亡命
コハクの腹を貫こうとしていた氷月の槍先が、寸前でちぎれ飛んだのを見た時、千空は内心で安堵の息をついた。
(──これで、この襲撃は凌いだ)
しかし、その安堵は、間もなく吹っ飛ばされる。──氷月の体と共に。
「──まだ終わりじゃねぇぞ! 氷月がほむらを連れて来ない訳がねぇ! あの女は、氷月の指示なら火つけでも何でもやんぞ!」
「ッ!?」
声の主と、叫ばれた内容。その両方に驚愕しながら、千空は思わず村を振り返り──その視界を、超スピードで駆け抜ける金と蒼の軌跡。コハクだ。
「──武力チームども、マグマだけ残して全員戻れ! 家も物資もどうでもいい! とにかく人を守れ!」
「ッ! わかった!」
千空の言葉に、マグマ以外の武力メンバーも橋を駆けていく。
「……俺はテメェの護衛ってか?」
「一人じゃ不安か? マグマ」
「んな訳あるか。誰に物言ってやがる、ヒョロガリ」
フンと鼻を鳴らして、マグマは襲撃者たちを睨み据える。
しかし、その襲撃犯たちの注意は、もはや千空やマグマには向けられていなかった。
「……なるほど。薄汚い裏切り者は、ゲン君だけではなかった。そういうことですか」
不意の一撃を受けて折れた槍の柄を握りしめ、地を這うような声で氷月が呻く。
「いや、俺はあんたの槍先がちぎれるまで、腹ぁ決めかねてたよ。犬死にしたかねぇからな」
それに答えたのは、氷月へ不意打ちをかまし、科学王国側への警告を叫んだ男。──司帝国からの襲撃者の一人。
「……ってことは、テメェの仕込みじゃねぇのか、メンタリスト」
いつの間にかしれっと千空のすぐ横に移動してきていたゲンへ確認すれば、ひょいと肩をすくめられた。
「残念ながら違うねぇ。俺も驚いてるよ。まっさか、ゴーザンちゃんがこっちについてくれるとは」
「……あんたらは、俺らを斬らなかったからな」
ゲンの言葉に応えて、ゴーザンと呼ばれたモヒカンが口を開く。
「あの刀なら、武器ごと俺らの腕も斬り飛ばせた! 武器だけ狙うより、そっちの方が楽だったはずだ!」
続けられた言葉は、千空たちではなく、他のモヒカンたちへと向けられていた。
「けど、こいつらはそうしないでくれたんだよ! 俺らが今、五体満足なのは、こいつらが流血沙汰を避けてくれたからだ!」
「……だ、だからって!」
「つ、司さんを裏切るのか!?」
ゴーザンの言葉に、反射のように他のモヒカンたちが怒鳴るが、
「──もし、俺らの親の石像が運良く五体満足で見つかっても、司さんに見つかったら壊される」
ゴーザンの重い一言に、沈黙した。
「『浄化』なんて聞こえよく言い換えたって、石像破壊は殺人だ! 一方的な虐殺だ! このまま放っといたら、俺らの親も、恩師も、行きつけの食堂のおっちゃんおばちゃんも、『年くってる』ってだけで司さんに殺されるんだぞ!」
「……ッ」
「そ、れは……」
直截なその物言いに、氷月を除く襲撃メンバーたちは、目に見えて狼狽する。
「俺らじゃ司さんを止められない。どうやったって勝てねぇ、犬死にするだけだ。でも、氷月すらハメたこいつらなら──こいつらと一緒になら、ワンチャンあるかもだろ!」
「──おー、科学王国は来るもの拒まずだ。亡命してぇってんなら、喜んで受け入れるぜ」
ゴーザンの言を、千空が笑って後押した時──その頭上を、人影が飛び越えた。
「──すみません、氷月様。仕損じました」
氷月の横に着地し、そう告げたのは小柄な少女。
(──こいつが、ほむらか)
「──すまない、千空。捕らえ損ねた」
ほむらを追ってきただろうコハクが、ゲンとは反対側の隣へ立ち、無念そうに告げた。
「こちらの被害は?」
背後に煙と炎の気配を感じながらも、千空は努めて冷静に問う。
「何軒か放火されたが、人的被害はない。奥の島と橋は守れたので、隠居と子供はそちらへ避難させた。他の皆は消火活動中だ」
「全員無事なら上出来だ。100億点やるよ」
コハクの報告に安堵しつつ、氷月とほむらへ向ける千空の眼差しは、自然と険しくなる。
「ジジババガキンチョばっかの場所へ平気で放火たぁ、イカレてやがんな、テメェら」
「そちらが甘すぎるんです。戦争ですよ、これは」
冷え冷えとした氷月の言葉に、千空は思わず笑った。
「──あ゛ぁ、そうだな。俺の想定が甘かった。その通りだわ」
裂けんばかりに、口の端が吊り上がっていく。
