この話を経たラストアンサー、そしてライスシャワーのお話です
【以下、2/22に追記】
オイどーすんだよスピードシンボリ来ちゃったよどーすんだよ
ハクセツはやっぱり嫁ですか?
ルドルフ・シリウスとの関係は??
クロ及び失踪中のエクスプログラーさんについてはどう思われますか???
というかシンボリ家のどういう立ち位置で????
その日、京都レース場は曇天に包まれていた。
ライス達はその下にいた。
「───ぅうっ──……?」
「どうしたの、ライス」
「なんでもないよ、お姉さま」
ぬかるんだバ場を目にして、どういう訳か鳥肌が立つ。もう6月初旬、厚さこそ感じれど寒さなどある筈が無いのに。
「ライスさんの“痙攣”を感知。何かありましたか」
「心配いりませんよブルボンさん!武者震いでしょう、ハッハ!!」
「申し訳ありませんが、質問対象はバクシンオーさんではありませんので」
「ガーン!」
ブルボンさんとバクシンオーさんが激励してくれるけど、それでも悪寒が止まらない。何だろう。もうも怖い事なんて無い筈なのに、だってライスはもうヒーローになったんだもの。
お姉さまと皆の後押しのお陰で、ライスは人気投票1位に選ばれてここまで来れた。これからもそれは同じなのに、どうして今になって?
「……ライス。何か変な事があるのなら、遠慮無く言って。今からでも出走辞退は出来るから」
「そうじゃない。そうじゃないの、お姉さま」
でも避けては通れない。お姉さまの心配を押し退けてでも、ライスはここから踏み出さなきゃいけないんだと心が理解させて来る。
異世界から運命を受け継いだ存在がウマ娘、って伝説では謳われてるけれど。
ライスにとっての
……ただそれが、こんなにも重く恐ろしい予感だなんて思ってなかった。それだけ。
「行かなきゃ。これはライスの試練だから」
「でもっ」
「お願い。行かせて、お姉さま」
「っ………」
「ライスさん……」
どれだけ強気に言い放っても、不安を強めるだけなのは分かってる。ライス自身、喉が震えてるのを自覚できるほどだもの。
それでも信じて欲しかった、だってそうしなきゃ、ライスは、ライスは……!
「はい。切り替え、と」
その時だった。手拍子を伴ったその声が、バ道に響き渡ったのは。
ライスの震えを一瞬で止めて、場の皆の視線を一気に集め、立ち込めていた暗雲を切り払ってみせたその人は──お姉さまと並んで、ライスが最も信頼してるヒト。
「「「ラストさん!」」」
「何が悲しくて、これから気合い入れて行こうって時に落ち込まなきゃいけないんだ。笑って行けば良い、そうだろう?」
暗闇から紺の髪を閃かせ、彼女は現れた。トレセン学園に入ってからずっとライスを応援してくれて、ライスと一緒に走ってくれて、ライスと共に在ってくれた大事な同期!
そんなラストさんは和やかに微笑みながら、ライスの腰をポンポンと叩いてくれる。その衝撃の度に緊張の糸がほどけて、体の強張りが失せていくようだった。
「……ありがとう、ラストアンサー。ライスを勇気付ける役回りじゃ、貴女に敵う気がしないわ」
「そんな事じゃ困るよ、
「待ってラストさん!ライスが迷ったのが悪いだけで、お姉さまは──アタッ」
「ライスはライスですぐ謝るのやめなさい……でも、分かってる。鳩間さんだって一緒に荒波潜ってきたもんな」
「………
でも代わりに発生しかけたお姉さまとラストさんのいさこざに、またパニックになりかけてしまった。ライスのこういうとこ、一向に直る気がしないなぁ。
と、次に口を開いたのはブルボンさん達で。
「そういえば、ラストさんのトレーナー──芝田トレーナーはどちらに?」
「客席。もう言うべき事は
「ほほう、それは即ち勝利を確信しているという事でしょうか?」
「まぁ……ね」
「!!!」
寄越された視線に気が引き締まる。そうだ、今日のラストさんは……
「負けないよ……ラストさん相手でも、ライスは!!」
「……私がこの宝塚にどれだけ懸けてきたか。知ってて尚言ってるか?」
「うんっ!!」
前々からずっと、ラストさんは今日この日に執着していた。それを近くで見てきたから知らない訳がない、でもライスにとっても今日は大事なレースなんだから!
