小石一投、波紋を生ず   作:ヒョロヒョロ

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※今話から『reboot:百夜』のネタバレ入ります※
『reboot:百夜』をまだ読んでない方は、拙作を読むのをいったん止めて先に『reboot:百夜』を読むか、ネタバレ覚悟で進むか、どちらかをお選び下さい。

そして、原作の流れと大差ないシーンは、容赦なくかっ飛ばして行きます。


爛々

 SAIは、自分につきまとう弟のことを、ずっと苦手に思っていた。

 弟は、自分の“欲しい”モノのために、人の話も聞かず、強引に自分のペースに巻き込んでくるから。

 “家”の大人と同じで、SAIの“能力”をいいように使いたいだけなのだと、思っていたから。

 だから、SAIは、“家”からも、弟からも、逃げた。

 飛び出した先で生きていくのに、自分を煩わせた“数学の才能”とやらを使うはめになったのは皮肉だったけれど、それでも、自分の時間に、自分の好きなようにプログラムを組めるだけで、SAIは幸せだった。

 なのに──気がついたら、デカくなった弟が、目の前に居た。

 滅茶苦茶ビビったし、また面倒なことに巻き込まれるのだと思って、SAIは身も世もなく泣き喚いたけれど──逃げる場所など、もうどこにもなかった。

 ──SAIの意識がなかった間に、世界はリセットされてしまっていたのだから。

 昔から“己が世界の中心だ”という顔で生きていた弟は、今、本当に世界の中心人物の一人となって、人類を復興しようとしているらしい。

 ──もう、何というか、SAIにはついていけない。

 自分を巻き込まないところで勝手にやってくれと言いたい。けれど、もう“起こされて”しまった以上、SAIはこの世界で生きていかなければならないのだ。

 SAIの大好きなコンピューターもゲームも()()、こんな世界で。

 ──冗談じゃないと思った。

(──僕には、プログラムしかないのに……!)

 せめてと、頭の中にあるプログラムを、ひたすらに書き出していたら──それを見て、弟の仲間の千空という青年が笑った。弟の仲間らしい、凶悪な笑顔で。

「──SAI、テメーがいれば、ファミコンでも十分にロケットが動かせる……!!」

「……ファミコン?」

 まさか、と思った。こんな世界で、まさか、と。

 けれど、千空は、その“まさか”を現実にした。

 パラメトロン。単純な作りだからこそ丈夫で、半導体からはまだ縁遠いこんな世界でも、人手と根気さえあれば作れるコンピューター。

 SAIは心から感動した。コンピューターがあれば、また、プログラムが組める。──マシンの中で、自由に宇宙を作り上げることが出来る。

 だから、インドに残って、パラメトロンを組む作業に集中しようと思ったのに──弟は「俺たちと一緒に船に乗れ!」などと言うのだ。

(……また、勝手なことを……!!)

 絶対嫌だと、SAIは新しく建てられた小屋に籠もっていたけれど──夜分、弟ではない客が、二人も訪ねて来た。

 クロムという青年と、スイカという女の子。──千空から、石化後世代の“現代人”だと、紹介されていた子たちだ。

「ど、どうしたの……僕に、何の用……?」

 部屋に招き入れるなり、クロムとスイカは、何とその場で土下座した。

「ひぇっ!?」

「──あんたにとって数学は専門じゃねーってのは知ってる! 龍水と一緒に船に乗りたくねーってのも聞いた! そこを曲げて頼む! どうか俺らと一緒に来て、道中で数学を教えて欲しい!! あんたしか頼めるヤツがいねーんだ!!」

「お願いなんだよ……!!」

「え、ま、待って!? ど、どういうこと!? っていうか、まず頭上げて!?」

 混乱するSAIに、顔を上げた二人は、事情を話し始める。

 ──そこで初めて、SAIは千空たちの計画の詳細を知った。

 人類を救うための──狂気の沙汰を。

(……石化頼みの……月への片道切符……)

