『reboot:百夜』をまだ読んでない方は、拙作を読むのをいったん止めて先に『reboot:百夜』を読むか、ネタバレ覚悟で進むか、どちらかをお選び下さい。
そして、原作の流れと大差ないシーンは、容赦なくかっ飛ばして行きます。
SAIは、自分につきまとう弟のことを、ずっと苦手に思っていた。
弟は、自分の“欲しい”モノのために、人の話も聞かず、強引に自分のペースに巻き込んでくるから。
“家”の大人と同じで、SAIの“能力”をいいように使いたいだけなのだと、思っていたから。
だから、SAIは、“家”からも、弟からも、逃げた。
飛び出した先で生きていくのに、自分を煩わせた“数学の才能”とやらを使うはめになったのは皮肉だったけれど、それでも、自分の時間に、自分の好きなようにプログラムを組めるだけで、SAIは幸せだった。
なのに──気がついたら、デカくなった弟が、目の前に居た。
滅茶苦茶ビビったし、また面倒なことに巻き込まれるのだと思って、SAIは身も世もなく泣き喚いたけれど──逃げる場所など、もうどこにもなかった。
──SAIの意識がなかった間に、世界はリセットされてしまっていたのだから。
昔から“己が世界の中心だ”という顔で生きていた弟は、今、本当に世界の中心人物の一人となって、人類を復興しようとしているらしい。
──もう、何というか、SAIにはついていけない。
自分を巻き込まないところで勝手にやってくれと言いたい。けれど、もう“起こされて”しまった以上、SAIはこの世界で生きていかなければならないのだ。
SAIの大好きなコンピューターもゲームも
──冗談じゃないと思った。
(──僕には、プログラムしかないのに……!)
せめてと、頭の中にあるプログラムを、ひたすらに書き出していたら──それを見て、弟の仲間の千空という青年が笑った。弟の仲間らしい、凶悪な笑顔で。
「──SAI、テメーがいれば、ファミコンでも十分にロケットが動かせる……!!」
「……ファミコン?」
まさか、と思った。こんな世界で、まさか、と。
けれど、千空は、その“まさか”を現実にした。
パラメトロン。単純な作りだからこそ丈夫で、半導体からはまだ縁遠いこんな世界でも、人手と根気さえあれば作れるコンピューター。
SAIは心から感動した。コンピューターがあれば、また、プログラムが組める。──マシンの中で、自由に宇宙を作り上げることが出来る。
だから、インドに残って、パラメトロンを組む作業に集中しようと思ったのに──弟は「俺たちと一緒に船に乗れ!」などと言うのだ。
(……また、勝手なことを……!!)
絶対嫌だと、SAIは新しく建てられた小屋に籠もっていたけれど──夜分、弟ではない客が、二人も訪ねて来た。
クロムという青年と、スイカという女の子。──千空から、石化後世代の“現代人”だと、紹介されていた子たちだ。
「ど、どうしたの……僕に、何の用……?」
部屋に招き入れるなり、クロムとスイカは、何とその場で土下座した。
「ひぇっ!?」
「──あんたにとって数学は専門じゃねーってのは知ってる! 龍水と一緒に船に乗りたくねーってのも聞いた! そこを曲げて頼む! どうか俺らと一緒に来て、道中で数学を教えて欲しい!! あんたしか頼めるヤツがいねーんだ!!」
「お願いなんだよ……!!」
「え、ま、待って!? ど、どういうこと!? っていうか、まず頭上げて!?」
混乱するSAIに、顔を上げた二人は、事情を話し始める。
──そこで初めて、SAIは千空たちの計画の詳細を知った。
人類を救うための──狂気の沙汰を。
(……石化頼みの……月への片道切符……)
クロムたちは、それをどうしても受け入れられず──だから、自分たちで“往復出来る手段”を模索しようとしているのだと、言った。
