司のクソデカ感情の描写がありますが(以下略)
大樹の『人を殴らない』という信念や、司の長髪に対する、筆者の個人的な解釈が入ります。
千空のかつての師であるというDr.X──ゼノを見た時、司は直感的に悟った。
──この男は、
千空を厭っている訳ではない。むしろ、好ましいと思いながら、それでも『彼を排除しなくてはいけない』と思い込んでいる。
──
(──かつての俺と、同じだ)
おそらく、この男も、“かつての世界”に対し、トラウマに近い拒絶感を抱いている。
だから、“かつての世界”を取り戻してしまいかねない千空を、
ただ、この男と、司の違いがあるとすれば、それは──
(この男は、“科学”でもって、千空を殺すだろう)
司は、自身の純粋な暴力でもって、千空を殺した。
けれど、この男は、自らがかつて千空へと教えた“暴力的な科学”でもって、千空を殺す。そうしようと、する。
(……それだけは、
自分が言えた義理ではないと重々承知の上で、司はそう思った。
──“科学の申し子”である千空を、“科学”で殺す。
千空を害する行為自体、許されていいことではない。だが、そんな
──そして、ゼノの幼馴染みだというスタンリーという男。
おそらく、スタンリー自身は、千空に対し
──その上で、スタンリーは、千空を殺すだろう。
ゼノはスタンリーを“自分の
殺意という弾丸が込められた銃。ゼノが
そう理解していたから、司は、スタンリーを警戒しながらも、ゼノの言動にこそ注意を払っていた。
だからこそ、
「──なら、
ゼノのその言葉が、千空
千空とスタンリーの間に立ち塞がる。──次の瞬間、身体を穿つ衝撃。
スタンリーが引き金を引く度に、司の身体に穴が空く。それでも、司は立ち続けた。
かつて千空を殺めた己の
──それが司に出来る、彼らへの、唯一の贖罪だった。
大樹──千空の幼馴染みで、千空の“盾”で在り続けた男。
彼は『人を殴ることは悪いことだ』と、頑なに他者を害さない。
司は最初、大樹のその“信念”を、恵まれた人間の“傲慢”だと思い込んでいた。──傷つけられたことも、奪われたこともないから、そんな『甘えたこと』が言えるのだと。
──けれど、彼は、
だからこそ、司は千空の
大樹の“信念”の
──大樹の『誰も害さない』という“信念”の本質は、“誓約”だ。
かつての司が『未来が目覚めるまで』と髪を切らずにいたのと同質の、自分自身への誓い。
大樹は
大樹のその“
彼の愛する女性を人質に取り、彼の親友を殺めるという、これ以上なく最悪の形で。
──それでも、大樹は司を恨まなかった。一欠けの憎悪も、司へ向けなかった。
杠が無事だったからではない。千空が生き返ったからではない。
大樹は、瞬発的な怒りや悲嘆はともかく、それ以上の負の感情を、他者へ向けない──向けられない。
おそらく、彼の中では『他者を恨むこと』さえも、『誰も害さない』という“誓約”に反するものなのだ。
──その強固すぎる“信念”は、いっそ狂気にも似ている。
しかし、そんな“信念”を持つ大樹が、ずっと側にいたからこそ──千空は、今の千空になったのだ。
ゼノに何を吹き込まれようと、司にどんなに脅されようと、大樹がいたから、千空はいっさい揺らがなかった。
──千空の“救う科学”は、ずっと大樹に守られていた。
そして、大樹もまた、千空の“救う科学”に、守られていたのだろう。
以前、杠が、彼ら二人のことを“手袋の左右”と称したことを、思い出す。どちらが欠けてもいけない、切れない
これ以上なく、言い得て妙な表現だった。大樹の最愛である彼女は、彼ら二人の最高の理解者でもあるのだ。
だから──司は必ず、杠の元へ、彼らを無事に返す。
司を救ってくれた千空にも、千空をずっと
そうすれば、さらにその後ろに
だから、死ぬまで──否、
ただ、その一念で、司は
──水の底から水面へと上がるように、意識が覚醒した。
