しかしそこは流石の天才少女、捕まり穢されこそしたもののあっさり脱出したのであった。完
まばらに配置された電灯と月明かりだけが頼りという、心細い夜道。そこを一人の髪の短い少女が歩いていた。
「うん、随分と遅くなってしまったね」
トンッ、トンッ、と規則的に、跳ねる様にしてスキップするその姿はどこか道化染みていて、まるで周りと合わないことを自覚して演じているような、そんな違和があった。
「夜道には気を付けましょう、なんてのはよく言われることだけれど、いざ至ってしまえば手遅れで、気を付けるも何もないと思……っアアアァァッ!?!?」
どこか芝居掛かった口調で独り言ちる少女だったが、丁度電灯と電灯の間、最も暗い影の出来る場所からの奇襲を受け、首にスタンガンを押し当てられ、いとも容易く昏倒させられてしまった。ぴくりぴくりと痙攣し倒れる少女を、奇襲を仕掛けた男は担ぐように抱えて去っていき、その場には、少女の鞄だけが残されていた。
ゆさゆさと、揺らされるような感覚と下半身から感じる異物感により意識を浮上させた少女は、自らが穢されていることに気付いた。
(カメラ……有るな。枷は……ない。だが、まだ身体の痺れは取れない……後遺症にならないだろうね?ボクはどちらかといえば実践派なのだから、後遺症は困るのだけれど)
努めて冷静であるかのように演じて自らを騙すことでクールダウン。周りから浮いている自覚のある少女にとって、自ら演じて自身をも騙すやり方は、もはや慣れ親しんだ癖とでも言うべきものであった。
「で、満足かい?」
少女がそう口にしたのは、一通り事が済んだ後。日が顔を出す明け方。要するに徹夜で穢され続けていた、ということになる。
目だけは動かし状況把握に努め、天才と呼ばれるに足る知能を持って状況の打開策を練り続けていた少女であったが、流石に徹夜で穢され続ければ疲労も溜まる。倦怠感からの回復を目論む少女は、皮肉げに笑いながらそう漏らすのが精一杯であった。
「ナニ?写真?動画?……うん、それがどうしたんだい?」
とは言え、少女も何も考えずに煽った訳ではない。今までの行動から、少なくとも今はまだ肉体を損壊させる様な行動には出ないと予測した結果の一言であり、それは面白いくらいに良く効いた。具体的には、男自らが脅しという手をひけらかす程度には。
だが、そんな脅しは少女にとって何ら脅威にはなり得ない。どこぞのエロ同人でも無いのだから、そんなもので脅されたところで警察に駆け込むまでである。
動画がばら蒔かれて、それが見知らぬ他人の欲望の捌け口とされようが、彼女は気にしない。少なくともそう演じている間は。
問題はどうやってこの状況から脱するかであるが、そちらも少女には考えがあった。
「だから、それがどうしたんだい?ばら蒔く?へえ?キミが捕まるだけだろう?」
脅しなどどこ吹く風と、少女はそう煽りながら体力の回復に努める。最低限動ければ脱出出来ると、彼女はそう考えているのだ。
実際、周りからの物音や建物の構造から、ここがボロアパートの一室であることは既に把握済。出来ればエコーロケーションによるマッピングもしておきたかったが、外部への出入口とおぼしき場所は掴んでいる。
口先だけの脅しでは暖簾に腕押しと気付いた男は、ならばと立ち上がる。アップロードする準備で脅そうと考えたのだ。そうして背を向けた所で……少女は軽い身のこなしで駆け出した。
身体を隠すようなものは手にしない。そんな余裕がないことは分かっているのだから。
ガチャリと玄関を開けた所で、ようやく気付いた男が振り向くが、少女は構わず外に飛び出す。いつの間にか日は高く昇っていた。早朝は越え、既に朝である。
「さてさて、無事脱出は出来たものの、このままでは捕まるのも時間の問題だね」
全裸で外に出ていることは、説き伏せられるだけの自信はあった。だが、通報までが遠い。現在地の把握は電柱から把握済、後はさっさと通報するだけなのだが、電話を借りるにしてもタイムロスにより捕まる目算の方が高い。故に。
「やあそこの少年、ちょっとボクを助けてくれないかな?」
「え?あ、えぇっ!?なんで鏡野さんが!?しかも全裸ァ!?」
「ははは、流石にボクを知ってはいるみたいだね。でも、ほら、そんなことを話している暇は無いんじゃないかな?」
「何を……ヒイィッ!?」
少女は躊躇い無く、「全裸の女の子」を見て硬直した少年を盾にした。
戸惑っていた少年は、少女を追い掛ける男を見て怯むも、涙目になりながら肉壁の役を全うし、壁に叩きつけられた。そうして出来た隙を突き、少女は男の股ぐらを蹴り上げる。
