人形師の使い魔   作:アスラ

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お待たせして申し訳ありません<m(__)m>
どうにか一か月未満で行けました。
ようやく完成したので投稿します。


双貌塔イゼルマ:16

 蒼崎橙子という檻を突き破り、怪物の魔の手が出現する。

 茨のような刺々しい触手と鉤爪が、主を害した敵対者を喰らわんとマイオへと殺到する。その速度は圧倒的で、他人の干渉を容認させないほどだ。

 いや、正確には速度だけではない。

 名前、全容、正体。全てが不明な怪物の異様に、大小差はあれど魂から打ちのめされているからだ。事実、権謀術数渦巻く時計塔を生き抜いてきたバイロン卿が恥も外聞もなく声にならない悲鳴を上げている。

 そして、声にならない悲鳴を上げているのはマイオも同様だった。

 

「ぁ……あぁ……!」

 

 腰を抜かし、情けなく床にへたり込む。眼前に迫る死に、彼はなにもできなかった。

 ヘビに睨まれる蛙のように。

 捕食者を前にした被食者のように。

 そして、怪物の触手がついにマイオへと辿り着く。

 

 しかし。

 ロビーに響いた音は、触手が肉を締め付けるものではなく、甲高い衝突音だった。

 

「あれは……」

 

 グレイの口から驚愕が漏れ出る。

 仕方のないことだろう。それほどまでに、彼女の目に飛び込んできた光景は予想だにしないものだった。

 ル(・)ー(・)ン(・)の(・)防(・)壁(・)がマイオを怪物の魔の手から守っていたのだ。怪物の触手は防壁を破ろうと攻撃するが、びくともしない。

 よく見ると、彼の右ポケットから強い光が発せられていた。そして、ポケットが膨らんだかと思うと、中から発光したルーン石が浮遊しながら出現した。

 魔術に明るくないグレイでも、その石の正体は察せられた。おそらく、所有者の危機に反応して防壁を張る一種の魔術礼装なのだろう。

 だが、解せないことがある。蒼崎橙子の中から現れた怪物は恐るべき力を持っていると容易に察せられる。ソレの攻撃を防ぐほどの礼装を、薬師であるマイオが製作できるはずがないのだが……。

 グレイが疑問視していると、答えは意外な人物から齎された。

 イスローだ。

 

「あれは……ミスターアルスが作った……」

 

 言って、彼は懐から何かを取り出す。

 それは、今マイオを守っている礼装と全く同一の物だった。

 なるほど。経緯は解らないが、あれはアルスが製作し二人に与えた物らしい。

 ならば、これほど皮肉なものはない。主を殺した下手人が、自身が作った礼装によって守られているのだから。

 

「ひぃッ!ひぃぃ……!」

 

 だが、アルス謹製の礼装も完璧なものではない。

 魔術師が全力を尽くして張った防壁ならともかく、石に刻まれたルーンだけでは怪物の猛攻に耐えきれるはずもない。証拠に、身を丸め怯え切っているマイオを守る防壁にみるみる罅が走り、礼装の光も徐々に弱くなっている。じきに防壁は破られ、マイオは怪物の胃袋へとご招待されるだろう。

 カリーナを殺した犯人は死亡し、ライネスに掛けられた濡れ衣も晴れ無罪放免。

 グレイにとって最上の結果を伴って、Ⅱ世たちと共にロンドンに帰還できるだろう。

 ……それでいいのか、本当に?このまま喰われるありえた自身の可能性(マイオ)を傍観してていいのか?

 ぐるぐるとグレイの思考が渦巻く。右手に持つアッドが声をかけてくれるが、それでも踏ん切りがつかない。

 と、その時だった。

 今もなお身体を砕けさせながら怪物を収める『匣』となりつつある蒼崎橙子と目が合ったのは。

 彼女の瞳には僅かながら光が灯っていた。しかし、それもあと数秒のうちに消え去ってしまうだろう。

 そんな状況でありながら、彼女はグレイに微笑んだ。そして、口を動かす。

 音は発せられなかった。肺を含めた内臓がほぼ全損している状態では、微かな息が漏れ出るのみだった。

 しかし、それでも。

 グレイには、蒼崎橙子の遺言をしっかり聞き取ることができた。

 

『悔いなき道を』

 

「ッ! あああああああああッッッ!!」

 

 グレイが奔る。最期まで何にも縛られずに己が道を突き進んだ女性を見習うように、内から湧き起こる衝動に身を任せ怪物の触手を叩き斬る。

 

