また君と、今度はずっと   作:スターク(元:はぎほぎ)

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メタンモさんが再び拙作の三次創作を描いて下さいました!
https://syosetu.org/novel/305595/
是非読んでください、俺はすこです(唐突な告白はホモの特権)

【2022/12/30/14:15 追記】
コメントにて「出走前のファンファーレは日本特有の文化」と言う旨の指摘をいただき、修正するかどうかを検討中です。年末にお見苦しいものを見せてすみません

【14:38追記】
修正します。お目汚し失礼しました


競走馬編-墓標【凱旋門賞】
【Ep.96】期待!


それは、いつも通りの調教(調教)を終えた昼の事だった。

蹄のケアが終わり、のんびりと馬房(へや)で寛いでいた頃。厩務員さんがやってきて、ボクを連れ出す。彼の横には、僕をよく鍛えてくれる緒方(ニンゲン)さんの姿も。

 

「グラス、良い子にするんだぞ。良い物を見せてやるから」

 

何やら『期待してくれ』的なニュアンス。連れて行かれる先に何が待つのか、ボクにはサッパリ分からないまま。

そうして辿り着いたのは、いつも緒方さん達が出入りしているニンゲン専用の建物で。本来であれば馬であるボクは入れて貰えない筈のそこに、あれよあれよという間に入れられて。

 

『……何ですか、これ』

「警戒してますねぇ」

「うーん、まぁ想定内だ。準備は万全だし、取り敢えず座らせてやってくれ」

「うーっす」

 

敷き詰められた寝藁に、明らかに急拵えで設けられたボク達馬を繋ぎ止める金具、そして今正対する形で取り付けられた大きな……黒い、箱?よく分からないけど、あれが何かの要なのだろうか。

座らされて繋がれたその周りでは、いつもボクたちを世話してるニンゲン達がいそいそと座り始めて。どうやら、ボクと同じようにあの箱を眺めるみたい。

 

「点けるぞー。時間はどうだ」

「割とギリ、いえもう始まってますね」

「早く言ってくれ?!」

 

そんな会話を皮切りに、オガタさんが黒い棒(リモコン)を向けた瞬間。黒い箱(テレビ)が光を放ち、そして———

 

 

 

———クロ。

 

クロ?

 

『クロ?!』

「おわーっ!どうどうどう!!」

「落ち着けグラス!」

「流石に不味かったかぁ発想が……?」

「すみません遅れm……何ですかこの状況」

「窓葉さんスマン!グラスを抑えてくれ!!」

「クロスクロウの足音の録音、使いますか!?」

「多分この状況じゃ逆効果だっ!」

 

クロ!クロがあの箱の中に!いつの間にそんなに小さくなったんですか、海外に行ったんじゃないんですか!?あっエルもいる!?Why!?!!?

 

「グラス、落ち着こう。な?」

『マドバさん、クロが!エルが!元気そうなのは良いんですが、あの箱から出して上げないと!ボクの声も聞こえてないみたいで…』

「よし、ストップストップ。いいかいグラス、アレはクロスじゃない。いやクロスなんだけど、クロスはあそこじゃない。良いかい?」

 

何度も何度も、鬣を撫でつける手。どれほど興奮しようとも、ボクの癖や波長を完全に知ったそれの前には抗えない。

荒らげていた呼吸が抑制される。数秒も待たずにボクは完全に制圧された。

 

『……何なんですか、アレは。あの箱の中にいないなら、クロとエルはどこにいるんですか』

「大丈夫。エルとクロスはちゃんとフランスで頑張ってる…と言っても説明は出来ないけど。でも、今は信じてくれ」

『…はい…』

 

請願の態度を示されてしまえば、これ以上反抗なんて出来る訳も無く。納得いかないながらも、渋々と元いた寝藁に座り込んだのでした。

なんだかよく分からないけれど、クロとエルはちゃんといるべき場所にいて、そこで頑張っている。らしい。マドバさん達の様子を見る限りは、多分そう。

 

「ありがとう。試験的実施だからこそ、もっと気を付けるべきだった」

「いえ、グラスが目に見えて意欲を出したなら成功ですよ。最近はくすぶっていた側面もありましたし、こうもそんな彼が活気づいてくれるなら万々歳です」

 

