ライザのアトリエ2 ~小さな旅人と姉妹の絆~ 作:ウルハーツ
現状はプロローグのみ公開予定ですが、反応次第では最新話まで公開します。
プロローグ(上)
『貴族として恥じぬ行いをするんだ』
『貴族が仲良くする相手は選ばなければな』
『貴族が平民と仲良くしては、他の貴族に顔向け出来ないだろう』
『貴族は』『貴族が』『貴族だから』
「……」
ある雨の日。王都アスラ・アム・バートの中央区から少し離れた路地裏に、1人の少女が立って居た。傘も差さず雨に当たり続ける彼女の表情は長い髪に包まれて見えず、だが握り締める手が何かを堪えている事だけは伺える。そして少女は天候によって普段よりも人通りの少ない露天通りを歩き、街道の方へと足を進めた。
それから少女が再び王都へ戻って来る事は無かった。彼女1人が消えた程度で、王都はそれ程の騒ぎにはならない。だが彼女の住んでいた家は全く別の話。彼女の父親が娘を探す為の捜索隊を編成。王都から王都の外まで捜索を続けるも、結局見つける事は出来なかった。
捜索隊が打ち切られたのは、1年も経った頃だろう。当時10歳程度の子供だった少女が家にも帰らずに消えてしまい、音沙汰も無い。……誰もは生存に関して絶望的だと思っていた。誘拐されたのならば何かの要求があっても可笑しくないが、その様な連絡は皆無。やがてその事件は闇に消え、とある貴族一家に起きた悲劇となった。
「……お姉様」
雷鳴と雨音の響く曇り空を室内の窓越しに見上げ、胸の前に手を当てて心配そうに空を見上げる子供が1人。彼女は消えてしまった姉の姿を思い浮かべ、辛さを押し殺す様に強く拳を握る。彼女は姉の捜索に関して、父親に何度も打ち切っては駄目だと言い続けて来た。何処かできっと生きているから、と。だが子供だった彼女に出来る事は無い。遂には捜索が打ち切られた事で、未だ何処かに居る筈の姉と再会する出来る可能性は絶望的になってしまった。
王都を飛び出した少女は家が貴族だった故にそこそこ持っていた自身の貯金である
少女の手荷物は残り僅かなお金と護身用の武器だけ。所持金は1度の食事を取る事も出来ない金額であり、武器も家に居た頃に使っていた子供が扱える程度の物。父親の影響で僅かに戦いの心得はあっても、獲物が既にボロボロでは戦うのは無謀としか言う他ない。……が、今の少女に他の選択肢は無かった。
「やろう」
もう刃とも言えない武器をしまい、少女は抑揚のない声で呟きながら意を決して歩き始める。目指すは魔物の居る場所。何かしらの魔物を討伐し、その素材を売る事が出来れば路銀は手に入る。子供だからと相手にしてくれないところが殆どだが、今の少女に出来る事は他に何も無い。だから、少女は腹を括って戦う事を決断した。
「っ!」
村や町には人が住んでいる影響で、それを守る者達が居る。だが一歩外へ出れば最後、そこは魔物が自由に徘徊する危険な場所。少女が外へ出て最初に出会ったのは、青く丸まるとした身体を持つ小さな生き物だった。……青ぷにと呼ばれるその魔物は見た目危険そうには見えないが、立派な魔物。その愛らしい見た目とは裏腹に、転がりを伴う突進はちゃんと避けなければ怪我をする。
「!」
少女は鞘に収まった武器を片手に、青ぷにと対峙する。少女に気付いた青ぷには少女を敵と見なしてジッと固まり、やがてその丸い身体を転がして突進を繰り出した。その速さはかなりのもので、少女は咄嗟に横へ飛んでそれを回避。すれ違いざまに鞘から抜いたボロボロの刃で青ぷにの身体を一閃。……戦いは少女の思わぬ結果を残し、決する。
「!?」
青ぷにに当たったボロボロの刃はその突進の勢いも加わり、綺麗に根元から折れてしまったのだ。だが無事に青ぷにを倒す事にも成功した。倒れて動けない青ぷにに警戒しながら近づき、折れた武器の柄先で突く事数回。突然起き上がった青ぷには少女へ振り返った。
「っ!?」
『……』
