純狐が親バカになる話 作:迦羅
最終話で述べた通り本来はこの小説の番外編を書くつもりは無かったのですが、この度伯封君のイメージイラストを作成してあらすじの欄に貼り付けましたので、その宣伝の為に投稿しました。なのでこれ以上番外編を投稿することは無いと思います。(気が向いたら書くかも)
ただしあくまでも作者のイメージですので、自分のイメージを崩したくない方は閲覧注意です。
「今日はもう上がっていい…ですか?どうしたんですか映姫様!ひょっとして、何処かお体の具合が宜しく無いんですか?私が永遠亭までついて行きますよ!」
「・・・その反応は非常に複雑かつ心外ですが、まぁ大目に見ましょう」
ある日、何時ものように仕事に明け暮れていた見た目十歳児未満こと伯封は、映姫から突然呼び出されて言われた言葉に人生を終えてから一番の衝撃を受けていた。
基本的に地獄での労働は超がつく程ブラックだ。それは映姫と伯封が部下の仕事も進んで行っているのが原因なのだが、大抵はたまの休み以外は二、三時間の仮眠を取ったらまた働き始めるというのが日常であり、早く帰る事が出来た時など数百年働いて一度も無かった。
それを日常としていたのにも関わらずいきなり帰っていいと言われては、先程の伯封の反応も尤もだろう。彼は煽りでも何でもなく、心の底から映姫を心配して言っている。それがわかっているからこそ、映姫も色々言いたい事はあったが全て呑み込んだのだ。
「実は、今日は全閻魔に十王から招集がかかっていましてね。その会議に出席しなければならないので、今日一日は魂を裁くことが出来ないんですよ。情報伝達が遅れてしまってすみません」
「成程…でも、他にもまだ書類整理が残っていますよね?昨日時点でもまだ少ないですけど残っていましたよ」
「それはそうなんですが、昨日伯封が頑張ってくれたおかげで書類の整理は殆ど終わっていて、残っているのは最重要機密の書類が主なんですよ。流石に閻魔である私を抜きにそれを扱わせる訳には行かないので…中には閻魔以外触れないようになっている物もありますし。なのでその辺りは明日片づけましょう」
「わ、わかりました」
「納得してくれた様で何よりです。では私はこれから十王の下へ向かいますので、今日はこれで」
「はい。頑張ってくださいね、映姫様!」
そう言って伯封は廊下から映姫の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
暫くして漸く振っていた腕を下げた時、伯封の心は突然暇な一日が生まれたという事実に対し、改めて驚愕と混乱が渦を巻き始めていた。
「え、こういう時って何すればいいんでしょう。もう少し鬼さんや死神さんとプライベートの話でもしておけば良かった…」
いくつになっても初めての出来事というのはうまくいかないものだ。伯封は暫くの間ブツブツと独り言を零しながら廊下の真ん中でウロウロしていたが、時折横切る部下達の不思議そうにこちらを見る視線に気づき、コホンと咳ばらいを一つ零すことで漸く落着きを取り戻した。
「・・・取り敢えず、お母さんの所にでも行きましょうかね」
母親である純狐ならば何か休日を有効に過ごす手段を知っているかもしれない。というか母親と一緒に過ごせばいいじゃない。その結論に至った伯封は、早速出掛ける準備をすべく、自分の仕事場でもある映姫の部屋へと歩を進めるのであった。
「残念だったな、今日はヘカーティア様も友人様もいないぞ!」
母親に会う為にヘカーティアの手を借りようと月の地獄へと訪れた伯封の耳に届いた声は、クラウンピースの無慈悲な一言だった。
彼女とは映姫がヘカーティアと仕事の話をしている際に一緒に遊ぶ程度の仲なのだが、最近は彼女が博麗神社へと住み着いた為に会うことがめっきり減っていた。なのに久しぶりに会ったと思ったらこの態度。別にクラウンピースに悪い点は一つも無いのだが、正直ちょっと泣きそうになった伯封であった。
「ど、どうしてですか?」