マドバさんとオガタさんが話している間に、ボクは箱の中のクロ達へと再度視線を注ぐ。太陽を浴びて輝く銀の身体、闘気を表すような炎色のメンコ。間違いなく、ボクの見知った彼らだ。

と、次の瞬間に見えた景色に、(おおよ)その疑問は解かれる事になる。

 

『…っ、ゲート!』

 

余りにも見慣れたそれは、ボク達を第一線へと借り出す境界線。つまりそれは、これからクロ達がそれを超えていくという事。

 

(始まるんだ。クロ達のレースが……)

 

途端、体の奥底から湧き上がるワクワクとウズウズ。エルはどんな走りをするのか、それにクロはどう応じるのか、他の馬達はどうなのか。何より、()()()()どうするのか。

 

(羨ましい……!!)

 

叶うなら、あの場に行きたい。行って今すぐ、クロ達と共に駆け、競いたい。

そうか、今やっと分かりました。あの箱はボクにそうさせない為の、クロ達のレースからボクを切り離す為の物なんですね。

 

「グラス、僕達は学びに徹しよう。彼らがどう動くか、どう勝ちに行くか。それを見極めるんだ」

『…!』

 

またマドバさんに咎められ、でも今度は素直に従った。ボクが今するべきは走る事じゃないって、自分でも分かっていた。

三度、(テレビ)の中へと視線を戻す。クロの様子、エルの挙動、地面がどうなってるかとか。自分があそこにいた時どうするべきかとか、そういう情報を自分の中で整理する為に。

けどそうしている内に、冷静な分析の他にこみ上げてくる思いが一つ。

 

(クロとエルは…勝てるでしょうか)

 

 

それは、不安。親友達が負ける所なんて見たくない、勝って強さを示して欲しい。そうして、ボクの前でそれを自慢して欲しい。もし負けるとしてもそれはボク相手で、真正面からその悔しい表情を独占させて欲しい。今回は紛れも無く前者。

けどそんな夢想が通じるほど甘い世界でないのは、身に沁みて分かっているつもりです。

 

「……見てますから」

 

だから、僕に出来る事はこれ。

 

「見守ってますから」

 

祈る事、ただ一つ。

ボクから貴方へ、ありったけの祈りを。全霊の祝福を。渾身の加護を、どうか貴方に。

だから。

 

『勝って……!!!』

 

貴方の姿に瞳の奥から見惚れた。

貴方の心に胸の内から絆された。

貴方の力に脳の尽くを焼き尽くされた。

 

それが一層輝きますよう。輝きを放ち、貴方がその中で報われますよう。

箱の向こうの貴方に、ボクはただただ己の想いを捧げ続けたのでした。

 

 

 

 


 

 

 

 

《世紀末を翌年に控えた、1999年10月3日。時代の終わりを目前に今年も、世界最強を決めるレースは開かれます。暗雲を祓う陽光の下でクロスクロウは、晴れゆく空にエルコンドルパサーの羽搏きは果たして、その頂を手に出来るのか――実況は私荻野、解説は芳田仁志さんと西孝治さんでお送りします》

《よろしくお願いします》

《昨年のダービー以来ですね、この顔ぶれになるのも》

《ええ、しかし主役は私達ではなくターフにこそ。芳田さん、日本馬二頭に勝機はあるのでしょうか?》

《パリはつい先ほどまで雨が降っており、馬場は不良と言って差し支えない状態です。洋芝のそもそもの性質の違いも相まって、日本の良馬場とは比較にならないレベルというか……しかし、エルコンドルパサーは芝・ダート両方に適性がありかつロンシャンにも十分慣れています。海老奈騎手もその事を存分に認識しているでしょうし、彼等ならしっかり対応していけるでしょうね》

《では、クロスクロウはどうなるとの予想で?》

《……正直、厳しいと言わざるを得ません。クロスの過去の勝鞍はいずれも良馬場、こんな酷い地面で走った事自体がほぼ初めてでしょう。それに加えて、イスパーン賞の結果や、生沿騎手から拓勇鷹への乗り替わりも踏まえると……朝日杯からずっと彼を追いかけてきた身としては、フォア賞で復活したと思いたいんですが》

 

 

 

 


 

 

 

 

「凱旋門賞の今年の賞金額は4百万フラン。日本円換算でえぇと……5億ですね」

「お〜、よく勉強し…えっ5億ゥ!?!!?

