小石一投、波紋を生ず   作:ヒョロヒョロ

20 / 43
あのキリサメの服って、イバラの趣味なんだろうか……


発覚

「こういう言い方は卑怯かも知れないけど──悪いと思うなら、どうか、父さんの仇討ちに手を貸して欲しい」

 一目で頭首の子息だと知れる青年にそう言われ、キリサメは覚悟を決めた。

(──必ずや、イバラを討ち、ご頭首様の無念を晴らす)

 頭首の子息──ソユーズは、イバラによって母と共に島を逐われた後、遠い“日本”という土地に辿りつき、かつてこの島から分かれた人々の村で育てられたのだという。

 “科学王国”を名乗る彼らは、キリサメの知らない未知の技術──彼ら曰く“科学”を用い、あの巨大船を作り上げ、この島へとソユーズを連れ帰って来てくれたらしい。

 彼らの“科学”は、キリサメからすれば妖術にしか見えないものだったが、それでも、ソユーズを救ってくれた人々であるというだけで、彼らは信頼するに値した。

 だから、後宮への“侵入者”の生き残り──ほむらから、『死なば諸共』とも言うべきその作戦を告げられた時も、キリサメは躊躇いを覚えなかった。

 まず、遠くからの“声”を届けることの出来る“科学の耳飾り”を、石化武器にくくりつける。これによって、『キリサメが石化装置を取り出し“呪文”を吹き込む』というイバラの警戒を招く行動を、省略できる。

 ()()をキリサメの懐に忍ばせ、イバラの隙をついて拘束し、諸共に()()するのだ。

 イバラの隙を作る囮役はほむらがやってくれるという。当然、彼女も石化に巻き込まれるだろうに──きっと、彼女も、後宮で石化した仲間の仇を討ちたいのだろう。

(──彼女にとっては、“実行者”である私も、仇の一人でしょうに……それでも、こんな危険な作戦を共にしてくれるなんて)

 この信頼に応えなくて、何とする。

 ──そうして、キリサメは覚悟と石化武器を胸に、イバラの元へと戻ったのだ。

 

 ほむらを踏みつけ、悦にいるイバラの、隙だらけの背中。それを、奴の両腕ごと拘束するように、堅く抱き()()る。

「──いいえ、あなたの負け」

 同時に、ほむらが、イバラに向かってそう告げ──キリサメの胸元で、ブゥン、と禍々しい音が響いた。

「──キリサメ……!?」

「イバラ──ご頭首様の仇ッ!」

 イバラの驚愕と恐怖のこもった声音に、覚悟と怨嗟をこめた叫びで応えた。

 キリサメの視界は緑の輝きに包まれ──そして、無明の闇に、閉ざされる。

(──これが、石化するということ……)

 何も見えず、何も聞こえない。当然、身体はぴくりとも動かない。

 そのくせ、()()と自覚できる意識は()()()()()──その、何と(むご)く悍ましいこと。

(……よもや、ご頭首様も、未だ、このような思いを──)

 その考えに思い至ってしまって、キリサメの背がぞっと冷えた時──唐突に、闇が()()()

(──え?)

 視界いっぱいをふさぐ石の色。固い柱にでも抱きついたような感触。潮の音と匂い。

 唐突に戻ってきた五感に動揺し、キリサメが固まったままでいると、横から声がかかる。

「キリサメ? もう、イバラのこと、放して大丈夫だよ」

「──えっ」

 告げられた言葉に、ぎょっとして──自分が抱えているモノが()なのか、やっと気づいた。

 反射で突き飛ばすように放してしまい、イバラの石像が前へと勢いよく倒れ──

「おっと!」

 その前にいたらしい青年が、それを抱き留めた。

「セーフだ! 割れてないぞー!」

「そんな奴、割れちまってもいいじゃねーか」

「ダメだー! 杠の仕事が増えてしまう!!」

 笑顔で言う青年に、隣にいた巨漢がげんなりと告げるが、青年は丁寧な仕草でイバラの石像を横たえた。

(──???)