急いで距離を取って警戒する少女だが、青ぷには何もせずにジッとそのつぶらな瞳で少女を見つめ続ける。様子が可笑しいと気付いてゆっくり、1歩ずつ近づく事数回。突如動き出した青ぷにが転がる体勢になった事で、少女は戦慄した。距離も近く、逃げるには間に合わない。武器も無い今、出来る事は顔を覆って目を背ける事だけ。
「っ!」
『……』
「……?」
再び少女は驚愕した。襲ってくる痛みに構えたものの、何時まで経っても来ない事に恐る恐る目を開けた時。その視界に映ったのは自分の周りを転がり続ける青ぷにの姿。まるで楽しそうに走り回る子供の様で、少女は目の前の光景に困惑するしか無い。
「なに、これ……?」
数年の時が経ち、王都のとある貴族に起きた悲劇はもう殆どの人々が忘れ去った頃。
真夏の広大な海の一点で、小さな小舟に乗って必死にオールを漕ぐ者の姿があった。見た目からして年は12,3歳の少女と言ったところだろう。ぼさぼさになった明らかに手入れされていないくすんだ髪は眼元が隠れる程度に切られており、後ろは腰上辺りまで伸びきっている。その傍らには青ぷにが黄昏る様に海を眺めており、少女はその光景を見てオールを漕いでいた手を止める。
「手伝って」
『?』
「……はぁ……」
少女の言葉に振り返った青ぷにだが、不思議そうに自分を見つめるだけで何もしようとはしない。少女はそれに溜息をついて再びオールを漕ぎ始めるが……そんな1人と1匹の元に徐々に近づく巨大な船があった。少女の漕ぐ力で動く小舟と違い、導力の存在する島と島を渡る為の船。その速度と勢いの差は歴然であり、少女はそれに気付いて急いでオールを漕ぎ始める。
『っ! !?』
青ぷにも焦った様子で器用にもう1つ放置されていたオールを口に加え、漕ぎ始める。だが1人と1匹の力で出来る事など高が知れていた。無情にも船の勢いに飲み込まれて大破する小舟。少女と青ぷには海へと放り出されてしまう。
「……ん?」
「どうした?」
「いや、何か今海に居た様な……魔物でもぶつかったか?」
「今の速さでぶつかったなら、魔物の方が唯じゃ済まない筈だ。気にしなくて良いだろ」
「そうだな」
それから少し時間が経った頃、波の音が聞こえる何処かの砂浜で打ち上げられた少女の姿があった。
『お姉様! 今日は何をするんですか?』
『何時も通り』
『なら、私も何時も通り着いていきますね』
『……つまらない』
『いいえ、お姉様と一緒なら何処だって楽しいですから』
「……っ」
砂浜で目を覚ました少女はゆっくりと起き上がり、周囲を見渡し始める。目の前にあるのは何処へ続くか分からない道であり、背後は広大な海ばかり。傍にはオールが一本残っているだけで、他に何も無かった。青ぷにの姿も見当たらず、少女はオールを拾ってから周囲を探索する事にした。
行ける場所は道だけ。果たして辿り着いた陸地が人の住む場所なのか、無人島なのか。少女は警戒しながら進み続ける。やがて見えて来たのは、ボロボロになった家跡。もう誰も住んではいない様で、家の傍にあるのは森へ続く道と綺麗な池。そして更にもう1本の森へ続く道だった。比較的安全そうな周辺の様子に少女は警戒を緩める。しかしここに居ても状況は悪いまま。少女は少し悩んだ末に、家跡の傍にある道とは違うもう1本の道へ進む事にした。
大きな大木にはランタンの様な花が咲いており、余り見ない光景を眺めながら少し歩いた頃。少女の元に忍び寄る影があった。それは空を飛ぶ妖精。だが魔物に分類され、それに気付いた少女は武器を取り出す。……何も持っていなかった少女の武器は、共に砂浜へ流された船のオールであった。
妖精の魔法を使った攻撃を身軽に躱して、何時かの様にその身体を横を通って一閃。殺傷能力の無いオールではあったが、相手を退けるには十分であった。痛みに嘆く様な声を出しながら逃げ出した妖精。もう襲ってこないと安心した矢先、少女の耳に誰かの悲鳴が届き始める。