「マイオ!」

 

 白銀姫とレジーナがマイオに駆け寄る。自身の夢の為に死んでくれと宣われてもなお、彼に対する想いは捨てきれなかったようだ。

 

「グレイ!」

「……すいません師匠。このまま見過ごすことが、賢い選択だったかもしれません。でもっ!」

 

 怪物の興味が自身に向けられ始めていることを感じ取りながら、グレイは触手を迎撃する。

 

「この人は……拙のあり得た未来です。一歩を踏み出すことの出来た拙です。だから……ッ!」

 

 己の内に渦巻く感情を吐き出しながら。

 故郷の人達が望む英雄と成り果てた自身を想像しながら。

 グレイは思いの丈をⅡ世に伝えた。

 

「……やれやれ」

 

 そんな言葉足らずな弟子の想いを、師匠はしっかりと汲み取る。

 彼は眼鏡を外し、匣と成り果てた蒼崎橙子を観察する。

 見れば見るほど恐るべき空間だ。現実世界に干渉できる時間と範囲を限定する代わりに、奥にいる本体には手出しできないようになっている。冠位魔術師が施した、怪物の無敵性と恐怖感を両立させる術式によるものだ。

 しかし、やりようはある。

 一見無敵に見えようとも、私たちならば攻略できる。

 予感ではなく確信を持って、Ⅱ世は生徒達に号令を下す。

 

「スヴィン、やれるか」

「七割なら」

「ではグレイと共に触手の迎撃を」

 

 人狼の身体を纏い、スヴィンがグレイの傍らに立つ。

 

「フラット、あの空間を固定している術式に介入しろ」

「わっかりました教授!」

 

 満面の笑みで敬礼したフラットが、床に座り込みペキペキと指を鳴らす。

 

「ライネス、全員の援護を頼む」

「そう言われると思ったとも。用意は既に完了しているぞ我が兄」

 

 トリムマウを流体に戻し、臨戦態勢に移行するライネス。

 

 全員の準備が整ったことを確認し、Ⅱ世はイノライとミックに顔を向けた。

 

「ロード・バリュエレータ。ミック・グラジリエ。あれを押し戻します。バイロン卿たちを保護してもらえないだろうか?」

「まあ、自分の派閥の人間だからね」

「雇い主(ロード・バリュエレータ)の意向に従うさ」

 

 イノライが色砂を撒いて結界を張り、補助する形でミックが術式を展開する。

 その様子を確認し、Ⅱ世は未だに逃走する素振りを見せないアトラムに話しかけた。

 

「てっきり逃げるかと思っていたが」

「無論そうするつもりだったとも。だけど、せっかくなら君達のお手並みを拝見したいじゃないか」

「見物料は頂くぞ」

「いかようにも」

 

 気障ったらしく微笑むアトラムに辟易しながらも、Ⅱ世は最大の懸念に向き直った。

 主を失ったばかりの使い魔(アルス)だ。

 

「ミスターアルス、今から私がする事を見逃してくれないだろうか」

 

 主から手出し無用と言い含められている為、無視して怪物の対処に当たっても問題ないかもしれない。

 それでも、Ⅱ世は念押しするように確認した。

 何故なら、彼が独自にやろうとしていることはアルスの逆鱗に触れる可能性があるからだ。

 Ⅱ世の頬にじっとりと嫌な汗が浮く。緊張から、アルスの返答を待つ時間が無限にも思えてくる。

 

「安心しな。俺からどうこうするつもりはないさ」

 

 意外にも、アルスの返答はあっさりとしたものだった。

 

「……よろしいので?」

「主に従うのが良い使い魔ってものさ。それに、手出ししない方が面白そうだからな」

 

 だから思う存分抵抗してみな、とアルスは手を振りながらイノライ達の元へと歩いた。

 その様子を確認し、Ⅱ世は最後に再度グレイへと話しかける。

 

「グレイ、よくやった。あんな怪物に犯人をくれてやるなぞエルメロイの沽券に関わるからな。私たちの手でケリを着けてしまおう」

 

 無論、額面通り言っている訳ではない。本音ではさっさとマイオを喰って棲家へとお帰り願って頂いて欲しかったのだろう。

 しかし、弟子が自分の身体を張ってまでやるのだ。それを手助けするのが師匠というものだ。

 自らの信念の下、怪物を弟子たちに任せⅡ世は目的の物を捜索するのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 匣から出現する無数の触手が、敵対者を屠らんとグレイとスヴィンに殺到する。物量と威力を兼ね備えた恐るべき攻撃が、四方八方から襲い掛かる。

