小石一投、波紋を生ず   作:ヒョロヒョロ

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可愛い花を、武器にせよ。


偽装

再現性(ルール)さえありゃ、それは全部科学だ。──科学で闘えんなら、負けねぇよ」

 そう言い切った余所者──千空に、アマリリスは確かに希望を見た。

 ──かつて友を石にされてから、アマリリスはずっと、“可愛さ”という己の牙を研いできた。

 頭首の後宮への選抜、その日のために。敵の懐へ飛び込むために。

 いよいよその日が明日まで迫った時、突然アマリリスの前に現れた、奇妙な余所者たち。

 余所者たちの長は、アマリリスの媚びにも眉一つ動かさない朴念仁だったが、いきり立つ集落の若者たちを(盛大に泣かせてはいたが)傷一つつけることなく鎮めてくれた。

 アマリリスには妖術にしか見えない、奇妙な“カガク”という術で。

 是非とも、この力を味方につけたいと、アマリリスは思った。

 彼らの仲間も石にされてしまったのだと、それを救いたいのだと、言っていた。

 ならばと、アマリリスは彼らに協力を願った。自分だけが知る石化の秘密も、明かして。

 そして、その秘密を聞いた千空は、そう不敵に笑って、言い切ったのだ。

(──この人なら、本当に)

 頭首も、彼らが持つ石化の武器も、打ち破れるかもしれない。

 そう、希望が持てたのだ。

 しかし、彼の妖術──否、科学には、そのための道具が必須で、難しいことをするには、専用の工房のようなものも必要らしい。

 彼らの船には、ラボという移動式の工房があるらしい(工房を移動させるという発想にアマリリスは驚いた)のだが、その船は現在、頭首側に占拠されてしまっている。

 まずはラボだけでも取り戻そうという千空たちと、アマリリスは船の様子が窺える崖へと向かい──

「──待て、誰か居る」

 そこに先客を見つけたらしい女戦士──コハクが、一同を制止した。

「敵か? 何人だ」

「……一人、のようだが……!?」

 千空の言葉に答えかけて、コハクは何かに気づいたように目を見開き、身を隠していた茂みから飛び出した。

「……銀狼!?」

「──うわ、本当に来た!」

 相手に駆け寄りながら呼びかけたコハクへ、悲鳴のような声が返る。──途端、コハク以外の余所者たちも顔を見合わせ、茂みから飛び出した。アマリリスも慌てて彼らを追う。

 崖に身を伏せていたのは、アマリリスと同じか、それより下にも見える、金髪の男。アマリリスには見慣れない作りの服は、コハクが元々着ていた服に似通っていた。

「──あなたたちの仲間?」

「そう、銀狼ちゃん! ──無事だったのね、ジーマーでよかった~!」

 アマリリスの問いに答えてくれたのは、ゲンという男。──愛想こそいいが、どことなく掴み所がない相手だと思っていたが、仲間の無事を喜ぶその姿には、胡乱な気配など欠片もなかった。

「銀狼、無事なのはテメーだけじゃねぇな。あと誰が居る?」

 一方、再会を喜ぶ言葉さえすっ飛ばし、銀狼へ断定の口調で確認したのは千空だ。

 銀狼は「なんでわかるの」とでも言いたげな顔をしつつも、そろそろと答える。

「ほむらちゃんと、スイカちゃんだよぅ……」

「え!? 何でスイカが!?」

 心底ぎょっとしたような声をあげたのは、ソユーズという戦士風の男。──彼の戦士としての格はアマリリスには計れないが、最初に出会った4人の中で、唯一まともにアマリリスの“武器”が通じた、ある意味安心できる相手だ。

「さすがに気づいてなかったか。スイカのヤツ、隠れて勝手に船へ乗り込んでやがったんだよ」

「えぇ!?」

 千空の返答に、アマリリスとソユーズの驚愕の声が重なった。

「──船なんて狭い所で、隠れおおせるなんて……どんな凄腕なの?」

「え?──いや、うん……スイカは確かに、隠れんぼが得意だけど……」

 アマリリスの言葉に、何故かソユーズが苦笑する。

 どうも話が噛み合っていない気配に、アマリリスは首を捻り、

「“船”に対する認識の差だねぇ。見た方が早いよ、アマリリスちゃん」

 ちょいちょい、とゲンに手招きされた。

 彼に倣って、身を伏せながら崖先へ。彼の指さす方へ視線を投げて──絶句した。

(──あれが、船……?)