 クロムたちは、それをどうしても受け入れられず──だから、自分たちで“往復出来る手段”を模索しようとしているのだと、言った。

「千空たちが片道ロケットを完成させるより先に、俺らで往復ロケットの計画を立てて、それを千空たちに認めさせなくちゃいけねぇんだ……!」

「……ど、どうして? いや、時間がかかる話だから、早めに計画立てなきゃ行けないのはわかるけど……石化現象があれば、待つ側のタイムリミットはないじゃないか。最悪、行っちゃった後でも……ひぇッ」

 クロムの強い眼光が、SAIの言葉を遮る。

「──SAIは、『千空たちが行っちまった後でも、迎えのロケットを作れる』って、本当に思うのか?」

「……えっ……?」

「“ホワイマン”っていう、全人類共通の脅威が消えても──今みたいに『()()()()()()()()ロケットを作れる』って、SAIは信じられるのか?」

「──ッ!!!」

 予想外の角度から、頭を殴られたような衝撃を、SAIは受けた。

「俺は……信じたいけど、信じ切れねぇ。だって、ゼノは、千空を殺そうとしたんだ」

「えっ!?……殺っ……!? いやっ、待って! まず、ゼノって誰!?」

「──あ、そうか、そうだよな。悪い。ゼノは、千空の科学の師匠だ。昔は、アメリカの“なさ”ってとこで働いてたらしい。今は、南米のアラシャに残って、ロケットのエンジンを開発してる」

「“なさ”……あ、NASAっ!?」

 なるほど、ロケットの本職だ。

「……いや、待ってっ? つまり、師匠が弟子を殺そうとしたってこと!? なんでそんなことにっ!?」

「ゼノは、人類が石化する前からずっと、科学の力で“独裁”したかったんだと。リセットされたこの“石の(ストーン・)世界(ワールド)”でなら、それが叶う。けれど、それには、優秀な科学者の千空が邪魔だった。──そういう話らしいぜ」

(……なんだよ、それ……)

 とんだ危険人物じゃないか。

「そんな人にっ、エンジン任せて大丈夫なの!?」

「ゼノは馬鹿じゃねー。“ホワイマン”との決着がつくまでは変なことしねーって、まだ信じられる。──けど、()()()は……」

 クロムは苦い表情を隠そうともせず、言った。

「──SAIは、ゼノが、千空を迎えに行くロケットを作ってくれると、思え(信じられ)るか?」

 そう、問われてしまえば──

(……無理だ……信じられる訳がない……)

 ──だから、クロムは、こんなにも焦っているのか。

「──えっ……というか、待ってっ? 千空、そんなとんでもない爆弾(独裁志望者)地球において、月に特攻する気なの!? やめてよっ! それ、千空が地球に残って、ゼノが月に行くんじゃダメなのっ!?」

「……それ、万一“ホワイマン”とゼノが手ぇ組んだら、最悪ってレベルじゃなくねぇ?」

「ひぇぇえっ! 確かにっ!!」

 ダメだった。

「……千空がいなくて、ゼノも協力してくれないんじゃ、きっとものすごく時間がかかっちゃうんだよ。スイカたちが生きてる間に、迎えに行けないかもしれないんだよ。スイカは、千空と二度と会えなくなるなんて、イヤなんだよ」

 しょんぼりと項垂れた姿で、スイカが口を開く。

「それに、千空と一緒に行くのは、きっと司と龍水なんだよ」

「──えっ……」

 思わぬところで弟の名が出てきて、SAIは目を剥いた。

「今いる人の中で、一番強いのは司で、一番乗り物の扱いが上手なのは龍水なんだよ。だから、きっと二人が一緒に行くんだよ。……司が帰って来れなくなっちゃったら、未来も絶対悲しむんだよ」