「うむ。ええ、2人とも良い目をしてます。私も久しぶりに熱くなって参りましたとも」
バクシンオーさんが、そんなライス達を見比べながら言う。
「私もブルボンさんも、トゥインクルシリーズを引退した身。御二方とターフで汗を共には出来ません──しかし!いやだからこそ!私達の分まで、熱く、良いレースをお願いしますッ!!」
「うんっ!任せて、バクシンオーさんっ」
決意を新たに顔を上げる。これでもう何も怖くない、友の声援がライスを今度こそヒーローにしてくれた。いや、今までだって何度も!
だから今日も………なんて、思ってた。
「バクシンオー」
「何です?」
「てい」
「ちょわーッ!?」
ラストさんが、光り輝くバクシンオーさんのおでこに指を叩きつけるまでは。
「コマンド:デコピンを認識。何か気に入らない発言でしたか」
「いや、最高の音頭だった。ありがとう。でもこのままじゃ会話終わりそうだったから、つい」
「終わったら何か不味かったですか!?」
「いや……締めくくりは、私に任せて欲しいんだ」
「ラストアンサー……?」
お姉さまの訝しげな呟きをよそに、今度はラストさんが姿勢を改めて私達に向き合う。まず、ブルボンさんに向けて。
「ブルボン。お前と黒沼トレーナーのやり方は、万人にそぐうとは限らない。お前自身にさえ完全に合ってるとは断言出来ない、それは分かっているか?」
「……ええ。ですが、覚悟はあります」
「なら良い。信じ続けろ。貫き通せたならそれが正解で、正義だ───自分の心と体を大事にな。復活を祈ってる」
彼女の右足に目をやってから、叱咤と激励。受け取ったブルボンさんも、鋭い目付きと首肯でそれを飲み込んでいる。その所作だけで、その走りがまだ死んでない事がよく分かるように。
次は、バクシンオーさん。
「バクシンオー、お前は……まぁ良いか」
「ちょわわ!?この流れでそれは寂しいですよっ」
「冗談に決まってるだろ。まず一つ目、“
「グハァ」
「し、しかしRRLIだとなんか収まり悪くないですか!?私としては4人で絶対合わせたかったんですよッ」
「……クッ、く。その素っ頓狂さを忘れないでくれ。驀進するお前にどれだけ勇気付けられたか。いつか長距離、勝ってくれよ」
その提唱者であるバクシンオーさんはしかし、苦言を呈され血を吐きながらも食い下がる。それを見てラストさんは、笑う。
「フッ。当然、その為にもまずはフライトさんにマイルで勝ってみせますとも。ちなみにここだけの話ですが、勝った時に告白するつもりです」
「ステータス:初耳を検知」
「えっ、フライトさんをバクシンオーさんが……!?」
「いやはや、私自身こんな感情があったとは知りませんでしたとも。しかし気付いたら、フライトさん以外を想像出来なくなってまして……もし彼女が快く付き合ってくれたのなら、長距離制覇の折にプロポーズしたいとも考えていますので。ラストさん、その時は仲人役をよろしくお願いしますね!」
「取らぬ狸の皮算用が過ぎる……いや応援はしたいけど、うぅん」
ここでの爆弾発言に思わず動揺してしまう。お姉さまなんて思わず呆れ声を出してしまった程だ。
対し、ラストさんは何故か残念そうにこう言った。
「………悪い、パスだ。そういうのはライスが適任だろう、名前的にも」
「うぇ!?」
「そう仰らず!叶うなら2人で、いやブルボンさんも含めた御三方で!!ところでしかし、なぜ急に改まって?」
「さて、な。言いたくなる時もあるだろう、なぁブルボン」
「想像:バクシンオーさんとフライトさんの結婚式───エラー」
「「「
その憂いに気付かないまま、
「ライス。ちょっと……お願いがあるんだ」
「何でしょうか?」
「
「……?」
要領を得ない。ラストさんにしては珍しい、意味不明な言動。
だって、ラストさんはウマ娘。決して男じゃない、兄じゃない。“お姉さま”って呼び間違えそうになった事こそ両手じゃ数え切れないぐらいあるけど、そこを誤りそうになった事は流石に無いぐらいだ。
でも、そう頼んでくるラストさんの表情は、見た事ないぐらい切なそうで。
苦しそうで。
応えてあげなきゃ、それはもうヒーローじゃない。
初めて口にしたはずなのに、その一言はとても口に馴染んだ。
でも違和感を覚える前に……抱擁。
「ゎ……っ?」
「ッ……………!!」
壊れちゃうんじゃないかってくらい抱き締められる身体。でも危機感は無く、抗う気なんて起きない。起きてたとしても、行動にする前にはすぐ離されていた。
そこに、悲しげなラストさんはもういなかった。
「ありがとうな、ライス」
「どういたしまして」
さぁ、もう良い頃合いかな。心がぽかぽかと温まって、身体に熱が伝わったみたい。それはきっと隣のラストさんも同じ!
