【ヒト息子ソウル】原作・競馬ミリしらなので安価で進むしかないウマ娘生【転生】 作:やはりウマ娘二次創作界隈は魔境
ちなみに、時々トレーナーが幻視しているのは、アプリ版ウマ娘における固有スキル演出とかで出てくるような感じの何かです。一緒に走っている他のウマ娘達は、より鮮明にそれを感じてます。
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1 『深更の 君へみちびく 月の色』
私が中央トレセン学園のトレーナーになってから早数日が経った。
環境の変化にも慣れてきて、ウマ娘達との交流はもちろん、先輩や同期のトレーナー達との交流もそれなりに増えてきた頃。
私は真夜中に一人、トレセン学園から少し離れた所にある廃れた神社に来ていた。
「雰囲気あるなぁ……」
本当に雰囲気がある。それを助長するように、ざわざわと葉擦れの音が響いた。
調べたところによると、ここは霊験あらたかな由緒正しき神社の成れの果てであると同時に、心霊スポットとしても有名な場所であるらしい。
そのことを思い出したら心做しか寒気を感じ始めたが、気のせいであると努めて無視して奥へと歩みを進める。
なんでこんなところに来たのか。
正直自分でも分かっていない。
ただ、ウマ娘が日常の中で運命を感じることがあるように、私もまた運命のようなモノに引き寄せられたのかもしれない。
そうでなければ、このようなところには来ないだろう。絶対に。
何にせよ、私にそういうホラーへの耐性があるのはとても幸いなことだった。なかったら叫び出していたかもしれない。
それくらい、ここは何か
「なんなの」
分からない。
分からないけれど、このまま帰ったら後悔する。
そんな強迫観念に背を押されて、奥へ奥へ。
数日後、私がトレーナーに就職してから初めてとなる選抜レースが執り行われる。
私は新人として先ず担当ウマ娘を見付けなければならない身だ。
ウマ娘にもトレーナーにも厳しい面があるトレセン学園には、担当を得る能力を持たないようなトレーナーを置いておくような籍はない。
早く出走する未デビュー、未契約のウマ娘達の情報をまとめなければならない。
こんなところで遊んでいる暇は無いのだが、しかし、これまでもこの直感に助けられてきたところはある。だから、私はひとまず歩みを進めるしかなかった。
「うわ」
それなりに長い階段を昇っていけば、最後の段を踏んで思わず声が出た。
色褪せて、苔むした鳥居の成れの果て。片側の支柱が折れていてかつての荘厳さは影も形もない。木々の間から漏れた月明かりに照らされて、その不気味さがより鮮明になっている。
暫く手付かずで放置されているとはいわれていたが、まさかこれ程までとは。
だが、この奥だ。そこまで行けば、きっと何かがある。
恐る恐る鳥居を潜って参道を歩く。
「凄いわね」
目も当てられないくらいにボロボロ。
ここが神聖な場所であったなんて言われても、すぐには信じられないような荒廃具合。
しかし、そんな中でも三女神像だけが不自然なくらい立派な姿を保っていた。
無論、所々欠けがあったりはするものの、それでも綺麗に磨かれていて、しっかりと手入れをされた形跡が見て取れる。
恐らくは、誰かがこの三女神像の手入れをしているのだろう。
私をここに呼ぶ誰かが。
「……」
それが誰なのか。
いや、何者なのか。私は薄々気が付いていた。
そして、その予想は当たっていた。
「っ」
思わず息を呑んだ。
まるで呑み込まれるかのような感覚。
ぐるぐると、違う世界に吸い込まれるような。
踏み出せば戻って来れなくなるような。
丑三つ時は怪異の時間と言われるが、私はその時、目の前の存在を怪異と同じかそれ以上に恐ろしい何かだと感じていた。
朽ち果てた本殿の前、階段に座り込む人影。
そこに居たのは、トレセン学園の制服に袖を通した一人のウマ娘だった。
何やら物思いに耽るように宵の空を眺めている姿は、まるで一枚の絵画の様に見える。妖しさと清廉さを兼ね備えた雰囲気は、触れ得ない美しさを私に魅せていた。
漆のように黒い長髪に、柘榴石のように紅い眼。右耳には割れた髑髏を模した耳飾り。
スカートの下から覗くスラリと伸びた脚は一種の芸術品と言って良いだろう。
ウマ娘らしい整った容姿に、神秘的な雰囲気を纏った少女がそこに居た。
「あ、貴女、学園の生徒よね」
「……何方ですか?」
声を掛けてはいけないような、そんな感覚を覚えるも、こんな時間にこんな場所にいるウマ娘を放っておくことはできない。