 いや、確かに船だ。海にちゃんと浮いているし、全体の形もアマリリスの知っている船に見える。──しかし、余りにも、

(……大きすぎない?)

 人が作ったものとは思えないほど、巨大だった。船の上を動き回る人影が、大皿に乗った豆粒に見える大きさ。

(……確かに、この“船”なら……人一人隠れていても、簡単には見つけられないわ……)

 アマリリスが呆気にとられている間にも、協力者たちの話は進んでいく。

「銀狼、ここにテメーを置いてったのは、ほむらだな。で、そのほむら先生は、スイカをお供に、夜陰に乗じてラボ奪還ミッションか」

「いや、だから何でわかるのさぁ!?」

 千空の言葉に、銀狼がまた悲鳴じみた声を上げた。──あっているらしい。

「超絶話が早くておあがりてぇ。ほむら様々だな」

 ククク、と千空は何でもないように笑うが、アマリリスは愕然となるしかない。

「……千空って、まさか心も読めたりするの?」

「残念ながら違うねぇ~。それは、どっちかって言うと俺の十八番(オ・ハ・コ)♪」

 しれっと恐ろしいことを宣ったゲンは、にこにこと読めない笑みで続ける。

「千空ちゃんは単に、『自分がほむらちゃんの立場ならどう動くか』って考えただけよ。あの二人、合理的って意味で考え方似てるから、千空ちゃんにも読みやすかったんだろうねぇ~」

(……千空みたいなのが、もう一人居るの……?)

 恐ろしい──いや、ここは頼もしい、と思っておくべきだ。

「──ペルセウスに動きが!」

 と、コハクが声を上げた。──いつ間にかアマリリスたちに並び、彼女も船の方を窺っていたのだ。

 甲板が開いて、草の緑に覆われた()()が飛び出した。そのまま海へと飛び込み、海面を走ったと思ったら、そのまま陸へと上がってくる。

 陸にあがっても()()は止まることなく、そのまま木々の中へと飛び込んでいく。

「よっしゃ! 合流すんぞ!」

 銀狼をここに置いている以上、ラボカーはここを目指して来る。上陸ポイントとここを繋ぐラインを辿れば合流できる──その千空の言葉に従い、目が良いというコハクが先導する。

 果たして、向かった先へ、“それ”は猛然と走り込んできた。あちらからもこちらの姿が確認できたのか、少し行きすぎた先で、慌てたように止まる。

 巨大なケモノのようにも見える“それ”の“尻”の部分。そこがパカリと開いて、

「──千空! みんな! 急いでなんだよ!」

(──子ども!?)

 手招く相手の姿に驚きながらも、アマリリスは千空たちと一緒に“それ”への中へ飛び込んだ。

 そこは、確かに“工房”だった。作業台が据えられていて、側面の壁は殆ど全て棚になってる。棚には透き通った容器がずらりと並んでいて、その中身が何なのか、アマリリスには見当も付かない。

 アマリリスたち6人と、先に乗っていた2人の計8人。自然と身を寄せ合うような形になるが、それでもその人数が()()()というだけで、この“工房”の広さが知れる。

(……これが、ラボ)

 船といい、この工房といい、この余所者たちは、どこまでもアマリリスの常識を越えていく。

「よくやったな、スイカ! 100億万点やるよ!」

「やったぁ! お役に立てたんだよ~!」

 千空に誉められてぴょんぴょん跳ねているのは、アマリリスたちを中へと手招いた子ども──この子が、スイカ。

(……隠れんぼが、得意……)