 対して二人は、それぞれが己の実力を十全に発揮して対処する。

 グレイはライネスによる援護により強化された身体能力と死神の鎌(グリムリーパー)でもって触手を叩き斬り。

 スヴィンは魔力で編んだ分身体で翻弄しながら、力任せの一撃で触手を引き千切る。

 

「本当に見てるだけでいいのか?」

「それが橙子の願いですからね」

 

 その様子を、イノライとアルスは並び立って眺めていた。

 

「それに、俺が手を下さずともマイオは終わりますからね。ブリシサンからは切り捨てられるでしょうし、当の本人もあの様子では……」

 

 アルスの視線の先には、白銀姫とレジーナに労われながらも未だに震えが治まらないマイオの姿があった。彼の顔は血の気が引き真っ青を通り越し土気色で、絶対的な死という恐怖を間近で浴び続けたせいか一気に十年以上老け込んでしまっている。髪も老人のような白髪に脱色しており、傍目からはやつれた中年にしか見えなくなっていた。

 

「そんな事は百も承知さ。オレが言いたいのは、あっちの君主(ロード)の事だ」

 

 イノライが指差した先には、橙子の鞄を解析するⅡ世がいた。

 主の礼装を勝手に弄られていいのか?と言いたいのだろう。

 

「研究室に籠って本格的に精査するならともかく、急ぎの解析では深奥まで辿り着くのは不可能ですよ。いくら術式を見抜くことに長けているとしても、そこまで甘い構築をしている訳ではないので。仮にアレの座標を特定できたとしても、接続するような愚行は侵さないでしょうし」

「当たり前だ。あんなものが時計塔に溢れてみろ。確実に時計塔は半壊するぞ」

 

 全壊ではなく半壊。

 もちろん、怪物の実力を甘く見ている訳ではない。むしろこの場ではアルスを除き誰よりも理解しているだろう。

 その上で、彼女は『半壊』と表現したのだ。

 この一言だけで、時計塔の底力を垣間見ることができる。

 

「それより師匠、今はエルメロイ教室が奏でる五重奏(クインテット)を鑑賞しませんか?」

「それもいいが、オレの事情を優先することにするさ」

「事情?」

「なに、馬鹿弟子に対する簡単な質問さ。……後悔させてないだろうね?」

 

 誤魔化しは許さない、と右手に砂を纏いイノライは問いかける。

 下手な答えを示せば、トリムマウを拘束した砂絵の魔術が即座に発動するだろう。

 

「もちろん、させていませんよ」

 

 そして、アルスは即答でもって師の問いかけに答えた。

 問いかけられてから、一秒にも満たない速度だった。

 

「……本当に?」

「ええ、家族に誓って」

 

 君主(ロード)ではなく師匠の一面でもってねめつけるイノライに、アルスは微笑でもって応える。互いに言葉はなく、静かな威圧感が周囲を圧迫する。

 しかし、ソレも長くは続かなかった。イノライがフッと肩の力を抜き、右手に纏わせていた砂を腰にくくらせた小袋に戻したのだ。

 

「ま、今はそれで勘弁してやるさ」

「お眼鏡にかなったという訳で?」

「馬鹿言うんじゃない。棚上げしてやったのさ。ちょうど良いところだからな」

 

 クイ、と指差す先には、橙子の鞄を持ち高説を垂れ流しているⅡ世がいた。どうやら、攻略法を見つけたようだ。

 

「それに約束したからな。今度二人でうちに来た時こってり絞ってやるつもりさ」

「ははは……お手柔らかにお願いしますよ」

 

 フフンと笑うイノライに、アルスはポリポリと頬を掻く。その様子は学院時代の二人を彷彿とさせるようで……。

 そんな二人を他所に、グレイが大槌でもって怪物に鞄を叩きこむのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それで、その後はどうしましたの?」

 

 イゼルマの事件から一週間後。所変わって、時計塔に用意されたロード・エルメロイⅡ世の私室。

 Ⅱ世が万年筆を動かし、グレイが掃除をしている最中、思いがけない来客が続きを催促した。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 剥離城アドラ*1にてⅡ世と縁を結び、指導役(チューター)として彼を指名したフィンランドの名門エーデルフェルト家の現当主だ。