「勝負だよ、ラストさん!」
「ああ!勝てよ!!!」
「勝つ気で来い、でしょっ!!」
些細な
「……待って。待ちなさいラストアンサー、何を……っ!!」
「ストップです、鳩間トレーナー。ここから先は出場者以外立ち入り禁止区域になってしまいます」
「違うのミホノブルボン!一つ、聞いておかなきゃ───」
そうしてライスは、走る。
ライスはステイヤーだ。長距離を長時間、ずっと耐えて耐えて耐え忍んで……最後まで走り続ける。本領はそっちの方。
中距離じゃスピードに乗り切れなくて、大一番では勝てたことが無かった。
日本では中距離での実績が重要視される。ライスはもっと……もっと皆のヒーローになりたかった。
皆の願いを叶えたかった。
だからこの宝塚記念は、ある意味無謀な挑戦だった。
《最終コーナーに差し掛かり──ライスシャワー上がる!よく伸びる、悲願なるか!》
でも、今日は何かが違っていて。
足が良く回る。無理に加速して空回ってる訳じゃなく、末脚が出ずに伸び悩んでる訳でもない。
これは……そうだ。
(───ラストさんの走り方!!)
このトレセン学園でずっと見てきた疾走。それを今ライスは出来てる、それが今ライスに宿ってる!
今まで上手くいかなかったスタミナの爆発のさせ方が、ここに来て急に身に付くなんて?!
「……そうだ。それだよ、ライス!」
「ラス──」
この飛躍が、私に待ち受けていた“運命”なのか。あの悪寒は、それを前にした武者震いに過ぎなかった?
そんな疑問を挟む暇さえ与えないかのように、並んでいたラストさんが叫んだ。背中に衝撃、強く叩かれたのだと後から気付く。
「行ってこい、未来へ!!!」
微かに痛み。バ道で励ましてくれたような優しさの無い、力任せな手。
でも妨害なんかじゃないのは分かり切っていた。だから、その全てを推進力に変えられた!
「っ───うんっ!!」
もう振り向く事も無い。託された祈りを祝福に変える、それがヒーローの役目だもの。
観客席がどよめく。喜び?驚き?それが私に向けられた物だったら嬉しいな、力に変えられたらなって思いながら。
そうしてライスは、走る。
でも、不満はあった。
結局ラストさんは、ライスをライバルとして見てくれてなかった。レース中に相手を応援するなんて、嬉しいけど失礼だよ。私ってそんなに頼りない?……頼りないかも……。
けどもやもやする気持ちに嘘は付けない。だからこうして、ライスは走る!
ラストさんがライスを心配する余裕が無いくらい、心置きなく敵視できるようにっ!!
「はぁぁァアアアアッ───!!!」
全身全霊。一気呵成。考えられる全ての全力を込めた私の速さは、とうとう願いを叶えてくれた。ライス自身とライスを応援してくれた人達の、ライスに一着になって欲しいという願いを。
いの一番に突破したゴール板は、瞬く間に視界の後ろへ消える。勢いが強過ぎて止まるのも一苦労、静止するまで多くの制動を要してしまった。
でも、やった!!