 状況が全く理解出来ず、呆然と立ち尽くすキリサメに、

「……キリサメ、大丈夫?」

 再度横から声がかかる。反射で勢いよく振り返ると、 小さな小瓶を持ったソユーズが、そこに立っていた。

「……何が……どうなって……? 私は、石化したはずでは……」

「──あっ」

 はっと何かに気づいたように目を見開くソユーズ。それから、罪悪感の滲む顔になって、

「そうだ、誰も、キリサメに説明してなかった……! モズには言ってたから、勝手に言った気になってた! ごめん!──石化は、薬で解除できるんだ、キリサメ」

「ええッ!?」

 ソユーズの言葉に、キリサメは裏返った声を上げてしまった。

「──ま、まさか、そんな……で、では、もしや、その、器の中身が!?」

 キリサメの言葉に、ソユーズは微笑んで頷く。

「うん、これに入ってたのが、復活液。石像にかけると、石化が解けるんだ」

「──せ、石化を解く術があったなんて……で、では! ご頭首様も、その秘薬をかければ……!!」

 キリサメが上げた歓喜の声に、しかし、ソユーズの笑みは曇った。

「……石像が破損した状態で時間が経ってしまうと、この復活液でも救えないんだ。父さんの石像は……治せる状態じゃなかった」

「…………そんな……」

 一度希望を覚えてしまったが故に、キリサメの覚えた絶望は深かった。

 しかし、少し考えてみれば道理だった。頭首が救える状態だったなら、彼らはもうとっくにそうしている。頭首本人にイバラの欺瞞を暴いてもらえるなら、あんな危険な策など取る必要もなかったのだ。

「……キリサメ、落ち込んでいるところ、悪いんだけど……教えて欲しいことがある」

「──何なりと」

 ソユーズの言葉に、キリサメは絶望に浸ろうとする己を叱咤し、奮い起こした。──最も辛いのは、子息であるソユーズだ。彼を差し置いて、己が悲嘆にくれ、無為に過ごすことなど許されない。誰が許しても、キリサメ自身が赦さない。

「コハクと銀狼(ギンロ)──後宮で石化されてしまった二人の石像が、今どこにあるか、知ってる?」

「はい、存じております。……ですが──」

 秘薬で石化が解けるとはいえ、コハクはともかく、力なくぐったりとした様で、彼女に抱えられていた銀は──

 キリサメの懸念を察したように、ソユーズは微笑んでくれた。

「大丈夫だよ、キリサメ。──この、復活液を作った千空たちはね、この石化現象のことを“ドクターストーン”──“医者代わりの石”とも、呼んでいるんだよ」

 その言葉の意味は、間をおかず、キリサメの目の前で()()される。

 血塗られた服を着替えさせられた銀──銀狼は、無傷の状態で、石化から復活した。

「──銀狼……!」

 銀狼の兄だという金狼という青年が、感極まったような声をもらす。

(──本当に、こんな奇跡が……)

 キリサメもまた、驚愕と感動の中にあった。

 目覚めた銀狼は、名を呼ぶ兄を見て、それから、先に石化から復活していたコハクへと目を留める。

「──ありがとおぉコハクちゃぁあああん!」

 銀狼は礼を言いながら抱きつこうとして──コハクに吹っ飛ばされた。

(……え?)

 目を剥くキリサメを余所に、居合わせた仲間たちは笑っている。

「おう、いつもの銀狼だな!」

「問題なく治ってるね」

「全く、()は本当にどうしようもない……」

(え?──彼!?)