「っ!」
それは妖精の逃げて行った方角だった。少女はそれを聞いて急ぎ足で妖精の後を追う。……やがて見えたのは、先程の妖精と同じ種類の魔物が可憐な女の子を襲う姿であった。何かのケースを片手にゆっくりと警戒しながら距離を取ろうとする女の子。何やら妖精は怒っている様子で、少し離れた場所には先程対峙して負傷した妖精の姿も。恐らく、先程の妖精の仲間なのだろう。傷つけられて帰って来た妖精の仕返しをする為、見つけた女の子をその下手人と勘違いしたのだ。
「下がって」
「え……っ!」
自分が蒔いた種なら、責任は取らなければならない。少女は襲われる女の子に抑揚のない声で告げると、オールをゆっくり腰元へ移動させる。そして僅かに腰を落として数秒。一瞬で妖精を通り過ぎて少女は女の子の前へ移動する。何が起こったのか分からずに困惑する女の子を前に、いつの間にか振り抜いたオールで宙を切った時。妖精はゆっくりと地に落ちる。……そしてオールは限界を迎えたのか、真ん中で音を立てて折れてしまった。
弱々しく逃げ去る妖精の姿を眺めて安心した様子で少女が肩を落とした時、女の子が戸惑いながらも声を掛けようとする。しかし更なる見知らぬ人物の登場に、その場は一気に騒がしくなるのだった。
クーケン島。ラーゼンボーデン村。
少女が漂流した島の対岸にあったのは、そんな名の付いた人々の住む島であった。
助け出した女の子の名はクラウディア・バレンツ。クーケン島へやって来た隊商のまとめ役、ルベルト・バレンツの1人娘であった。どうして隊商を離れて森に居たのかは分からないが、彼女を迎えに来た者達や助けに来た者達と共に父親と合流したクラウディアは謝罪をする。
一方、少し離れた場所では3人の少年少女が1人の女性に叱られていた。3人は少女と同じくクラウディアの悲鳴を聞いて駆け付けた者達であり、クーケン島で日々を過ごしている村の人間。どうやら冒険と称して村を出て島の対岸へ来ていたらしい。話を聞く内に、村の人間は外へ出る事を余り良く思っていない事が伺える。
そんな光景を眺める2人組。彼らはルベルトに依頼されてクラウディアを探しに来た旅人であり、ルベルトからの感謝と謝礼についての話をしてからはその光景を眺めていた。
「さて、君の名前を聞いても良いかな?」
「……」
クラウディアの謝罪。3人の少年少女達への説教。その光景を眺める2人組。その全ての視線がルベルトの告げた言葉に唯一誰もが誰も知らない少女へ向けられる。この場に居る者達の中では3人組に混じる一番身長の低い少年よりも更に背の低い少女。明らかに手入れされていない髪。何を考えているのか分からない、無の表情。……不審人物と言う他に無いその容姿に、大人達は僅かな警戒を見せる。
「レティシア……です」
「ふむ、レティシア君か。娘を助けてくれたそうだね。父親としてお礼を言わせて欲しい」
「ん……はい」
「無理に畏まらなくていい……ところで、君はクーケン島に住んでいるのかな?」
敬語以前にそもそも言葉に慣れていない様にも見える話し方を見て、ルベルトは質問を投げ掛けつつも3人組を叱っていた女性へ横目で視線を向ける。女性は首を横に振り、この村の者では無いと示した。そしてレティシアに視線を向ければ、首を横に振って否定する姿があった。村の人間では無い何処から来たのかも分からない存在。ルベルトはそれに頭を抱えながらどうするべきかを考える。すると、今まで話を聞いていたクラウディアがレティシアへ近づき始めた。
「助けてくれてありがとう、レティシアちゃん」
「……」
お礼を告げるクラウディアに僅かに目を閉じて頷く事でそれを受け入れたレティシア。彼女の行動で僅かに警戒が緩んだ大人達は、一先ず村へ帰る事を決める。
