SCP-000『オール・イン・ワン』 Object Class: Thaumiel / Apollyon 作:アママサ二次創作
「あれヴィランか?」
まだ高い日の中で、その黒い影だけは真っ黒に。
まるでそこだけ光が吸い込まれているかのような存在感を放っている。どのような個性かはわからないが、闇そのものと言っても過言ではない。
「一応声をかけるのか?」
「そうですね。パトロール中ですし、例え市民であってもあそこまで大っぴらに個性を使っているとなると問題です」
「想定されているヴィランの個性はなんだ?」
3人でその黒い影──おそらくは背を向けて離れていこうとしている──それへと足早に近づく中、戦闘を想定した要はパトロールをしている理由である殺人事件を引き起こしたであろうヴィランの個性を尋ねる。
「私が声をかけますので、2人は下がっていてください」
問いかけに対してカインがそう答えたのは、まだ調査段階であり、現在は『死因としてしか認識されていない』それを、個性として伝えるのを躊躇ったからである。
いつでも距離を取れるようにしつつ、カインはその黒い影の塊へと近づいていく。自身の個性の攻撃反射能力が個性による非物理的な攻撃、例えば心操の洗脳や相澤の抹消に対しても効果があるのは確認済みであるので、警戒しつつもその動きによどみはない。
そして──。
突如として振り返った黒い影が、ゆっくりと腕をかかげ。その腕を、カインの胸元へと突き出した。
常人並の、3人からすれば緩慢とも取れる動きで突き出された手を見たカインは難なく躱して距離を取る。それもある程度は想定していた動きだ。他を一切傷つけずに心臓だけを抜く、という状況に対してまさか直接手で来るとは思わなかったが。
「やはり、2人とも気をつけてください。心臓を抜かれます」
「心臓だけか!?」
「おそらくは」
淡々としたカインの指示に対して、十影は大声で問いかけながら黒い影へと向かって飛びかかっていった。十影もカインもそうなのだが、基本的に死なない個性な上に異形系で体の構造がそもそも人でないせいか無茶をしがちである。普通なら様子を伺いつつなのだが、そういう考えがほとんどない。くらってみてから考えるというスタンスなのだ。
ゴーグルをおろした要がカインの斜め後ろへと移動しながらウェポンを取り出す。
「俺はどうする?」
たずねている間にも、十影が胴体に対して攻撃を加えるも効果はなく。代わりに再び心臓を狙って突き出されたであろう影の腕は、弾こうとした十影の腕をすり抜け、その胸へと何の抵抗もなく入り込んだ。十影の本気を考えれば遥かに遅い動きだが、攻撃が通じるかどうか。そして。
攻撃を受けたらどうなるか、確かめるためにあえて一度当てて喰らうことを選択したのだ。
「うぉっ! まじだ!」
悲鳴、というよりは素で驚いたと言いたげな十影の声と同時に、つきこまれていた影の腕が引き抜かれる。そこには、脈打つ赤い何かが──。
あえてはっきりと言うならば、十影の心臓が掴まれていた。そのまま影は、通りを奥へと走っていく。途中で路地へと消えてしまうが、その瞬間には3人とも動き出しており、すぐに影の背中を路地の奥に捉えた。
「グランガチは大丈夫ですね。追いますよ」
痛そうというよりは胸の中身が無くなって気持ち悪そうに胸を叩いている十影を一瞥したカインはそのまま通路の奥へと走り出し、それを要と十影もすぐに追う。軽々と走る十影と端末で他のヒーローに連絡しながら走るカインに対して要は置いていかれないように必死だ。
「治った」
こともなげに言う十影は、おそらく無くなった心臓が復旧したと言いたいのだろう。相変わらず呆れた回復能力だ。そもそも心臓が大小2個ある上に即席で増やせる十影にとって、心臓を手で抜きにくる相手は特段怖い相手ではないのだ。しかもおそらく全部無くなっても復活する。
「ああそれと、要、じゃねえエージェント」
そんななか。全力で走っているので答える余裕の無い要に対して十影が話しかけてくる。
「あれさ、もしかしてオブジェクトじゃね?」
その十影の言葉に、要は目を剥いて十影の方を見上げ。
そのまま地面の段差に気づかず躓いた。
「大丈夫か?」
「……悪い。助かった」
とっさに手を伸ばした十影に猫のごとくぶら下げられたまま搬送してもらうことを選んだ要は、十影の発言に意味について訪ねた。
「なんであれがオブジェクトなんだ?」
その問いかけに対して、十影は首を捻る。
「あー、なんつーか……勘?」
あまりにも抽象的な答えだが、その答えの秘める意味に要は気づいた。
「お前自身、というよりは682の勘、か」
「そういうこと」
十影の言うことに要がうなずくと同時、話を聞いていたカインが視線を影に据えたまま話に入ってくる。
「確かにもとの682はオブジェクトの異常性を理解していたようでしたが……それが感じられたということですか?」
「多分。あー、いや。あん時みたいに詳細はわからねえ。ただ、なんつーか個性じゃない感じっつーか。違う感じがする。俺たちみたいなオブジェクトに似た個性とかじゃない、って感じはわかるんだけどよ。あと背筋が粟立つ、って言えば良いのかな。ゾクッと来る感じだ。と言ってもさっきの一瞬だけだけどな」