 ソユーズが言っていた言葉の真意がわかって、アマリリスは顔をひきつらせた。──比喩でも何でもなかったのか、あれは。

「え、ズルいズルい! 僕は!? 僕も伝言役頑張ったよ!」

「テメーはせいぜい100点だわ、銀狼」

 えぇ~、とぶう垂れる銀狼を無視して、千空は、ラボの先頭に据えられた席に座る人物へ、声をかける。

「テメーは文句なしに100億万点だ、ほむら。──さすが、氷月の野郎の懐刀だな」

「──当然」

 そう言って振り返った相手の姿は、アマリリスにとって完全に予想外なものだった。

(……女の子……)

 てっきり、千空みたいな男だと思っていたのに──こんな、アマリリスよりも若そうな、

(こんなに()()()()女の子だなんて……!!)

 と、アマリリスの視線に気づいたのか、ほむらがこちらを見た。

「──誰?」

「現地協力者のアマリリスだ」

「そう。わかった」

 すかさず千空が答え、ほむらは納得したように前へと視線を戻す。──アマリリス本人が口を挟む間もなかった。

(……似てるって……こういう……)

 ゲンの言っていた意味もわかって、アマリリスは引きつった顔で笑う。

 と、窓から外を窺っていた、コハクが緊迫した声で告げた。

「──千空、拙いぞ。囲まれつつある」

 ──窓の外に見えるのは、闇の中、四方八方から寄ってくる篝火。

「問題ない。撥ね飛ばして進む」

「マジで容赦ねぇな、テメーも氷月も……」

 冷ややかな声で言い切ったほむらに、千空が顔をしかめる。

「う~ん、この場はそれで切り抜けられても、後が問題って言うかさ~……」

 ゲンが苦渋の表情で呻いた時、外から追っ手たちの会話が聞こえた。

「……クッソ、暗くてよく見えねぇな!……この辺りの茂みか!?」

「船かと思えば、陸も進んでたぞ。アレも船に乗ってたケダモンか!?」

 千空とゲンが顔を見合わせてから、アマリリスを振り返る。

「──テメーから見て、ラボは()に見えた?」

「え……大きなケモノみたいだな、って」

「──イケるかも?」

 顔を明るくしたゲンとは対照的に、千空は渋い顔で、

「だが、エンジンふかして走りゃ排気ガスモクモクだ。さすがに人工物だって──」

 と、何かに気づいたのか、千空の言葉が半端に切れた。

 彼はこっそり前方の小窓を開けて、側の茂みに生えていた花を毟る。

「──ケモノだってんなら、それに相応しいスメルにしてやろうじゃねぇか!」

 ──その後、千空の科学で生み出された(ウンコ)臭(と、ゲンの手笛)で追っ手たちを盛大に怯ませ、ラボはまんまと包囲網から抜けることに成功。

 完全に追っ手たちを振り切ったことを確認してから、走ってきた後を消して、偽の足跡を付ける。そうやって進路を偽装してから、海上へと降りた。

 海からしか入れない秘密の横穴から、アマリリスの集落の者しか知らない『サファイヤの洞窟』へ。

 ラボと彼らを洞窟に残し、アマリリスは一人で自分の集落に戻った。要りそうな食料などをくすねる。

(……昨日の騒ぎで、兵が多い)

 感づかれないように、こっそりと小舟で洞窟に戻ると、千空たちは後宮選抜について銀狼たちに説明していた。

「──昨夜騒ぎの後で、本当に今日、予定通りに美少女選抜が実施されるかは疑問だがな」

「やるよ。モズがやらないわけないもん」

 顔はカワイイのに座り方が雄々しすぎるコハクへ、アマリリスは断言した。

「モズは逆にもう強すぎて、警戒とかなーーーんもないタイプだから」

「ああ、例のこの島最強の戦士か」

「そ。アイツが興味あるのは、カワイイ子だけなの」

「……いっそ、石化装置を持っているのがモズだったなら、アマリリス一人で事足りただろうに……」

 ままならん、と嘆くコハク。

「石化装置を持っているのは、女戦士のキリサメちゃんだからねぇ。アマリリスちゃんの色仕掛けじゃあ、ちょっと無理(リームー)

