「それで結局ヘルサレムズ・ロット全体の観測って具体的には何をするんですか?」
ライブラの事務所内にて響いた声にそう言えばと言った様子で視線が集まるのを感じる。訊ねて来たのは実際に手伝いを頼まれた神々の義眼の持ち主であるレオ君だ。
「ふむ、これまた唐突だね」
「あ、えっと、朝からすいません」
「いや、手伝いを頼まれた身なら気にするのは道理だ。気を悪くしてはいないさ」
むしろこの異常に囲まれた状況に長く身をおきながらこうして当たり前な言動をしてみせるのは中々に興味深い。笑みを浮かべそうになるのを内心に留めて会話に意識を戻す。
「基本的に私は人狼の技術で好き勝手動き回ってこの街を見て回るつもりさ。もちろんライブラの仕事でお呼びなら駆けつけるけどね」
客将として来ていると言ったように世話になる対価としてライブラの仕事には全力で対応するつもりだ。それ以外の時間は好き勝手やるがね。
「稀釈だけでも普通の人よりは多くの物を見れるけど、私だと見ることも叶わない存在も居るだろうし、捉えても深く知ることが出来ない代物もある」
「そう言った物を僕が見て教えれば良いんですか?」
「基本はそうだ。他にもやって欲しい事はあるけど、私はそう言った此方にとっての危険物こそが向こうのデフォだと考えてる。せめて此方側に現れるそれらを網羅しなければ向こうでは生き残れないともね」
たとえ私に扱えない様な技術や物品でさえも知識の有無で対処の仕方は変わってくる。ただ知ることがトリガーの代物には注意が必要だが、彼の目は危険も捉えられる筈だ。
「物理的な危険からは守って上げるから。たまに私の観光に付き添ってくれれば良いよ」
「それぐらいなら…」
幾重にもオブラートに包み、箱に入れ、可愛くラッピングした様な誘い文句だったが彼は疑うことなく聞き入れた。こうも素直だと逆にやりにくい。
「君の目でしか捉えられない物は軒並み危険物だよ。それに物理以外の危険から君を守る術は私にはないんだよ。そこは心配する所じゃないのかい?」
「いえでも、僕だとそこらを歩くだけでも危険な事に変わりはないですし、物理的にでも守って貰えるなら普段より安全なんで」
まず第一に疑うことをやめるなと忠告したばかりなのになんで新参者の私を既に信頼してるのやら。スティーブン氏と足して2で割っても疑う心が足りないと思えるね。
「レオ君、お人好しって言われないか? はぁ…君しか捉えられないような代物はそもそもライブラ案件だからね。君に確認してもらう前にMr.クラウスやMr.スティーブンに通すよ」
「お二人なら僕より色々と詳しいですし安心ですね」
そうじゃないだろ……人狼と言うのは一部では欺く者、騙す者と捉えられている事も多いが、これ程までに騙しがいのない子もいないな。
「それにお人好しと言うか僕よりも善意の塊の様な人が居ますから」
そう言ってレオ君が視線を向けた先に居るのはライブラのリーダーであるクラウス氏だ。なんとなく人が良さそうなのは感じ取っていたけど彼がそう言う程のレベルか。
「良い所なんだね此処は」
「…? はい!!」
さて昨日は歓迎会のままライブラの多くの構成員が入り混じって雑魚寝している所に加わっていたが、ある程度は活動の拠点を用意しないといけないな。
ふむ、よく考えると目の前の少年も借家だが住居はある様だし一つの手かとも思ったが、来たばかりでも周りが過保護なのは分かるし悪戯で手を出せば後が怖いな。
クラウス氏はそう言うのは興味なさそうだし、スティーブン氏に絡んでも時間の無駄、同類であるザップ君は頼ること自体が無駄、彼とよくいる……いや、ここで探すのがそもそも無粋か。
楽な手ばかり探してないで地道にナンパにでも出掛けるとしよう。え、寄生先を探してる時点で終わってるって?ははは、聴こえないな。
「にしても騒がしい街だねぇ」
感覚過敏の人とかは絶対に住めないだろう。ふむ、そう考えると特別な視覚を持っているレオ君は果たしてどうなのか、通常の能力と違い制御力等があって問題ないのか。
それとも義眼に付随して耐性もあるのか。彼の出来ることを全ては知らないが、もし不要な情報を遮断しているのだとしたら中々に使い勝手が良いな。
「生還率30%…これが低いのか高いのかわからないね」
それとこの街で花粉予報の様に生還率なんて形で危険度が表示されてるのは中々に面白い。100人の人間をここに放り込んだら本当に70人は消えるのか、試してみたい気もするがたぶんアウトだろう。
それとも異界存在も含めての30%なのか、だとすれば人間の生還率は更に低い事になるだろう。果たして人狼たる私はどちら側か。
当たり前1つを切り取っても思考を止める暇のないこの街は観測のしがいがあって仕方ないな。狂気の沙汰ほど面白いのとこれは一緒か?