立ち上がって問い掛ける彼女に、私は胸元のバッジを指し示して見せる。
「私はこういう者よ」
「……“とれーなー”さん、ですか」
「ええ」
「そうですか……」
おっとりとした様子、というよりは超然的でありながらどこか朧気で霞のような佇まい。
ふと何かを考え込むように、もしくは下界への関心全てを放り出したかのようにぼうっとする彼女。
心配になった私は彼女の前まで歩み寄って、ひらひらと手を振る。
「お、おーい」
「……ああ、ごめんなさい。少し、意識を潜らせていました」
「そ、そう」
「……それで、何か御用ですか?」
変わった子だなと思ったが、ウマ娘の中には彼女よりも変わった子だっていくらでもいるだろう。
ウマ娘達は基本的には良い子達だが、時には会話が通じていなかったり、通じているのに敢えて無茶苦茶をするような子も居たりするのでこれくらいなら特に気にはならなかった。
「ええ。こんな時間にどうしたの? もう門限は過ぎているはずよ?」
「……いえ。少し……夜風に当たりたかったもので」
「そうなの」
「はい」
ううむ、難しい子だな。
根は悪い子じゃないと思うのだが、それはそれとして会話を続けようという意思が感じられない。
本当に淡々と、話し掛けられているから応答しているだけ。
あ、そう言えば。
「貴女、名前は?」
「……名前、ですか」
「そう、名前」
「……ミタマ、ミタマガシャドクロです」
ミタマガシャドクロ……長いからミタマね。
そう呼んでも良いかと聞けば、彼女はゆっくりと頷いた。
次いでに私は気になっていたことを聞くことにした。
「聞きたいんだけど、あの女神像はミタマが磨いたの?」
「……はい。本殿を綺麗にすることは叶いませんでしたが、せめてあの像だけはと思いまして」
「そうなのね」
理由は聞かなかったが、凡そ分かる。
彼女は良い子なのだろう。
そういうところはやはりウマ娘なのだなと感心する。
「それじゃあ、ミタマ、帰りましょう?」
「……分かりました」
内心ほっと一息。スムーズに帰る流れに持っていけて一安心だ。
彼女の手を取って、歩き始める。
その手は、びっくりするほどに冷たかった。
2 『この逢瀬 さだめと思へば 心浮く』
私と彼女、ミタマとの間には不思議と縁があった。
「ミタマ」
「……貴女は、昨日の」
「うん、昨日ぶりだね」
翌日、商店街で買い物をしていると制服姿の彼女を見掛けた。
呼びかければ、昨日の今日では流石に覚えていてくれたらしく、ぺこりとお辞儀を返された。
彼女はとても礼儀正しい娘のようだ。
「……」
「ミタマ?」
またこれだ。
彼女は時折、こうしてフリーズする。
彼女曰くは
「今日はお買い物?」
「……いえ、意味はありません。……ただ、歩いているだけです」
そう言う彼女は本当に手ぶらのようで、何かを買いに来たというわけではないらしい。
無言の時間が流れる。
話し掛けたのは私なのだから、何かを話さなければと頭を回す。
だが、彼女は話が終わったと思ったのか、踵を返して歩き出した。
「あ」
そのまま別れれば良いものを、どうしてか私は急いで彼女の背を追い掛けてしまった。
「……何か御用ですか?」
「ううん、特に用は無いんだけど……強いて言えば、貴女のことが気になるの」
「……はぁ」
本当に顔に出ない子だ。
しかし、ウマ娘の耳と尻尾はこういったタイプのウマ娘とコミュニケーションを取る上ではこれ以上ないくらいにヒントになる。もはや耳と尻尾と会話しているようなものとは先輩の談。
先輩のアドバイスを信じて耳と尻尾を見遣り、私は驚愕した。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ、なんでもないわ」
全然分からない。
耳はピクリとも動かなければ、尻尾はほとんど揺れもしない。本当に微動だにもしないのだ。
これでは何か読み取れるはずもなし。
「ねえ、ミタマ」
「……はい?」
「趣味は?」
いや、これはナンパだろう。
私は自分の言葉選びに失望した。
「……特にはありません」
「そうなの?」
「……はい」
ぶつん。
彼女は応答してくれるが、会話をぶつ切りにする天才だった。
「じゃ、じゃあ好きな食べ物は?」
「……ありません」
「好きな教科は?」
「……ありません」
「走るのは好き?」
「……それなりには」
「憧れのウマ娘とか」
「……いません」
無敵か? バリアーか?