「だから、そいつと戦えるだろうコハクを、後宮に送り込んでやろうって話じゃねぇか。──おっ」

 ゲンの言葉に不敵に笑った千空が、アマリリスの持ってきた物資に目を輝かせた。

「やるじゃねぇか、アマリリス! この南国フルーツがありゃ、コハク大改造に必要なアイテムが作れる!」

 ──そうして、千空が生み出したのは、シャンプー、トリートメント、ラメ、ファンデーション、香水、口紅。

 コハクの剛毛をシャンプーとトリートメントでさらっさらにして、残りのアイテム(化粧品と総称するらしい)でコハクの美少女度をアップさせた──アマリリスが。

「すごいのね、科学って……!」

 アマリリスは、心底感動した。

「──千空、これ、少しずつ小さな器に詰めて欲しい」

 と、ずっと沈黙していたほむらが、唐突にそんなことを言った。

「あ゛ん?」

「あ、メイク直し用?」

 何に使うんだ、という顔をする千空の横で、ゲンが察したように言うが、ほむらは首を横に振る。

「違う、賄賂。後宮で既に地位を築いている女性に贈る」

「あ~~~! その手があったね、ほむらちゃん冴えてるぅ~~~!」

「当然。氷月様のためなら何でもやる」

 ほむらの言葉に、アマリリスは思わず目を見開いた。

「……あなたも、一緒に後宮に来てくれるの?」

「行く。氷月様のためだから。化粧をお願い。あなたの方が私より上手」

 そうして、文句なしの美少女がもう一人できあがった。

「──うわ~~~、カワイ~……中身知らなきゃ、もっとカワイく見えたかもだけど……」

 一言余計な銀狼の腕を、ガッとほむらが掴む。

「うわごめんなさい! カワイイ! すごくカワイイから!」

「違う。──アマリリス、もう一人追加。相手の好みが不明な以上、弾は多い方がいい」

「えっ?」

 ほむらの言葉に思わず目を剥いてから、アマリリスは改めて銀狼を()()する。体格、顔立ち、声質──

「──確かに、イケそう……!」

「……うぇぇええ……!?」

 ──そうして、美少女選抜へ挑む挑戦者は、4人になった。

 

  * * *

 

「──ウチが止めればよかったんや~~~……!」

「み、未来……」

 修羅場……と、ゴーザンは遠い目をした。

 ──ペルセウスとの通信が途絶した件が、うっかり未来にバレたらしい。

 スイカを案じて未来は泣きっぱなしで、一人ではうまく宥められなかったらしい司に、ゴーザンは引っ張って来られた。頑張ってくれよ、兄ちゃん。

「大丈夫っスよ、未来ちゃん。あっちには千空さんが居るんスから」

「千空さん頭ええけどミジンコやん……! ケンカになったら勝てへん……!」

「おっふ」

 反論できないストレートパンチに、ゴーザンは変な呻き声を上げてしまった。

「──いや、そうなっても、コハクさんとか金狼さんとか、マグマとかも一緒っスから」

「コハクちゃんも、金狼くんも、マグマも、兄さんに勝てへんやん……」

(いや、強いの基準がエグいんだわ!!!)

 なまじっか最強を兄に持つせいで、未来の中の“強い”の定義がバグっている。

「──氷月……さんも、いるっスよ」

「……氷月さんって、どんくらい強いん?」

「槍があれば俺と互角だよ。誰にも負けない」

 ここぞとばかりに司が即答した。

「……ほんまに?」

「うん。だから、大丈夫だよ」

「──うん……」

 ようやっと泣きやんでくれた未来に、ほっと息をつく。

(──いや、本当、一日も早く無事に帰ってきて、千空さん……!!)

 ゴーザンは、切実に祈った。居るかも知れない神ではなく、実在する科学の申し子に。

 

 




世界線変動:後宮選抜メンバーに、ほむらが加わる。

司って、たぶん、泣く子に勝てないタイプ。
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