(まずは、あの二人に会うべきだよね)
石神村へ戻るゴーザンとクロムを見送った羽京は、大樹と杠を探して居住区へ向かった。
(多分、聞いて回れば、すぐに居場所はわかる)
あの二人は、ボスである司から距離を置かれているにも関わらず、周りとうまく馴染んでいるから。
両者とも、とてもわかりやすく善良で、この集団の維持に不可欠なレベルでよく働く功労者だから。そして、千空を軸に置く彼らと司の確執について、知っている者の方が少ないから。
(現に、僕も詳しい事情は知らない)
周囲からは勝手にトップスリーの一人と目されているようだが、実際のところ、司から羽京に共有された情報は少ない。
思想の対立から、司が“千空”という人物を殺した──少なくとも、司本人は
その“千空”は、大樹と杠の親友だったということ。
実は生き延びていた“千空”が、箱根の方にある原始的な集落を掌握し、司に対抗するための“科学王国”を築いていたこと。
先だって集落の方へ調査に出向いていたゲンは、早々に“科学王国”側に寝返っており、氷月たちの襲撃時まで、ずっと司を
羽京の方から問えば、もっと深い事情を知ることもできたかもしれない。けれど、内心いっぱいいっぱいだった羽京に、そんな余裕はなかったのだ。
──あまりに絶望的な現状に呑まれないよう、己を“騙す”ことで、手一杯だったから。
(だから、“千空”の行動原理を、僕はずっと“復讐”だと思い込んでいた)
かつて己を殺した──少なくとも、
(けれど、違った。彼の──彼らの行動原理は、そんな
クロムは言った。“司帝国無血開城”、その後の“人類70億人総復活”こそが、“科学王国”の目的なのだと。
それが、ただの大言壮語などではないと、羽京にはわかった。わかってしまった。──杠が行っている
何より、
(彼らにとって、敵も味方も等しく“人間”で、それ以上でもそれ以下でもないんだ)
その
(だから、僕も、君たちと一緒に──)
そんな風に思う、羽京の耳に、大樹の声が届いた。
(あの子は、本当に声が大きいなぁ)
聞き込みをするまでもなかったと苦笑しながら、声を辿って行く。例の墓の方。
と、間もなくニッキーの声も聞こえてきた。──彼女は司から、大樹と杠の監視役を命じられている。
怒気をはらんだ声音、続く打撃音。これはまずいと、羽京は走り出す。
「4文字ごとに俺を殴り続けて構わん! そのかわり聞いてくれ! 俺の友達の大事な話を……!!」
口の端に赤いものを滲ませながら、仁王立ちで宣言する大樹。その姿に、ニッキーが息を呑んだのが聞こえた。
「──僕からも、是非お願いするよ」
そう声をかければ、全員が勢いよく羽京を見る。怪訝そうなニッキー、笑みをひきつらせる杠、純粋に驚いた顔の大樹。
(ああ、うん。ごめん。驚くよね)
羽京が“科学王国”側についたことを知っているのは、現状、クロムとゴーザンだけだ。連絡手段をここに設置していった以上、彼らが箱根に帰り着くまで、その情報は共有されようがない。
「僕は、
墓の方に視線を向け、微笑んで告げる。
杠は一瞬不安げな表情をしたが、すぐに理解と安堵の色を浮かべた。その様子をじっと見ていた大樹は、「よくわからんが、大丈夫そうだな!!」という顔。わかりやすい。
「──ニッキー、君にも、彼らの話を聞いて欲しい」
「……はあ、仕方ないね」
ため息をついて折れたニッキーを促し、墓標へと向かう。
土の中から現れた、二つのラッパ管。それに向かって、しゃがみ込んだ杠が口を開いた。
「──
その一言で、
「……電話……!? こんな世界で、どうやって……!?」
(うん、そう思うよね……)
クロムから話を聞いた時、羽京もそう思った。科学王国の技術レベルは、文明の影さえ消えた
(さて、クロムは『ケータイを使って、司帝国の人間を少しずつ科学王国に取り込むんだ』って言っていたけど……)
てっきり、科学技術の高さを見せつけて『こちらに着いた方が得だぞ』とでも説得するのかと、羽京は思っていたのだが──
『Hi! I'm Lilian Weinberg!!』
スピーカーから聞こえてきた予想外の第一声に、羽京は上げそうになった悲鳴を噛み殺した。
(──どういうこと!?)
咄嗟に大樹と杠の様子を窺えば、杠も驚いたように目を見開いていて、大樹は驚きと歓喜の入り交じった声を上げる。
「詳しくない俺でもわかるぞ! 歌う人だアメリカの!!」
(……こ、これは、一緒に騙されてる……!?)
大樹は演技など出来る性格ではない。最初から、詳細を聞かされていないのだ。
『あ゛ー、私は通訳のセバスチャンです』
続いて聞こえた若い男の声に、大樹は変な顔になって黙り込み、杠の心音が激しくなる。
(……もしかして、この声が、“千空”?)