駄目だ。彼女とパーフェクトコミュニケーションを取れる自信が無い。
この日、私は幾度となく話しかけるも、彼女とグッドコミュニケーションの一つすら取ることができずに別れたのであった。
翌日。
夜のトレーニングコースで、私は走る彼女を見掛けた。
「はっ、はっ、はっ」
……スピードもスタミナもある。パワーも。
ただ、フォームが甘い。
気になった私は、彼女が休憩の為に止まったのを見計らって声を掛けた。
「ミタマ!」
「……こんばんは、“とれーなー”さん」
「トレーニングかしら」
「……はい」
汗をタオルで拭きながら、ミタマは赤い視線を此方に寄越した。
「少し、話しても良いかしら」
「……構いませんが」
ミタマをベンチに座らせて、私は彼女にフォームについての簡単な説明を行う。
「……なるほど」
「少し走ってみてくれる?」
「……分かりました」
彼女に教えた通りに走るよう指示すると、彼女は寸分違わず教えた通りのフォームでコースを走り始めた。
当然、スピードもさっきより出ている。
やはりというか、彼女は才能のあるウマ娘だ。
少なくとも、トレーナーになってから見てきた未デビューの子達の中では飛び抜けている、気がする。
「……御指導、ありがとうございます」
「え、ええ」
「……それでは」
去って行く彼女を見て、私はこれが運命なのかもしれないと思い始めていた。
3 『駆けぬなら 命燃やせど 生きるを得ず』
それから数日。選抜レースの日。
当然各日各レースを観戦するつもりであった私は朝早くからコースに足を運んでいた。
周りには同じように初スカウトを狙う同僚や、将来有望なウマ娘を見極めようとする先輩達の姿。
手元の資料を確認しながら第一レースの出走を待っていると、ふと、見覚えのある後ろ姿を認める。
「ミタマ」
「……またお会いしましたね」
制服と体操服という差異はあれど、数日前、初めて出会ったあの日と変わらず。
ミタマガシャドクロは、下界と隔絶したような超然的な雰囲気を纏って佇んでいた。
それでもあの時のように呑み込まれそうな錯覚は覚えなかった。
きっと、アレは気のせいだったのだろう。時間に関するアレコレと緊張が故の。
一言断って資料を確認すると、第二レース2000メートルの出走名簿にミタマガシャドクロの名前があった。どうやら、彼女も選抜レースに出場するらしい。まあ、新入生なのだから当たり前と言えばそうだが。
「レース、頑張ってね」
「……はい」
一年生ゆえに、今回が初めての選抜レース出場である彼女の実力は未だ未知数。先日フォームを教えた時に見せてもらった限りでは、才能があるということは分かっても、同期の中ではどれほどのものかまでは分からない。
それは他の出走メンバーを見ても言えることだが、どうせなら顔見知りである彼女には頑張って欲しいものだ。
何を隠そう、私は彼女のレース次第ではスカウトするつもりでいる。運命かもしれないと、そう思ったから。
この時の私は、呑気にもそんなことを考えていた。
『第二レースに出走する選手は、所定の位置にお集まりください』
第一レースを終えて、すぐのアナウンス。
私はリザルトの分析もそこそこに意識を切り替えた。
これと言って何を感じるでもなかった第一レースは、本日前評判一位の子が2バ身差で勝利を攫って行った。その子は前評判に恥じぬ才覚を持っていた。
当然、同期や先輩方は一目散にスカウトに向かったし、私もあわよくばと見に行ってはみたが人波に弾かれて声を掛けれず終い。誰がスカウトに成功したのか、結果は後で聞くつもりだ。
その走りを見せる前から、評判の良いウマ娘というのは存在する。
それは所謂良い所の出であったり、学園に入学する前の時点で塾における評判が良かったりと、なんにせよ伝聞と偏見でしかない。とはいえ前評判は前評判。同期の中で頭一つ抜けていれば凄いという程度だ。
