「こういう言い方は卑怯かも知れないけど──悪いと思うなら、どうか、父さんの仇討ちに手を貸して欲しい」
一目で頭首の子息だと知れる青年にそう言われ、キリサメは覚悟を決めた。
(──必ずや、イバラを討ち、ご頭首様の無念を晴らす)
頭首の子息──ソユーズは、イバラによって母と共に島を逐われた後、遠い“日本”という土地に辿りつき、かつてこの島から分かれた人々の村で育てられたのだという。
“科学王国”を名乗る彼らは、キリサメの知らない未知の技術──彼ら曰く“科学”を用い、あの巨大船を作り上げ、この島へとソユーズを連れ帰って来てくれたらしい。
彼らの“科学”は、キリサメからすれば妖術にしか見えないものだったが、それでも、ソユーズを救ってくれた人々であるというだけで、彼らは信頼するに値した。
だから、後宮への“侵入者”の生き残り──ほむらから、『死なば諸共』とも言うべきその作戦を告げられた時も、キリサメは躊躇いを覚えなかった。
まず、遠くからの“声”を届けることの出来る“科学の耳飾り”を、石化武器にくくりつける。これによって、『キリサメが石化装置を取り出し“呪文”を吹き込む』というイバラの警戒を招く行動を、省略できる。
イバラの隙を作る囮役はほむらがやってくれるという。当然、彼女も石化に巻き込まれるだろうに──きっと、彼女も、後宮で石化した仲間の仇を討ちたいのだろう。
(──彼女にとっては、“実行者”である私も、仇の一人でしょうに……それでも、こんな危険な作戦を共にしてくれるなんて)
この信頼に応えなくて、何とする。
──そうして、キリサメは覚悟と石化武器を胸に、イバラの元へと戻ったのだ。
ほむらを踏みつけ、悦にいるイバラの、隙だらけの背中。それを、奴の両腕ごと拘束するように、堅く抱き
「──いいえ、あなたの負け」
同時に、ほむらが、イバラに向かってそう告げ──キリサメの胸元で、ブゥン、と禍々しい音が響いた。
「──キリサメ……!?」
「イバラ──ご頭首様の仇ッ!」
イバラの驚愕と恐怖のこもった声音に、覚悟と怨嗟をこめた叫びで応えた。
キリサメの視界は緑の輝きに包まれ──そして、無明の闇に、閉ざされる。
(──これが、石化するということ……)
何も見えず、何も聞こえない。当然、身体はぴくりとも動かない。
そのくせ、
(……よもや、ご頭首様も、未だ、このような思いを──)
その考えに思い至ってしまって、キリサメの背がぞっと冷えた時──唐突に、闇が
(──え?)
視界いっぱいをふさぐ石の色。固い柱にでも抱きついたような感触。潮の音と匂い。
唐突に戻ってきた五感に動揺し、キリサメが固まったままでいると、横から声がかかる。
「キリサメ? もう、イバラのこと、放して大丈夫だよ」
「──えっ」
告げられた言葉に、ぎょっとして──自分が抱えているモノが
反射で突き飛ばすように放してしまい、イバラの石像が前へと勢いよく倒れ──
「おっと!」
その前にいたらしい青年が、それを抱き留めた。
「セーフだ! 割れてないぞー!」
「そんな奴、割れちまってもいいじゃねーか」
「ダメだー! 杠の仕事が増えてしまう!!」
笑顔で言う青年に、隣にいた巨漢がげんなりと告げるが、青年は丁寧な仕草でイバラの石像を横たえた。
(──???)