「未来はスイカの友達で、司はその兄貴だ。めちゃくちゃ強い」

「……そうなんだ……」

 だから、彼女も、こんなに必死なのか。

「……ん? めちゃくちゃ強い、ツカサ……? もしかして、その人のフルネーム、獅子王司って言わない……?」

「スゲーな、SAIも知ってんのか。本当に有名だったんだな、司」

「れ、霊長類最強の男っ……! え、彼も船に乗ってるのっ!?」

「いや、司はゼノの監視役として、アラシャに残ってる」

「あっ……そうなんだ……」

 一目見てみたいミーハー心もあったけど、直接会うのは普通に怖かったので、SAIは会えなくてよかったと思うことにした。

 と、スイカがそんなSAIの顔を覗き込むようにして、訊ねる。

「──SAIは……龍水と二度と会えなくなってもいいんだよ?」

「それはっ……」

 むしろ清々する──そう言おうとして、けれど、言えなかった。

「……それって……龍水も……知ってることなの……?」

 代わりにSAIの口から出てきたのは、そんな問い。

「片道ロケット計画については、ペルセウス号の船員はみんな知ってるし──龍水もきっと、パイロット役は自分だと思ってる。他に出来そうなヤツがいねーからな」

 クロムの言葉を聞いた瞬間、SAIの中に沸き上がってきたのは──憤怒だった。

「──何だよ、それっ……!!」

 SAIは激情のまま、クロムとスイカを置き去りに、小屋を飛び出し、

「──む、こんな時間にどこへ行く気だ、SAI」

「ッ!!!」

 すぐそこにチェスセットを持った龍水がいて──SAIは感情のままに、弟の胸ぐらを掴んだ。

 ──バラバラと、チェスの駒が地に落ちる。

「……お前っ……!! 自分が乗る片道ロケットの、軌道計算をっ! 俺にっ!……何でだよっ!!?」

「──そうか。聞いたのか」

 真顔になった龍水は、静かな声で、そうとだけ呟く。

「ふざっ……ふざけるなよ!? か、仮にも兄弟に、よくも、そんなっ……!!」

 激情の余り声を詰まらせるSAIの目の前で──龍水は、笑った。

「──兄弟だからだ」

 初めて見る、表情だった。

 いつも傲岸不遜な龍水が、こんな──泣くのをこらえるような笑い方をするところなんて、SAIは見たことが、なかった。

「兄弟の()()()()()こそ、俺と、俺の仲間の命を、預けるに足ると思った。他に、そう思える人間は、いなかった。──だから、SAI、他ならぬ貴様を探し出して、起こしたんだ」

「……帰って来れないのに、命も何もないじゃないかっ……」

 何だか、SAIまで泣きたくなってしまって──声が、震えた。

「それは違うぞ、SAI。月まで無事にたどり着けなければ、“ホワイマン”との決着もつけられないし──俺は、そもそも、往復を諦めたつもりもないぞ」

 ニヤリ、といつものような傲岸不遜な笑みになって、龍水は言う。

「貴様の情報源は察しがつく。奴らは決して諦めまい。そして、千空を慕う数多の科学王国民もな。──そこに貴様が加わってくれれば、百人力だ。絶対に、往復ロケットは完成する」

 そう、自信満々に、言い切った。

「……なんで、そんな風に……信じられるんだよっ……」

 SAIは、SAI自身のことを、そんな風に信じられないのに。

「言っただろう。貴様は、俺の兄だ。信じるのに、他の理由が要るか?」

 このクソ生意気な弟は、“優れた数学者だから”でも“優れたプログラマーだから”でもなく、“兄だから”SAIを信じていると、言うのか。

 ──“家”の他の()()()()()相手に、そんな信頼を見せたことなど、一度だってなかったのに。

(……ああ、そうだ……)

