小石一投、波紋を生ず   作:ヒョロヒョロ

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ジョエル君に、原作で特に描写のない勝手な設定(じっと手を見る)を生やしました。
職人っぽい描写をしようとした筆者の足掻きの結果です。笑って許して。


片道

「──ちょ、俺、なんで……服は!?」

 目が覚めたら、屋外で素っ裸。しかも、知らない奴らが目の前にいて、ジョエルは盛大に狼狽えた。

「とりあえず、これどうぞ~。後で、サイズ合わせたちゃんとした服、渡すから」

 左右で髪色の違う男に渡されたのは、例えるなら『半袖の膝丈バスローブ』。ようは、羽織って前を合わせ、腰のところで紐を結わえて固定するタイプの衣服だ。

 それを身にまとって人心地をついたところで──棚に上げた疑問が戻ってきた。

「なんで、俺、外に……? しかも、裸で……」

 自分は作業場で仕事をしていたはずなのに、どうして、こんな大自然のまっただ中に、素っ裸でいたのか。

 混乱するジョエルに、白黒頭の東洋人(アジアン)は、安心させるような笑みを浮かべて、

「大丈夫、別に、君が無意識に露出狂に目覚めて野外へ飛び出した訳じゃないから~。──服と建物が、経年劣化で跡形もなく()()()()()()だけ~」

「──は?」

「約3700年前、謎の光線によって、地球上の人類はみ~んな石になっちゃったの。緑色の光、覚えてな~い?」

「……はあ!!?」

 記憶をたぐれば、確かに最後、視界が緑に染まったような──

 ──愕然となりながら、ジョエルは、自身の足下に散らばる石片を見た。

 そして、目覚めた直後の、自分の身体からぱらぱらと何かが剥がれ落ちていくような感触を、思い出す。

 改めて周囲を見渡せば、自然の緑の中に、不自然な造形の石が点在していた。──まるで()()()()()()()()()()()()()()、石像が。

「……俺は……俺も……さっきまで、あの石像のうち一体だったと……?」

「そゆこと~♪」

 呆然と呟くジョエルに、目の前の男はあっさり頷き、

「起きて早々悪いんだけど、ロデックス社CEOイチオシの凄腕職人ジョエルちゃんに、頼みたい仕事があるのよ~」

 ジョエルを“起こした”理由を、告げた。

「地球上の人類をまるっと石に変えちゃった元凶、未知の技術で作られた精密機械、“石化装置(メデューサ)”の解体・解明! 職人としては、結構唆るお仕事じゃないかな~?」

 

 ジョエルを“起こした”男は、あさぎりゲンと名乗った。

 元々は日本のマジシャン兼メンタリストで、今は日本を母体とした“科学王国”とやらの“参謀役”をやっていると。

 ジョエルは相手を推し量る時、その手を観察する。手には、その人間の生き様が、そのまま現れるからだ。

(──確かに、こいつは、マジシャンだ)

 その長い手指は、爪まできちんと手入れされているが、節が意外とゴツい。十指それぞれ、一関節ごとに動かせる、という域で鍛えられているのだろう。

 しかし、マジシャンと言うことは、人を化かすのが仕事のようなものだ。エンターテイナーだから、人を害するようなマネはすまいが、その言葉の真偽に関して、ジョエルは信憑性をかなり低く見積もることにした。

 というか、聞かされた話の内容がブッ飛んでいたため、普通に『話盛ってんだろ』と思った。科学王国の成り立ちと、その“王様(キング)”の功績は、よく出来たエンタメ(フィクション)にしか聞こえなかったから。

 ジョエルは、マジシャン・ゲンとその護衛たち(ジョエルが警戒されていた訳ではなく、普通に野生動物対策らしい)に連れられて、科学王国の船、ペルセウス号へと案内された。

 まず会わされたのは、杠という女の子。

 彼女が仕立てたという服へ着替えれば、長めに取られていた裾をその場で合わせてくれた。

 女性をまじまじ見るのは失礼だろうと、彼女の手はあまり観察できなかったが(決して恥ずかしかった訳ではない!)──それでも、針を持つ手が、恐ろしく堂に入っているのはわかった。