状況が全く理解出来ず、呆然と立ち尽くすキリサメに、
「……キリサメ、大丈夫?」
再度横から声がかかる。反射で勢いよく振り返ると、 小さな小瓶を持ったソユーズが、そこに立っていた。
「……何が……どうなって……? 私は、石化したはずでは……」
「──あっ」
はっと何かに気づいたように目を見開くソユーズ。それから、罪悪感の滲む顔になって、
「そうだ、誰も、キリサメに説明してなかった……! モズには言ってたから、勝手に言った気になってた! ごめん!──石化は、薬で解除できるんだ、キリサメ」
「ええッ!?」
ソユーズの言葉に、キリサメは裏返った声を上げてしまった。
「──ま、まさか、そんな……で、では、もしや、その、器の中身が!?」
キリサメの言葉に、ソユーズは微笑んで頷く。
「うん、これに入ってたのが、復活液。石像にかけると、石化が解けるんだ」
「──せ、石化を解く術があったなんて……で、では! ご頭首様も、その秘薬をかければ……!!」
キリサメが上げた歓喜の声に、しかし、ソユーズの笑みは曇った。
「……石像が破損した状態で時間が経ってしまうと、この復活液でも救えないんだ。父さんの石像は……治せる状態じゃなかった」
「…………そんな……」
一度希望を覚えてしまったが故に、キリサメの覚えた絶望は深かった。
しかし、少し考えてみれば道理だった。頭首が救える状態だったなら、彼らはもうとっくにそうしている。頭首本人にイバラの欺瞞を暴いてもらえるなら、あんな危険な策など取る必要もなかったのだ。
「……キリサメ、落ち込んでいるところ、悪いんだけど……教えて欲しいことがある」
「──何なりと」
ソユーズの言葉に、キリサメは絶望に浸ろうとする己を叱咤し、奮い起こした。──最も辛いのは、子息であるソユーズだ。彼を差し置いて、己が悲嘆にくれ、無為に過ごすことなど許されない。誰が許しても、キリサメ自身が赦さない。
「コハクと
「はい、存じております。……ですが──」
秘薬で石化が解けるとはいえ、コハクはともかく、力なくぐったりとした様で、彼女に抱えられていた銀は──
キリサメの懸念を察したように、ソユーズは微笑んでくれた。
「大丈夫だよ、キリサメ。──この、復活液を作った千空たちはね、この石化現象のことを“ドクターストーン”──“医者代わりの石”とも、呼んでいるんだよ」
その言葉の意味は、間をおかず、キリサメの目の前で
血塗られた服を着替えさせられた銀──銀狼は、無傷の状態で、石化から復活した。
「──銀狼……!」
銀狼の兄だという金狼という青年が、感極まったような声をもらす。
(──本当に、こんな奇跡が……)
キリサメもまた、驚愕と感動の中にあった。
目覚めた銀狼は、名を呼ぶ兄を見て、それから、先に石化から復活していたコハクへと目を留める。
「──ありがとおぉコハクちゃぁあああん!」
銀狼は礼を言いながら抱きつこうとして──コハクに吹っ飛ばされた。
(……え?)
目を剥くキリサメを余所に、居合わせた仲間たちは笑っている。
「おう、いつもの銀狼だな!」
「問題なく治ってるね」
「全く、
(え?──彼!?)
いや、女にしては名が厳ついとは思ったし、替えられた服は男物だ。──だが、後宮に来た時の“美少女”っぷりを知っているキリサメは、銀狼の正しい性別を知って、盛大に狼狽えた。
そこに、更にキリサメを動揺させることが続く。手酷く銀狼を拒んだコハクが、別の少年に抱きついたのだ。
相手は、石化を解く秘薬──復活液を作ったという、千空だ。
──キリサメは、石化武器を預かる役目故に、身を慎んで生きていた。そのため、色恋沙汰に全くもって耐性がなく、
「えっ……えっ? こ、この二人って……
思わず上擦った声を上げてしまい、アマリリスに苦笑された。
「
改めて見れば、千空は、コハクの包容を拒むでもなく、しかし、抱き返すでもない。ただ、「気が済むまで好きにしろ」とでも言わんばかりに、不敵に笑っている。
そこに、恋人同士の甘さなど、欠片もない。
「……どういう……?」
二人の関係が読めなくて混乱するキリサメに、ソユーズが笑う。
「──あえて言うなら、“戦友”かな」
仲間を自慢するような、誇らしげな声音だった。
──頭首の座は、無事にソユーズへと継承された。
彼が頭首の子であることは一目瞭然だったし、何より、頭首が石化される以前を知る年嵩の者たちは、この20年間にじわじわと起きた島内の
それでも、彼らがその違和感を声高に叫ばなかったのは、イバラを──そして、そのイバラに唯々諾々と従って、石化武器を用いるキリサメを、恐れていたからだ。
正当なる頭首の後継が戻り、暴君イバラを廃した──その報せは、彼らに安堵と歓喜を齎したのだ。
長老たちの態度につられるような形で、若者たちもソユーズを受け入れた。というか、『逆らえば石化』というイバラの暴君っぷりを知っているので、『アレ以外なら何でもいい』という者も多かった。
しかし、そんな消極的歓迎も、すぐさま熱烈歓迎に変わる。
ソユーズが連れてきた“科学使い”が、石化を解く秘薬の製法を島民たちに明かしたのだ。イバラの圧制下で石化されてしまった者の縁者たちは、誰もが歓喜に泣いていた。アマリリスもその一人だ。
