(──イヤだ~~~! 絶対、選ばれたくない~~~ッ!)
後宮選抜の場に引きずり出された銀狼は、内心でハチャメチャにゴネていた。
(アマリリスちゃんの護衛と敵情視察っていうなら、コハクちゃんとほむらちゃんで十分でしょぉ!? この三人が選ばれない訳ないし! 絶対僕要らないじゃん!)
男の自分ですら化粧と衣装で“美少女”と化した。同じ手段で、(中身はともかく)本物の美少女たちが、更に可愛く装っているのだ。絶対に美少女選抜は合格できる。落ちる訳がない。
(絶対、ほむらちゃんの嫌がらせだよぅ! 余計なこと言うんじゃなかったぁ……)
きっと、ぽろっとこぼした本音が、ほむらの怒りを買ってしまったのだ。銀狼は、己の失言を心底悔いた。
「銀狼! コソコソ私の後ろに隠れてないで……」
「──やぁああああ!!!」
盾にしていたコハクの文句をかき消すように、突然、悲痛な絶叫が響き渡る。
(ひえッ!? え、何!? 何事!?)
ビビり散らかしながら声のした方を振り返れば、派手な装いの男に、女の子が捕まってた。
「──宰相の、イバラ」
男の姿を目に留めたアマリリスが、強ばった声を上げる。
宰相、という言葉の意味は、銀狼も知っている。千空の右腕として働くゲンのことを、復活者の誰かがそんな風に呼んでいた。王の補佐役、国のナンバー2、そんな意味だったはず。
イバラはどこか不気味な笑みで、捕らえた女の子を見下ろし、
「──おじちゃんね、逃げたケダモノ探しがんばってたら、ホラ、ついでに見つけちゃったの。隠れてたカワイイ
聞いていて、背筋がゾワゾワする声だった。
(コイツは……絶対、ヤバい奴だ)
臆病な本能で、悟る。──
手足や首が長いから、ひょろりとした印象を覚えるけれど、かなりの巨躯だ。年の頃はコクヨウくらいだろうか。戦士としても強そうに見える。多分、素手の銀狼では絶対勝てない。槍があればギリギリいけるか。
でも、そんな強さなんかよりも、『コイツは何をするかわからない』と思わせる不気味さが、銀狼の背筋を粟立たせていた。
「見逃して……ください」
と、イバラの足下から、縋るような男の声。
「頼む……新婚なんです、俺ら……」
(い、痛そう……)
少女の夫らしい青年は、額から血を流しながらもそう訴えた。──妻を逃がそうとして、殴られたのか。
「──だから何?」
懇願に返されたイバラの言葉は、短く、無慈悲だった。
──青年の視線に、怒りと殺意が宿る。
(マズ──)
あの青年では、どうやってもイバラにはかなわない。銀狼が焦った瞬間、アマリリスが動いた。
青年の肩を掴んで制止し、彼の耳元で何かを囁く。──怒気で強ばっていた青年の身体から、力が抜けた。
「……アマリリス、お前……ただの気弱な子なんだと……」
涙を流す青年の呟きが、辛うじて銀狼の耳に届いた。
(……あの子のことも守るって、助けるって、約束したのかな)
それはきっと良いことなんだろうけれど、敵地でやるべきことが増えていくのは、銀狼としてはキツい。逃げたい。
「じゃ、他の
「まず、そこの女!」
イバラの鶴の一声で、兵が仕切り出す。
最初に指名されたのは、青年に近寄った結果、イバラの側に立つ形になっていた、アマリリス。
「──ア……アマリリスっていいます! ゴメンなさい、男の人の前だと緊張しちゃって。私みたいな子が選抜会とか……どうしよ、すっごいはずかしぃ……とと、とにかく、がんばります!!」
(プロだぁ……)
恥じらうように身をくねらせながら、甘く愛らしい声を紡ぎ出すその姿に、銀狼は顔を引きつらせた。
「
イバラは満面の笑みでそう告げる。──当然の結果だ。
次に、夫を亡くしたという子持ちの未亡人(正直美人とは言い難かった)が声を上げたが、イバラは彼女の存在ごと無視するように、次へ目を向けた。──ほむらだ。
「ほむら、です。……よろしく、お願いします」