「千空たちが片道ロケットを完成させるより先に、俺らで往復ロケットの計画を立てて、それを千空たちに認めさせなくちゃいけねぇんだ……!」
「……ど、どうして? いや、時間がかかる話だから、早めに計画立てなきゃ行けないのはわかるけど……石化現象があれば、待つ側のタイムリミットはないじゃないか。最悪、行っちゃった後でも……ひぇッ」
クロムの強い眼光が、SAIの言葉を遮る。
「──SAIは、『千空たちが行っちまった後でも、迎えのロケットを作れる』って、本当に思うのか?」
「……えっ……?」
「“ホワイマン”っていう、全人類共通の脅威が消えても──今みたいに『
「──ッ!!!」
予想外の角度から、頭を殴られたような衝撃を、SAIは受けた。
「俺は……信じたいけど、信じ切れねぇ。だって、ゼノは、千空を殺そうとしたんだ」
「えっ!?……殺っ……!? いやっ、待って! まず、ゼノって誰!?」
「──あ、そうか、そうだよな。悪い。ゼノは、千空の科学の師匠だ。昔は、アメリカの“なさ”ってとこで働いてたらしい。今は、南米のアラシャに残って、ロケットのエンジンを開発してる」
「“なさ”……あ、NASAっ!?」
なるほど、ロケットの本職だ。
「……いや、待ってっ? つまり、師匠が弟子を殺そうとしたってこと!? なんでそんなことにっ!?」
「ゼノは、人類が石化する前からずっと、科学の力で“独裁”したかったんだと。リセットされたこの“
(……なんだよ、それ……)
とんだ危険人物じゃないか。
「そんな人にっ、エンジン任せて大丈夫なの!?」
「ゼノは馬鹿じゃねー。“ホワイマン”との決着がつくまでは変なことしねーって、まだ信じられる。──けど、
クロムは苦い表情を隠そうともせず、言った。
「──SAIは、ゼノが、千空を迎えに行くロケットを作ってくれると、
そう、問われてしまえば──
(……無理だ……信じられる訳がない……)
──だから、クロムは、こんなにも焦っているのか。
「──えっ……というか、待ってっ? 千空、そんなとんでもない
「……それ、万一“ホワイマン”とゼノが手ぇ組んだら、最悪ってレベルじゃなくねぇ?」
「ひぇぇえっ! 確かにっ!!」
ダメだった。
「……千空がいなくて、ゼノも協力してくれないんじゃ、きっとものすごく時間がかかっちゃうんだよ。スイカたちが生きてる間に、迎えに行けないかもしれないんだよ。スイカは、千空と二度と会えなくなるなんて、イヤなんだよ」
しょんぼりと項垂れた姿で、スイカが口を開く。
「それに、千空と一緒に行くのは、きっと司と龍水なんだよ」
「──えっ……」
思わぬところで弟の名が出てきて、SAIは目を剥いた。
「今いる人の中で、一番強いのは司で、一番乗り物の扱いが上手なのは龍水なんだよ。だから、きっと二人が一緒に行くんだよ。……司が帰って来れなくなっちゃったら、未来も絶対悲しむんだよ」
「未来はスイカの友達で、司はその兄貴だ。めちゃくちゃ強い」
「……そうなんだ……」
だから、彼女も、こんなに必死なのか。
「……ん? めちゃくちゃ強い、ツカサ……? もしかして、その人のフルネーム、獅子王司って言わない……?」
「スゲーな、SAIも知ってんのか。本当に有名だったんだな、司」
「れ、霊長類最強の男っ……! え、彼も船に乗ってるのっ!?」
「いや、司はゼノの監視役として、アラシャに残ってる」
「あっ……そうなんだ……」
一目見てみたいミーハー心もあったけど、直接会うのは普通に怖かったので、SAIは会えなくてよかったと思うことにした。
と、スイカがそんなSAIの顔を覗き込むようにして、訊ねる。
「──SAIは……龍水と二度と会えなくなってもいいんだよ?」
「それはっ……」
むしろ清々する──そう言おうとして、けれど、言えなかった。
「……それって……龍水も……知ってることなの……?」