だとすると、親友だというこの二人とはまるでタイプが違う。大法螺を吹いているというのに、声がまるで小揺るぎもしない。むしろ楽しげでさえある。
こちらの一同が声を失っている間に、自称:リリアンが英語で語り出し、自称:セバスチャンがその日本語訳を告げた。
曰く──この通話はアメリカからのもので、
(──そ、そういう……!?
羽京は思わず顔をひきつらせたし、杠も同様だ。「助かったぞ!」と無邪気に信じ込んでいるのは大樹だけである。
「──リリアンなら、宇宙に居たはずだよ?」
険しい顔で、ニッキーが問う。
石化現象が起きたその時、リリアン・ワインバーグは宇宙ステーション・ISSに居た。宇宙空間からのライブは、大層話題になったものだ。
返ってきた答えは「地球に戻ってすぐに石化して、最近起こしてもらった」。石化の原理が不明な現状、この言葉の真偽など確かめようがない。
「──リリアン、アタシは……」
ニッキーが、震える声で告げる。──自分はリリアンの歌に救われたのだ、と。
──だからこそ、リリアンになら喜んで手を貸す。けれど、もしも誰かが、彼女の名を
「絶対に許さない……!!」
そう、強く強く断言するニッキーの姿に、羽京は思わず天を仰いだ。
(──
最初はともかく、ずっと聞いてるうちに、羽京にはわかった。自称:リリアンは、ゲンだ。
「どうしても! 声が違う気がするんだよ」
ニッキーがそう思うのも無理はない。──単なるモノマネ芸としてなら十分な出来だが、本人を詐称するには、さすがにクオリティが足りない。
著名人を
(それとも、リリアン・ワインバーグでなければいけない、
そんな風に、半ば現実逃避のように思考を巡らす羽京をよそに、ニッキーと
「これまでのCDの総売り上げ枚数は??」
しばしの間の後、
だいぶ前に5千万枚突破の記念パーティーはやったが、今はCDは主力じゃないから覚えてない──その答えは、ニッキーにとっても不審なものではなかったらしい。
(……どうやって当てたんだろう?)
ニッキーの質問で、杠の心音が一際高くなったあたり、おそらく千空はこの手の話に明るくない。ゲンが答えを知っていたのだろうか。
「じゃあ、最後にひとつだけ。この数字まで言えたら信じるよ」
そう断言したニッキーが紡いだ質問は──
「3サイズは??」
──受話器の向こうからの声が、止んだ。
(む、無理もない……)
ニッキーが訊ねると言うことは、多分、公式で公表されていた数字なのだろうけれども、それをゲンが知っていたか、今も覚えているか、となると、多分に厳しい。
もう永遠に答えは返ってこないのではないか、という羽京の予想に反して、スピーカーから数字が告げられた。
『──88・65・85』
(うそでしょ覚えてたのゲン!?)
すごいと思うより先に、羽京は思わず引いてしまったが、その答えに対し、ニッキーは冷えた声を紡いだ。
「プロフィールではもっとずっと細いよ」
(──当てずっぽうだったかぁ……!)
スピーカーから「今のはリアルな数字です」との言い訳が紡がれるが、ニッキーにそれは通用しなかった。
リリアンはプロだから、ファンのためにファンタジーを投げ捨てない、だから──
「アンタはリリアン・ワインバーグじゃない」
ニッキーの言葉に、三度、スピーカーが沈黙し──次に響いてきたのは、ゲンの声でも、千空の声でもなかった。
(──うそだろう?)