「~っ!?」
悶絶。一瞬の硬直と弛緩を見抜いた少女は、そのまま男の背後にすり抜け、両腕を掴んで背中を蹴り飛ばす。
年頃の少女にしては力があるとはいえ成人男性と比べればまだまだ非力な少女の一撃は、しかして十分な効果を発揮した。
勢い良く真後ろに引っ張られた腕はゴキリと音を立てて関節が外れたのである。実践派の天才は伊達ではない。
「おっと、足も無力化しておかなくては、ね?」
にこりと笑って股関節を外すと、少女はぺたりと座り込む。限界だった。ギリギリだった。だが、予測通り。充実感と達成感を少し味わい、震える脚を何とか動かし先ほど盾にした少年から電話を借りようとしたところで、少女は肩に服を掛けられた。
「おや、意外と元気そうだね?」
「全然元気じゃないです」
「ふふ、そうみたいだね。ただ、助けられたのは事実だよ、ありがとうヒーローくん」
涙が止まらず、頭から血も流している少年はぐすぐすとしゃっくりあげながらも、そう応えて見せた。
それなりに怪我を負っている少年が少女に服を掛ける事が出来たのは、実は少女の、IQ200の天才少女鏡野梨恵のファンであり、憧れの女性に会えた興奮が痛みを多少誤魔化せていた結果だったりもする。そうでなければ泣いて地面に転がっているのがオチだ。
「ところでヒーローくん、携帯は持っているかい?ボクは取り敢えずこれを通報してやらなくちゃあいけないのだけれど」
「え?あ、はい……」
差し出された携帯をすいすいと操作し、現在地と状況を説明する少女の声を聞いていると、少年は誤魔化されていた痛みがじわじわと誤魔化しきれなくなってきた事に気付く。
「あ、あの、出来れば救急車も……」
「おっと、それもそうだね。ボクのヒーローくんを忘れるところだったよ」
こうして一人の天才少女を狙った犯罪は幕を閉じ、後日紙面に憧れの女性とのツーショットが載った少年は顔から火が出る程赤面したそうな。
█その後の一幕█
「やあヒーローくん、遅かったじゃあないか」
「す、すいません、楽しみすぎて中々寝れなくて」
少しばかり有名になってしまった少年が、周りを気にしながら現れる。
何故待ち合わせをしているのかと言えば、「先日のお礼に何か」と持ちかけられた少年が少女と出掛ける事を頼んだからである。少女は二つ返事で了解し、そして今日がそのデート当日なのである。
「そんなに楽しみにしていたのなら、らしい服装でもした方が良かったかい?例えばワンピースとか……いや、ボクには似合わないね、うん」
少女の私服姿は、シンプルなシャツにズボンと、飾り気一つ無い質素なものであった。ただし、年頃の少女にしては引き締まった身体とはよく似合う。逆にワンピースでも着ていたとしたら、肩幅や日焼け具合、引き締まった身体、短い髪、中性的な顔立ちと全てにおいてミスマッチを起こしていただろう事は想像に難くない。
「そう、ですかね?」
少年はそうは思わなかったようだが。恋は盲目と言うべきか、想像力が足りないだけなのか。
「キミは……いや、うん、時間も無限にある訳じゃあないからね、こんな所で駄弁るよりも、これからを楽しもうじゃあないか」
くすくすと笑いながら差し出した少女の手を、少年はそっと掴むと並んで歩き出す。
この後、少女に気に入られた少年が振り回される様になるのだが、それはまた別の話である。
~THE END~
【少女】
名前:
胸の薄いボクっ娘天才少女。どちらかと言えばアウトドア派で、理論を実践したがる事から実践派を自称する。
演じることで弱い本心を隠している内に、いつしか自分の本心さえ騙し切ることが出来るようになった。
本当はもっと自嘲させたり皮肉らせたりとあれこれ言わせたかったが冗長なので削った。
好きな相手をからかうことが好き。どちらかといえばS(を演じている)。
なお、一人称は演じる前から変わらない。
【男】
名前:
ナニをトチ狂ったのか少女を襲った男。常習犯だったので余罪がたんまり見付かった模様。割とマジカルな下半身を持つ。部屋は汚い。
【少年】
名前:
メディアで取り上げられた天才少女 こと 鏡野 梨恵 に一目惚れしていた少年。
その流れでボクっ娘フェチになったが、現実でボクっ娘になんて会えないし付き合えないよなと諦めていた。
少女に気に入られて振り回されることになるが、憧れの女の子と付き合えてはいるのでヨシ。
実は少女が逃げ出せると判断したのは、少女が室内から彼の足音を捕捉した結果だったりする。