 実際、彼女が仕立ててくれた服は、着心地もデザインも機能性も素晴らしかった。

 それから、科学王国の王様(キング)であるという青年、千空と対面させられて──

 ──その手を見た瞬間に、デタラメだと思っていたゲンの話について、『もしかしたらマジかも知れない』というレベルにまで、ジョエルの心証は変わった。

 爪の先は変な色に染まっているし、指だけでなく手の平も甲もガサガサ。この惨状は、ただの手荒れで済ませられるレベルではない。間違いなく、薬品荒れだ。

 千空の手から、ジョエルにわかったことは二つ。

 一つ。今のこの世界に、劇薬を扱う時に使える作業用手袋は、まだ存在しないらしいということ。

 二つ。千空は、王とまで呼ばれる地位を築いた今も、劇薬の調合を人任せにせず、荒れた手を隠しもしない──自己保身や虚飾とは無縁の人間であるということ。

 聞かされた功績が、仮に全部ゲンの嘘っぱちだったとしても──この手の在り方だけで十分、千空はジョエルの信用に値する男だった。

 その千空に「うちの職人だ」と紹介されたのは、カセキという老人。

 カセキの手は、分厚い皮膚に覆われた、耐熱型の手だ。製鉄からガラス加工まで幅広くこなす職人だと聞いて、ジョエルは納得した。

 彼は石化後の生まれの“現代人”で、千空に会うまでガラスという素材自体を知らなかったという。そこからたった半年で、ヒックマンポンプを作れるレベルにまで到達したというのだから、凄まじい。

「けど、いくらカセキが神職人でもな、今んとこ、さすがにコイツは手に余るんだわ」

 そう言って、千空がジョエルに見せたのは── 一目で21世紀の技術レベルを遙かに越えているとわかる、オーバーテクノロジーの産物。

「石化装置──“メデューサ”。俺たちは、そう呼んでいる」

「……ま、まだ引き受けるとも言ってねーのに、俺に見せていいのかよッ!?」

 驚きと緊張で、声を裏返らせてしまったジョエルに、千空は片眉を跳ね上げ、

「あ゛? 見せなきゃ、扱える代物なのか、あんた自身で判断できねぇだろうがよ」

 それはそうだけど──あまりに、思い切りがよすぎやしないか。

「──で、イケそうか、凄腕職人。あんたは()()をバラして、また元通りに組み直す自信があるか」

「……手に、とっても?」

「あ゛ぁ」

 震える声で問えば、あっさりと手渡されてしまった。

(……なんつー作りだ……まるで組細工じゃねーか)

 手にとって間近に見れば、バラすまでもなく、細かい立体パーツが複雑に組み合った代物だとわかった。

 部品の材料も、パーツの成形法も、ジョエルには見当もつかない。

 しかし、それでも、単に『破損させずに綺麗にバラして、また元通りに組めるか』というだけの話なら──

「──()()()

 ──構造の細かさと複雑さなら、腕時計だって同じようなものだ。

 断言したジョエルに、千空はニヤリと笑った。

「頼もしいお返事ありがとうよ、ジョエル先生。けど、コイツは、今俺らの手元にある唯一の()()なんでな。さすがに今は、おいそれと分解できねぇ」

「──はあ!?」

 さっそく解体する気満々だったジョエルは、肩すかしを食らってしまった。

「じゃあ、俺の仕事は!?」

()()()()()()のアテがある。テメーの仕事は、それからだな」

「……他のサンプルって……まさか!?」

 ジョエルが察して目を見開けば、千空は悪い笑顔で頷いた。

「あ゛ぁ、ペルセウス号はこれから、3700年前の“爆心地”に行く!──テメーは、俺らがサンプル持って帰ってくるのを、このコーンシティで待つか? それとも、俺らと一緒に船に乗って行くか? 船に乗る以上、お客様扱いは出来ねぇが」

「──行くに決まってんだろーが!!」

 ジョエルは即答した。

(こんな“ご馳走”を目の前で取り上げられて、ただ待ってるだけなんて出来る訳がねーだろ!!)