混ぜるな危険を体現した様なこの都市はいったい何を生み出してくれるのか、それとも何を殺しているのかの方が正しいかな?
しかし、霧に包まれて隠されているそれらが明るみに出てくる事を彼らは望んでないだろう。そんな事を考えながら見渡せない空の果てを眺める。
「ふむ、浮遊生物か。この街だと上空への攻撃手段が無いのはまずいか?」
空を遮る霧さえも遮る様に大型の生物が空を飛ぶ、ビルよりも高い位置だ。稀釈した血を積み重ねて攻撃範囲を伸ばすことは出来るが、純粋な遠距離攻撃手段と言えるものは私にはない。
固めた血を稀釈して軽くしてから飛ばす等はまぁ出来るだろうが攻撃力はそこまで期待できないな。まぁ吸血鬼達に対してはと言う話だがね。
持ち運んでいる血の量は多いので攻撃範囲自体は小さくないがどうしても得意な戦いは近距離から中距離に偏るだろうな。
まぁどうしても上に攻撃したければ自分を軽くして跳び上がって近付くのが一番早いだろう。血の稀釈と自身の稀釈を調整すれば宙を歩く事も出来るからな。
「喧騒がいっそのこと心地良い」
一周回ってと言う言い回しがあるが何十周も回り回ってようやく味わう事が叶うような劇物の一員と慣れるかは分からんが気楽に行くとしよう。さて、とりあえずは後ろを付けてきているお財布をまた回収しようか?
ライブラの一室、リーダーであるクラウスとスティーブンが向かい合う様に座り、コーヒーを飲みながら手元の資料を見つめている。
「ファーストコンタクトは上手くいったと思って良いだろうか」
「上々だと思うよ。聞きかじった彼女に関する話からライブラとは相性が悪いかと危惧してたけど、向こうもこちらに気遣いはしてくれてる」
たとえ狂狼だろうと向こうから繋がれてくれる気がある内はバランスを崩す様な事はしない。考えて行動するタイプだとスティーブンは接して理解した。
「だからこそ厄介でもあるけどね……」
彼女が本気で暴れようと思ったら止めきれるだけの抑止力が無い。それこそ以前に人狼局の者たちを襲った元エージェントの様に過敏王ゼオドラと取引でもしない限りは干渉すら出来ない。
チャレンジャー気質であり興味関心の赴くままに行動するソレイユが異界側に到達したとすればライブラはむしろ警戒する側なのだ。だからこそ確約してるのが
「彼女がヘルサレムズ・ロットで満足してくれれば僕たちも面倒がなくて済むんだけどね」
人狼局と牙刈りも表向きは協力する様にと通達しているが本来の目的は優秀な人材の異界への流出の阻止、そしてそれに伴ったトラブルの防止である。
「とは言え無理をした所で仕方ない。我々はやるべき使命を果たすだけだ」
「まぁ、君に腹芸は出来ないし、その方が好印象だと思うよ。彼女の姿は一緒にいるメンバーの報告から分かるし、後はチェインも動くだろうからそこまで手を回さなくても良いさ」
この件を知っているのはリーダーであり通達を目にしたクラウスとその相談を受けたスティーブン、そして人狼局側から気に掛けるようにと指示を受けてるチェインの3人だ。気付いてそうなのも何人かいるけどね。
「トラブルの幕開けを報せる狼煙だけは勘弁願いたいけどね」
問題が起こった際に一番苦悩するのはクラウスだが、一番苦労するのはスティーブンであることが多い、そのために溢れた愚痴じみた言葉は本音だろう。
願いが叶うかも分からないし、そもそもトラブルの原因である事の多い神性存在等には祈らないが、不穏な予感と共に携帯が音を鳴らす。
「…なんだ?…それは本当か?! あぁ、とりあえず近寄り過ぎるなよ。可能なら気付かれない様に交代で見張りを続けてくれ。他のメンバーにも直ぐに伝達する」
「何かあったのか?」
先程までの悩みつつもまだ余裕があった状況から一転、強力な威圧感と共に何事か訊ねられ、対する答えはまごうこと無き僕らの仕事だ。
「構成員の一人がビルのガラスに映り込まない人影を見つけたと連絡が入った。
「ひぃふぅみぃっと、手に入った財布が14個の連絡先が27、財布はまだしも連絡先が少ないな……こっち来るのに忙しくて手入れしてないし魅力が落ちたか? それとも異界人から見ての魅力の感じ方に差があるのか? はたまたその両方か…」
価値観が大きく違う種も居るとは思う。確か一部のパーツのみに執着する種や内臓や精神なんかを見るものとかもいるらしいし。
それでも裏で取引されてる人間は外における美男美女が多いからある程度は通じると思うがね。そんな事を考えている支給された端末に連絡が入った。
「なになに…血界の眷属が出たのか…ふむ……
ニヤリとした笑みを隠す事なく浮かべたその姿は蠱惑的な魅力と恐怖が形を成したかの様で近くに居た感性や勘に優れた者はその顔を覗かずとも身震いをしていた。