 いや、女にしては名が厳ついとは思ったし、替えられた服は男物だ。──だが、後宮に来た時の“美少女”っぷりを知っているキリサメは、銀狼の正しい性別を知って、盛大に狼狽えた。

 そこに、更にキリサメを動揺させることが続く。手酷く銀狼を拒んだコハクが、別の少年に抱きついたのだ。

 相手は、石化を解く秘薬──復活液を作ったという、千空だ。

 ──キリサメは、石化武器を預かる役目故に、身を慎んで生きていた。そのため、色恋沙汰に全くもって耐性がなく、

「えっ……えっ? こ、この二人って……()()()()……!?」

 思わず上擦った声を上げてしまい、アマリリスに苦笑された。

()()()()んじゃないハグでしょ、あの二人は」

 改めて見れば、千空は、コハクの包容を拒むでもなく、しかし、抱き返すでもない。ただ、「気が済むまで好きにしろ」とでも言わんばかりに、不敵に笑っている。

 そこに、恋人同士の甘さなど、欠片もない。

「……どういう……?」

 二人の関係が読めなくて混乱するキリサメに、ソユーズが笑う。

「──あえて言うなら、“戦友”かな」

 仲間を自慢するような、誇らしげな声音だった。

 

 ──頭首の座は、無事にソユーズへと継承された。

 彼が頭首の子であることは一目瞭然だったし、何より、頭首が石化される以前を知る年嵩の者たちは、この20年間にじわじわと起きた島内の()()に、『何かがおかしい』と感じ取っていたのだ。

 それでも、彼らがその違和感を声高に叫ばなかったのは、イバラを──そして、そのイバラに唯々諾々と従って、石化武器を用いるキリサメを、恐れていたからだ。

 正当なる頭首の後継が戻り、暴君イバラを廃した──その報せは、彼らに安堵と歓喜を齎したのだ。

 長老たちの態度につられるような形で、若者たちもソユーズを受け入れた。というか、『逆らえば石化』というイバラの暴君っぷりを知っているので、『アレ以外なら何でもいい』という者も多かった。

 しかし、そんな消極的歓迎も、すぐさま熱烈歓迎に変わる。

 ソユーズが連れてきた“科学使い”が、石化を解く秘薬の製法を島民たちに明かしたのだ。イバラの圧制下で石化されてしまった者の縁者たちは、誰もが歓喜に泣いていた。アマリリスもその一人だ。

 巨大船──ペルセウスに乗ってきた者たちは、もはや“侵入者”などではなく、島を救った“英雄”であった。

 そんな英雄たちは、皆疾うに石化から復活していたらしい。コハクと銀狼が、最後の二人だったそうだ。

 しかし、彼らの船の方はあまり無事ではなく、占拠した兵の手によって、内部が盛大に荒らされていたらしい。

 特に重要な機能を担うらしい“管制室”という部屋が、一番酷いそうで、彼らはせっせとそれを修理している。

 その修理に加われない船員たちの一部は、海に捨てられてしまった石像の回収を手伝ってくれた。

「場所さえわかれば後は体力勝負だ! 俺に任せろー! 何百回だって潜ってやるぞー!」

 そう笑って告げた大樹という青年は、言葉の通りに、何百回も海へと潜り、数多の石像を海から引き上げてくれた。底なしの体力だった。

 回収された石像は、縁者の確認できた者から順に、少しずつ石化を解くことに決まった。

 本当に罪を犯し、過去の頭首から石化の罰を受けた者もいるし──何より、一気に人が増えてしまうと、衣食住が間に合わなくなるという問題もあったから。

 しかし、一人だけ、縁者が確認されないまま、優先的に石化を解除された者がいる。

 その腕に、石化武器を思わせる形の文様が刻まれた男。ソユーズが「話を聞きたい」と石化を解いたのだ。

 文様の男は、石化から解除されるなり、たまたま近くを通りかかった銀狼へ膝をついた。

頭首(うえ)様! ご無事だったのですね……!!」

「……は!? え、僕ぅ!?」

 ──松風、と名乗った彼は、何代か前の頭首の側近であったという。

 彼は、当時の頭首に瓜二つだという銀狼に促されるまま、石化した時のことを語った。

「かつて、島は至極平和でした。そこに突如降り注いだのです。あの、悍ましき悪夢の武器が、無数に──」

 降り注いだ時に何者かの声を聞いたのか、はたまた装置に呪詛の呟きを試すうちにたどり着いたのか。誰かが妖かしの武器の仕組みに気づくまで、そう長くはかからなかったという。