代わりにSAIの口から出てきたのは、そんな問い。
「片道ロケット計画については、ペルセウス号の船員はみんな知ってるし──龍水もきっと、パイロット役は自分だと思ってる。他に出来そうなヤツがいねーからな」
クロムの言葉を聞いた瞬間、SAIの中に沸き上がってきたのは──憤怒だった。
「──何だよ、それっ……!!」
SAIは激情のまま、クロムとスイカを置き去りに、小屋を飛び出し、
「──む、こんな時間にどこへ行く気だ、SAI」
「ッ!!!」
すぐそこにチェスセットを持った龍水がいて──SAIは感情のままに、弟の胸ぐらを掴んだ。
──バラバラと、チェスの駒が地に落ちる。
「……お前っ……!! 自分が乗る片道ロケットの、軌道計算をっ! 俺にっ!……何でだよっ!!?」
「──そうか。聞いたのか」
真顔になった龍水は、静かな声で、そうとだけ呟く。
「ふざっ……ふざけるなよ!? か、仮にも兄弟に、よくも、そんなっ……!!」
激情の余り声を詰まらせるSAIの目の前で──龍水は、笑った。
「──兄弟だからだ」
初めて見る、表情だった。
いつも傲岸不遜な龍水が、こんな──泣くのをこらえるような笑い方をするところなんて、SAIは見たことが、なかった。
「兄弟の
「……帰って来れないのに、命も何もないじゃないかっ……」
何だか、SAIまで泣きたくなってしまって──声が、震えた。
「それは違うぞ、SAI。月まで無事にたどり着けなければ、“ホワイマン”との決着もつけられないし──俺は、そもそも、往復を諦めたつもりもないぞ」
ニヤリ、といつものような傲岸不遜な笑みになって、龍水は言う。
「貴様の情報源は察しがつく。奴らは決して諦めまい。そして、千空を慕う数多の科学王国民もな。──そこに貴様が加わってくれれば、百人力だ。絶対に、往復ロケットは完成する」
そう、自信満々に、言い切った。
「……なんで、そんな風に……信じられるんだよっ……」
SAIは、SAI自身のことを、そんな風に信じられないのに。
「言っただろう。貴様は、俺の兄だ。信じるのに、他の理由が要るか?」
このクソ生意気な弟は、“優れた数学者だから”でも“優れたプログラマーだから”でもなく、“兄だから”SAIを信じていると、言うのか。
──“家”の他の
(……ああ、そうだ……)
今更ながらに、SAIは気づく。
龍水は、いつもSAIのことばかり構っていた。他の
龍水は、“家”の大人と同じで、SAIの“能力”をいいように使いたいだけ。そう、SAIは思っていたけれど──もしかして、違ったのか。
龍水にとって、“兄”だと思える相手がSAIだけだったから──龍水は、SAIにばかり、構っていたのかも知れない。
ただ一緒にいたくて──けれど、他のやり方がわからなくて、強引に自分の遊びに付き合わせる形しか、取れなかっただけなのかも。
だとしたら、不器用にも程がある。──そんな弟を、SAIは不覚にもちょっとだけ、
「…………お前はどうでもいいけどっ、千空たちがかわいそうだからっ……仕方ないから、僕も一緒に船に乗って、クロムたちに協力するよっ」
絞り出すように告げれば、カッと弟が目を見開く。
──見開いた目を爛々と輝かせた、龍水独特の笑い方。
獲物を狙う肉食獣みたいで、SAIは昔からこの笑顔が恐くて、一番苦手だったのだけれど、
「──そうか!」
その声が、わかりやすく喜びに弾んでいることに、今回は気づけたから──これは、この弟の歓喜の表情なのだと、やっと、SAIにも飲み込めたのだ。
* * *
アラシャで新造された新・ペルセウス号で、ゴーザンは千空たちと共に日本へと帰還した。
「──皆さん、よくぞご無事で……!」
石神村に顔を出せば、ルリを筆頭とした村人たちが、感極まった様子で出迎えてくれたのだが、
「あ゛~、感動のご対面は後で宴会やるからそん時にしろ。まずは、こっちの仕事の進捗報告寄越せ」