 

「どうもこうもない。怪物が喰いあった影響で私とグレイは仲良く揃って気絶したが、運良く死ななかった。めでたしめでたしという訳だ」

「あら、私がそれだけで満足するような女に見えまして?語り部になるのであれば、最期の一滴まで絞り出すのが義務でしてよ?」

 

 優雅に紅茶を嗜むルヴィアに、Ⅱ世は小さくため息をつく。

 

「マイオは魔術師としては再起不能。バイロン卿に至っては我に返って早々何故殺してくれなかったと詰め寄られたよ」

「マイオは、ミスターアルスの礼装によって五体満足で生還したと聞きましたが?」

「身体ではなく、精神を喰われてしまったのだよ」

 

 如何に魔術師と言えど非戦闘員であるマイオにとって、怪物の脅威に晒された十数秒間は己の精神を崩壊させるに足る時間だった。聞くところによると戦闘終了直後に昏迷状態に陥り、時計塔に連行された現在でも回復していないらしい。

 

「お披露目での詐欺や殺人などの不祥事でイゼルマ領地は凍結。白銀姫やレジーナ、イスローに尋問の手が回っているが大した追加情報は出まい。マイオの暴挙もブリシサンとは関わりない一個人の暴走という形で決着しているからな」

 

 そもそもイゼルマにて発生した二つの事件は、どちらも単独犯なのだ。犯人であるバイロン卿とマイオ以外から訊き出せる情報なぞたかが知れている。

 

「エーデルフェルトも一応民主主義派に属してますので、結構噂になってましたのよ?近頃では一番物騒な事件でしたもの」

「バリュエレータで最も有力な分家が失墜したとなれば仕方なかろうな」

 

 Ⅱ世のこめかみに皴が寄る。

 結果的とはいえ、今回の事件は第三者から見ればエルメロイ派が敵対派閥の力を大きく削ぎ落した形になったのだ。貴族主義派閥の魔術師からは賞賛と融資の話が山のように届けられた。

 そんなこと、誰も望んではいないというのに。

 

「しかし、崩壊したミス橙子の身体から怪物ですか……。これはまた、一騒動ありそうですわね」

「一騒動、ですか……?」

 

 ルヴィアの発言にグレイが反応する。

 確かに、蒼崎橙子の身体から怪物が食い破ってきたのは恐ろしい出来事だ。

 しかし、その事実が騒動を巻き起こすほどのものかと問われれば疑問符が付く。と彼女は考えたのだ。

 その疑問をぶつけると、ルヴィアはソーサーにカップを置き解説を始めた。

 

「いいですか。現在解除されているとはいえミス橙子が封印指定を受けていた事実に変わりありません。彼女の研究成果を目当てに襲撃をかける下郎が発生するのは必然でしょう。ミスターキュノアスが幾度となく返り討ちにしているとはいえ絶対はありません。事実、分断された事もあると聞きました」

 

 それでも返り討ちしたそうですけど、とルヴィアは付け加えた。

 グレイがその話を聞いて思い出すのは、己とフラットを襲った黒猫だ。

 あれほどの使い魔を使役しているのであれば、よほどの相手でない限り負けることはないだろう。

 

「でも、一番の障害であるミスターキュノアスを取り除けた事には変わりありません。脳髄を確保できれば知識の吸出しはできるので、攻撃の手も苛烈になるでしょう。……しかし、今回の件で下手に殺せば怪物の尾を踏む事が知れ渡りました」

 

 下手に殺せば怪物が脳髄ごと蒼崎橙子を食い破り襲い掛かってくる。かと言って手加減できるはずもなく、運よく半死半生状態に持っていけても自殺されれば元の木阿弥だ。

 

「ミス橙子を狙っていた魔術師達は今頃大慌てでしょうね。根本から想定が覆ってしまったのですから」

 

 そう言って、ルヴィアは優雅にカップに口を付けた。

 

「身体が人形だという事は聞き及んでいましたが、いつ入れ替わったのでしょうか?先生はご存じで?」

「まあ、お披露目の直前だろう。いくら卓越した人形師とはいえ一か月もイゼルマの目を欺けるとは思えないし、記憶阻害の薬も意味がないだろう。……あと、先生と言うな」

「あら、指導役(チューター)の方がお望みかしら?それともトレーナー?老師(ラオシー)プロデューサー教官。案はいろいろありましてよ?」

「……先生でいい」

 