目があった瞬間、安堵したように笑ったのは──
(──杠……)
彼女の手には、見覚えのある──
杠の他に、コハクと龍水の顔も見えた。
──事前の取り決めの通り、司が撃たれた直後、ゲンが“
そして、ペルセウス号から駆けつけてきた杠たちの手によって、かつての千空のように、司も
(──いや、だとしても、これは……)
話を聞いていただけの時は疑問にも思わなかったのに──実際に自分で経験して、司は恐ろしいことに気づいてしまった。
──かつて、司は、
──そして今、司自身も、銃弾を受けて
(……この“石化復活”による
人工呼吸や電気ショックによる蘇生にも
だが、これは、この“石化復活”は──
つまり、それは、脳の損傷すら快復可能ということであり──
この“石化復活による蘇生”には、
(──なんて、ことだ……)
司に気づけることに、千空が気づいていない訳がない。彼はずっと、こんな恐ろしい事実を、今まで一人で抱え込んでいたのか。
──“石化復活”による快復は、“強力な治癒”なんて言葉で片づけていい、生易しいものではない。
これは──死そのものを
「……司、どうした? どこか不調があるのか?」
行き着いた答えに凍り付く司を見てか、コハクの表情が険しくなる。
はっと我に返って、司は笑みを浮かべて見せた。
「──いや、大丈夫だ、どこにも痛みはないよ。ちょっと、石化直前の警戒を引きずってしまって」
「そうか? ならばいいのだが」
うまく誤魔化せたようで、コハクは納得したように頷く。
不安げだった杠も、ほっとしたように微笑んで──それから、真剣な表情になり、
「──言わないでくれ、杠」
彼女の口が、「A」の母音を発する形になったのを見て、司はその声を遮った。
「俺は、これでやっと、君たち
──彼女が礼を言う必要も、彼女に礼を言われる資格も、ないのだ。
杠は一瞬目を見開いて、それから、おかしそうにくすくすと笑い出す。
『苦笑される』ならともかく、このタイミングで笑われるのは予想外で、思わず目を瞬いてしまった。
「……杠?」
「あ、ごめんね。……千空君と司君って、やっぱり、ちょっと似てるなって」
──彼女の中でどう繋がったのかはわからないが、その言葉自体は、司にとって、
「──うん。最高の褒め言葉だね。ありがとう」
そう返せば、杠は今度こそ、苦笑した。
「千空たちは?」
「まだだ、次はゲンを起こす。
顔を寄せてきた龍水が、心持ち潜めた声音で告げる。
──彼の言う
状況的にもはや
その点、司が持っていれば、みすみす強奪されるようなリスクは、ぐっと低くなる。
(だから、俺を最初に起こしたのか)
龍水は、そのあたり、千空並に合理的な判断ができる男だ。
ただ、おそらく、それだけでもない。
(……銃撃を受けた俺の姿を、
合理的な一方で、そういう気遣いを、当たり前のようにする男でもある。
石化を解く前に、服を替えてくれたのだろう。新しい衣服には、当然銃痕の一つもない。
「わかった。ゲンは俺が起こすよ」
立ち上がりながら言えば、杠が復活液の入った瓶を渡してくれた。
ゲンのいるソファ裏へ向かいながら、ざっと室内の様子を窺う。
座ったまま、目を見開いたゼノの石像。──おそらく、ソファの陰から
苛立たしげな顔をブロディへと向け、彼へ手を差し出しているスタンリーの石像。その足下には、打ち捨てられた銃。弾を撃ち尽くした後、そのまま放ったのだろう。
ブロディの石像は、『スタンリーへ銃を渡そう』という様子ではなかった。銃を両手でホールドしたまま、どこか迷うような表情で、正面を──正面のソファに座る
(──土壇場で、迷ったのか)
無防備な背中を晒しながら、必死に千空を抱えて守る、この大樹の姿を見れば──よっぽどの冷血漢でもなければ、一瞬、躊躇うだろう。
大樹の身体に隠されて、千空の顔は見えないが──彼は、親友に守られながら、何を思ったのだろうか。