 今更ながらに、SAIは気づく。

 龍水は、いつもSAIのことばかり構っていた。他の()()()()()になど、目もくれず。

 龍水は、“家”の大人と同じで、SAIの“能力”をいいように使いたいだけ。そう、SAIは思っていたけれど──もしかして、違ったのか。

 龍水にとって、“兄”だと思える相手がSAIだけだったから──龍水は、SAIにばかり、構っていたのかも知れない。

 ただ一緒にいたくて──けれど、他のやり方がわからなくて、強引に自分の遊びに付き合わせる形しか、取れなかっただけなのかも。

 だとしたら、不器用にも程がある。──そんな弟を、SAIは不覚にもちょっとだけ、可哀相に(かわいく)思ってしまって。

「…………お前はどうでもいいけどっ、千空たちがかわいそうだからっ……仕方ないから、僕も一緒に船に乗って、クロムたちに協力するよっ」

 絞り出すように告げれば、カッと弟が目を見開く。

 ──見開いた目を爛々と輝かせた、龍水独特の笑い方。

 獲物を狙う肉食獣みたいで、SAIは昔からこの笑顔が恐くて、一番苦手だったのだけれど、

「──そうか!」

 その声が、わかりやすく喜びに弾んでいることに、今回は気づけたから──これは、この弟の歓喜の表情なのだと、やっと、SAIにも飲み込めたのだ。

 

  * * *

 