 復路の時間をショートカット出来る分、ジョエルにとっては『一緒に行く』という選択しかあり得なかった。

 

 ──『船に乗る以上、お客様扱いは出来ねぇ』と言われていた通りに、ジョエルのペルセウス号での航海の日々は、かなり忙しいものだった。

 職人の一人として、クラフト班に組み込まれ、容赦なく仕事を振られた。

 途中でチェルシーが保護され、彼女の知識でゴム素材をゲットしたことで、クラフト班の仕事がドッと増えたのもある。

 しかし、そもそも、ペルセウス号──というか、科学王国は、一部の専門職への仕事の偏り方が酷かった。

 薬品の調合が出来る人員は、千空とゼノだけ。前述の二名のどちらかが“同じ場に居る”という前提付きでクロムが手伝うこともあるが、まだ補佐役でしかない。この状況では、千空の手がズタボロにもなるのも当然だった。

 更にぞっとしたのは、まともなガラス職人が、カセキ一人しかいないという事実だった。ヒックマンポンプのような複雑な加工が必要な物だけでなく、決まった規格が求められるビーカーや試験管、電球や真空管なども、彼が一手に手がけているのだと。

 同じように、布関連の仕事は、殆ど全て杠に丸投げされているし、航海に関しては船長の龍水とソナーマンの羽京に、食事に関してはシェフのフランソワに、負担が集中している。

 専門職が一人でもぶっ倒れたら、全体が破綻しかねない。組織のリスク管理の点でも、労働環境としても、普通にアウトだ。一番上の王様(キング)が、最も忙しく働いてるあたり、余計に始末が悪い。

(……とんだ綱渡りじゃねーか……)

 現状では本当に()()()()()()()()という事実が、何より拙い。

 この状況を打破するには、代わりになり得る後進を育てなければいけないのに、()()()()()()()()()()()()()

 石化前の世界では当たり前にあった学習資料や設備などは、疾うに()()()()()()()。それと同時に、あらゆる修学制度も無に帰している。

 学ぶ意欲を持つ者がいても、今働いている専門職から学ぶことしか出来ないから、結局、そこに負担が集中してしまう。

 ──人類が積み重ねてきたありとあらゆる叡智も、技術も、もはや“人”の中にしか残っていないから。

 “起きた”時点で、既に日常生活には困らないレベルまで復興していたため、実感が薄かったが──『本当に文明は一度リセットされてしまったのだ』と、そこでやっと、ジョエルは痛感したのだ。

(……その()()と話をつけるために、千空たちは月を目指してんだ)

 そして、宇宙に出る手段の一つとして、千空たちは“石化現象”を利用する気でいる。

 そのキーとなる“石化装置(メデューサ)”。その人工的な再起動を果たすために──ジョエルのウデが必要とされたのだ。

 ふわふわと現実味のなかった話が、今更になって、ジョエルの中にずしりと重く落ちてきた。

 しかし、ジョエルは、その重さで折れるようなヤワな男ではなかった。

(──やってやろうじゃねーかよ……!)

 自分のウデが、人類を救う一助になる──その実感で、ジョエルの心はむしろ燃え上がった。

 ──たぶん、ブラックな働き方をしている専門職たちも、同じ心境なのだろうと、察しながら。

 

  * * *

 

 ペルセウス号は順調に進み、海から更に大河を遡って──ついに、南米大陸の西部にあるアラシャにまで辿り着いた。

 アラシャから“爆心地”マナウスへ向かうには、陸路を行かなくてはならない。しかし、南米大陸は、21世紀の冒険家たちでも重装備を必要としたレベルで、過酷な生態系の土地である。

 とてもではないが、船員たち全員で行ける道ではない。一部の精鋭たちが、現時点で用意できるだけのフル装備で、マナウスへと旅立つことになった。

 精鋭班は、千空、ゼノ、クロム、羽京、大樹、司。

 更に、陸路を行くその精鋭班を、龍水の操縦する偵察機が上空からサポートする。ナビはもちろん、地上班の状況に合わせて、通信でアドバイスを送る形だ。主なアドバイザーは、鬼視力のコハクと、地理学者のチェルシーである。

 他のメンバーだって、ただ黙ってお留守番してはいられない。ロケット作りのために、南米の“石の(ストーン・)聖地(サンクチュアリ)”と呼ばれるこの土地に、レアメタル・シティを作らなければならないのだ。

