シスイが去った。木ノ葉隠れの里に救援要請を行うためだ。
現在里にいる面子で想定するならば、第一陣で動員可能な戦力を全て送り込む形になる。
ミナトとサクモの二人は、柱間の遺体を盗んだ者を部下を用い追っていた。彼らは里内で、有事の際に即座に対応できるように心の準備を済ませている。確実にこの両名は駆けつけるだろう。
他に里にいる手隙の上忍はマイト・ガイ、はたけカカシ、猿飛アスマ、うずまき長門、うちはイタチなどだ。他にも根の者の腕利きも出てくるかもしれない。流石に全員が来るとは限らないが、万一の可能性として来ると想定しておいたほうが無難だった。
無理を押しての強行軍を行なったシスイはまず来ない。来てもスタミナ切れの状態だと足手まといになるだけだから。『兇眼』うちはフガクは……来ないだろう。彼は里の門番、里の城壁に等しい存在である。木ノ葉に脅威が迫った時に迎え撃つのが役目なのだ。
客観的に見るなら、過剰戦力である。国を本気で潰そうとしている陣容にしか見えまい。故に第三者視点では、救援が到着する三日間を待てば、確実に任務を成功させられると思えるだろう。追跡対象が潜伏したとしても、この面子で追い見失う、敗退することなどは有り得ないと考えるはずだ。ちょっとでも頭が回るなら、誰だってそう確信する。
案の定、聡い香燐はそう言って慎重に行くべきだと意見具申をした。華道シズメはそれに淡々と返す。まるで平時の時のような穏やかな語調で。
「香燐。貴様は頭が良い、度胸もある。だがどうしようもなく経験不足だ」
「な、なんだよ急に……シズメさんに褒められると悪寒がするぞ……」
「先生と呼べ。名前で呼ばれるのも嫌いじゃないが、そろそろ公私の分別を付けろ。それよりいいか香燐、ナルトとヒナタも考えてもみよ。例えば……そうだな、私の戦力はどれほどだ?」
言われ、三人は顔を見合わせる。
直々に教えを受ける三人である、だが全員が今までシズメの本気を見た事がなかった。偽シスイとの戦いで初めて目の当たりにしたばかりで、それもほとんど目で追えなかったのだ。
故に正確な戦力分析が難しい。言葉に詰まる下忍達に、シズメはあくまで穏やかだ。
「呪印で戦力が低下していなければ、私の力はミナトとサクモ、そして大蛇丸先生の三人と同時に矛を交えたとて、相討ちまではなんとか持っていける。この意味が分かるか?」
「ほ、火影様と……三忍頭の二人を相手にですか……」
「そうだ。私が単独戦力として木ノ葉最強の名を冠し、八尾の人柱力であるクシナ以上の抑止力と評されているのは伊達ではない。呪印のせいでチャクラコントロールが覚束ない今でも、負けないように立ち回れる自信はある。……そんな私から見て、あのインドラはどのように映ったと思う?」
誰かがゴクリと生唾を飲み込む。シズメは微笑んでいた。
呪印により絶え間なき激痛に襲われているはずなのに、それを感じさせない柔らかさで。
まるで――死相が浮いているかのようだ。
背筋が凍る心地だ。しかし漠然とした感覚に、ナルトたちは何も言えずに聞き入る。
「いいか貴様ら。一流の忍は矛を交えるまでもなく、相対した敵との実力差を見抜けるものだ。私の眼力は正確だ、これまで戦力分析を誤ったことがない。その私の勘が言っている……奴は、大筒木インドラは……
断言した。勝てないと、三人が知る最強の人が。
信じられないように目を瞠り、思い出す。六時間前、自分達の肌で感じたインドラの殺気を。
ヒナタの震えが酷くなっていた。哀れなほど怯えている。しかしシズメに容赦の二文字はない。
「その上で、私の所感を聞け。いいか、インドラは恐らく逃げ隠れせず、今も私を探している」
「シズメ姉ちゃん……先生を、探してる……?」
「ああ。初代火影様の遺体を奪い、自らの器とした彼奴の力は強大だ。チャクラ量だけでも私を大きく上回り、忍術の腕前も神域にあるだろう。体術も佇まいに隙がなかった故に不得手ではあるまい。そんな彼奴がこう言った。『試運転をしようと思っていた』と」
「あ……」
言っていた。確かに。
香燐は単音を漏らす。彼女は理解したのだ。
「彼奴はまだあの体に慣れていない……我らにとって付け入る隙に成り得る。だがそんなことは彼奴は百も承知だろう。であればこそ、私を手に入れようとしている……この呪印でな。封印は出来たが効果は抑制が精々、私を手に入れられたなら……彼奴は古の邪仙、羽衣天女の立ち位置に私を据えるつもりなのかもしれん。となれば今こそが私を手に入れる絶好の好機だ」
「先生を……手に入れる……? 手に入れてどうしようってんだよ……」
「さ、させねえ! そんなこと、ぜってぇさせねえってばよ!」
「無論だ。易々と敵の手中に落ちるほど私は安い女ではない。私を従える事で何をするつもりなのかはどうでもよいが……噂に伝え聞く月の眼計画とやらを成さんとしているのだろう」
ナルトが顔を怒りで赤くして怒鳴るのに、平然とシズメは言う。
「さて。
黙り込んでしまっていたヒナタに水を向ける。答えを求められた少女は、恐ろしい師匠の透徹とした眼差しを受け、生真面目に考える。叩き込まれた上下関係のせいで、恐怖で思考が止まらないように指導されているのだ。どれだけ怯えていようと、心身のパフォーマンスが低下しないのである。ある意味、最も強かな少女にされていることに、ヒナタだけが自覚を持てていなかった。