「いや情緒ッ!!!」
いきなり仕事の話に入る千空に、ゲンが全力でツッコミを入れる。
「ははは! 千空は相変わらずだなぁ!」
「本当にね! 清々しいまでの合理主義!」
しかし、村人たちは、千空のブレない姿に、むしろ安堵したように笑っていた。
そして、輝く笑顔で千空に駆け寄る丸い人影。
「宴やるんだね!? 言質取ったよ!」
「おー、テメーらの知らねー食材も山盛り土産で持って来た。フランソワ先生のご馳走がよりパワーアップすんぞ。旨すぎて目ぇ回すなよ、ガンエン」
「ヒャッホゥッ!!」
千空の言葉に、ガンエンだけでなく、他の村人たちも目を輝かせる。
その中に未来の姿を見つけて、ゴーザンは声をかけた。
「未来ちゃん」
「あ、ゴーザンくん! おかえんなさい!」
「これ、司さんから預かってきた手紙。南米から預かってきたから、もう結構前のなんだけど……」
南米に残った司から託された手紙を手渡せば、未来はぱっと顔を輝かせる。
「兄さんからの!? ゴーザンくん、わざわざおおきに! 後で大事に読むわ!」
未来はそう言って、肩から提げていた鞄に手紙を丁寧に仕舞い込み、
「──あ、せやった! 手紙で思い出したわ、クロムくーん!!」
はっとした表情で、クロムの元へと駆け寄っていく。
「お?──未来か! 背ぇ伸びたな!」
「わぁ、本当なんだよ!」
「そういうスイカちゃんも──って、ちゃうねん! 世間話はあとあと!」
そばにいたスイカと和気藹々と盛り上がりかけて、未来はノリツッコミのように自分で軌道修正した。
「クロムくんに聞きたいことあったんや。倉庫にあった、謎の革メモ!」
「あん? 謎のカワメモぉ?」
未来の言葉に、クロムが眉を寄せる。
──千空とクロムが留守の間、天文台の管理は、村の子どもたちに任されていた。
薬品は全てラボ小屋かラボカーに集められているので、一階の倉庫にも危険物はない。クロムコレクションが並ぶ倉庫の掃除は、子どもたちにとっては楽しい仕事だったらしい。
そんな清掃作業中に、ナマリが見つけだしてきたのが──その“謎の革メモ”であるという。
「紙やのうて、年季いった革に、バッテン印がたくさん書かれてて、その並びがカタカナに読めるんや。しかも、千空くんのお父さんの名前に!」
「──はぁっ!?」
未来の言葉に、クロムはぎょっと目を剥いて、慌てて倉庫へと駆けていく。
「ま、待ってなんだよ! クロム!」
「え、あ、何で僕まで!?」
慌ててその後を追うスイカと未来。そして、スイカに引っ張られていくSAI。
「百夜の名前が書かれた謎のメモだぁ? おいおい、クロムコレクションには、まだ引き出しがあったのかよ」
未来の声が聞こえていたらしい千空も、ルリとの業務連絡を中断して、倉庫の方へと向かっていく。
ルリとゲンもそれに続く──のに、こっそりゴーザンもくっついていった。だって普通に気になる。
ゴーザンたちが倉庫にたどり着くと、クロムは一枚の革のメモを両手で広げて、それを凝視していた。左右に未来とスイカがくっついて、SAIはその後ろで所在なさげにおろおろしている。
「おい、クロム、結局何なんだ、その革メモはよ」
倉庫へ入りながら問う千空に、クロムは無言でメモを手渡す。
千空の頭越しに、こそっと覗き込めば──そこには、たしかに、カタカナのような形に並んだ、×印の群。
「……『ビャクヤワタシココニイル』……?」
──百夜、私、此処に居る。
石神村の創始者にして、千空の父である百夜へ向けられた──
ゴーザンには、そうとしか読めなかった。
「……おい、クロム。こりゃ、一体何をメモしたモンだ」
「──“星”だ」
硬い千空の声に、答えるクロムの声も強ばっている。
「夜空で、たまにすげー強く光る、変な星があって……毎回、微妙に場所が違う気がして……だから、位置を記録したんだ。俺が、今のスイカより、ガキだった頃に」
