いや、ペンじゃなくてキーボードだけども。
「さて──行ったな」
偵察に出た千空たち4人を見送った後、龍水が樽の上から降りて、その樽を持ち上げる。
その途端、樽の中から飛び出してきた影に、周り中から驚愕の声が上がった。
「──スイカ!!?」
「なんで船に!? いつの間に……」
ぎょっとしたように呟くカセキとは対照的に、クロムが呆れとも感心とも付かない調子で、
「おかしいと思ってたぜ。見送りん時からずっと居ねぇからよ」
(──クロムはさすがによく見てる。鋭い)
氷月風に言うなら
ほむらも(当然氷月も)どうも船に
「──スイカもお役に立ちたいんだよ、偵察なら得意技なんだよ……!!」
「許可できん!!」
泣きながら訴えるスイカの主張を、龍水は一刀に断じた。
「船において密航者は出航地に強制送還と決まっている。貴様は日本に帰るまで、そこで大人しくしていろ!!」
いつになく厳しい龍水の言葉に、スイカはその場でべそべそと涙をこぼす。
と、フランソワがそっとスイカに耳打ちした。ほむらは羽京ほど耳がよくないので、何を言ったかは聞こえなかったが──
「余計なことを言うなフランソワ!」
「これは失礼をいたしました」
一喝する龍水と、それに微笑んで答えるフランソワを見れば、内容は見当が付く。
(多分、龍水は、単に
密航者云々はその理由付けでしかない。そのことを、フランソワはスイカに耳打ちしたのだ。
(本当に、甘い……)
合理性を謳う割に、科学王国の主要人物は、揃いも揃ってこういう所が甘い。子どもだろうが何だろうが、適正があって、本人にもやる気があるのだから、使える駒として使えばいいのに。
しかし、まあ、氷月が龍水の采配に異を唱えないなら、ほむらがそこまで進言してやる義理もなかった。
「大丈夫だ、心配するなスイカ! お役に立てることは、他にもたくさんあるぞー!!」
科学王国の甘さの煮凝りみたいな男が、そうスイカに声をかける。
「さあ、みんな、待ってる間に、嵐で汚れた船の掃除だ!!」
大樹の言葉に、スイカがやる気に満ちた様子で、ぱっと身を起こす。それを見た銀狼が、理解出来ないとばかりに呻き声を上げた。
「うぇええええ~~……いやだなぁぁあ、掃除ってそんなパァアアとなる……??」
(こいつは、本当に
ほむらが銀狼へ侮蔑の眼差しを向けた時、伝声管を通じて、ソナーを見ている羽京の声が届いた。
『──もし、手が空いている人がいたら、海底を見てきてほしいんだ』
途端、天の助けとばかりに、銀狼が掃除用具を放り出す。
「しょうがないなぁああ、水の民の僕が行くよぉお!」
止める間もなく、銀狼は甲板から海に飛び込んだ。──こういう時だけ、無駄に行動が早い。
「キッショォォ、
「──ほむらクン」
出遅れた、とばかりに喚く陽を遮って、こちらを呼ぶ氷月の声。
「銀狼クンの注意力と観察力では、偵察結果に不安があります」
「わかりました」
氷月の言葉に頷いて、ほむらは邪魔な服をその場で脱いだ。絹の水着は、既に服の下に着てある──というか、普通に肌着代わりに使っている。
「ウェィッ!?」とか「ぅおぅッ!?」とかいう奇声が聞こえたが、氷月は気にした様子もない。ならば、ほむらにとっては些事だ。氷月以外にどう思われようが、心底どうでもいい。
脱いだ服を、近くにいたスイカに押しつけて、そのまま銀狼を追って海に飛び込んだ。
海の中で銀狼の金色頭はすぐに見つかった。気配を察したのか、ぱっと振り向いて、彼は「何だほむらか」という顔をする。
次いで、「もう連れ戻されるの? ヤダ」という顔をして、ほむらの気を逸らすように、海底を指さし──
(──ッ!?)
驚愕の余り、危うく水を飲みそうになって、ほむらは慌てて息を止め直した。
──
(……何で)
明らかな、異常だった。
銀狼がけろりとしているのは、単に、この光景の“意味”がわかっていないだけだ。
ほむらは慌てて上へあがり、水面から顔を出すなり叫ぶ。
「──石化した人間が、大量に沈んでる! 時系列が合わない!!」
海面から見える船縁に、氷月と、結果を聞きに出てきたらしい羽京がいた。ほむらの報告に、二人の顔色が変わる。
──そこからの展開は、怒濤だった。
「──誰だ、貴様は?」
海面にいるほむらからは見えない船上で、龍水がそう声を上げるのが聞こえた。
氷月と羽京が龍水へ──否、龍水が
次の瞬間、氷月がほむらに向かって身を乗り出した。緊迫した表情で、片手で口元を覆うマスクを引き下げ、もう片方の手で下を示すジェスチャー。
──
声はなく、しかし確かに、氷月の唇がそう命じていて──ほむらは、即座にそれに従った。
潜る。海の中へ。ひたすたに下へ目指して。
気づけば、銀狼がほむらと並び、追い越す勢いで泳いでいた。必死の形相。ちらちらと背後を伺う気配。それだけで、振り返らずとも知れた。
──何か恐ろしいものが、音もなく、上から迫って来ている。
銀狼と共に、ついに海の底まで潜りきってしまってから、初めてほむらは上を確認し──それを、見た。
──視界いっぱいに迫る、忌々しい緑の光を。
その瞬間、絶望とも恐怖とも知れない感情に完全に呑まれ、ほむらは硬直した。
(──無理……)
逃れようがない。“これ”からは。ほむらはもう、それを事実として
しかし、ほむらの絶望とは裏腹に、その光は、ほむらたちを飲み込むことなく、止まり──やがて、揺らぐように消えた。
(──何で?)
