思うかもしれないが、この生物はかつてあらゆる海洋生物を捕食し、近類種のクジラをも捕食していた可能性が高いのだ。
であるからして、今現在あの背中に乗っている笹壁という男は、凶暴なクジラをも手懐けつつあるとんでもない存在だった。
しかしながら謎が残る。
なぜ白鯨は急に人類と接触を図ろうとしてきたのか。
さっき書いたので誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
秋葉原のロイホで書くと捗りますね。