千空は、責任感が強すぎるところがあるから──司が目の前で撃たれたことも、これから大樹が撃たれるかもしれないという状況も、全部“自分の咎”だと捉えてしまったかもしれない。
(──そんなことは、決してないのに)
それは、司の贖罪であり、大樹の決意であり──千空へと
千空は、そして、大樹も、今も意識を保っているだろう。──一刻もはやく石化を解き、無事な姿を見せるべきだと思った。
──そのために、まず、ゲンを起こさなければならない。
ソファ裏で、身を丸めたゲンの前に、膝をつく。
──もしかしたら、あの状況で、一番プレッシャーを覚えていたのは、彼かもしれない。彼のミス一つで、こちらの全滅もあり得たのだから。
(──君は、すごい男だよ)
司には、決して出来ない戦い方をする男。必要とあれば自分の心さえねじ伏せ、敬う王すら盾とし、王の意を汲んで逆転の一手を放つ──蝙蝠の皮を被った、真の忠臣。
司のかけた液体が、その忠臣を石の檻から解き放つ。
自由を取り戻すなり、勢いよく顔を上げたゲンは、司の顔を見て安堵の表情を浮かべ──それから、真剣な顔になって、
「──千空ちゃんたちは?」
予想通りの第一声だった。
「無事だよ。これから起こす」
言いながら立ち上がり、司は彼へ手を差し出す。──察しのいい彼は、それだけで、その意味を汲んでくれた。
“
そのまま、彼の手を引いて立ち上がらせてから、離した手の中に残った
おそらく、このポケットは、この服を司に着せる直前に付け足したものだろう。──糸の色が生地と合っておらず、浮いて見える。有り合わせの仕事でなければ、まずあり得ないことだった。
それでも、縫製自体は完璧で、かつ、服の表側からは目立たないように仕上げてあるあたり──
(杠も、本当にとんでもないな……)
思い返せば、かつて彼女は、超スピードの裁縫スキルを隠すことで、石像を修復するための時間を捻出していたのだ。
つくづく思う。千空だけでなく、大樹も杠も超人的だ。
そんな彼らが、かつては
だが、そんな“かつての世界”より──司は、今の世界の方が愛しい。
未来が健やかに生きている。心より信頼できる友が出来た。それらを奪うかも知れない“敵”は存在するが、己の力でそれと戦うことが出来る。
──これから千空たちと共に作り上げていく
そんな“
(──千空にとっては、どうかはわからないけれど)
彼の場合、喪ったものも、背負うものも、司のそれとは比べものにならないから。
だからこそ、改めて思う。
(──俺に代われるものは、全て俺が引き受けよう)
彼に向かう殺意も、悪意も、暴力も、銃弾も、全てこの身で、引き受ける──今回のように、これからも。
──もはや贖罪ではなく、純粋に友への思い遣りとして。
決意と共に見つめる先で、杠が大樹の石像へ復活液をかけた。
目覚めた大樹は、真っ先に自身が抱えていた千空の石像を確認し、安堵の息を吐くと、それから隣に立つ杠に気づいて破顔しかけ──
はっとしたように、叫ぶ。
「──司は無事かーーーッ!?」
部屋が震えるような、雄叫び。彼は、いつだって全力だ。
「うん、無事だよ」
大声に目を回してしまった杠に代わって声をかければ、彼は勢いよく司を振り返った。
「体調に問題はないよ、心配要らない」
本当は、
「そうかー! よかった!」
「あ」と続けかけた大樹を、手をかざして遮る。
「礼は要らないよ。──これで、君たちへの“借り”は、返せただろうか」
司の言葉に、大樹は一瞬真顔になって──
「──ああ!」
明朗な笑みを浮かべて、力強く頷いてくれた。
彼は今、本当の意味で──司を
(──君は、本当にすごい男だ、大樹)
そんな、誰よりも己に厳しく、他者へ優しい男へ、その最愛が声をかける。
「──大樹君が、起こしてあげて」
彼女の手には、復活液の瓶。
「ああ!」
受け取ったそれを、大樹は千空の石像へとかけた。
そうして──灰色の姿に、