(ウソでしょほむらちゃんそんな
目を伏せ、恥じらうとも怯えるともつかない姿を装うほむらに、イバラは速攻で「
(……氷月のためなら『何でもやる』って、本当だったんだなぁ……)
次は、コハクの番だった。
「私の名はコハ……じゃない、コハクでーす!!! 戦闘ならば任……じゃなくて、めっぽう元気なのが取り柄と言わ……言われます、よろしくです!!」
(ココココハクちゃん、ボロが! ボロがぁああああ)
本人は『元気な
さすがに、しばし悩む素振りを見せたイバラだったが、
「見た目はカワイイし! あとはおじちゃん思うにね、スタイルがボンキュボーンだし、問題ないと思うよ~~~」
言いながら、その手を、コハクの胸元へと伸ばし──コハクが、その手を、
(──あ、
銀狼が思ったその瞬間、イバラの手が、
「痛! なに、モズ君?」
槍で自分の腕を叩いた男に、イバラは不審そうな声をかける。
「蜂がいました。季節ですから」
「あ、そ……」
返答に納得したのか、イバラは気を取り直すように、コハクへ向かって「
(──コイツが、モズ……)
この島で最強の戦士というから、マグマみたいなムキムキマッチョを想像していたが、違った。顔もスタイルもいい、司タイプだ。司より軽薄そうだけど。
(強さは、どうだろ……コハクちゃんより上……? さすがに、司並みってことはない……って、思いたいけど……)
正直、格が違いすぎて読めない。銀狼には
そのモズが、コハクにそっと耳打ちした。
「んー、コハクちゃんって言った? 君さ、超強いよね?」
(あぁぁああ……バレてる……!!)
これほどの戦士が、コハクの実力に気づかない訳がない。さっきイバラの腕を叩いたのも、コハクを止めるためだったのだ。
「俺は好きだよ、そういう
告げるモズの声は、いっそ楽し気だ。
「コッソリ遊びに行くから、後宮に。お手合わせを楽しみにしてるよ」
「──ハ! 君の意味するところが戦闘ならば、いつでも望むところだ……!!」
(……モズがどういう気で来ても、結果的に戦闘になるヤツぅ……)
コハクの返答に、銀狼はそう悟った。──相手がどれだけ強かろうが、このコハクが、黙って手込めにされる訳がない。
(ある意味安心だけどさぁ……)
そう遠い目をした時、兵から声がかかった。
「次は、そこの娘!」
(僕は
ついに恐れていた時が来てしまったが、銀狼にだって策はある。ようは選ばれなければいいのだ。
「ぼ……僕は
わざと舌を出し、大股を開いて、粗野アピール。
(どうだ、カワイくないでしょ!?)
そう思ったのに、
「僕っ
「エェエエェェエエ~!!」
全力で裏目に出た。──イバラの
と、そのコハクが、不意に空を見上げた。ぱっと手を伸ばして、何かを掴む。
(……なんだろ、大きい耳飾り?)
よくわからないが、この手の込んだ作りは、確実に科学王国製だ。
コハクも同じように思ったのだろう。素直に耳にかけて──変な顔で、固まった。
(え、何事?)
銀狼が首を捻った時、コハクが更なる奇行に出る。突然両手を左右に広げ、片足立ちに──なんか、見覚えのあるポーズ。
(あ……スイカちゃんのマネだ、これ!?)
いや、だとしても何でこのタイミングで、と疑問に思う銀狼を余所に、コハクが青筋を立てて彼方を睨む。
「──ゲン、この屈辱は後で何倍にもして返すから、覚悟しておくのだぞ……!?」
低く小さなその呟きで、察した。──あれは、ゲンの指示だったのか。
(……ってことは、この耳飾り、ケータイみたいなヤツなんだ!)
つけてるコハクにしか聞こえないほどの小さい音だけど、離れた千空たちの声が聞こえる道具なのだ。相変わらず、科学はすごい。
(──千空たちと連携が取れるなら、何とかなるかな……)
敵地に潜るのは相変わらず怖いけれど、銀狼はそんな風に前向きになれた。
(千空とゲンの指示で、コハクちゃんとほむらちゃんが動くなら、間違いないもんね!)