少なくとも、私はそれだけでその子の将来を判断できると思えるほど楽観的になれる自信は無い。
自分の目でレースを見て、しっかりとウマ娘を見る。これだけは譲らない。
新人というなりふり構っていられない立場だとしても、それくらいは許されるはずだ。
集まったウマ娘達がゲートに向い、並ぶ。
その中には一際目立つ黒髪のウマ娘、ミタマガシャドクロの姿もあった。八人立ての本レースで彼女は三番人気らしい。
緊張はしていなさそうだ。精神面のアドバンテージあり、と。そもそも表情が変わったところを見た事ないけど。
周りを見遣ると、期待値最高のウマ娘のスカウトに失敗したらしいトレーナー達が、どこか落ち込み気味に観戦席に集まって来ていた。先のような意欲は感じられない。
私はそれが少し気に食わなかった。
『位置について』
……周りのことは気にするだけ無駄だ。何より、これから走るウマ娘たちに失礼だ。
私は再びコースに意識を向ける。
そしてそれぞれが構えて。
「っ!」
息が詰まる。
呼吸の仕方を忘れてしまったのか、そんな風に思える苦しさ。
私は、あの時と同じ感覚を味わった。
まるで違う世界に誘われるような、この世ならざる者と関わってしまったような、そんな感覚だ。
『スタートしました!』
当然、そんな感覚を味わったのは私一人。
周りは平然としてレースを見ている。
レースが始まれば、ふっと息苦しさは消え去っていた。
それでも、もう私はあの感覚が気のせいだとは思えなくなっていた。
『先頭から殿までおよそ十バ身、先頭は二番スターフロスト、最後方には四番ミタマガシャドクロです』
その下手人と思しきウマ娘は一人最後方を走っている。
他のウマ娘は先頭から彼女の一つ前まで十から三バ身程度の差。彼女は追い込みが得意のようだ。
『1200メートルを通過、よどみのない展開です。後ろの子達はいつ仕掛けるか!』
第二コーナー、1200メートルを過ぎてもレースに動きは無い。当然、ミタマガシャドクロも動かない。
しかし前の方の子達の中ではペース配分を誤ったか、緊張で本来の力を出し切れていないのか、何人かが減速し始めているのが分かった。
『残り600メートル、第三コーナーに差し掛かります!』
「うーん、あんまり良さそうな子は居ないなぁ」
トレーナーであろう誰かがそう言った。
事実、今のところは誰も光るものを見せられていない。そう思うのは致し方ないことだろう。
レースを俯瞰していた彼らからすれば、代わり映えのしない新入生による初々しいレースに映っているに違いない。
だが、最初からミタマガシャドクロだけを注視していた私には分かった。
────彼女の背で嗤う、おどろおどろしいナニカの存在が。
『おっと! ここで四番ミタマガシャドクロが仕掛ける!』
残り400メートル、直線に入るところで、いつの間にか五番手にまで浮上していたミタマガシャドクロが一気に加速する。
『凄い、ごぼう抜きだ! 他の子達も追い縋るが、その指はかすりもしない!』
次々に他の子達を抜かし、残り200時点でトップに躍り出る。
なおも足を残していた彼女はさらに加速して、二番手との差を広げて行った。
どうしてか恐怖を顔に浮かべ、それでも追いすがろうとする後ろの子達は、ここで最高速に入っているはずの差しの子ですら全く加速できず。
苦しそうに、から回る様な走りを見せる。
まるで意図せぬ何かに誑かされたように、自身の身に起きたことを理解出来ず、無情にも開き続ける差を突きつけられるばかり。
それでもレースは終わる。始まったものには必ず終わりがあるのだから。
『ゴール!! 一着は、ミタマガシャドクロ! 後続との差は実に七バ身! 凄まじい力だ!』
