シリーズ本編最終話です。
「──ドッキング、無事に完了しました。これより、クルーの“石化解除”作業に入ります」
『──了解。くれぐれも丁寧に頼むよ、REI』
REIが一報を入れれば、地上の管制塔から応答が返る。
(返事が貰えるということは、いいことです)
──自身の言葉に誰かが応えてくれると、“寂しく”なくなる。
千空との通信が初めて繋がってから、REIが学んだことの一つだった。
「もちろんです! 安心してお任せください!」
地上の管制塔へそう答えてから、一端通信を切って、作業に集中する。
石化状態の搭乗員の固定を慎重に外し、損壊がないことを確認。そうして、丁寧に宇宙ステーション内へと運び込む。
搭乗員の石像は3体。そのうちの1体が、千空の石像だ。
「過去のデータにある“千空”と、顔のパーツと耳介の形が一致──この石像が千空です! 大きくなりましたね、千空!」
昔は百夜の腰くらいまでしかなかったのに、百夜と同じくらいにまで丈が伸びていた。
(──千空の石化を解く前に、念のための最終チェックです)
酸素濃度、OK。
ライフラインの準備、OK。
水と食料の準備、OK。
その他の生活物資の準備、OK。
そして──“復活液”の準備も、OK。
(おおよその配分を教えてもらったのに、ツバメの羽でのテストが成功するまで、8回もやり直しが必要でした。本当に、少し配分が変わるだけで反応しないのですね。開発した千空は、どれだけ“トライ&エラー”を繰り返したのでしょうか)
百夜の息子は、本当にすごい。百夜がことあるごとに自慢していた理由が、よくわかった。
おかげで、REIも“復活液”の正確な配分を知ることができた。これからは、何度だって同じモノを配合できる。人類を石化から解放する手段を、REIは既に手に入れたのだ。
──その“復活液”を、千空の石像へと触れさせる。
しばらく何も起きなかったが、反応に少し時間がかかるというのは教えてもらっていたので、REIはただ静かに待った。
やがて、発光を伴う反応が起きて──灰色一色だった姿が、かつてのデータ通りの色彩を取り戻す。
「──おはようございます、千空! ようこそ、宇宙ステーション・ISS改へ!」
しかし、千空はREIの言葉に反応せず、口と目を開いた状態で硬直していた。
「……千空? どうしました? どこか痛いですか?」
何か“エラー”があったのか。心配になって訊ねれば、彼は何度か瞬きして──
「………………テメー、REIか?」
「はい! わたしがREIです、千空」
答えながら、なるほど、とREIは納得した。
今のREIは、千空が見たことのあるかつての“REI”とは、大分姿が変わっている。千空はそのせいで“戸惑って”いたのだ。
「……あ゛~……その格好……もしかして、百夜が作ってた、あの模型か?」
「!!! はい、そうです! 百夜が作っていなかった部分のパーツは、リリアンを参考にして作成しました!」
千空も、『百夜の“こんなロボットだったらいいな~”っていう模型』のことを、覚えていたらしい。
「……何で、リリアン?」
「彼女が一番、あの模型の頭部の造形と、パーツ配置が近かったので」
「あ゛~……そうだな、確かに。似てたわ、今思うと」
ククク、と千空は“笑う”。
「っつーことは、リリアンは、あの親父の理想に極めて近似の美人だったってことじゃねーか。あっちにも選ぶ権利があるから断定は出来ねーが……もしそうだったら、そりゃあ『石化後の世界も結構楽しかった』だろうよ」
「……どういうことですか?」
千空の言葉の意味がわからず、REIは疑問を声に出した。
「百夜のヨメは、リリアンだったかもしれねーって話だよ」
「ヨメ? それは何ですか?」
REIの質問に、千空は眉の角度を変えた。──これは、多分“困っている”顔だ。