「そんな泣きそうな顔をされてもアタイにはどうにも出来ないぞ。友人様曰く今は仙界に存在する桜が見頃らしくてな、二人で花見に行くらしい」
「今の季節は秋ですよ?狂い咲きもいいところじゃないですか…」
「仙界の気候なんてアタイは知らん!お前に付き合って遊んでやっても良かったが、生憎アタイはヘカーティア様から留守番を任されているから遊べない」
本人曰く本当は一緒に行きたかったらしいが、ヘカーティアが久しぶりに二人だけで酒を飲みたいと言った為に渋々頷いたらしい。
まぁ、確かに自分然りクラウンピース然り彼女達の大人の会話について行けないので、酒を飲むならその判断は適当なのだが。
「うーん、私もピースさんも仙界へ向かう手段が無い以上どうしようもありませんね。わかりました、ピースさんは引き続きお留守番頑張ってくださいね」
「あぁ、伯封も何するか知らんが頑張れよ!」
それだけ言って、クラウンピースは再びヘカーティアの住む屋敷へと戻ってしまった。
母親に会う手段が無いのなら仕方がない。伯封は残念そうに小さく溜め息を漏らした後、靴のつま先部分で地面を二回叩いた。
以前も述べたが伯封は四季映姫から最も信頼されている部下として、彼女が持つ権限のいくつかを貸し与えられている。彼が普段履いている靴もその権限が秘められた道具の一つであり、地獄のあらゆる場所へ一瞬で移動できる能力を持つ。因みにこの靴は伯封以外の人物が何らかの悪意を持って触れた場合、触れた者が一日をかけてつま先から段々と消滅してしまうという恐ろし過ぎる機能を持っている。
これからどうするか悩んだ挙句、伯封が目的地に選んだのは三途の川であった。ここは普段からいる小野塚小町を筆頭に、牛崎潤美や戎瓔花など伯封にとって顔見知りの面子が多く集まっている為、ここに行けば暇くらい潰せるでしょという浅はかな考えである。
まぁ、実際彼の読みは当たっていたのだが。
「あれ、伯封様じゃないですか。こんな所で一体何を――って、今日はもうお仕事は終わりでしたね」
後ろから何百年と聞いた同僚の声がする。地上でも地獄でも、自分の事を様付けで呼ぶ人物などただ一人しかいないのだ。
伯封はそのまま回れ右をして後ろを向き、こちらが振り返ったのを見てニコニコと手を振っている同僚、庭渡久侘歌へと視線を向ける。
「久侘歌さん、ですから私の事はさん付けでいいと何度も…」
「ふふっ、冗談ですよ。その様子を見るに、伯封さんは早めに帰っていいと映姫様に言われたものの、仕事が無くなると言う現象を体験したことが無くてどうすればいいのかわからないといった所でしょうか?」
「どうしてわかったんですか!?」
「ふっふっふ、神であるお姉さんには全てお見通しなんですよ」
伯封からの驚愕と尊敬が入り混じったキラキラとした眼差しに、久侘歌はフフンと得意げに無い胸を張る。これでも一応神なのに尊敬してくれる人が周りに少なすぎるのだ。今のうちに僅かな信仰心を回収しておこう。心なしか彼女の神の中にいるヒヨコも誇らしげだ。
「それはいいとして、確かに伯封さんは休日初心者ですからね…何かやり残した事ややってみたい事は無いんですか?」
「休日初心者ってなんですか?そうですねぇ…あ、そういえば」
「何か思い出しました?」
「その、これを人に言うのは恥ずかしいんですけど…暫く帰っていないせいで家が結構汚れていると思うんです。ですのでこの際掃除をしようかなと…」
恥ずかしそうに少しだけ視線を逸らしながら言葉を紡ぐ伯封であったが、久侘歌としては彼が家を所有しているという事実に驚いた。普段是非曲直庁の仮眠室にいる所しか見ていなかったので、てっきり住み込みで働いているのだとばかり思っていたからだ。
「はぇ~そうだったんですか。それにしても休日にも働くなんて、伯封さんは真面目ですねぇ…よし、なら私が家のお掃除を手伝ってあげますよ」
「え!?それは申し訳無いですよ!私自身の不甲斐なさなのに誰かに後始末をしてもらうのは…」