つまり──クロムが、文字の概念すら知りもしない頃の話だ。
「千空……星が、そんな風に、文字の形に動いて光るようなこと、あり得んのか?」
「そんな偶然は、まさに天文学的確率ってやつだ。──つまり、まず
「……じゃあ、クロムが見た、『たまにすげー強く光る変な星』は、本当は
訊ねるスイカの声は、怯えたように震えていた。支えるように、そして、縋るように、未来がスイカに抱きつく。
「俺にもわからねぇ。わからねぇが──」
千空は笑った。──口の端を大きく吊り上げて、歯を剥き出すように。
「わからねぇなら、確かめるまでだ!──クロム、今の時期、この“星”とやらは見えるか!?」
千空につられるように、クロムも不敵な笑顔で、答えた。
「ああ。俺の記憶が確かなら、今日も見えるはずだぜ!」
──宴は明日へと延期され、今晩は臨時の天文観測会となることが、決まった。
そして、迎えた夜。
広場に村中から人が集まって、望遠鏡を構える千空とクロムを取り囲んでいる。
千空が構えるのは、蛍石のレンズが入った本格望遠鏡だ。竹とガラスで作られた石神村製の望遠鏡も、天文台から持ち出されて、クロムに構えられている。
「いつも、だいたい、このくらいの時間に、あの辺に──」
そう言って、クロムが夜空へレンズを向けて──絶句した。
クロムの様子を見た千空も、同じ方向へレンズを向けて、
「──マジか……マジかマジかマジか!!」
興奮したような声で──叫ぶように告げた。
「ありゃぁ、人工衛星だ!!!」
「……はあ!!?」
“復活者”たちの声がハモった。
「人工衛星!? まだロケットも出来てないのに、なんでそんなモンが空にあるの!? まさかの“ホワイマン”製だったりする!?」
「……いや、その可能性は低い」
混乱した様子でまくし立てるゲンに、千空は声にこそ興奮を残しつつも、冷静な考察を返す。
「あのメッセージの送り主は、百夜を知ってる。いくら百夜がコミュ
友達になれる訳がない、と言い切らないあたりに、千空の百夜への期待値が凄まじい。どんだけコミュ力が高かったんだ。
「おう、それによ、
千空に続いて、クロムもそんな風に言う。
なるほど、そう言われれば、その通りに思えるが──
「じゃあ、結局、どういう……?」
ゴーザンが首を傾げれば、千空は不敵に笑って、通信機のマイクを握った。
「それは、これから
──そうして、遙か上空へと、電波の波が飛ばされる。
「──こちら、日本列島箱根地区、石神村の千空だ。今、うちの上空を飛んでる人工衛星様、テメーは一体何者だ?」
「いや、言い回し!!!」
ゲンのツッコミから更に一拍おいて、マイクから応じる声。
『──こちら、国際宇宙ステーション・ISS改、宇宙作業用ロボットのREIです。あなたは百夜の息子の千空ですか? だとすれば、一度だけ会ったことがありますが、千空はわたしのことを覚えていますか?』
明るい女性の声のような──電子音声。
「………………ロボット???」
そう呆然と呟いたのは、ゴーザンだったかも知れないし、他の“復活者”だったかも知れない。
「──テメー、まさか……大学で、百夜が作ってた、宇宙用作業ロボットか……? いや、言っちゃぁ
驚愕と喜色の混じった、千空の声。
『覚えていてくれましたか、千空! はい、わたしはその作業用ロボットのREIです!』
心なしか、電子音声が嬉しそうに弾んで聞こえる。
『わたしはあれからたくさん改良を重ねて、百夜と一緒にISSに行った時には、スマホ60台分の高性能AIを搭載していました! そのおかげで、たくさん考えて、工夫して、自己改良し、ISSをまた作り直すことも出来ました!』
(──自分で自分を改良しながら……3700年間ずっと、稼働してたってのか……?)