 ゴーザンたちがせっせと山積みの仕事をこなしているうちに、“爆心地”の調査を済ませた精鋭班は、全員無事に帰還を果たした。

 ──とんでもない量の“石化装置(メデューサ)”を、お土産に持って。

「残念ながら、全部“電池切れ”だった。まあ、元々そうだろうとは思ってたから、それはかまわねぇ。これから俺らで原理を解明して、“電池”を用意してやればいいだけだ」

 千空が、そう不敵に告げた。

「持って帰ってこれるだけ持ってきたが、あっちにはまだ“山ほど”残ってっからな。実質お代わり自由のサンプルだ。遠慮は要らねーぞ、好きにバラせ」

 許可が出るなり、さっそくサンプルの山に飛びついたカセキが、その場で一個バラし出した。

「──オホー!? わかっちゃいたけど、本当に(こま)過ぎじゃないの!? 綺麗にバラせるものなの、コレ!?」

(……カセキさんでもダメなのか……)

 早々にパーツを破損させてしまったカセキを見て、ゴーザンは眉を寄せる。

 だとすると、『“石化装置(メデューサ)”の解体・再組立』が可能なのは、ジョエルだけになってしまうのだが──

(──いや、これは大丈夫だわ)

 “サンプル”を眺め回すジョエルの姿を見た瞬間、ゴーザンはそう確信した。

 なぜなら、そのジョエルの目が、唆るモノを目にした時の千空にそっくりだったので。

 ──あれは、()()()()()()()()()()()()()()人間の目だ。

(……いや、それは、カセキさんも()()だわな)

 これだけ()()()がたくさんあるなら、今は無理でも、()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 “トライ&エラー”が信条が信条の科学王国は、そんな人材ばっかりなのだから。

 

 ──ジョエルとカセキが、大量の“石化装置(メデューサ)”を解体したり破壊したりした結果、初日に判明した事実は三つ。

 “石化装置(メデューサ)”の核が、ダイヤモンドであること。そのダイヤの大半が黒ずんでいること。綺麗なままのダイヤには、傷があること。

 この時点で『“傷のあるダイヤ”はエラー品であり、“黒ずんだダイヤ”は“電池切れ”状態である』という仮説を、千空たちが立てた。

 その説を補強するために、つい先日まで動いていた『宝島の“石化装置(メデューサ)”』を、ジョエルが()()()()()結果──そのダイヤもやはり()()()()()()らしい。

 これにより、“黒ずんだダイヤ”=“切れた電池”だと断定して、科学王国は動き出す。

 鉱山からダイヤモンドを発掘し、酒から作った人工ダイヤで削る。そうして、“石化装置(メデューサ)”用の“ダイヤ電池”を再現(新造)しようというのだ。

 しかし、そこから、再現(新造)班はエラーの嵐へと突入してしまった。

 形状を再現した“ダイヤ電池”を填めても“石化装置(メデューサ)”はうんともすんとも言ってくれない。そもそも経年劣化の疑いがあるマナウス産だけでなく、宝島産もだ。

 職人たちの作った“ダイヤ電池”の数がついに3桁に届き、どん詰まりな空気が漂いだした頃──夕食の席の雑談で、まさかのブレイクスルーが起きた。

「……わっかんねーな、クソ……何が(ワリ)ーんだ? カセキやジョエルが作ったヤツのが、絶対割れねーくらい頑丈なのによ~……」

「──ワシらの作ったヤツのが、頑丈……? 割れない……?」

 拗ねたようなクロムの呟きを、カセキがそんな風に繰り返して──

「──こうしちゃおれん!!」

 次の瞬間、彼は筋肉の膨張で服を破りながら立ち上がり、作業室へと走り出す。

 一瞬、ぽかんとカセキを見送ったジョエルも、慌てて席を立ってその後を追って──

 ──その次の日、科学王国はついに、“石化装置(メデューサ)”の()()()に成功した。

 千空の説明によると、“ダイヤ電池”は、単に形状だけでなく、ダイヤの脆い部分──“ヘキカイメン”とやらが重要な要素だったらしい。

 クロムの何気ない呟きでカセキがそれに気づき、ジョエルが“ヘキカイメン”も含めて再現しきった“ダイヤ電池”を、速攻で作ってくれたのだと。

 マナウスの“石化装置(メデューサ)”は、やはり経年劣化で動かなかったようだが、宝島産の“石化装置(メデューサ)”は、ジョエルの“新造ダイヤ電池”で息を吹き返したのである。