ヒナタは必死に考える。数秒の沈黙に香燐が焦れったそうに身動ぎするも、担当上忍はそんな彼女を一瞥して制した。ヒナタが『考える』ことを邪魔させたくないのだ。こんな時まで、シズメはあくまでも『先生』のスタンスを崩していない――
「そ、それは……えっ、と……あの人は、私達より先に、私達を捕捉した。この事から感知能力が高いのが分かるから……先に見つけられたら、すぐ戦いになる……そうなると大変な事になる……?」
「如何にもその通り。敵の能力をよく分析した、偉いぞ」
微笑み、ヒナタの頭を撫でる美女。微かに赤面し、照れるヒナタは束の間恐怖を忘れた。
そして彼女はナルトを見る。今度はこの少年に問い掛けた。
「ナルト。私達がこれから取るべき作戦はなんだ?」
「オレとシズメ姉――じゃなくて、先生とオレが影分身をして、あっちこっちに分散するのがベストなんじゃねぇかって思うってばよ」
「そうだ。影分身で索敵しつつ、敵の眼を誤魔化す。無論、すぐに敵もこちらの意図を看破しよう。だが看破されたとて問題はない。敵は私を探している、どのタイミングで敵が私を諦め、逃亡に舵を切るかは分からんが……可能な限り敵を引きつけ、釘付けにする事で時間を稼ぎ、味方の来援を待つ。では、香燐。
「は? そ、そんなの……こっちが殺られちまうじゃん。逃げるしかないと思う」
「逃げられたらいいな。逃げられなかったら? 逆に敵が逃げたら?」
「それは……」
「
苛烈な宣告に、三人は沈黙する。
香燐とヒナタが何も言えずに冷や汗を流すのに――ナルトだけは挑戦的な眼差しで呟いた。
「……上等だ。オレはやる、そんで先生もオレが守るってばよ!」
「私を守ってどうする……足手まといだからやめろ」
「えぇー!? そ、そりゃねぇってばよ……!」
「私が貴様らを守る。その逆は有り得ん。いいかナルト、私を除いた第一班では貴様が一番強い。香燐とヒナタを貴様が守れ。いいな、私の足を引っ張らないことが一番のチームワークだ」
不服そうな少年に、静かに言い聞かせる。
彼女の目は優しげだった……何が何でも部下を守るという強い意思が宿っている。
本当に部下を大切に思っている、というふうではない。慈しむべき若者を、愛してやまない深い眼差しで、三人はその綺麗な瞳に吸い込まれてしまうような感覚になった。
「まずは索敵をしつつ、時間を稼ぐ。その間、貴様らに稽古をつけてやろう。付け焼き刃だろうが多少はマシになるはずだ」
「こ、こんな時に修行って……そんな暇はないはずだろっ」
シズメの目に照れてしまった香燐が、気持ちを誤魔化すためにわざと反抗的な態度を取った。
しかしシズメは首を左右に振る。こんな時だからだ、と。
「無駄にはならん。貴様らのチャクラコントロール技術は充分に高い、木登りも水面立ちも今更やる必要はないだろう。故にやるのは性質変化の修行だ。ナルトは今あるものを徹底的に磨く、他の二人は是が非でも性質変化の忍術を一つは身に着けてもらうぞ」
任務中の、それも極めて危険な敵に狙われている状況下での修行。精神的な負荷はこれまでの比ではない。だから、やるのだ。実戦はいつだって不意に訪れる危険性を孕む、緊張して本来の力を発揮できませんでしたなんて言い訳は通用しないのだ。
修行し、実際に強くなれるわけではない。そんな短期間の修行で強くなれるのは……それこそ影分身を大量に作り、経験値をフィードバック出来るナルトだけだ。影分身は他の二人も出来るが、香燐はナルトの十分の一以下、ヒナタは五十分の一の効率である。
故に真の目的は実戦に備えて心の準備をさせる事。言われるまでもなく三人ともそれを察した。
斯くして他の同期の下忍より遥かに先んじて、三人は性質変化の修行に移行する。
チャクラの性質を調べられる反応紙を用いて、ナルト達の才能が判明した。
ナルトは土、水、風を得意としている故にそれを重点的に。特に木遁には力を入れる。
ヒナタは雷と火の他に陰遁である幻術の才能があった。今回は火の性質変化を身につけて、ナルトとの連携による合体忍術の完成を目指す。
そして香燐には陽遁の医療忍術、自身の体に噛み付けば傷やチャクラを回復させられる体質、更にはチャクラコントロールによる怪力、土の性質変化の才能があった。今回は土遁の特訓だ。
ナルトとシズメの多数の影分身が、二人一組で東西南北へ散開する。その上で本体達は修行を開始して……一日と半日の間、第一班は特訓に明け暮れる事が出来た。
無論、何事もなかったわけではない。
影分身達は次々と撃破されていき、インドラが着実に迫ってきているのを感じていたのだ。
タイムリミットは近い。
シズメ達にとっても、インドラにとってもだ。
柱間の遺体を乗っ取ったインドラは、二日目が終わる三時間前に、影分身の陽動に焦れて手札を切る。六道の能力――輪廻眼を使ったのだ。
果たして使われたのは『人間道』。
影分身のナルトが囚われ、頭を掴まれると記憶を抜き取られてしまったのである。
本体の位置が暴かれた。
ナルトは影分身が消えた事でそれを悟り、血相を変えてシズメに報告する。
来る、な――そう囁いたシズメは、粛々と戦闘準備に取り掛かる。最悪の場合、ナルト達だけでも逃さねばな、と呟きながら。
エルデンリング楽しすぎて執筆がままならぬ。エルデンリング休みだ! ちょっと執筆休みます!