一個前の(上)から読んでね。
『──よし、キリサメが投げた~! 今だよ!』
耳飾りから聞こえた“声”に、イバラは、勝利を確信した。
(んもー、ここまで来ちゃえば、おじちゃんの勝ちよネ)
後宮に潜り込んでいた侵入者。その一人がつけていた耳飾りは、妖術じかけだった。耳につけると、この場にいない“誰かの声”が聞こえてくる。
今イバラが持っている耳飾りの、本来の持ち主──コハクが、仲間の銀と共に石化した夜。その直後から姿を消していたモズが、翌日の昼過ぎに、同じ耳飾りをつけて帰ってきた。イバラは、それを見逃さなかった。
だから、イバラはこっそりと、石になったコハクの耳からこの耳飾りを
案の定、その日の夜に、耳飾りは“誰か”の声で囁いた。
『約束通り、これから槍遣いが行くよ~。弟子と盾役も一緒に行くけど、ただの露払いだから、二人の対決は邪魔しませ~ん。モズちゃん、リベンジマッチ頑張ってね~』
(若い女の声……モズ君が『味方してもいい』と思うくらい、イイ女なのかもネ)
その言葉の通り、直後に襲撃。すっぽりと全身を覆うような黒い衣装の──おそらくは、背丈からして、男が三人。うち二人は槍を、一人は全身を隠すような大きな盾を持っていた。
モズが、これを討ちに出て──一人の槍遣いに、圧された。
(え、待って。何アレ? ホントに槍? 妖術?)
イバラは遠目で見ていたが、敵が持っている得物は確かに槍に見えるのに、動きが槍のそれではなかった。恐ろしく速く、間合いがやたら広い。
その異常な槍遣いに、モズが圧されている。そういう
(ヤバいヤバい、もう一人の槍遣いもスゴく強いじゃないの、キリサメちゃん並み?)
多分、こちらが“弟子”の槍遣い。師とモズの対決は邪魔させん、とばかりに、周りの雑兵を一手に引き受けていた。たまにこぼれた兵も、やたら頑健な盾持ちに阻まれ、そのうちに手の空いた“弟子”に伸される。
このままモズがやられたら、次は自分だ。マズいと思ったイバラは、キリサメを差し向け──その途端、襲撃者たちは退いていった。今までの猛攻が嘘のような、引く波のように静かで素早い撤退だった。
それからしばらくして、『はい、こっちの勝ち! これで次は、最初から石化武器ありきの動きになるよね。じゃ、モズちゃん、また連絡するから、ちゃんと約束守ってよ』という“声”が耳飾りから聞こえて来た。
(……こっちに石化武器を使わせることが、目的?)
少し考えて、イバラは察した。
(──ははーん、さては、キリサメちゃんが石化武器を投げた時に、
何ともまあ、剛胆な策をとるものだ。一歩間違えれば石化不可避だというのに。
(よっぽど、策に自信があるのね。──でも、ざんねーん、全部おじちゃんには筒抜けなんだなぁ)
狙いが割れてしまえば、対処など容易いのだ。
イバラは、前もってキリサメに耳打ちをしておいた。
モズが侵入者と通じているかも知れない。だから、これで
そうとも知らず、数日後の昼、耳飾りがモズへの呼び出しを行った。
『キリサメちゃん連れて、南の崖へ来て~。兵士も連れてきていいよ~』
そして、今──キリサメが投げた“偽物”に、敵はまんまと引っかかったのだ。
『
(今更気づいても、遅いんだよネ~。残念でした~)
耳飾りからの焦った“声”を、一人後宮で聞きながら、イバラはせせら笑う。
『──あぁ……』
絶望したような、その呟きを最後に、耳飾りは沈黙した。
(はい、おじちゃんの勝ち!──いっそ、変な策に頼らず、武力で圧して来ちゃえばよかったのにね)
モズを圧倒できる武人が居たのだから、案外そっちの方がいけたかも──いや、結局石化で終わりか。
(やー、ホント、石化武器様々だネ~)
──アレのおかげで、イバラは本物の頭首を石化し、今の地位を得ることが出来たのだから。
(あのデカい船が現れた時はどうなることかと思ったけど、結局全部おじちゃんにとってイイ感じに終わったネ~)
強すぎて邪魔なモズは、敵の最大戦力であろう武人たちごと、キリサメが石化した。
離れた場所から指揮できるなら、あの“声”の主はおそらく現場に出ていまい。おそらくは石化を逃れているだろうが──まあ、それだけだ。
船の乗員のうち、何人が石化を逃れて島に上がっていたかは知らないが、結構な数が船に残っていた以上、大した人数ではないはずだ。
(もしかしたら、もう、耳飾りの“声”の女くらいしか残ってないかもね)
イバラがそんな風に思った時、沈黙していた耳飾りが再び“声”を囁きだした。
『──宰相・イバラ。聞いてるんでしょう』
強ばった、女の声。
『やられたわ……コハクの耳飾りで、全部聞いてたのね。……こんな初歩的なミスをするなんて、私も焼きが回ったものだわ』
(あら、おじちゃんが何したのか、気づいたのね)
余りに遅いが、まあ気づけないよりはマシか。頭の回る女であることは間違いないのだろう。
『もう、戦えない女しか残ってない。私たちの負けよ。降伏するわ。船も、私の妖術も、全部あなたに捧げる。だから、私と、残った仲間の命だけは助けて』
(──へぇ~~~……)
悪くはない提案に思えるが──
『残念だけど、あなたからの返事は、こっちには聞こえないの。──あなたたちの間で、“海鳴りの崖”と呼ばれている場所。私はそこで待っているわ』
(……罠かしら? 自分で“妖術”遣えるって言ってるもんね)
まあ、罠なら罠で、食い破るまでだ。この妖術遣いさえ片づけてしまえば、完全にイバラの勝ちだ。
帰ってきたキリサメを連れて、イバラはさっそく“海鳴りの崖”へと向かう。妖術遣いに時間を与えるのは、きっとよろしくない。
崖の上に一人立つ黒い後ろ姿へ、イバラは十分に距離をとったまま、にこやかに声をかける。
「──ご機嫌よう、妖術遣いちゃん♪ お返事に来たよ」
小柄な影は、無言でこちらを振り返った。服と一体になった頭巾のようなもので顔は隠され、その口元しか見えない。だが、紅をさしたその唇は、確かに女のものだった。
「他の仲間はどこかな~? 一緒じゃないの?」
返事は、言葉ではなく行動で返された。
──無言の突貫。イバラに向かってくるその手には、白くきらめく刃。
(ありゃ、ここで力技なの?)