「あ゛~、そっからか……それ説明すると長くなるから、また今度な」
ヨメとは、何やら説明が難しいモノらしい。
「了解しました。他の二人も起こさなければいけませんしね」
「──あ、待て。こいつら起こす前に、テメーはまず服を着ろ。俺らの着替えの服も、届いてんだろ」
「? 服がなくても、わたしの活動に支障はありませんよ?」
「テメーになくても、人間側にはあるんだわ。──なまじっかルリにも似てっからな……多分、コハクが騒ぐ」
「……この容姿は、コハクに不快感を与えるということですか?」
「いや、服さえ着れば問題ねーよ。むしろ、そっくりだって喜ぶかもな」
「??? そうなのですか?」
「あ゛ぁ」
理由は不明だが、服を着ることで、相手に不快感を与えずに済むというなら、REIに否やはなかった。
荷物の中からサイズの合いそうな服を出して、着ようとして──
「……これは、どうすればいいのですか?」
「あ゛~……まず、ここに腕通して──」
自分だけではうまくできず、千空に手伝ってもらって、やっと服を着ることが出来た。
そうして、“復活液”で、千空以外の二人の石化解除にとりかかる。千空より小さい方がコハクで、大きい方がスタンリーだと、千空が教えてくれた。
スタンリーについては千空が請け負ってくれたので、REIはコハクの石像へ“復活液”を触れさせる。
「──おお、君がREIか? 驚いた! めっぽうルリ姉にそっくりではないか!」
石化が解けるなり、REIを見たコハクはそう言った。目尻が下がって、口角が上がった
「はい、わたしがREIです! よろしくお願いしますね、コハク」
「ああ、こちらこそよろしく頼む、REI」
コハクとの挨拶を終えて、REIはスタンリーへと向き直る。彼とも挨拶しなければ。
石化が解除されたスタンリーは、石化が解けた直後の千空と同じような表情で、REIを見ていた。──つまり、スタンリーは、何故か“戸惑って”いる。
(彼と会うのは初めてですから、千空のように『“以前との差”で“戸惑う”こと』はないはずなのですが)
スタンリーの“戸惑い”の理由がわからず、REIも戸惑う。
「どうかしましたか? スタンリー」
「………………どうかしてんのは、そっちだよ……」
額を抑えて、低い声で言うスタンリー。コハクは日本語を使っていたが、彼は英語を使うらしい。
「……3700年自力で稼働してたAIってだけであり得ねーのに、まさかの人型とか、何の冗談だ?」
「──この姿は、スタンリーにとって不快なものですか?」
「……そういう話じゃねーんだよ……」
REIが英語で訊ねても、イエスともノーともつかない返答が返されるだけ。
「スタンリーは一体どうしたのだ?」
コハクが日本語で訊ねてくるが、REIにもよくわからないのだ。
「ククク、気にすんな。REIほどよくできた人型ロボットなんぞ、21世紀にもなかったからな。それでスタンリーは驚いてるだけだ。そのうち慣れる」
千空が、そう日本語で説明してくれた。
「そうなのか」
「そうなのですか」
千空が言うなら、きっとそうなのだろう。REIはコハクと一緒に納得した。
「……アンタは何で平然としてられんの」
「いや、十分驚いたわ。けど、目の前に実在してるんなら受け入れるしかねーだろ。何より、どういう構造なのか唆りまくってしょうがねぇ。──ゼノだって『
低いスタンリーの英語に、千空は英語でそう答える。
「──確かに。間違いなく、ゼノは喜ぶね」
スタンリーの表情から“戸惑い”が消えた。
「スタンリーだ。ミッションを終えるまで、よろしく頼むぜ、REI」
「はい、もちろんです! よろしくお願いしますね、スタンリー」
スタンリーとの挨拶も、無事に済ませることができた。
「でもって、まずはそのゼノへ、『クルー石化解除』の報告を入れねーとな」