 アラシャで新造された新・ペルセウス号で、ゴーザンは千空たちと共に日本へと帰還した。

「──皆さん、よくぞご無事で……!」

 石神村に顔を出せば、ルリを筆頭とした村人たちが、感極まった様子で出迎えてくれたのだが、

「あ゛~、感動のご対面は後で宴会やるからそん時にしろ。まずは、こっちの仕事の進捗報告寄越せ」

「いや情緒ッ!!!」

 いきなり仕事の話に入る千空に、ゲンが全力でツッコミを入れる。

「ははは! 千空は相変わらずだなぁ!」

「本当にね! 清々しいまでの合理主義!」

 しかし、村人たちは、千空のブレない姿に、むしろ安堵したように笑っていた。

 そして、輝く笑顔で千空に駆け寄る丸い人影。

「宴やるんだね!? 言質取ったよ!」

「おー、テメーらの知らねー食材も山盛り土産で持って来た。フランソワ先生のご馳走がよりパワーアップすんぞ。旨すぎて目ぇ回すなよ、ガンエン」

「ヒャッホゥッ!!」

 千空の言葉に、ガンエンだけでなく、他の村人たちも目を輝かせる。

 その中に未来の姿を見つけて、ゴーザンは声をかけた。

「未来ちゃん」

「あ、ゴーザンくん! おかえんなさい!」

「これ、司さんから預かってきた手紙。南米から預かってきたから、もう結構前のなんだけど……」

 南米に残った司から託された手紙を手渡せば、未来はぱっと顔を輝かせる。

「兄さんからの!? ゴーザンくん、わざわざおおきに! 後で大事に読むわ!」

 未来はそう言って、肩から提げていた鞄に手紙を丁寧に仕舞い込み、

「──あ、せやった! 手紙で思い出したわ、クロムくーん!!」

 はっとした表情で、クロムの元へと駆け寄っていく。

「お?──未来か! 背ぇ伸びたな!」

「わぁ、本当なんだよ!」

「そういうスイカちゃんも──って、ちゃうねん! 世間話はあとあと!」

 そばにいたスイカと和気藹々と盛り上がりかけて、未来はノリツッコミのように自分で軌道修正した。

「クロムくんに聞きたいことあったんや。倉庫にあった、謎の革メモ!」

「あん? 謎のカワメモぉ?」

 未来の言葉に、クロムが眉を寄せる。

 ──千空とクロムが留守の間、天文台の管理は、村の子どもたちに任されていた。

 薬品は全てラボ小屋かラボカーに集められているので、一階の倉庫にも危険物はない。クロムコレクションが並ぶ倉庫の掃除は、子どもたちにとっては楽しい仕事だったらしい。

 そんな清掃作業中に、ナマリが見つけだしてきたのが──その“謎の革メモ”であるという。

「紙やのうて、年季いった革に、バッテン印がたくさん書かれてて、その並びがカタカナに読めるんや。しかも、千空くんのお父さんの名前に!」

「──はぁっ!?」

 未来の言葉に、クロムはぎょっと目を剥いて、慌てて倉庫へと駆けていく。

「ま、待ってなんだよ! クロム!」

「え、あ、何で僕まで!?」

 慌ててその後を追うスイカと未来。そして、スイカに引っ張られていくSAI。

「百夜の名前が書かれた謎のメモだぁ? おいおい、クロムコレクションには、まだ引き出しがあったのかよ」

 未来の声が聞こえていたらしい千空も、ルリとの業務連絡を中断して、倉庫の方へと向かっていく。

 ルリとゲンもそれに続く──のに、こっそりゴーザンもくっついていった。だって普通に気になる。

 ゴーザンたちが倉庫にたどり着くと、クロムは一枚の革のメモを両手で広げて、それを凝視していた。左右に未来とスイカがくっついて、SAIはその後ろで所在なさげにおろおろしている。

「おい、クロム、結局何なんだ、その革メモはよ」

 倉庫へ入りながら問う千空に、クロムは無言でメモを手渡す。

 千空の頭越しに、こそっと覗き込めば──そこには、たしかに、カタカナのような形に並んだ、×印の群。

「……『ビャクヤワタシココニイル』……?」

 ──百夜、私、此処に居る。

 石神村の創始者にして、千空の父である百夜へ向けられた──()()のメッセージ。

 ゴーザンには、そうとしか読めなかった。

「……おい、クロム。こりゃ、一体何をメモしたモンだ」

「──“星”だ」

 硬い千空の声に、答えるクロムの声も強ばっている。

「夜空で、たまにすげー強く光る、変な星があって……毎回、微妙に場所が違う気がして……だから、位置を記録したんだ。俺が、今のスイカより、ガキだった頃に」

 つまり──クロムが、文字の概念すら知りもしない頃の話だ。

「千空……星が、そんな風に、文字の形に動いて光るようなこと、あり得んのか?」

「そんな偶然は、まさに天文学的確率ってやつだ。──つまり、まず()()

「……じゃあ、クロムが見た、『たまにすげー強く光る変な星』は、本当は()なんだよ……?」

 訊ねるスイカの声は、怯えたように震えていた。支えるように、そして、縋るように、未来がスイカに抱きつく。

「俺にもわからねぇ。わからねぇが──」

 千空は笑った。──口の端を大きく吊り上げて、歯を剥き出すように。

「わからねぇなら、確かめるまでだ!──クロム、今の時期、この“星”とやらは見えるか!?」

 千空につられるように、クロムも不敵な笑顔で、答えた。

「ああ。俺の記憶が確かなら、今日も見えるはずだぜ!」

 ──宴は明日へと延期され、今晩は臨時の天文観測会となることが、決まった。

 

 そして、迎えた夜。

 広場に村中から人が集まって、望遠鏡を構える千空とクロムを取り囲んでいる。

 千空が構えるのは、蛍石のレンズが入った本格望遠鏡だ。竹とガラスで作られた石神村製の望遠鏡も、天文台から持ち出されて、クロムに構えられている。

「いつも、だいたい、このくらいの時間に、あの辺に──」

 そう言って、クロムが夜空へレンズを向けて──絶句した。

 クロムの様子を見た千空も、同じ方向へレンズを向けて、

「──マジか……マジかマジかマジか!!」

 興奮したような声で──叫ぶように告げた。

「ありゃぁ、人工衛星だ!!!」

「……はあ!!?」

 “復活者”たちの声がハモった。

「人工衛星!? まだロケットも出来てないのに、なんでそんなモンが空にあるの!? まさかの“ホワイマン”製だったりする!?」

「……いや、その可能性は低い」

 混乱した様子でまくし立てるゲンに、千空は声にこそ興奮を残しつつも、冷静な考察を返す。

「あのメッセージの送り主は、百夜を知ってる。いくら百夜がコミュ(りょく)オバケでも、さすがに“ホワイマン”とはお友達になってねぇだろ。──もしも()()なってたら、現状はまるで違う形になってたはずだからな」