 こんなものが賊の手に渡れば、島内の治安が崩壊する。そう判断した当時の頭首は、降り注いだ石化武器の全てを破壊しようとしたが、果たせぬままに賊との戦いの中で落命した。

 遺された松風は、賊たちの持つ石化武器の殆どを破壊したが、最後の一つによって石化され──その最期の瞬間に、自らの腕へ文様を刻んだのだという。後世へ、この忌まわしき元凶のことを伝えねば、と。

(──そのおかげで、彼は石化を解除され、過去の悲劇を、今の私たちに語ることが出来た……)

 今、長い永い時を経て、松風の足掻きは実を結んだのだ。

(……それに比べて……)

 キリサメは、己のふがいなさを呪った。──その最後の石化装置で、イバラの圧政に荷担していた自分。

 知らなかったというのは言い訳にもならない。振り返れば、おかしな点など幾らでもあったのに──「頭首の命を疑うなど不敬」と、疑問を持つことさえ放棄していた。何という怠慢な盲目だったか。

「僕、そのご頭首(うえ)様に、そんなにそっくりなんだぁ? へぇ~? それってぇ、もはや生まれ変わりじゃな~い? ならさあ、松風も僕と一緒に来なよぉ! これからさぁ、僕たちはその石化の謎を追っていくんだしぃ~!」

「──なんと……願ってもない……!」

 何だか浮かれた様子の銀狼の言葉に、松風が感極まった様子で頭を垂れている。

 と、その様子を苦笑混じりに眺めていたソユーズが、ふと表情を引き締めて、キリサメを振り返った。

「──キリサメ。俺の頼みを、聞いてくれる?」

「何なりと」

「俺は、この島に残る。だから、代わりに──千空たちの旅を、助けて、見届けて来て欲しい」

 それは、大層重大で、名誉な役であった。

「このキリサメ、身命を賭して、その大役を果たしてみせましょう……!」

 ──そうして、キリサメはペルセウスの船員の一人になった。

 意外なことに、いつの間にかモズもそうなっていて、後から大層驚くこととなる。

 

  * * *

 

 謎のメッセージが繰り返されるようになってから、一昼夜後。

『──あ゛ー、聞こえってか、ルリ?』

「!!!」

 受話器の向こうから、例の謎メッセージではない千空の声がして、ルリが表情を明るくする。

「千空! ああ、よかった、ようやく繋がりました!!」

『楽しい思い出話は後だ。繋がらねぇケータイにしつこくかけてきたくらいだ。急ぎの用件があんだろ、言え』

(い、いつもの千空さんだ~~~!!!)

 ブレない千空の様子に、ゴーザンははちゃめちゃに安堵した。

「千空、あなたが不思議な通信を──」

 ルリがそこまで言い掛けた時、受話器から耳障りなノイズが響き──

『──12800000(メートル)、1second(セコンド)

(…………は???)

 また、千空の声による、謎メッセージ。

「──違う。千空じゃない」

 司が、硬い声で、断言した。

「千空の声に聞こえるけど、これは、千空のメッセージじゃない。──今のノイズは、別の強力な電波が割り込んだ結果だ……! これは、ペルセウスからの通信じゃない!」

(──強力な、電波って…………!?)

 思い至って、ぞっと背筋が粟立つ。

「……まさか……ホワイマン……?」

 呆然とこぼれたゴーザンの呟きが、沈黙の中で嫌に響いた──




世界線変動:氷月へのリベンジに燃えるモズが、自らペルセウスに乗り込む。

そろそろさすがに筆者が息切れしてきたぜ(白目)

2023年12月1日
キリサメの石化復活描写を修正しました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。