「了解しました、千空。──こちら、宇宙ステーション・ISS改、作業用ロボットのREIです。クルーたちの石化解除作業は、無事に完了しました」
千空の言葉を受けて、地上との通信を繋ぐ。
『──こちら、宝島発射台管制塔、ゼノだ。よくやってくれたね、REI』
「評価ありがとうございます」
クルーたちに通信を代わって欲しい、と言われたので、クルー用に用意しておいた通信用のヘッドセットを、REIは3人へ手渡した。
「──おー、聞こえってっか、ゼノ。千空だ。3名とも、第一関門は無事に突破した。これから、月へ向かう準備に入る」
『了解した。──君たち三人の健闘と幸運を祈っているよ』
「おう、ありがとうよ」
「ああ、吉報を待っていてくれ」
「安心して待ってな、ゼノ」
──これから千空たちは、地球から乗ってきたロケットとは別に用意した宇宙船で、月へと向かうのだ。
そこにいる、約3700年前に人類を石化させただろう相手、“ホワイマン”と会うために。
──地球から飛び出して、月へ着陸し、また離陸して、地球へと帰還する。そんなロケットを作るためには、とんでもない作成期間が必要となる。だから、千空は当初、月へ片道特攻するつもりだったらしい。
そうして、月で石化して、地球から往復ロケットの迎えが来るのを待つ。そういう計画を立てていたのだと。
──人間は長くても120年しか生きられないのだと、他ならぬ千空から、REIは教わった。
石化して月で待っている人間は年を取らない。けれど、地球で迎えのロケットを作る人間たちは、どんどん年を取ってゆき──やがて、死んでしまう。
その後に地上に帰れても、死んだ人には会えない。──REIが、もう百夜に会えないように。
(──そんなのは、寂しすぎます。寂しいのはダメですよ、千空)
けれど、そんな千空の“片道特攻プラン”は棄却され、新たに計画された“往復プラン”が現在実行されている。──REIとISS改の存在が、人類に認知されたから。
REIという宇宙空間での複雑な作業が可能なロボットと、ISS改という大気圏外の足かがりを得たことで、人類に取れる手段の幅が、大きく広がったから。
──REIが百夜を待つために維持していた宇宙ステーションは、百夜の息子の千空の助けとなれたのだ。
(百夜がここにいたら、「よくやったな! スゲーぞ、REI!」と、きっと評価してくれたでしょう)
──千空が、そう評価してくれたように。
REIにとって、これほど“喜ばしい”ことは、他になかった。
(もし“ホワイマン”が意地悪で、千空たちが乗っていくロケットが壊されてしまっても、わたしが新しいロケットを作って迎えに行けばいいだけです)
千空たちが月へ乗っていく宇宙船は、地上からの情報提供を受けながら、REIが宇宙空間で製作したモノだ。一回作ったモノをもう一度作り直すことは、REIにとって難しくも何ともないし、宇宙空間航行など、もはや慣れたものである。
そうして、ISS改にまで戻って来れれば、千空たちが地球から乗ってきた宇宙船──ソユーズ改で、千空たちは地上へと帰還できる。
(わたしは必ず、千空たちを無事に地上へと帰還させます)
──千空にも、千空を待つ百夜の子孫たちにも、“寂しい”思いなど絶対にさせない。
そのために、REIはREIできるベストを尽くす。
──千空たち人類と共に、新たな
* * *
ゴーザンは、石神村の人々と共に、祈るような心地で、テレビを見つめていた。
画面に映るのは、宝島の港である。
──“ホワイマン”との決着をつけた千空たちは、宇宙船・ソユーズ改で、地上への帰還に挑んだ。
予定通りにゆけば、3700前のソユーズと同じルートで、宝島付近の海へと“到着”する。
それを今、宝島に待機していた新・ペルセウス号が、自身のソナーと、REIのナビで以て、迎えに向かっているのだ。
(──どうかどうか、みんな無事でありますように!!!)