「やったよ、
一緒のレースを走り終えた時、いつも彼女は後ろから歩み寄って声をかけてくれた。今回だってきっとそうだ、そしてその時が楽しみだ。
早く呼んで。そうしたら振り向いて、その顔を見られる。いつもみたいに喜んでくれてるのかな。今回こそ悔しそうな表情なのかな。ああ、楽しみだ、だから早く……
……来ない。
「──兄さま?」
違和感に気付いたのはその折になってやっと。自分がラストさんを兄呼びしていた事も、ラストさんがいつまでたっても寄ってくる気配が無い事にも。
振り返れば良い。ラストさんが今どこにいるか、この目で見て確かめればいいだけの事。なのに首が石の輪で固められたみたいに動かなくて、ただ待つ事しかできない。何が私を奏させるのか、何も分からない。
徐々に膨れ上がる不安に押し潰されそうになって数秒。やっと、肩が叩かれた。
「ラストさんっ!…ぁっ」
「アンタ気付いてないの!?」
汗だくのタイシンさんが、私の肩を掴んで叫ぶ。その指差す方向に、何故か瞳が向いてくれない。既に分かっている事を、その理解を拒むみたいに。
でももう、目を逸らせなかった。まず目に入ったのは観客席で、でも誰も私を見てなかった。
彼らが向き、叫んでいる方向。それと、タイシンさんが指さす延長線の、交点。
第4コーナーの入り口。
その瞬間に全てを理解した。
理性が一瞬で感情を置き去りにして現実を受け入れ、反動みたいに引っ張られた感情がそれを前に発狂した。
そうだ。ライスは本来、
その筈だったんだ。そうなるのが運命だったんだ。
でも今この瞬間、ライスはゴールを越えていて。あそこにライスはいなくて。
じゃあ、今あそこにいるのは誰?
バクシンオーさんが抱いて、懸命に呼びかけてるのは誰?
走り終えたウマ娘達の中に、いないのは誰?
誰が此処にいなくて、誰があそこにいる?
いない。
いなくちゃいけないヒトが、ここにいなくて、あそこにいる。
緑の芝を赤に染めて、あそこにいる。
あんなに遠いのに、顔が見えた。
優しい光を湛えていた瞳が、黒く濁ってた。
私は、
誰と、
引き換えに、
ここにいる?
歯の根がなるのを止められない。頭がぐちゃぐちゃになって痒くなって、鳥肌を掻き毟って、
絶叫した。
ねえ、ラストさん。
ライス、引退するよ。
ラストさんが残した出走予定表、やり切ったから。
ジャパンカップも凱旋門賞も、有馬記念も。ラストさんの代わりに走ったから。
それにきっと、最後の有馬記念。ラストさんならああしたよね。
無理しようとしたローレルさんを、ラストさんなら止めたよね?
ライス、やったよ。
あの日から使えるようになってた、ラストさんの領域。使って、止めたよ。
これで良かったんだよね。
だってライスは、ラストさんが望んだように未来を見てる。
あの日で止まる筈だった時間を超えて、続く筈の無かった運命からラストさんの運命に乗り換えて、見れなかった筈の明日を生きてる。
だからこれで良い。
良いんだ。
………なのに、ね。
体は先に進んでるのに、心が止まったままなんだよ。
あの日、ラストさんと一緒に、京都レース場に取り残されたままなんだよ。
ラストさん。
私、走るのをやめるんじゃないの。
もう、走れないの。
気持ちがついてきてくれないの。1年半前のあの時から、これ以上持って来れないの。
嫌だよ。
戻ってきてよ。じゃないと、ライスはライスを許せないもの。
その為なら何だってするから。兄さまって、何度だって呼んであげるから。
だから、だから。
どうか。
「───病室にも入れず外で蹲ッてちゃ、伝わる言葉も伝わらねェだろ。バカ先輩がよ」
「バクシンオーちゃん!?」
「私は、ラストさんをっ!!」
ブルボンは血を吐くようなリハビリの末にドリームトロフィーリーグで復帰し、バクシンオーは血眼で距離適性延長に挑み続けてます
次回更新は水曜昼!