 苦い顔をしながらⅡ世は万年筆を置く。

 ルヴィアの減らず口に参ったのだろうが、それ以外にも理由がある事をグレイは知っていた。

 ルヴィアには話していない、あの場にいたエロメロイ派の人間しか知らない事実。

 事は、ロード・バリュエレータが白銀姫達と共に時計塔へ帰還し、アトラム・ガリアスタがⅡ世の忠告を受け立ち去った後に起きた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 アトラム・ガリアスタが部下達と共に去り、月の塔ロビーには自分たちエルメロイ教室の面々と、アルスだけが残った。

 

「俺もお暇させてもらうよ。後始末も終わったことだしな」

 

 言って、彼は優し気に鞄を撫でた。きっとあの中には蒼崎橙子の残骸が入っているのだろう。大半は怪物に喰われたとはいえ、風圧で飛ばされたものもあり、それらを回収・悪用されない為に今の今まで捜索していたのだ。

 そして、その様子を見て途方もなく胸を締め付けられた。当時まだ橙子の身体が人形製だという事を知らなかった自分には、敬愛する主を失い悲嘆に暮れているようにしか見えなかったのだ。

 故に、声を掛けられずにはいられなかった。

 

「ま、待ってください!」

 

 立ち去ろうと背を向けるアルスを呼び止める。

 彼はピタリと足を止めると、振り向かずにこちらへと質問した。

 

「何かなお嬢さん?」

「あの……その……」

 

 この感情は同情かもしれない。もしかしたらアルスを侮辱する事になるかもしれない。

 それでも、声を掛けずにはいられなかった。

 この人も、あり得た未来の自分なのだから。

 

「げ、元気出してください。蒼崎さんも、暗い顔したアルスさんなんて見たくないと思います……!」

 

 思いの丈を叫んだ。

 ……ああ、やってしまった。後悔はないけど、アルスはどんな顔をしているんだろうか?

 怒ってるだろうか?それとも呆れてるだろうか?

 沈黙が場を支配する。万が一を想定してか、フラットとスヴィンがじりじりと自分をフォローできる位置に移動しているのが解る。

 しかし、その行動も無駄に終わった。

 

「……ふふふ」

 

 こちらに背を向けるアルスの肩が僅かに震える。

 そして。

 

「はっはっはっはっはっは!」

 

 面白くてたまらない。と言わんばかりに笑うと、笑顔でこちらに歩み寄ってきたのだ。

 

「いやあ、面白い娘だな!励まされるとは露ほども思わなかった。君ほど魔術師らしからぬ魔術師……いや、魔術使いか?まぁどっちでもいい!初めてのタイプだよ君は!」

 

 あー面白い、とアルスは目じりにたまった涙を拭く。

 

「えっと……アルスさん?」

「ああ、驚かせてしまったかな?すまない、魔術世界で今日日珍しいほどの善人を見て嬉しくなっちゃってね。とにかく、気遣ってくれてありがとう。でも、それは無用だ。何故なら、蒼(・)崎(・)橙(・)子(・)は(・)死(・)ん(・)で(・)い(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)な(・)」

「え?それはどういう……?」

 

 困惑する自分を他所に、アルスは師匠へと声を掛ける。

 

「ロード・エルメロイⅡ世!私(・)を気遣って黙っていたようだが、もう我慢しなくてもいいぞ!思う存分、謎を解体したまえ!」

「……我慢していた訳ではないが、あなたがそう言うのであれば」

 

 師匠は葉巻に火を点け、覚悟を決めたかのようにゆっくりと煙を吐き出した。

 蒼崎橙子の使い魔であるアルスが示した謎を解体する為に。

 

「グレイ、君が同情を示す必要はない。何故なら、蒼崎橙子は今ここで生きている」

「それは……あの鞄の中でという事ですか?」

「違う」

 

 師匠はかぶりを振り、ゆっくりとアルスを指さした。

 

「彼(アルス)こそが、蒼崎橙子なのだから」

 

*1:
『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』の始まり。記念すべき第一巻の舞台となった城。作者はルヴィアが出演すると聞いた時にはひっくり返ったものである。




次回、イゼルマ編第1話から張り続けていた伏線を回収していきます。

感想、評価、推薦、お待ちしております<m(__)m>
執筆への燃料となり作者が喜びます。

投稿するのはかなり先になりますが、FGO編で橙子とアルスが出演する特異点の時系列を決めたいと思います。結果によって、シナリオ構想が変化する予定です。

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