巨大船──ペルセウスに乗ってきた者たちは、もはや“侵入者”などではなく、島を救った“英雄”であった。
そんな英雄たちは、皆疾うに石化から復活していたらしい。コハクと銀狼が、最後の二人だったそうだ。
しかし、彼らの船の方はあまり無事ではなく、占拠した兵の手によって、内部が盛大に荒らされていたらしい。
特に重要な機能を担うらしい“管制室”という部屋が、一番酷いそうで、彼らはせっせとそれを修理している。
その修理に加われない船員たちの一部は、海に捨てられてしまった石像の回収を手伝ってくれた。
「場所さえわかれば後は体力勝負だ! 俺に任せろー! 何百回だって潜ってやるぞー!」
そう笑って告げた大樹という青年は、言葉の通りに、何百回も海へと潜り、数多の石像を海から引き上げてくれた。底なしの体力だった。
回収された石像は、縁者の確認できた者から順に、少しずつ石化を解くことに決まった。
本当に罪を犯し、過去の頭首から石化の罰を受けた者もいるし──何より、一気に人が増えてしまうと、衣食住が間に合わなくなるという問題もあったから。
しかし、一人だけ、縁者が確認されないまま、優先的に石化を解除された者がいる。
その腕に、石化武器を思わせる形の文様が刻まれた男。ソユーズが「話を聞きたい」と石化を解いたのだ。
文様の男は、石化から解除されるなり、たまたま近くを通りかかった銀狼へ膝をついた。
「
「……は!? え、僕ぅ!?」
──松風、と名乗った彼は、何代か前の頭首の側近であったという。
彼は、当時の頭首に瓜二つだという銀狼に促されるまま、石化した時のことを語った。
「かつて、島は至極平和でした。そこに突如降り注いだのです。あの、悍ましき悪夢の武器が、無数に──」
降り注いだ時に何者かの声を聞いたのか、はたまた装置に呪詛の呟きを試すうちにたどり着いたのか。誰かが妖かしの武器の仕組みに気づくまで、そう長くはかからなかったという。
こんなものが賊の手に渡れば、島内の治安が崩壊する。そう判断した当時の頭首は、降り注いだ石化武器の全てを破壊しようとしたが、果たせぬままに賊との戦いの中で落命した。
遺された松風は、賊たちの持つ石化武器の殆どを破壊したが、最後の一つによって石化され──その最期の瞬間に、自らの腕へ文様を刻んだのだという。後世へ、この忌まわしき元凶のことを伝えねば、と。
(──そのおかげで、彼は石化を解除され、過去の悲劇を、今の私たちに語ることが出来た……)
今、長い永い時を経て、松風の足掻きは実を結んだのだ。
(……それに比べて……)
キリサメは、己のふがいなさを呪った。──その最後の石化装置で、イバラの圧政に荷担していた自分。
知らなかったというのは言い訳にもならない。振り返れば、おかしな点など幾らでもあったのに──「頭首の命を疑うなど不敬」と、疑問を持つことさえ放棄していた。何という怠慢な盲目だったか。
「僕、そのご
「──なんと……願ってもない……!」
何だか浮かれた様子の銀狼の言葉に、松風が感極まった様子で頭を垂れている。
と、その様子を苦笑混じりに眺めていたソユーズが、ふと表情を引き締めて、キリサメを振り返った。
「──キリサメ。俺の頼みを、聞いてくれる?」
「何なりと」
「俺は、この島に残る。だから、代わりに──千空たちの旅を、助けて、見届けて来て欲しい」
それは、大層重大で、名誉な役であった。
「このキリサメ、身命を賭して、その大役を果たしてみせましょう……!」
──そうして、キリサメはペルセウスの船員の一人になった。
意外なことに、いつの間にかモズもそうなっていて、後から大層驚くこととなる。
* * *
謎のメッセージが繰り返されるようになってから、一昼夜後。
『──あ゛ー、聞こえってか、ルリ?』
「!!!」
受話器の向こうから、例の謎メッセージではない千空の声がして、ルリが表情を明るくする。
「千空! ああ、よかった、ようやく繋がりました!!」
『楽しい思い出話は後だ。繋がらねぇケータイにしつこくかけてきたくらいだ。急ぎの用件があんだろ、言え』
(い、いつもの千空さんだ~~~!!!)
ブレない千空の様子に、ゴーザンははちゃめちゃに安堵した。
「千空、あなたが不思議な通信を──」
ルリがそこまで言い掛けた時、受話器から耳障りなノイズが響き──
『──12800000
(…………は???)
また、千空の声による、謎メッセージ。
「──違う。千空じゃない」
司が、硬い声で、断言した。
「千空の声に聞こえるけど、これは、千空のメッセージじゃない。──今のノイズは、別の強力な電波が割り込んだ結果だ……! これは、ペルセウスからの通信じゃない!」
(──強力な、電波って…………!?)
思い至って、ぞっと背筋が粟立つ。
「……まさか……ホワイマン……?」
呆然とこぼれたゴーザンの呟きが、沈黙の中で嫌に響いた──
世界線変動:氷月へのリベンジに燃えるモズが、自らペルセウスに乗り込む。
そろそろさすがに筆者が息切れしてきたぜ(白目)
2023年12月1日
キリサメの石化復活描写を修正しました