AIのことなどよくわからないゴーザンでも、それが
「……マジか……ははは……マジか!! やるじゃねーか、REI!! マジでとんでもねーことやってのけたなぁ、テメー!!」
千空は、目を爛々と輝かせてREIを賞賛する。──語彙が若干死んでるのは、驚嘆が過ぎるせいだろう。
『評価ありがとうございます!──ところで、千空、百夜は元気にしていますか?』
REIのその一言で──ざわついていた場が、しん、と静まりかえった。
「──REI……テメーは、人間の寿命を、稼働限界時間を、知らないのか?」
千空の声が、興奮とは真逆の感情で、震えている。
『はい。わたしには、宇宙関連の知識はたくさん入っていますが、残念ながら、人間についてはまだ全然学習出来ていないのです』
REIは、変わらぬ調子で返答する。
『ダリヤに「何歳に見える?」と聞かれて「1000歳くらい?」と答えた結果、「殺すよ」と言われました。これは、わたしの回答が的外れだったということですよね? 正答を教えてもらえないまま、みんな地球に降りてしまったので、上方修正すればいいのか下方修正すればいいのかも、わからないままなのです』
「……そうか……」
溜息をつくような、千空の声。
(……そんな、ことって……)
──REIは、この世のどこにももう百夜はいないのだと、知らなかった。知る由も、なかった。
だから、ずっと、3700年も──百夜に向かって、メッセージを送り続けていたのだ。
──いつか、また、百夜に会えると、信じて。
『千空、教えて下さい。人間の稼働限界時間は、どれくらいなのですか?』
そう問われれば──科学に嘘をつかない千空は、必ず正しい答えを告げる。──それが、どれほど
「……石化でもしねー限り、長くても120年。それ以上は、脳が保たない」
『──ひゃく、にじゅうねん』
しばらく、マイクが沈黙し──
『では、百夜は──千空に会えなかったのですか』
「──え?」
REIの言葉に、虚をつかれたような声を上げたのは、千空だったか、それとも他の誰かだったのか。
『千空が今、わたしと話していると言うことは、千空の石化が解けたのは、ここ120年以内ということです。そして、百夜が地球に降りたのは、3700年以上前──どう計算しても、千空の石化が解ける前に、百夜は稼働限界をむかえています』
REIは、自身がもう
『百夜は、あんなに千空に会いたがっていたのに、千空に会えないまま、稼働限界をむかえてしまったのですか。──百夜は、寂しいまま、死んでしまったのですか』
ただ、
(──健気ってレベルじゃねぇだろ……!!)
思わず泣きそうになって、ゴーザンは必死で涙をこらえる。──千空も泣いてないのに、自分が泣く訳にはいかない。
「──それは違うぜ、REI」
不敵さの中に、優しさの滲む、千空の声。
「確かに百夜は、俺が復活するまで生きてらんなかった。けど、だからって、それであいつが一人寂しく死んだことにはならねぇ」
『……そうなのですか?』
「ああ、ISSの仲間と、その子孫たちが、ずっと百夜と一緒にいてくれた。──そんでもって、その更に子孫たちが、今の俺にまで、百夜の伝言を伝えてくれた」
『──百夜の伝言?』
「あのお喋り親父らしく、長々とした伝言だったからな。今、テメーに言うべきとこだけ抜粋する。『石化後の世界も、結構楽しかったぜ』だとよ」
『──楽しかったのですか。百夜は』
「あ゛ぁ」
『百夜は、寂しくならないで済んだのですか』
「あ゛ぁ」
『──よかった』
その電子音声に安堵がこもっていると感じるのは、きっと、聞く側の
「──REI。今、俺たちは、宇宙に行くためのロケットを作ってる」
『……ロケット!!!』
千空が告げた言葉に、わかりやすくREIの声のトーンが上がった。
『では、人類はまた宇宙に来るのですね!「千空は必ず、また人類が宇宙に来れることまで文明を取り戻す」! 百夜の言っていた通りです!』
「……そんなこと言ってやがったのか、あの親馬鹿オヤジ」
『本当になったら、親馬鹿じゃなくてただの事実ですよ、千空』
「……あ゛ぁ、そうか。そうだな、REI」
石神百夜の“子どもたち”は、そんな風に笑い合う。
「百夜の親馬鹿発言を
『──もちろんです! それが、わたしの役割ですから!!』
そのために宇宙ステーションを維持していたのだと、健気なAIは、頼もしく請け負ってくれるのだった。
世界線変動:片道ルート作戦公開のタイミングが早まった余波で、七海兄弟の和睦(?)イベントが変動する。そして、REIちゃんの努力が千空に届く!!!