 友達になれる訳がない、と言い切らないあたりに、千空の百夜への期待値が凄まじい。どんだけコミュ力が高かったんだ。

「おう、それによ、()()()は俺がガキの頃から、自分の存在に()()()()()()()とアピールしてるじゃねーか。──電波が繋がっても『ホワイ』と“起動ワード”しか鳴かねぇ“ホワイマン”とは、全然違うぜ」

 千空に続いて、クロムもそんな風に言う。

 なるほど、そう言われれば、その通りに思えるが──

「じゃあ、結局、どういう……?」

 ゴーザンが首を傾げれば、千空は不敵に笑って、通信機のマイクを握った。

「それは、これから()()()へ訊ねてみようじゃねーか! こんなこともあろうかと、昼間の内に、長距離通信の準備は整えといた!」

 ──そうして、遙か上空へと、電波の波が飛ばされる。

「──こちら、日本列島箱根地区、石神村の千空だ。今、うちの上空を飛んでる人工衛星様、テメーは一体何者だ?」

「いや、言い回し!!!」

 ゲンのツッコミから更に一拍おいて、マイクから応じる声。

『──こちら、国際宇宙ステーション・ISS改、宇宙作業用ロボットのREIです。あなたは百夜の息子の千空ですか? だとすれば、一度だけ会ったことがありますが、千空はわたしのことを覚えていますか?』

 明るい女性の声のような──電子音声。

「………………ロボット???」

 そう呆然と呟いたのは、ゴーザンだったかも知れないし、他の“復活者”だったかも知れない。

「──テメー、まさか……大学で、百夜が作ってた、宇宙用作業ロボットか……? いや、言っちゃぁ(わり)ぃが、殆どオモチャみたいなヤツだったじゃねぇか!」

 驚愕と喜色の混じった、千空の声。

『覚えていてくれましたか、千空! はい、わたしはその作業用ロボットのREIです!』

 心なしか、電子音声が嬉しそうに弾んで聞こえる。

『わたしはあれからたくさん改良を重ねて、百夜と一緒にISSに行った時には、スマホ60台分の高性能AIを搭載していました! そのおかげで、たくさん考えて、工夫して、自己改良し、ISSをまた作り直すことも出来ました!』

(──自分で自分を改良しながら……3700年間ずっと、稼働してたってのか……?)

 AIのことなどよくわからないゴーザンでも、それが()()()()()()()()だと言うことだけはわかる。

「……マジか……ははは……マジか!! やるじゃねーか、REI!! マジでとんでもねーことやってのけたなぁ、テメー!!」

 千空は、目を爛々と輝かせてREIを賞賛する。──語彙が若干死んでるのは、驚嘆が過ぎるせいだろう。

『評価ありがとうございます!──ところで、千空、百夜は元気にしていますか?』

 REIのその一言で──ざわついていた場が、しん、と静まりかえった。

「──REI……テメーは、人間の寿命を、稼働限界時間を、知らないのか?」

 千空の声が、興奮とは真逆の感情で、震えている。

『はい。わたしには、宇宙関連の知識はたくさん入っていますが、残念ながら、人間についてはまだ全然学習出来ていないのです』

 REIは、変わらぬ調子で返答する。

『ダリヤに「何歳に見える?」と聞かれて「1000歳くらい?」と答えた結果、「殺すよ」と言われました。これは、わたしの回答が的外れだったということですよね? 正答を教えてもらえないまま、みんな地球に降りてしまったので、上方修正すればいいのか下方修正すればいいのかも、わからないままなのです』