助かったと思うより先に、疑問が先について出た。どういうことだ。
光が完全に消えたとわかった途端、銀狼が猛然と海上を目指していく。はっとなって、ほむらも彼を追った。
「──ななななな何今の!? 何が起きたの!?」
水面から顔を出し、息が整うなり喚き出す銀狼。その様に、逆にほむらの頭は冷えた。
「うるさい、黙って。見てくる。ここで待機」
銀狼に何か言わせる間もなく、船から垂れていた接岸用ロープを伝って、甲板へ上がり──
(──ああ……)
そこに、
ほむらは、氷月より後に石化から復活したから、
(……氷月様……)
彼を含めて、見える範囲の人間は全て──石化していた。
と、大勢の人間が船に上がってくる気配を察して、ほむらは上ってきたロープを逆に伝い、静かに海面へ降りる。
「静かに。敵が来る」
銀狼が喚き出すより先に、鋭く告げた。
「逃げる。潜水して、バレないように船から離れる」
「き、金狼たちは!? 見捨てるの!?」
生意気に抗弁して来るも、声を小さく抑えたところだけは、銀狼にしては上出来だ。
「今、彼らは動ける状態じゃない。確実に助けるために、千空たちと合流する」
下手に衝撃を与えてフリーズさせたくないので、あえて“石化”という表現は避け、彼が絶対的に信頼しているだろうリーダーの名を告げる。
「で、でも……」
「──私だって、氷月様を助けたいのを我慢してるの。聞き分けて」
まだなおも言い募ろうとする銀狼に、そう告げてやれば、彼はやっと黙って、小さく頷いた。
潜水したまま泳ぎ、船から離れ、千空たちが上陸に使ったボートの元へ。すると、そこには既に先客が居た。
ぴょこぴょこ動く、小柄な影。
「──スイカ!?」
「銀狼! ほむら! 二人も無事だったんだよ!? よかったんだよ~~~!!」
銀狼の呼びかけに、振り返ったスイカが嬉しそうな声を上げる。
「あなたは、甲板に居たはず……どうやって?」
「変なのがピカーってなる直前、龍水が、スイカを船の外へ蹴っ飛ばして、逃がしてくれたんだよ」
「龍水が」
ほむらは納得した。あの男なら、咄嗟にそれくらいの判断は出来るだろう。
「何をしようとしていたの」
銀狼に声をかけられるまで、スイカは、ボートの側に生えた木の枝へ、何やらロープを引っかけていた。
「ボート、このままじゃ丸見えなんだよ。だから、隠そうと思って……この枝で、こう、かぶせるみたいにしたいんだよ」
確かに、このボートが見つかったら、既に島へ上がった人間が居ると知らせるようなものだ。
「手伝う。銀狼も」
「ぅえ!?」
「文句言わない」
「ありがとうなんだよ! あ、でもその前に」
思い出したように、スイカがほむらに差し出したのは──海に飛び込む寸前、ほむらが彼女に押し付けた服だった。
「……わざわざ、持ってきたの?」
「ちょうど、ほむらの服をたたんで、どこに置いとけばいいか考えてた時だったんだよ。だから、持ったままだったんだよ」
しかし、これは結果的にファインプレーだったと言える。脱いだ服が甲板に置き去りだったら、自然と“敵”に『誰かが海に逃れているかも知れない』という疑念を抱かせただろう。
「──ありがとう」
素直に受け取って、身にまとう。拭くものが何もないので濡れ鼠のままだが、水着姿のままで作業をするより、肌に傷を負うリスクが減る。スイカもそう思ったから、このタイミングで差し出したのだろう。
そして、無事にボートの隠蔽作業が終わった後、
「……っていうか、結局何が起きたの!? 何があったの!? 船の皆どうなったの!?」
思い出したように、銀狼がまた喚き出した。──これ以上、黙っている意味もないと、ほむらは端的に告げる。
「──全員、石化した」
「…………………………え?」
言葉の意味が理解できない、という顔の銀狼に、ほむらは容赦なく続けた。
「全員、石にされてしまった。──あの、緑の光には、見覚えがある。3700年前、私たちが石化した時のものと、同じ」
ほむらの追加情報に、スイカが息を呑む。
「地球の人間が全員石化しちゃった時の……!? ……あれ? でも、おかしいんだよ? それと同じだったら、どうしてスイカたちは石になってないんだよ?」
「そう、そこ。規模だけが、3700年前と全く違う。ずっと狭い」
今回の光は、ペルセウスとその周辺だけを呑み込み、海底に逃げたほむらと銀狼にさえ届かぬ範囲で、止まった。
