やはり俺が吸血鬼なのは間違っている。続 作:角刈りツインテール
「いや、それ…」
包帯が外され露わになった由比ヶ浜の右手。それは今まで見たことの無いような禍々しい———いや、正しくは一度だけ見たことがある。
なんのことはない、ただの日常の一つで。
怪異とは全く関係のない話だと思っていたのに。
『一度怪異に遭うと再び怪異に遭いやすくなる』
「それ———修学旅行で買った」
「うん……猿の手」
由比ヶ浜の華奢で白い腕は、毛むくじゃらの、まるで猿のように黒く太い腕へと変貌を遂げていた。それは偶然と言うにはあまりにも、骨董品店で由比ヶ浜が購入していた『可愛い』置物と似すぎていた。なるほど、これでは学校へ来れまい。怪異なので恐らく他者に見えることは無いだろうがそれはそれ、これはこれである。由比ヶ浜だって年頃の乙女なのだ———なんて俺が言っていいことなのか分からんが…ともかく、恥ずかしいに決まっている。
彼女の笑顔が、嘘だとすぐに分かるくらいには。
「…なんでそうなってんの?」
そう、とは腕に同化していることである。
「分かんないよ…!」由比ヶ浜の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
猿の手。
怪異。
分からない。そう思っていたのだが、二つのワードを繋ぎ合わせることで俺は気がつく。一つだけ思い当たる節があった、なんてわざわざ言うほどのものでは無いのだが…。そう、あれはかつて読んだ怪奇小説のタイトルで、作者名は確か———
「ジェイコブズ…?」
いやまさかな、と思いつつ、つい声に出してしまう。
しかし、声に出すことで否が応でも現実味が増す。その説明なら全てが説明できる。…いや、怪異な時点で現実味も何もないのだが…。
勘違いだと思いたい。だが微かな嫌な予感を感じて冷や汗が流れる。由比ヶ浜に俺の呟きが聞こえてしまったらしく「じぇい…こぶ?」と尋ねられたため、説明することとなった。以降はその説明を要約したものである。
♦︎♦︎♦︎
『猿の手』——— W・W・ジェイコブズ
老いたホワイト夫妻と彼らの息子ハーバートは、インドの行者が作った猿の手のミイラを知り合いのモリスからもらい受けた。彼が言うには、猿の手には魔力が宿っていて、持ち主の望みを3つだけ叶える力があるらしい。だがそれは、「定められた運命を無理に変えようとすれば災いが伴う」との教訓を示すためのものであり、自分も悩まされたという理由で渡すことを渋るモリスから、ホワイトは半ば強引にもらい受けたのだった。
ホワイト夫妻の息子は200ポンド欲しいと猿の手に願ったが、彼は働いていた工場で死んでしまい、会社から弔慰金200ポンドが支払われることに。
そして。
———「息子を蘇らせてくれ」
息子を喪って嘆き悲しむ母親が猿の手に頼んだその夜、家のドアをノックする者が現れる。恐れおののいた父親は猿の手に「息子を墓に帰してくれ」、するとノックの音はぴたりと止んだ──
♦︎♦︎♦︎
「まぁ、まさか本当に猿の手ってわけじゃあるまいし———って」
由比ヶ浜?そう問いかけようとした寸前で自身の声が、飲み込まれた唾液と共に消える。
絶句。
彼女の顔は真っ青で———あまりにも絶望に染まりすぎていた。
「…大丈」
「ヒッキー…どうしよ」
由比ヶ浜は俺の言葉を遮って縋るように問いかけた。まるで余命を宣告されたような、吐き気を堪えるような表情で、俺を見つめる。
「私……お願いしちゃった…!」
その言葉をきっかけに堪えきれなくなった由比ヶ浜は涙をこぼし始める。ここで慰めたりできたらいいのだろうが、生憎今の俺は混乱、呆然としてしまっていた。頭が上手く回らず、ただ疑問だけがグルグルと回り続ける。
———願った?
———何を?
「なぁ…由比ヶ浜。おまえ、あの骨董品店の人から何を聞いた」
俺は何とか言葉を絞り出して尋ねる。
由比ヶ浜は涙ながらに答える。
「ふぅ……骨董品店の、店員に、言われたの…これは三つだけ願いを叶えてくれる手だって…!だから、冗談半分で...
ごめんなさい、と由比ヶ浜は再び泣き始める。
それを聞いて俺の仮説は確信に変わる。そして納得もした。
修学旅行で俺は雪ノ下、由比ヶ浜とともに周った。どちらを優先するでもなくどちらにも平等に接していたつもりだった。
つもりだったのだ。
俺は雪ノ下と話している最中ずっと由比ヶ浜の嫉妬のこもった目線を感じていて、だが俺にはどうすることもできないと諦め切って気が付いていないフリをしていた。あの時何か言うべきだった、と今更後悔してもどうしようもない。それに行動していたとしても対して状況が変わったとも思えない。
「だから目の前のことを考えるべきなんだ…が…って、ちょっと待てよ」
俺は不意にあることを察知する。
代償。
『比企谷八幡が死ねば雪ノ下に奪われることはない』という願い。
そして、俺の命。
もしもそれが願いに対する代償なのだとすれば俺の考えは正しかったということになるであろう。
だとすれば。
由比ヶ浜の腕には今、『猿の手』が取り憑いていること、彼女の願いはまだ叶っていないことを考慮して一つ言えることがある。
これが何を意味しているのか。俺は理解しなければならない。
「おいおいおい…嘘だろ…」
そう———あの化物が再び俺を殺すべく襲ってくるということだ。
俺が死ぬまで、由比ヶ浜の願いを叶えるまで何度でも何度も。
このままでは俺は死に、由比ヶ浜はいつまでも後悔に苛み続けるだろう。雪ノ下だって、今までのように独りになって———
それを阻止するために俺にできることはない。だが、由比ヶ浜にできることはあるはずだ。
人は1人で勝手に助かるだけ、である。
「由比ヶ浜」
「…なに?」
「今すぐ忍野のところに行くぞ」
学習塾跡に住むアロハシャツのおっさん。
俺たちは再び彼に依頼をすることになる。
感想・評価などお願いします!それから、ストーリーや登場人物の口調に違和感を感じたい部分があればそちらも教えてくれるとありがたいです。
ちなみに
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前作から見てる。
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続から見てる。