「それを言うなら私だって何時も伯封さんにお世話になっていますよ。私達映姫様や伯封さんの部下が安心して休日を享受出来るのは間違いなく貴方のお陰なんです。少しくらい頼っても罰は当たりませんよ。というか神である私が断言します。当てません!」
「わ、わかりましたよ。頼りにさせていただきます…」
ぐいぐい来る久侘歌に伯封は困惑しつつも助力を申し込む。流石に人の善意を真っ向から断れる精神を彼は持ち合わせていない。彼女自身が自分に協力してくれると言っているんだ、有難く頼らせて貰おう。伯封は気持ちを切り替えた。
彼の持つ靴は他人を好きな場所に移動させることが出来る程便利な代物ではない。彼は何故か自分の家の場所を知らない筈の久侘歌に手を引っ張られながら、三途の川の上空を横断するのであった。
正直に言おう。庭渡久侘歌は、伯封の家の現状を舐めていた。
普段家に帰っている所をあまり見ないという現状から、伯封の家がある程度散らかっている事は想像に難く無かった。というか結構散らかっていなかったら人の助けなど断るだろう。
だが地獄界ではおっちょこちょいでお子様扱いされつつもなんだかんだ閻魔の側近として実力を見せている彼ならば、散らかっていると言っても所詮は想像できる程度の可愛いものだと思っていた。
しかし、現実は非情であった。
「あっ、久侘歌さん、そこにある箒と虫かご取ってくれません?蜘蛛が追加でもう一匹出てきました」
「またですか!もうこれで六匹目ですよ!?ちょっと待ってください――きゃあ!顔に蜘蛛の巣が引っ掛かったぁ!」
実際に辿り着いた伯封の家は、久侘歌の想像を軽々と超えて行った。埃で廊下や部屋中が白くなっているのは当然で、そもそも家中の至る所に蜘蛛の巣が張ってあり、まともに家の中を動くことすら出来ないのだ。もう作業を開始して二時間が経過しそうであるが、未だに虫の駆除をするのが精一杯で全く家の掃除に着手出来ていない。というかここは幽世の筈なのに何故生きている蜘蛛が存在しているのだろう。
「凄いですね…私今まで神様として長い間色んな人間が住む家を見てきましたが、ここまで汚れているのは初めて見ましたよ。どうしてこうなったんですか?」
「そりゃあ、私この家に戻るの七百年ぶりくらいですし。ここ立地が最悪なんで誰も買う人がいなかったらしいんですけど、私には映姫様の権限があるので大丈夫だと思って無料で譲り受けたんです。そしたら私の仕事が忙し過ぎて譲って貰ってから一度も帰ることが出来なかったっていう…」
「だからあれ程休みはしっかり取った方がいいですよと言ったでしょう!?逆に人の手が付いていない家がよく七百年もったなとも思いますが…全く、伯封さんは変な所でポンコツですね。だから部下の鬼達や死霊にも舐められるんですよ?」
「うぅ…精進します」
元人間であるとはいえ、伯封も既に人外の域に達しているという事をすっかり忘れていた。自分を含めた人ならざる者は時間間隔が狂っているのだ。先程伯封が言った暫くという言葉も人間基準で考えてしまったのが間違いだったのだ。
珍しくダメ出しをされ縮こまる伯封を見て、久侘歌はやれやれと首を横に振る。確かにこういう所をギャップ萌えと言って喜ぶ死神や神も存在するが、今手伝っている自分にとってはたまったものでは無い。引き受けたのは自分なので今更断るような事はしないが。
「・・・一先ず家中の蜘蛛の巣を全て取り去って、人が住める程度の環境にはしておきましょう。このままだと確実に間に合わないんで、もっとペースを上げていきましょうね」
「は、はい!わかりました!」
久侘歌は神になってから何百年と妖怪の山で一人で暮らして来たのだ。家事能力は高い自信がある。既に半日を切った休日を有意義な時間にすべく、彼女は腕まくりをして伯封と共に蜘蛛の巣駆除へと戻るのであった。
因みにこの日以降に伯封が再び家に戻って来るのは三十年程後のことであり、この日の努力も全て無駄に終わるのだが、この時の二人には知る由も無かった。