深紅の眼差しが、まず、目の前の親友を認めて、安堵の色を浮かべた。
そして、隣に並ぶその最愛を見て、口の端を和ませ、それから、
「──よう、現代の
司を見て、そう言った。
──やはり、彼は、
「うん、
「──そうか」
自分も
「──千空ちゃ~~~ん!」
と、そこに響いたのは、ゲンの情けない声。
「ジーマーでバイヤーに心臓に悪かったぁ~! 自分から言い出したことだけど、もう二度とやりたくなぁ~い!!」
ひ~ん、と態とらしく
──必要になれば、また
「あ゛~、大役ご苦労だったなメンタリスト、100億万点だ。──そればっかは、
「いけず~~~! そこは嘘でもいいから『二度目はねぇよ』って言い切ってよ~!」
「俺はテメーと違って正直なんでな」
「科学以外でなら平気で嘘つく男が何か言ってる~!」
キャンキャン喚くゲンへ、千空はケケケと笑う。──その顔から、苦い色は消えていた。
(──ゲンは、どこまで
おそらくは純粋に、千空の気配が陰ったから、そのフォローに入っただけだとは思うのだが──『“石化復活”の
(まあ、彼が
彼は千空に忠実だから、千空が秘匿している間は、絶対に
──そのしばらく後、司は千空の指示を受けて、胸に“禁忌”を仕舞い込んだまま、ペルセウス号へと戻ることとなる。
* * *
「“
集められた面々に、そう告げたのはクロムだ。
「ゲンは範囲を『3000m』って指定したのに、実際に放たれた石化光線が、どうも2000mちょいまでしか届いてなかったっぽくてよ」
石化光線を観測していたコハクの証言を元に、城からの距離をざっくり測った結果らしい。
「『使えると思ってたのに不発』とか、逆に『使えないと思ってたのに誤爆』とかが、一番ヤベーだろ? で、『石化のヒビ跡を消したいヤツとか集めて“起動テスト”しよう』ってことになった」
それで、顔面にド派手なヒビ跡があるゴーザンにも、声がかかった訳である。
他にも、宝島への航海に参加しなかったメンバーの内、特にヒビの目立つ復活者が数人。しかし、二人ほど様子の違う人物がいた。
「ぼくはヒビ跡よりも、腰と肩の調子が治ったらいいな、って」
「ワシが声かけたのよ。前、石化解除した後、メチャ体の調子よくなったから」
漫画家の
「……君たちにとっては、完全に健康器具なんだね……」
複雑そうな表情で呟いたのは、“
(う~ん……まあ、平和でいいんじゃないかな……)
司の気持ちも何となくわかるが、兵器扱いよりは100億万倍マシだと思う。
5cm刻みの目盛りを付けた円卓の中央へ、“
復活液の瓶を参加人数分用意し、クロムと司が十分に距離を取ったのを確認してから──
「──1
卓の上へ身を乗り出したカセキが、ワクワク感を隠しもしない声で、“起動ワード”を告げる。
鈍い起動音が聞こえた次の瞬間、“
「──やっぱ、エネルギー切れだな」
カセキの石化を解いたクロムが、そう溜息を吐く。
「ぼくの手にも届かなかったんだもん、相当ちょびっとしか光らなかった感じだよね」
そう言ったのは、カセキのすぐ上に手を重ねていた基本だ。
「これ、多分、あれだ。電池切れたひげ剃り、電源切ってもう一回つけると、一瞬だけ動くヤツ。次はうんともすんとも言わないんじゃない?」
そんな彼の言葉の通り、もう一度繰り返した“起動テスト”では、“
『──『使えないと思ってたのに誤爆』の線はなくなっただけ、上出来だ。これ以降は“
報告を受けた千空の指示通り、その日の内に、ペルセウス号全体へ『“
世界線変動:『氷月の死』ではなく『自身の死』で、司が“禁忌”を察する。ここで“
あと、今まで消え損ねてたゲンと司のヒビが消え、千空のヒビも消えた。
しかし、どうしてウチの電子ワープロは、シリアス書いてる時に“禁忌”を“近畿”って変換しやがったのか。
大樹の“信念”が“新年”になっちゃったのは、まだこらえられたけど、司の胸に近畿地方は無理だった……笑っちゃったぜ!