「……生沿さん」

「すみません……今年はちょっとそっち方面を勉強し直す余裕無くて………」

 

いよいよ本番。私は今、生沿さんと一緒に最前列の席を確保し、出走の時を今か今かと待っていた。

クロスクロウの姿が見える、勇鷹さんに跨られて駆けている。ウォーミングアップは順調なのだろうか、付け焼き刃の知識しか無い素人目では判別がつかない。

 

(でも、辛くはなさそう)

 

けど集中してるのはこの上なく伝わってきた。あの鋭く芝を睨みつける視線、今思うと皐月賞の時も同じ目をしていた気がする。今クロの頭の中では、この地面をどう駆け抜けるかの考えが、目まぐるしく練り上げられているんだろうか?

 

「勝てますよね、クロは」

 

質問の形になったけど、実情としては確信。ああなったあの仔は負けない、例えどれほど薄い勝ち筋でも的確に選び取り引き当てるだろう。

クロスクロウは、そう信じさせてくれる馬だから。

 

「ですよね、生沿さん」

 

彼もそう思ってる筈だ、と。私なんかよりあの仔をよく知っている彼だからこそ尚更、そう疑わなかった。

 

「……あれ……」

 

だから。

生沿さんのその呟きに、少しだけ反応が遅れた。

 

「?どうかしましたか」

「いや、多分気の所為なんすけど……いつものクロとちょっと違うというか、いえ調子は良さそうなんすけど」

 

調子が良くて何の問題があるんだろうか。どう足掻いても専門家の見識を持たない私は、それを生沿さんに問う事もままならない。

 

「クロ……()()に向いてるつもりなんすか……?」

 

なにも分からないまま、ゲート入りしていく各馬に上がる特大の歓声。それを制するかのようなアナウンス。

絶対的な隔絶を、致命的な欠落を、そこにもう私達は届かない事を知らしめるかのように。

仄かに存在感を露わにした不穏を胸に、それを高揚で隠しながら。私達は、ゲートに向かうあの仔を見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

《となると、次に懸念されるのは海外馬ですが……西さん、どの馬が立ちはだかってくるでしょうか》

《そりゃあもう全頭……と言ったら流石に限定しなさ過ぎなんですけど、軒並み強豪揃いなので。バーデン大賞に勝ったタイガーヒル、GⅠ6勝のデイラミ、ロンシャン経験豊かなクロコルージュに新進気鋭のファンタスティックライト。怪獣大決戦ですよこの様相は》

《その中でもやはり、という馬を一頭お願いします》

《……やっぱり、モンジューですかね。GⅠ勝ち鞍二つを含む8戦7勝、しかもその二つはジョッケクルブ賞とアイリッシュダービーです。3歳ながら、その実力はこの場で他の名馬を押し退けて突出していると言っても過言ではなく、堂々たる一番人気がそれを示しているでしょう》

《それ程ですかモンジューというのは……!?》

《馬場状態含め、モンジューに有利な条件が揃ってると言うのも大きなポイントです。この牙城を打ち崩すのは相当至難ですよ──》

 

 

 

 


 

 

 

 

「始まるで」

 

日本競馬に関わる物なら一度は必ず夢見る栄冠。それは何か?

答えは東京優駿、またの名を日本ダービー。世代の頂点に坐すそんなウマを育て上げる事は調教師としての誉と言えた。

———が。そこから更に上を求める者がいる。そういうヤツら、例えば俺達のようなアホウが目指す場所がある。

それこそが、これだ。

 

「凱旋門賞や」

 

その名を口にした瞬間、助手どもも厩務員の奴らもその表情を固めよった。何しとんねん今更、ここ(ロンシャン)に着いてもう何時間経ったと。

……いや、しゃーないか。かくいう俺も慣れへん、手に汗握ってしもうとる。

 

「流石のお前もそうみたいやな、宮崎」

「……私も人間だから、な」

 

それは知っとる、と言いたかったけど…今までの挙動を思い出してみれば、少し自信が無くなってまう。コイツの選別眼と判断力はどっから来とるんやろなぁ、悔しいけど彼の顔しか思い浮かばへんなぁ。美鶴の小娘もしっかり受け継いどるしなぁ。

……そんなコイツでも、臆する心を隠されへん。そういう()やから。

 

「臼井」

「どした」

「私の判断は、合っていると思うか」

 