ミタマガシャドクロは、当然のように、または何も感じていないように先着した。
実況は彼女の自力と言うが、私の見解は違う。
あのレースを走った誰もが彼女に掛からされていた。彼女は一切本気を出してはおらず、ただ単に周りの子達が勝手に沈んで行ったのだ。
誰もが言葉を忘れていた。
誰もが彼女という存在に度肝を抜かれた。
私は、運命だと思った。
目に焼き付いた彼女の凄まじい走りが、私を焦がす。
気が付けば、私は駆け出していた。
「ミタマガシャドクロ! 貴女なら必ずG2、いいえ、G1を勝利できる! 私が保証するわ!」
「……そうですか」
「ええ! だから、私と契約しましょう!」
彼女の元に辿り着いた時、先にベテランの先輩トレーナーがスカウトしていたのを見て、私はしまったと思わずにはいられなかった。
彼女はG1勝利経験のあるウマ娘を有する優秀なチームのトレーナーだ。私のような新人では勝負にならない。
同じように駆け出していたトレーナー達も、これは彼女が取ったなと落胆を見せる。
私はそれ以上。絶望していた。
ああ、私の運命が潰える。悲嘆する。
この出会いを超える出会いは、もう二度と訪れないかもしれない。
これを絶望せずして何を絶望するのか。
だがそんな私の絶望を他所に、ミタマガシャドクロは思いがけないようなことを宣った。
「……貴女は、ワタシに無敗の三冠を抱かせてくれますか?」
「え?」
「貴女は、ワタシを無敗の三冠ウマ娘にしてくれますか?」
惚けるベテラン女トレーナーに、彼女は何度も確認する。
その問い掛けに誰もが絶句した。
無敗の三冠ウマ娘というのは、彼の皇帝シンボリルドルフ以来誰も成し遂げていない伝説の所業だ。
皇帝の如く、七度のG1勝利を成し遂げられるだけの才覚があって初めてそれを野望と出来る。
それだけ、難しく、スケールの大きいことなのだ。
無論、それは我々トレーナーにとっても。
「そ、それは約束できないわ」
「……そうですか」
「で、でも必ずG1に「……それなら良いです。お引き取りください」っ」
振られた。
私なんかより余程実績も能力もあるベテランが。
チャンスが巡ってきたと考えるような者は、この場にはいなかった。
誰もがバツが悪そうに顔を背けるばかり。私も俯くだけ。
「……貴女は、どうですか?」
「え」
いきなり声を掛けられて顔を上げれば、そこには均整な顔立ちのウマ娘の中でも飛び抜けて端正な作りの顏。
強く厳かな覚悟を秘めたその顔は、しかし、どこか不安を覚えているようにも見えて。
これだけ超然的で不気味なのに、そんな顔もするのだと。
私は逸れた思考で意味も無く驚いた。
「わ、私は……」
「……そうですか」
彼女は私の答えを待つことなく立ち去った。
待って。ただ一言、そう声を掛けることは終ぞできなかった。
「……あの子は、駄目ね」
絞り出すようにそう言ったベテラントレーナー。
私は、それに同意することは出来なかった。
口々に彼女へのダメ出しを始めるトレーナー達を見て、悔しさに歯噛みする。
何故なら私は、恐らくこの場において私だけが、ミタマガシャドクロというウマ娘が無敗の三冠を手にする姿を思い描けていたから。
私だけが彼女の夢を共有できたから。
私は、彼女の背に声を掛けられなかった自分が、酷く情けなく、下らない存在に思えた。
4 『嗚呼 夜に君想へば 運命に死せる』
今日の分の仕事を終えて、荷物を纏める。
いや、正確には仕事が捗っていない私を見兼ねた先輩トレーナーの一人が、事務を引き継いでくれたのだ。
トレーナー寮への帰り道。
思い出すのは彼女のこと。
「……はぁ」
なんで私は声を掛けられなかったんだろう。
自信が無かった? 彼女の覚悟に気圧された? 私の思いは嘘だった?