羽京が、己の耳を疑うぐらい、信じ難いもの。
複数の弦楽器と打楽器、そして、女性の声で構成される──
「──音、楽……??」
大樹と杠が、呆気にとられた様子で呟いた。
(──
これは、ゲンのモノマネなどではない。誰であろうと、真似られる代物ではない。
「──ああ」
涙を流し、他ならぬニッキーが、認めた。
「本物だよ。この歌だけは──」
──天下の歌姫、リリアン・ワインバーグ本人の、歌声だった。
「……リリアンはもうこの世にいない。そうなんだね」
『──ああ、そうだ』
ニッキーの言葉に答えたのは、セバスチャン──否、千空の声だった。
「でも、アンタが、復活させてくれた。この歌の中だけでは、ずっと生きてる──」
そう言って、涙を拭ったニッキーは、真剣な表情で問いかける。
「これは科学の質問だよ。アンタの力なら、他のリリアンの曲も復活させられるのかい……!?」
『──無理だな! ボロい録音媒体どもなんざ、100億%チリに還ってるわ』
勿体も躊躇もない、即答だった。
無慈悲……と羽京は思ってしまったが、
『テメーに約束してやれんのは一つだけだ。この最期の歌だけは、俺が必ず守ってやる。科学の力で……!!』
続けられた言葉で、千空は無慈悲なのではなく、科学に誠実なだけなのだと悟った。
「アンタも不器用だね、すぐにわかるよ。科学にだけはウソをつかない。信じるものがあんだね──」
フフフ、とニッキーも笑って、冗談めかして告げるほど。
「ちょっと惚れそうだよ」
『それはまじでやめろ』
千空があんまりにも嫌そうに即答するものだから、羽京は耐えきれずに吹き出してしまった。
「──ご、ごめ……」
このタイミングで笑うのは、さすがにニッキーに失礼だと思うのだが、緊張が弛んだ反動もあって、溢れる笑いが止められない。
『え、待って待って、誰この笑い声。ニッキーちゃんでも杠ちゃんでも大樹ちゃんでもないよね???』
スピーカーの向こうからゲンが素の声で訊ねてくるのに、大樹が朗らかに答えた。
「笑ってるのは羽京さんだぞー!」
『はぁーーーッ!? 待ってどういうこと!? 羽京ちゃんその場にいるの!? 何で!?』
テンパったゲンの声に、ますます笑いが増幅する。息が苦しい。
「この電話を持ってきた人と話したって、言ってたけど……」
『あ゛ぁッ!?』
杠の説明に、千空の声が一瞬跳ね上がったが、
『──ケータイが無事で、見つけた野郎がそこで爆笑してるっつーことは……うまく説得して寝返らせたのか、あいつら。やるじゃねーか』
すぐに現状を把握し、誇らしげに言う。
(ああ──いい子だな)
素直に、そう思った。
とんでもない嘘つきかと思ったけれど、揺るがない芯を持っていて、仲間を案じる心があって、それ以上に仲間を信頼している。
「──笑っちゃってごめんね、ニッキー、千空。色々ありすぎて、何か急に変なテンションになっちゃったんだ」
そんな、やっと笑いを納めての羽京の謝罪を、
「ああ、そういう……いいよ、気持ちはわかるしね」
『別に謝るこたねーわ』
ニッキーはため息混じりに、千空は端から気にしてなかった様子で、受け入れてくれた。
『それよりも、最終確認させてもらうぞ。──テメーら、こっちのお仲間になってくれるっつーことでいいんだな?』
千空のその時に、ニッキーは真顔で告げる。
「──アンタがリリアンの歌を守ってくれるっていうなら、アタシは地獄の果てまで付き合うよ」
『ククク、どいつもこいつも……あいにく、地獄行きのお供枠は、左右両サイド既に埋まってんだ。この世にいるうち、協力してくれりゃぁ十分だわ』
千空は、既に誰かと地獄までの道行きを約束しているらしい。ニッキーの言葉に、笑ってそう応えた。
『羽京っつったか、テメーは?』
「──君が、君たちが、“誰一人死なせない”限り、僕は君たちに協力する」
『あ゛ん? そんなことでいいのか?』
羽京の宣言に、千空は訝しげな声を返してくる。
「そんなことって……“誰一人”って、味方のことだけじゃなく、敵も含めてだよ。かなり厳しい条件だと思うけど」
『あ゛ぁあ゛ぁ、構わねーわ。っつーか、テメーはもう、その条件でクロムとゴーザン見逃して下さった訳だろ。なら、今更「やっぱナシで」とは言えねーし、言わねーわ』
千空は、いっそ呆気ないほど気負いなく請け負う。
『科学王国は司帝国を“無血開城”してみせる。誰一人殺さず、誰一人死なせねぇ。そう、科学に誓う』
しかし、その言葉は、決して違えられることのない、絶対の誓約なのだ。
だから、羽京も、改めて明言する。
「──僕も誓うよ。君たちが約束を守ってくれる限り、僕は君たちを決して裏切らない。自衛官の誇りにかけて、全力で協力する」
* * *
「お~、帰って来たな、クロム、ゴーザン。いい仕事して来たじゃねぇか、100億万点やるよ」
石神村に帰還したゴーザンは、クロムと共に、千空からそんなお褒めの言葉を頂いた。
思わず破顔してクロムとハイタッチを交わした時──村中に響く、「ドイヒー!!」という悲鳴。
「あ? ゲンのヤツ、どうしたんだ?」
首を傾げるクロムに、千空はクククと笑って、
「あれもテメーらの仕事の余波だよ。作戦にはプラスの要素だから、気にすんな」
(ああ、ニッキーのスパルタコーチング……)
そうゴーザンは察したものの、ゲンにしてやれることなど、せいぜい心の中で手を合わせるくらいであった。
「ゴーザン、テメーは、今日はもう休んでいい。明日から、またバリバリ肉体労働してもらうからよ」
「ウッス、了解ッス」
「ん? 俺は?」
「クロム、テメーには、超絶唆るクラフトが待ってるぜ。設計図見せてやる」
「えっ、今度はどんなスゲーもん作るんだ!?」
世界線変動:偽リリアン作戦のスパルタ講師が二人に増える。クロムが自動車作りに参加できる。