藪から棒に飛び出した、そんな質問。コイツらしくもない、けどそうなるのも仕方あらへん事情は察しとる。美鶴がこっちに来た時点で、その表情を見たからな。

 

(妻の事情に、盛大にこっちを巻き込みよってからに)

 

全く迷惑な話やで。それを踏まえた上で、俺の返答はこうや。

 

「俺が尊重したのは、クロスの意志や」

「!」

「それ以上でも、それ未満でもないわ」

 

俺のバカ息子が見初め、押し付けてくよった癖馬。言う事聞かずに独断専行、騎手ガン無視で暴走、勝手に断食でテンヤワンヤ。手間掛けさせられて早3年———そのいとわしい筈の苦労は、いつしか愛着に変わっとった。

どんな挙動をしようが、アイツの内には俺達への尊重が確かにあった。俺もそれに応じる形で、無自覚なままアイツの意志を尊重するようにしとった。難儀な話やで、最初はスペシャルのオマケのつもりやったってのに……

 

(気付けば、ものの見事に絆されとった訳や)

 

この臼井ともあろう者が、なぁ。やってくれよったな、クロスクロウ。

今走っとるお前の姿を見ると嬉しなるんや。

貪欲に勝利を求めるお前を見ると燃えるんや。

お前の光が、俺の心に火ぃ点けたんや。

 

「そのクロスが奔りたがったから、走らせとる。最初こそ、お前の強制や誘導を疑ったが——あんなにやる気見せられたら、疑う事もアホらしなるで」

「……もしそうだとしても、再遠征を決めた主因は、お前が察しているように私個人のエゴだ」

「チッ」

 

バレたか。これじゃどっちが隠し事しとるんか分かったモンじゃあらへん。

 

「で、それが?どないしたんや」

「クロス自身が選んだ道だとしても、それが正しいとは限らない。私の欲望もまたそうで……だが、背を押してしまった事実に変わりは無い」

「……」

「クロスクロウを凱旋門賞に出して、本当に良かったんだろうか」

 

…そら、な。俺も最初に聞いた時はそう思たで、コイツ正気かと。だからって今になってウジウジ悩んどるんは正直ウザったいし、ここは一発ガツンとカマしたろか。

よう聞けや宮崎。いつも振り回してくれる、これがそのお礼参り。

 

()()()()()()()から、ここに送り込んだんやろ。お前は」

「!!」

 

コイツにとって引き下がれない物。譲れない何かの為に、コイツはクロスに再遠征させた。

けどその決断は、例えどれほど重要な物であっても———勝率0%なら、選ばない筈や。

 

「お前は信じとるんや。クロスクロウを、持ち馬の力を」

「俺が……クロスを……」

「だったら貫きぃ。お前の信じるクロスクロウを、それを信じるお前の心を」

「……!」

 

俺がクロスに関して言えるのはここまで。届いてるかどうかは……欄干をより強く握り締めて身を乗り出した宮崎の挙動、それから察する他あらへんか。

 

「悔しいけど」

 

ついでに言ったろか。前々から感じてた、否定しがたい事実。

 

「お前、しっかり斗馬さんの子供やで」

「!?っ、それはどういう———」

 

そらお前、突飛な決断力と異常なまでの行動力やろ。あとは馬好きなとことか、単純に顔つきとか……でも、説明はしたらへん。生憎の時間切れやからな。

出走間際を告げる場内放送。いよいよ、決戦が始まる。

 

「全員、目ェかっ(ぴら)くんや……!!!」

 

さぁ、目に焼き付けろ。日本も世界も、皆揃って平等に。

どいつもこいつも、俺達の愛馬に目を灼かれてまえッ———!!

 

 

 

 


 

 

 

《───クロスクロウが何もしなければ、の話ですけどね》

《!!それは……》

《ああ、それは確かにあり得ませんね。彼はやらかしてくれますよ、絶対に》

《引っ掻き回してひっくり返す、それがクロスクロウ。どうしても期待せざるを得ないんですよ、どうしても……!》

《きっとそれは、この中継を見ている日本の競馬ファンの方々も同じ気持ちでしょう。いざ揃うは豪傑英傑、観客一同のボルテージも最高潮っ》

《頑張れ日本馬!》

《1999年凱旋門賞、いよいよ開幕です!!》




次回、“門守”。
怪鳥が見たのは将軍の武勇か、それとも。
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