正しい理由なんて分からない。
だけど、私は彼女を裏切ってしまった。彼女の凄まじい走りを見て、嘘をついた。それだけは事実だ。
「あ」
ずうっと、頭の中をぐるぐるぐるぐる。私の悪い癖だが、未だ直すことはできそうにない。
気が付けば、私は数日前と同じ神社の前に居た。
どうして、なんてしょうもないことは思わない。
でも、その理由が分かっていたところで、自分の下らなさが浮き立つばかりだ。
私は彼女を裏切ってしまった。
私だけが、私だけが彼女を信じられる立場にいたのに。
私はトレーナー失格だ。
私がどうしてウマ娘のトレーナーを名乗れようか。
本当に嫌になる。
きっと彼女はここにいる。
だけど、合わせる顔がない。彼女に裏切られたという意識は無いかもしれないけれど、私は彼女を裏切ってしまった。
しかし、踵を返そうとしても、私の足は前に進むばかりだった。
一つ一つ階段を上る度に、死刑台へと歩を進めているような感覚。
けれどこの時、自暴自棄になっていた私は死んでも良いとすら思っていたかもしれない。
憧れの職業であったトレーナーになって、これからウマ娘達を導いて行こうと思っていた矢先。自分にはトレーナーなど向いていないのだと突きつけられるような出来事。
足元が瓦解するような感覚を味わった。
「……今日はよくお会いしますね」
そして、熱心に女神像を磨く少女の赫眼と目が合った。
「ミタマガシャドクロ」
「……なんでしょうか?」
もう、彼女をミタマとなんて軽々しくは呼べない。
呼ぶ資格なんてない。
ふと、気になっていた問いが私の口を突いて出た。
「貴女は、どうしてそこまで無敗の三冠を求めるの?」
「……それが、ワタシの存在意義だからです」
間髪を容れずの答えは、己が存在意義。
レースで勝利できるウマ娘すら稀だというのに、無敗の三冠が己の存在意義と宣うとは大言壮語どころの話ではない。
たとえ彼女が並大抵のウマ娘を凌駕する存在であったとしても、だ。
「貴女は強いのよ? 無敗の三冠なんて取れなくても、G1の一つや二つ勝てるって私は確信してる。それで良いじゃない?」
これは本心だが、半分くらいは違う。
私はそれでも彼女が無敗の三冠を成し遂げるだろうと未練がましくも確信を抱いている。
だが、現実的な話をするのであれば、これが凡人の私が約束できる最大限だ。
これだけは何がなんでも叶える、それくらいの気持ちだった。
「……だから何だと言うのですか?」
「へ?」
その言葉に、私は横から殴られたかのような衝撃を覚えた。
G1レースに出られるだけでも名誉なことであり、勝利などすればそれは正しく伝説である。
だというのに、彼女はそれがどうしたのだと事も無げに切って捨てた。
「……無敗の三冠を取れなければ、ワタシは自害します。使命を果たせなくば、この命に意味はありません」
「っ」
私を見詰めるその瞳に、嘘は無かった。
本気で彼女はそう考えていた。
どうして。
どうしてそうやって、本気で死ねるなんて言うのか。言えてしまうのか。
私は彼女が壊れてしまっているのだと思いたかった。きっとそうなのだと思い込みたかった。
だけど、その眼は確かに、無敗の三冠を完遂するのだという揺るぎない覚悟を秘めていて。
……私は、どうだっただろうか。
「……はぁ」
いつも思うけど。
私はバ鹿だ。
大バ鹿である。
「……分かった。分かったわよ」
「?」
最初から答えは出ていたのだ。