「そうですか……」
何かを思案するカインとともに、自分で走る必要が無くなった要も脳内で報告書をめくっていた。要のこの個性、報告書を読み込みすぎたからか、ある程度の検索のようなことが出来るようになっている。検索と言っても報告書の単語ではなくイメージのようなものだが。
今回イメージするのは、目の前の黒い影。
だが。どうも報告書がいくつか見えようとしているのに、該当しそうなものが見当たらない。一つぼやけているもの謎だ。
と。
いつの間にか街を突き抜け、森に突入していた十影とカインが足を止める。慣性のままに十影の腕の先で振り子のごとく揺れていた要は、その腕をタップして降ろしてもらうように告げる。
「サンキュ────」
そして目の前の。
「あの扉の中に入っていきましたね」
「アジトってことか?」
くろぐろとした。
ポッカリと口を開けるようにして存在するその小屋に。
全身にゾワリと悪寒が走るのを感じた。そして同時に、脳内の報告書がイメージから取捨選択され、ぼやけていた一つが検索結果として現れるのも。
「最悪だ……」
「何故ですか?」
ポツリとこぼした要の言葉にカインが反応する。それに対して要は、あなたも知識として持っているはずだと。こう答えた。
「SCP-1983だ」
要の言葉に十影が続きの説明を待つ中、自分の記憶からそれを知ったカインは、ああ、と。要に肯定を返した。
「どうやら、その可能性が高そうですね」
******
SCP-1983《先の無い扉》。オブジェクト自体はその異空間へとつながる扉の存在する小屋も指定されており、黒い影は、言ってみればそこに巣食う、あるいはそこから出てくる存在だ。2つの存在を合わせて一つのオブジェクト。だからこそ、要の検索に対してぼやけて結果がかえってきたのである。
「近隣を封鎖しましょう。他のヒーローにも伝えます。警察にも連絡します」
「出来ることなら、だが。動物を集めるべきだ」
「グランガチでは駄目ですか? 心臓復活するでしょう?」
要の提案に対して問を返しながらも、カインの端末を操作する指は止まらない。おそらくそちらはヒーローネットワークの近隣チャンネル。つまりは近くのヒーローにのみ伝わるメッセージといったところだろう。
「いや……可能性の話だが、グランガチの心臓から1983-2が生まれた場合、通常の1983-2よりも強力、あるいは俊敏になる可能性がある」
「……なるほど。そうですね。ですが動物……」
要の答えに、そこまでは想定していなかったカインは顎に手を当てる。が。
「ひとまず警察に連絡します。それまでに出てきた場合には時間稼ぎをお願いします」
2人にそう告げると、カインはどこかへと連絡をし始める。
「オブジェクトか?」
「ああ。さっきの黒い人影と、この扉の向こうに広がる異空間で構成されたオブジェクトだ」
「なるほどね。だから人影だけじゃあ気づかなかったのか」
「まさかいきなりオブジェクト引き当てるとは思ってなかったからな」
いくらオブジェクトを警戒しているとはいえ、全てをそう見るのはよろしくない、と要は考えている。むしろそっちの方が事例は少ないし、オブジェクトを警戒するあまりヴィランやその個性に対応出来ないとあっては意味がないからだ。
「んで、どうやって倒すの」
「……まず相手が正真正銘オブジェクトなのか、それとも俺たちみたいにもと人間なのかが問題だ。俺の知ってる対処法は、相手を殺すことしか出来ない。……試すことは出来るけどな」
「どうやんの?」
「銀の弾丸だ。祈りを込めて放つことであの黒い人影──1983-2を消滅させることが出来る」
それが、報告書に記載されたあの黒い人影の潰し方。その方法で倒しつつあの扉の向こうへと侵入し、奴らの魂とも言える奪われた心臓を破壊する。そうすることで、あのオブジェクト。SCP-1983は無力化、すなわち推定《Neutralized》された。
「祈りと銀が大事ってことか? それならわざわざ銃にしなくても大丈夫そうだけどな」
要の言葉の意味を正確に汲み取った十影は、その試す方法を口にする。つまり、銃弾なら高威力過ぎて殺してしまうのなら、もっと威力の低い銀で対処すれば良いのではないか、ということだ。例えば棍棒とかパチンコとか。
「だが向こうの言葉では、『突破口』という意味で『Silver Bullet』、すなわち『銀弾』を使うことがある。その言霊が意味を成しているとするなら、弾丸以外は意味がないということになる」
「なるほどなー。試すのも命がけだしな」
そして、それ以前に重大な問題が一つ。
「そしてそもそも、銀の弾丸なんて普通は持っていない」
だが、だからこそ。
要は彼女に目をつけていたし、彼女の職場体験先を記憶していた。
カインが警察への電話を終えて、2人の方へとやってくる。
「警察、プロヒーロー共に声をかけました。アベルとビルダーベアもこちらに向かっているようです。突入要員としてブライトにも声をかけました」
「銀の弾丸は?」
そう問いかける要に対して、カインは表情を崩さないまま答える。
「それはあなたの方が用意できるのではありませんか?」
その言葉に、要は決めた。
「八百万を呼ぶ。ウワバミに連絡を」