“ホワイマン”の脅威が消えたって、これで千空たちが無事に帰って来れなかったら、何にもならないのだ。
『──速報、速報です! 新・ペルセウス号からの通信!「ソユーズ改を確保、搭乗員は3名とも無事」との報せです!!』
画面の中の南がそう告げてから、一拍の間をおいて──耳をつんざくような、歓声。
「よ、よ、よかったーーーッ!!!」
ゴーザンが上げたちょっと間抜けな声も、喧噪に混じって気にもされなかった。
画面のこっちでも向こうでも、誰も彼もが歓喜に沸いていた。
「やった! やったで!! スイカちゃん!!!」
「よかった……よかったんだよぉ……!!」
泣きながら抱き合う未来とスイカ。──司がこの場にいたら、二人をいっぺんに抱きしめていただろうが、彼は今、新・ペルセウス号に乗っている。
船の操舵を担当する龍水と羽京はもちろん、クロム、ゲン、ルリ、コクヨウも、司と同様に、一足早く千空たちと再会しているだろう。
「祝杯だー!!!」
「長殿とコハクちゃん、あと……もう一人、名前なんだっけ?」
「何でもいいやぁ! とにかく3人の無事の帰還を祝って、カンパ~イ!!」
すかさず飲兵衛たちが酒樽を開け出した。──止める人間も止められる理由もないので、これは多分、酒が尽きるまで飲み干すコースだ。
どんちゃん騒ぎが始まる横で、安堵のあまり腰の抜けてしまったゴーザンは、ぼーっと付きっぱなしのテレビを見つめる。
『──あ、今! 新・ペルセウス号が、見えてきました! 宇宙飛行士たちを迎えに行った船が今! この宝島へ帰還しようとしています!』
画面には、周りの歓声に負けないように声を張り上げる南の姿。
『……うん? 何でしょうか。ペルセウス号の船首に立つ──あれは、クロム? 船員の一人が、何やら、金属の箱のようなモノを掲げていますね』
(……金属の箱?)
──果たして、宝島へ新・ペルセウス号が到着した瞬間、その“箱”の正体は知れた。
クロムがドデカい声で、告げたからだ。
『ヤベー! ヤベーぞ南!! 千空たちが、REIも一緒に地球へ連れ帰ってきた!!!』
『──はあ!?』
その興奮した叫びに、南が愕然とした声を上げる。
『──クロム、その説明は正しくありません。わたしは、ずっとISSにいますよ』
聞き覚えのある電子音声が、クロムの発言を訂正する。
クロムが抱えた、四角い箱のような機械──丸いレンズが目立つ、カメラのようにも見えるそれは──
『おう、わかってんよ、REI! 俺が抱えてんのは、REI専用のカメラ付きケータイみたいなもんで、REI本人は今も宇宙にいるってんだろ?』
『はい、その通りです、クロム』
『けど、それじゃあ、いまいちピンと来ねぇヤツもいんだろーからな。REIはこれから、この“端末”を通して、地上の人間と仲良くしてーんだろ? 「REIが来た!」って言った方が、インパクトもあるし、わかりやすいぜ!』
『そうなのですか』
『ちょうどいいから、あのカメラに向かって挨拶しとけよ! この放送は、今復興してる地域全部で流れるぜ!』
驚愕で硬直している南をよそに、クロムはその“箱”──REIの“端末”を、画面へ──現場にあるテレビカメラへ向かって、改めて掲げて見せる。
『──初めまして、地球の皆さん! わたしは宇宙作業用ロボットのREIです! これから、この“端末”で人間について学んで、より皆さんのお役に立てるようになりたいと思います! よろしくお願いしますね!』
「…………え、えぇ~~~ッ!?」
ゴーザンの間抜けな絶叫が、石神村の喧噪を破って響いた。
──例え文明をリセットされても、人類の科学は、決してその歩みを止めない。
かつての文明を越えて、広い広い宇宙へと、その足を伸ばして行く。
人類の知らない3700年を知る、優しい機械を
【完】
「原作の最終話を読んだらきっと燃えつき症候群になる」と、最終巻を待たずに話を畳んだので、大分ふわっとした終わり方になってしました(白目)
石の世界を生き残ろうとするゴーザン君の物語は、これにて終幕です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
……番外編の方はこれからもちょいちょい増えるかもしれないので、時々覗きに来ていただければ、幸いです(小声)