「──ククク、これで、宇宙に飛び出すための最重要要素が確保できた。あとは、超速攻でロケットをクラフトするだけだ」

 だけ、というには、難易度がとんでもないと思うのだが、千空が言うと簡単そうに聞こえるから困る。

「っていうか、何で宇宙に行くのに“石化装置(メデューサ)”が要るの?」

「その質問は今更過ぎるだろう、銀狼!」

 首を捻る銀狼に、金狼がすかさずツッコんだ。

「何だよぅ! じゃあ、金狼はわかるの~!?」

「あっているかはわからんが、予想はつく。宇宙に飛び出す船というのは、とんでもない速度で飛ぶ必要があると聞いた。生身でその衝撃を耐えるには、とんでもない鍛錬が要るのだと。だが、“石化装置(メデューサ)”さえあれば──」

「ああ、そっかぁ! 石化しちゃえば、ミジンコの千空でも大丈夫ってことだね!」

 金狼の結論を待たずに、察した銀狼がポンと手を打って告げる。

「ククク、さすがの優等生だな、金狼。仕事と鍛錬で忙しいだろうに、よくお勉強してるじゃねーか」

「当然だ。知恵も、皆を守るための武器になる。他ならぬお前が、俺たちの目の前で実証し続けてきたことだ、千空」

 褒め言葉に褒め言葉を返されて、千空は悪い顔で笑った。──これは、いつもの照れ隠しだ。

「そうとわかってても、出来ねーやつは出来ねーんだよ。テメーの弟みてーにな」

「ぅえ~……そこで僕を引き合いに出すのやめてよぅ……」

「うるせー、テメーが先に俺を引き合いに出したんだろうが。ミジンコで悪かったな」

「──千空」

 と、千空と銀狼の微笑ましい戯れ合いを、ゼノの重い声が遮った。

「これから作るロケットは──()()()でいいんだね?」

 ──ゴーザンは、ゼノのその言葉の意味を、咄嗟に理解できなかった。

 それでも、その言葉の()()()だけは、肌で察せられて──それは、居合わせた皆がそうだったのだろう。

 しん、と場が静まりかえる中、千空は平静な顔で、頷く。

「あ゛ぁ。──帰りに関しては、地球からのお迎えが来るまで、月面で()()()()待つ。そうすりゃ、酸素の心配も要らねーからな」

「確かに、それが()()であり、最も合理的な方法だ。……実にElegant(エレガント)だよ、千空」

 賞賛するような言葉に反して、千空へ返すゼノの声は昏い。

(……今、千空さん、何つった?)

 ──『地球からのお迎えが来るまで、月面で()()()()待つ』?

 しかし、ゴーザンは、確かめるための問いを発することもできなかった。──千空の返事を聞くのが、恐ろしくて。

 誰しもが口を閉ざす不気味な沈黙を破ったのは、クロムだった。

「……ま、待て待て待て!! 片道!? 月で迎えを待つ!? 何でそんな……最初っから、往復ロケット作って行きゃいいだけだろ!?」

「──3年だ」

 いきり立つクロムに冷や水をかけるような、冷静な千空の声。

「片道ロケット作るのに──希望的観測込み込みで概算しても、最低で3年は要る」

 そして、とクロムに口を挟ませないまま、千空は続ける。

「片道と往復じゃあ、ロケット制作に必要な時間も労力も段違いなんだよ。単に2倍じゃすまねぇ。──5倍で済めば、いい方だな」

「──5っ……!?」

 千空の答えにクロムは目を剥いて、確かめるようにゼノに視線をやり──頷かれて、大きく顔を歪める。

「いつ“ホワイマン”が痺れ切らすかわかんねーんだ。今は、とにかく速攻で月に行かなきゃならねぇ。──人類に、暢気に往復ロケット作ってる余裕はねぇんだよ」

 千空のその言葉に──クロムさえ、何も返せずに沈黙した。




世界線変動:ジョエルとカセキが一緒に作業できた。“片道切符”宣言が、原作より早いタイミングでなされる。

あと2、3話くらいで、本編は終わりの予定です。
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