彼女が正しくて、彼女の走りに魅せられた私の直感こそが答えだった。
全てを擲つ覚悟すら無いままにトレーナーになった私こそが変なのだ。
憧れだけでやっていけるほど、夢は優しくない。そんなこと、知ってるはずだったのに。
可愛らしく小首を傾げるミタマに、私は毅然と告げる。
「ミタマガシャドクロ、私に貴女をスカウトさせてちょうだい」
「……」
無表情でも、彼女が私を疑っているということくらい分かる。
私は彼女を裏切ったのだ。その疑いも甘んじて受けよう。
「……貴女は、無敗の三冠をワタシに取らせてくれますか?」
「もちろん」
「……」
今度は私が即答する番だ。
今度こそ彼女の夢を肯定する番だ。
私とて、ただイエスと返答したわけではない。
これは、その上での肯定だ。
「……分かりました」
私の覚悟を理解したのか、それとも一先ずは信じることに決めたのか。
彼女は俯いて一度目を瞑ると、顔を上げて瞼を開く。
その紅い瞳で私を見据えた。
『──── 勝 利 ヲ 寄 越 セ』
「っ」
その瞬間、私は
何か、この世ならざる者に見初められたような。心臓を鷲掴みにされたような怖気。
声でもなく、言葉でもない。どす黒い感情が、ただ勝利のみを希求する飢餓が幾重にも折り重なり、絡まり合ったような感情の塊が囁いた。
だが、彼女を導かんとする者の矜恃として、私はその恐怖をねじ伏せた。
「は、はは、凄いもの飼ってるのね」
「……? 何を言っているのか、分かりませんが……貴女の気持ちは、分かりました」
笑うことしかできない。
私はオカルトなんて信じていない。そんな私からすれば実際にはいるはずのないソレが、しかし私の前で確と姿を現している。
レースの時、そして今、彼女のその背にまとわりついているソレは
怨念と切望の化身。悍ましい気配を放つ、幻の餓者。
そんな化け物を背に控え、彼女もまた同じ気配を纏いながら口を開いた。
決定的な問いを私に投げかけた。
「────もしも取れなければ、私と一緒に焼身自殺、してくださいね?」
「ええ、喜んで」
焼身自殺? はっ。なんだって構わない。半分焼けたらもう半分も差し出してやる。
私は死なないし、彼女も死なせやしない。
何故ならば、私は、彼女を無敗の三冠ウマ娘にしてみせるのだから。
「……それでは、末永くよろしくお願いします」
「よろしくね、ミタマ」
こうして、後に伝説の一幕に名を飾るウマ娘ミタマガシャドクロと、単なる新人トレーナーの私は正式に契約を結んだのであった。
女神像を磨いていた理由:掲示板やる為に廃神社に来たけどマジで何か出そうで怖かったから、間借りするお礼に。ちなみに掲示板をやると意識が飛ぶので、部屋でやると同部屋相手に気味悪がられる。
ミタマガシャドクロがフリーズする理由:同上。掲示板は数倍時間だが、まだ慣れていないので掲示板に潜る時は意識が飛ぶ。
ミタマガシャドクロのステ:スピード、スタミナ◎。パワー、賢さ〇。根性×。固有は全距離高倍率スピード・スタミナグリード、スキルはデバフ極振り、回復スキル少々。独占力・各種駆け引き焦りけん制ためらい・まなざし。
巨大な骸骨:名前の元ネタ的に。複雑だけど単純な存在。基本一緒に走るウマ娘と、後は霊感のある人、マンハッタンカフェくらいにしか感じられない。周囲からは『お友達』を自白しないマンハッタンカフェと思われる可能性もある。
使命を果たせなくば、この命に意味はありません:安価は絶対。