「だが、こちとら“トライ&エラー”が基本の科学屋でなぁ。勘違いしてるヤツが多いが、これは『何度失敗しても懲りずに繰り返す』って意味じゃねぇ。『うまくいかなかった経験を生かして、次こそうまくやる』って意味だ」
歯を剥き出し──相手を威嚇するように。
「今回の“エラー”で、俺はもう学習したぞ。氷月、テメェがガチで、文字通りに“手段を選ばねぇ”ってことを。──“次”は、もう、やらせねぇ」
「──なるほど」
対する氷月の声も、愉悦とも喜色ともとれる、笑みの気配を滲ませていた。
「千空君、君は実に
「ハッ、結構なご評価、おありがてぇこった。──武器を壊され、頼みの伏兵も暴かれた氷月さんよ。この状況でどうすべきかなんて、
言い回しを真似て揶揄するように告げれば、
「──退きますよ、ほむら君」
小さく頷いた少女だけを引き連れ、氷月はあっという間に撤退して行った。
「おい、みすみす逃がすのか!?」
「仕方ねぇよ。誰か帰さねぇと、速攻で司が出張って来かねねぇんだ。──逆に言や、あいつら帰せば時間は稼げる」
いきり立つマグマへそう告げてから、千空は取り残されてしまったモヒカン軍団に向き直る。
「で? テメェらはどうすんだ?」
「俺は科学王国に亡命する」
即答したのは、ゴーザンと呼ばれていたモヒカンだ。
「俺は死にたくねぇけど、将来自分の親を殺すかもしれねぇ相手を頼って生きるのも勘弁なんだよ」
苦い声でそうこぼしてから、ゴーザンは千空を射るように見据えた。
「──あんたは、無事な石像を壊すようなマネ、しねぇよな? 他の連中にも、させねぇよな?」
「ああ。文明復興に
千空が迷いなく答えれば、沈黙していた別のモヒカンが、そろそろと口を開く。
「……俺ら、あんたらのこと殺す気で来たんだぞ……それでも、受け入れるってのか?」
「もうやらねぇっつーんなら別に構わねぇわ。んなん言ったら、このマグマの方が前科ありまくりだぞ」
「あぁん!?」
軽い調子で告げた千空の言葉に、名を出されたマグマが不機嫌に眉を跳ね上げた。
「あ~、そうね。俺も殺されかかったし、クロムちゃんも殺しかけてたもんねぇ~」
「ごちゃごちゃウルセェな! テメェもクロムも今生きてんだからいいだろがよ!」
ゲンにも言い添えられて、逆ギレのように(というか逆ギレそのもので)マグマが怒鳴る。
「まあ、そう
「……えぇ……?」
その言葉に反発するでもなく頷いた千空とゲンに、モヒカンたちはドン引きした様子だったが、千空たちが本気で自分たちの所行を水に流して受け入れるつもりなのは理解したらしい。
「そういうことなら……」
「俺も……」
一人、また一人と声を上げ、間もなく六人のモヒカン全員の亡命が決まったのだった。
* * *
(よっしゃ~~~ッ! “死因:硫化水素”回避成功したぜ~~~ッ!)
ゴーザン──本名:山本
(
ことの始まりは、司帝国と称される場所で石化から目覚めさせられた時。ゴーザンの脳内で、石化前にはなかった記憶が唐突に
──“Dr.STONE”というアニメを視聴していた、
これがいわゆる“前世”なのか、はたまた世界を飛び越えて受信してしまった“電波”の類なのかは、ゴーザンにはわからなかったが──それでも、その“記憶”を無視するには、その内容と現状が酷似しすぎていた。
(最悪、他のメンツ見捨てて俺だけ逃げるハメになるかもと思ってたけど、うまいこと全員回避させられてよかった~~~ッ!)
“Dr.STONE”におけるゴーザンたちモヒカン軍団の最期は、あまりにも惨かった。
知らずに
(氷月の野郎、人の命なんだと思ってんだ! サイコパスかよ!──あ~、マジで
純粋に自身と仲間の生存を喜んでいる彼は知らない。知る由もない。
自分という一石が波紋を呼び、“Dr.STONE”の物語へ変化をもたらすということを──
原作世界線:戦闘を陽動にほむらが手前の島へ潜入→家々に放火→奥の島への橋へ放火→焼け出された村民たちが科学倉庫(陸側)へ避難→他の子供が襲撃犯たちに捕まって人質にされないよう、スイカが囮として風上へと逃亡→硫化水素エリアでモヒカン6人死亡
この世界線:ほむら潜入→ゴーザンの警告で原作より早いタイミングでコハクが村へ→奥の島への橋の放火を、コハクが寸前で阻止→コハクから逃げる形でほむらは島の外へ→焼け出された村民たちは奥の島に避難→人質云々どころじゃなくなったので硫化水素イベントが消滅