そう、己を棚にあげて、すっかり安心して──
(──間違いないって、思ってたのになぁ……)
そう、銀狼は、振り返る。
千空たちからの指示が聞こえる科学の
コハクが見つけた
千空たちの方も、海に捨てられてしまった仲間たちの石像を引き上げて。
──このまま、全部うまく行くと思っていたのに。
(よりによって僕が
銀狼一人で、頭首の元へ呼び出されてしまったから。これがコハクだったら、きっと結果は違っていた。
(ああ、でも、アマリリスちゃんや、ほむらちゃんじゃなくて、よかったかな……)
彼女たちでも、頭首との
その時点で銀狼は、そのまま逃げたかったのだけど、本当にそうしたらきっと、コハクとほむらに絶対怒られると思ったから、せめてと、頭首が居る御簾の向こうを、覗き込んで──
──見て、しまったのだ。
ソユーズによく似た男の──顔が欠けた、石像を。
薬が切れ、普通に動けるようになったイバラが、秘密を知った銀狼を始末しようと追ってきて。
必死に逃げた先で、コハクの姿が見えて、安心した瞬間──
銀狼は、背後から、刺されたのだ。
(……これは、もう、無理だなぁ……)
必死に傷口を抑えてくれているコハクの顔さえ、もう、まともに見えない。
だから、銀狼は、最後の力を振り絞って、口を開いた。
「──頭首は、石像だよぅ」
知っているのは銀狼だけなのだから、これだけは、伝えなくてはいけないのだ。
──自分が、死ぬ前に。
「ソユーズにそっくりだったなぁ……もしかして、ソユーズって……」
あの石像の──頭首の、息子なのかもしれない。だから、イバラに邪魔にされ、この島から逐われて、石神村に流れ着いたのかも。
(……石像、壊れちゃってて、残念だったなぁ……)
壊れてなければ、ソユーズは、お父さんにまた会えたのに。
(……金狼、みたいに……)
一度は石化してしまったけれど、千空の薬で治った兄。
──役目を果たせ、銀狼。コハクたちの足を引っ張るなよ。
(……僕、がんばったよ、兄ちゃん……)
「──よくぞ、伝えてくれた、銀狼……!!」
兄の代わりのように、コハクがそう誉めてくれた。
「ほむら、君も聞いたな?──千空への報告は、君とアマリリスに任せる」
(……コハク、ちゃん……?)
「……コハク、あなた、何を……?」
銀狼はもうまともに声も出せなかったけれど、ほむらがコハクに尋ねてくれた。
「──知れたこと! 銀狼を救うための、ワンチャンスに賭けるのだ!」
「聞け、皆の者!! 君たちの頭首は──」
島で一番高い場所、頭首が
島中に届くように──敵に、聞かせるように。
そのすぐ後、目の前の空に膨らんだ緑の輝きに、銀狼は、コハクの言う
(……そっか、そういうことかぁ……)
──かつて、千空は一度、司に首を折られて
その彼が、今でも普通に生きているのは──石化と、それが解除される時の修復効果のおかげなのだと、聞いた。
だからコハクは、わざと敵に石化装置を使わせて、自分諸共、銀狼を石化させる道を選んだのだ。
前にこの光を見た時は、ただひたすらに恐ろしかったのに──今、目の前に迫る輝きに抱くのは、深い安堵だけだった。
(……僕、死なずにすむんだぁ……)
目を閉じて、銀狼は口の中で小さく呟いた。
「……おやすみ、またね、金狼……」
──いつもみたいに、兄ちゃんが起こしてくれるのを、待ってるね。
* * *
──ペルセウスとの連絡が途絶して、4日目。
(たった4日……されど4日……)
最初は「大丈夫っスよ」と自信満々に言えたゴーザンも、じわじわと不安になってきた。
それでも、今、ゴーザンに出来ることは、こちらでの仕事をきちんとこなすことだけだ。
パワーチームの人数が減った分、ゴーザンの仕事はいくらでもあった。そのことをありがたく思いながら、作業に没頭する。
(──きっと、大丈夫)
そう、自分に言い聞かせ、不安から目を逸らすように。
世界線変動:後宮メンバーにほむらがいるので、手紙での報告がとてもスムーズ。
待ってるだけって、とても辛い。
原作のルリは、どれだけキツかったんだろう。陸側の責任者という重責、頼れるリーダーどころか、父親も妹も幼馴染み(想い人)も、全員船側で音信不通。
自分がその立場におかれたらって想像するだけで、胃がねじ切れて血反吐吐きそう。
自分には何もできない、って状況への忍耐力は、皮肉にも肺炎での長患いで培ってそうなんだけども。
それにしたって、巫女様のメンタル、つおい。