万策つきたって感じかな、と肩すかしな気分を抱くイバラの横で、キリサメが事前に言い含めていた通りに動いた。
「──5
そうして、女に向かって投げられた物を──何かが空で絡め取る。
(──何アレ?)
空を飛ぶ小さい影。鳥ではないのは確かだが、それは、飛んできた勢いのままこちらへ向かって飛んで──
女だけではなく、イバラたちも、指定範囲に入る位置へと。
(ああ……死なば諸共ってこと。でも、残念だったネ)
今、キリサメが投げたのは、“偽物”だ。
(同じ手に二度も引っかかるなんて──いや、偽物だとわかってたから、刃物持って突っ込んできてる?)
せめて、イバラだけは始末しようと。残った仲間のために。
なめられたものだ。元々、イバラは一角の戦士として成り上がり、頭首に近づいた身なのだ。こんな手弱女、容易く下せる。
毒でも塗られていたら厄介なので、刃を確実に避けるように脇に退き、そのまま突っ込んできた女の足を払った。
「──残念だったネ~。君の負・け♪ さぁ、仲間の居場所を教えて頂戴? まあ、素直に吐いてくれないなら、言う気に
無様に地に伏した女の背を踏みつけて、イバラは嗤い──
「──いいえ、あなたの負け」
耳飾りで聞いた女のものとは明らかに
ガッと、背後から強く抱き
『5
耳飾り越しに、知らない
(──は?)
ブゥン、と禍々しい音が、背に響く。
──誰だ、いや、この場にいるのは、自分と、妖術遣いと、
「──キリサメ……!?」
「イバラ──ご頭首様の仇ッ!」
覚悟と怨嗟のこもったキリサメの声で、悟る。
(全部、バレて──!?)
いつ、どこで、モズか? だとしてもキリサメはどうしてそれを信じて──
イバラは必死に頭を巡らすも、しかし、その視界はむなしく緑の光に呑まれ──
──無明の闇へと、閉ざされた。
* * *
『──12800000
唐突に繋がった通信が、千空の声でそんな言葉を吐き出して、切れた──ルリからそんな報せがもたらされた。
「……これは、何のメッセージでしょう?」
ルリが首を傾げるが、司も(もちろんゴーザンも)解読できそうにない。
「──あちらから通信を繋いできた今なら、こちらから折り返してもいいかもしれない」
「そっすね! そうしましょう!」
もういい加減、待つだけなのは限界だったのだ。
そうして、ルリがケータイの周波数に、通話をかけ──繋がった。
「──そちらは大丈夫ですか? 千空」
『あ゛? ルリか?──』
一瞬繋がった千空の声が、荒れる。
『──ク──電池──かけな──』
切れ切れにそんな声が聞こえた後、通信が切れた。
「──電池切れか……」
司が眉をしかめる。
「でも、元気そうな声でしたね」
「そっすね! 焦ってる感じもなかったし、きっと皆無事なんス──」
よ、と言い掛けたゴーザンの声をかき消して、鳴るベルの音。
「……ペルセウスからかけ直してきたのでしょうか?」
言いながら、ルリが一度戻した受話器を、再び取って──
『──12800000
それは確かに、千空の声に聞こえた。
「──千空? これは一体……」
ルリの言葉に応えることなく、ぶつん、と切れる通信。
──不気味な沈黙が、場に満ちた。
(……なんだ、これ……?)
じわじわと、ゴーザンの背をのぼってくる、違和感。
「──ペルセウスに、かけてみよう」
不安を振り切るような調子で、司が提案した。
けれど、結局、ペルセウスとの通信は繋がらず──ケータイも、一瞬繋がったと思った瞬間、ノイズと共に切れる。やはり電池切れか。
しかし──
『──12800000
その、謎のメッセージだけは、それから延々と、一定周期で繰り返され続けた。
世界線変動:対イバラ戦で石化したのはイバラとキリサメとほむらだけ。島ごとアタックに使われなかったので、石化装置の電池はまだ割と残ってます。