「……そうか……」

 溜息をつくような、千空の声。

(……そんな、ことって……)

 ──REIは、この世のどこにももう百夜はいないのだと、知らなかった。知る由も、なかった。

 だから、ずっと、3700年も──百夜に向かって、メッセージを送り続けていたのだ。

 ──いつか、また、百夜に会えると、信じて。

『千空、教えて下さい。人間の稼働限界時間は、どれくらいなのですか?』

 そう問われれば──科学に嘘をつかない千空は、必ず正しい答えを告げる。──それが、どれほど(むご)い事実でも。

「……石化でもしねー限り、長くても120年。それ以上は、脳が保たない」

『──ひゃく、にじゅうねん』

 しばらく、マイクが沈黙し──

『では、百夜は──千空に会えなかったのですか』

「──え?」

 REIの言葉に、虚をつかれたような声を上げたのは、千空だったか、それとも他の誰かだったのか。

『千空が今、わたしと話していると言うことは、千空の石化が解けたのは、ここ120年以内ということです。そして、百夜が地球に降りたのは、3700年以上前──どう計算しても、千空の石化が解ける前に、百夜は稼働限界をむかえています』

 REIは、自身がもう制作者(百夜)に会えないことではなく──

『百夜は、あんなに千空に会いたがっていたのに、千空に会えないまま、稼働限界をむかえてしまったのですか。──百夜は、寂しいまま、死んでしまったのですか』

 ただ、制作者(百夜)の無念を思って、嘆くのか。

(──健気ってレベルじゃねぇだろ……!!)

 思わず泣きそうになって、ゴーザンは必死で涙をこらえる。──千空も泣いてないのに、自分が泣く訳にはいかない。

「──それは違うぜ、REI」

 不敵さの中に、優しさの滲む、千空の声。

「確かに百夜は、俺が復活するまで生きてらんなかった。けど、だからって、それであいつが一人寂しく死んだことにはならねぇ」

『……そうなのですか?』

「ああ、ISSの仲間と、その子孫たちが、ずっと百夜と一緒にいてくれた。──そんでもって、その更に子孫たちが、今の俺にまで、百夜の伝言を伝えてくれた」

『──百夜の伝言?』

「あのお喋り親父らしく、長々とした伝言だったからな。今、テメーに言うべきとこだけ抜粋する。『石化後の世界も、結構楽しかったぜ』だとよ」

『──楽しかったのですか。百夜は』

「あ゛ぁ」

『百夜は、寂しくならないで済んだのですか』

「あ゛ぁ」

『──よかった』

 その電子音声に安堵がこもっていると感じるのは、きっと、聞く側の錯覚(感傷)ではない──そう、ゴーザンは思った。

「──REI。今、俺たちは、宇宙に行くためのロケットを作ってる」

『……ロケット!!!』

 千空が告げた言葉に、わかりやすくREIの声のトーンが上がった。

『では、人類はまた宇宙に来るのですね!「千空は必ず、また人類が宇宙に来れることまで文明を取り戻す」! 百夜の言っていた通りです!』

「……そんなこと言ってやがったのか、あの親馬鹿オヤジ」

『本当になったら、親馬鹿じゃなくてただの事実ですよ、千空』

「……あ゛ぁ、そうか。そうだな、REI」

 石神百夜の“子どもたち”は、そんな風に笑い合う。

「百夜の親馬鹿発言を()()()()()ために──人類が宇宙に出る手伝いを頼めるか、REI」

『──もちろんです! それが、わたしの役割ですから!!』

 そのために宇宙ステーションを維持していたのだと、健気なAIは、頼もしく請け負ってくれるのだった。




世界線変動:片道ルート作戦公開のタイミングが早まった余波で、七海兄弟の和睦(?)イベントが変動する。そして、REIちゃんの努力が千空に届く!!!
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