「ねぇ! そんなことよりも!」
わりと重要な考察を“そんなこと”とぶった切った銀狼は、今にも泣き出しそうな表情で、
「皆、石になっちゃって、大丈夫なの!? いや、大丈夫だよね!? 治るよね!? 未来ちゃんも、千空の薬……復活液で治ったもんね!?」
そうだった、その問題もあった。
「──確実に、今ある復活液では、足りない」
ラボにはいくらか復活液の在庫があるし、千空も1、2回分くらいは持ち歩いているかも知れないが──石化させられた人数に対して、今ある量では絶対的に足りない。
「た、足りなくても、千空なら作れるでしょぉ!? そう、そもそも、そのためのお宝取りに、ここに来たんじゃん!」
銀狼の言う通り、千空なら、追加の復活液も作れるだろう。──けれど、それは、
「いくら千空でも、無から有は生み出せない。──ラボが、絶対に必要になる」
そもそも、在庫の復活液もラボの中だ。絶対に、ラボだけは奪還し、千空の元に届けなければならない。
──氷月を、救うために。
「──スイカ」
銀狼は役に立たない。けれど、この子はきっと、役に立つ。
「ラボを奪還する。手伝って」
「──了解なんだよ!!!」
ほむらは龍水ほど甘くないので、子どもだろうが何だろうが、使えるものは遠慮なく使うだけだ。
──そうして、暗闇を味方につけるため、夜を待ち。
密やかにペルセウス内へ潜入したほむらとスイカは、敵をまんまと出し抜き、偽装モードのラボに乗って島内へと逃げ込むことに成功した。
* * *
「──ペルセウスとの通信が、繋がらない?」
「ああ」
告げられた言葉をオウム返ししてしまったゴーザンに、司は深刻な表情で頷いた。
「ルリがかけた、昨夜の定期連絡が最後だ。通信が繋がったと思ったら、向こうから悲鳴と破砕音が聞こえたらしい。それ以降、何度かけても繋がらないし、向こうからの連絡もない」
「──え……」
ゴーザンの顔から血の気が引く。
「い、一体、何が……そ、そうだ、ペルセウスじゃなくて、ケータイの方にかければ……!!」
「それはダメだ。──あのケータイに、マナーモードはないんだよ、ゴーザン」
もしも、ケータイを持っている仲間が潜伏中だったら、こちらから鳴らしたベルの音で、窮地に追い込んでしまうかも知れない、と。
「……しかもね」
「え、まだあんのちょっと待って心の準備の時間を」
司はゴーザンの懇願を無視して、無慈悲に続けた。
「スイカが、ペルセウスに密航している」
「──はい!?」
「俺も知らなかったんだ……見かけないからおかしいと思って、未来に聞いたら……」
「こ、行動力の権化ぇ……!!」
聞きようによっては最悪の報せとも取れる追加情報だったが、ゴーザンはむしろ前向きになった。
(──あの超絶有能幼女が潜伏してるなら、どうにかなるんじゃない?)
あの子は、千空と違ってむしろ引きが良いし。タングステンとか。
「──きっと、大丈夫ッスよ、司さん」
自然と、確信に満ちた声が、ゴーザンの口から紡がれる。
「千空さんたちが、そう簡単にくたばる訳ねぇっス。きっと、けろっと帰ってきますよ」
何の根拠もなかったけれど、蒼褪めていた司の顔に、かすかに血の気が戻った。
「こっちはこっちの仕事をしましょう! 帰ってきたら拠点がヤバいとか、それこそ顔向け出来ませんよ!」
「うん──そうだね。千空たちを信じて、俺たちは俺たちの仕事をしよう」
最後には、司はかすかに微笑んで、そう頷いた。
世界線変動:ほむらが石化を逃れた。銀狼は石化した仲間をまだ見てない。ラボ奪還はスイカ&ほむらが実行。
原作で、ペルセウスの管制室がグッチャグチャにされてたのって、もしかして、陸との定期連絡のせいでは? という推察。
持ち歩くケータイはともかく、(本来)味方しか居ないはずの船内据え置き通信機に、通信制限かける? むしろ、陸との定期連絡の取り決めしてそうだよな、って……
ペルセウスの通信機が鳴る→占拠していた兵が、よくわからないままいじって繋がる→「もしもし?」→いきなり聞こえた人の声に兵がビビる→誰か中に隠れているのかと疑い、設備や壁を引っ剥がす──みたいな流れだったんじゃ……?
あ、でも据え置き通信機の動力がエンジンだったら、船のエンジン止めてる間は繋がらない……?
……必要なときは電池電源に切り替えられるタイプってことで!