同じ船に乗り、年の近い少年少女とクラウディアは会話をする。レティシアは1人で船の上から海を眺めており、彼女を監視する様に女性がその傍に立って居た。が、女性は今の今まで感じていたある事に気付く。恐らく、殆どの者がそれに気付いているのだろう。少し悩んだ末に、女性はレティシアへ近づいて声を掛けた。
「レティシア、と言ったか」
「?」
「私の名前はアガーテ・ハーマン。ラーゼンボーデン村で護り手をしている。その……率直に聞こう。最後に身を清めたのは何時だ?」
「…………5日前?」
思い出した様に呟いたレティシアの言葉に女性……アガーテは決める。村へ戻ったら話をするよりもまずは彼女をお風呂へ入れようと。くすんだボサボサの髪で見た目は一目瞭然だが、レティシアは暫く身を清めていなかった。故に僅かながらも異臭を発していたのだ。誰もそれに気付いていないのではなく、指摘していないだけ。だがアガーテとレティシアの会話を聞いた者達はそれで一様に納得する。そして更にレティシアに対する謎が深まるのだった。
「わぁ……!」
クラウディアは目の前に立つ少女の姿に目を輝かせながら感嘆の声を上げる。
村へ戻って来てすぐにレティシアはアガーテに連れられてお風呂のある場所へ連れて行かれる事になった。そして身を清めると同時にアガーテの手で髪の手入れもされる。ボサボサで色のくすんでいた髪は滑らかな艶のある綺麗な銀髪となり、髪型も少女らしく可愛らしいツーサイドアップに。服もボロボロだったため、白の下が膝上までしかないフードの付いたパーカーワンピに変わっていた。
元々素材は良かった様で、その姿は正しく何処かのお嬢様。愛らしさに交じる何処か近寄り難い雰囲気が、大人になり切れない子供の様にも見えた。クラウディアが生まれ変わった様なレティシアの姿に満面の笑顔で話し掛けるのを前に、彼女を連れて来たアガーテにルベルトが声を掛ける。
「何か変わった様子はあったかな?」
「いいえ。始終大人しかったので」
「そうか……私達の考え過ぎなのかも知れないな」
「もしそうなら、良いのですが……これから彼女は?」
「まだ決めてはいない。だが、この村の子で無いとするなら……他に住む場所があるのか、或は」
ルベルトはそこまで言ってから、自分の娘がレティシアの髪を撫でて楽しそうにする姿を眺める。助けられた事も影響しているのだろう。クラウディアはレティシアの事をかなり気に入った様で、自分よりも明らかに小さい子供である事も影響して心底可愛がっている様子であった。
「あの様子だと、暫くは離れそうにない。……彼女の事は此方に任せて貰っても良いかな?」
「分かりました。一応、此方で何処かに家族や保護者が居ないか調べておきます」
アガーテはそう言ってルベルトに頭を下げてから、その場を後にする。そして彼女が去った後、ルベルトはクラウディアを呼んでこれからについての話を始めた。
ルベルトとクラウディアは共にしばらくの間、ラーゼンボーデン村で滞在する事になった。この村で栽培される果物、クーケンフルーツが王都でリュコの実として人気がある事がその理由。独自のルートを築く為の滞在であり、どれ程なのかは本人達にも分からない。そしてその為に村の旧市街に家を借りる事で話が進んでおり、クラウディアはその説明をしっかりと聞き続ける。レティシアを後ろから抱きしめながら。
「それと、彼女の事だ」
「?」
「君は何処か、住んでいる場所があるのかな?」
「無い……です」
「ふむ。では参考までに聞こう。今まで、何処で寝泊りを?」
「……野宿。宿……色々……です」
見た目とは裏腹に随分と逞しい日々を送って来ているのだとルベルトは理解する。唯の子供が言ったのなら、信じる事などしないだろう。だが余りにも正体が不明な子供だ。それくらいの事なら、容易く納得も出来た。
「旅人、という事か。その年で俄かには信じがたいが…………私は大人として、何より娘の恩人として君を放って置く訳にはいかない。そこで提案なのだが、しばらく私達に君の世話をさせてもらえないだろうか」
「……」
「何か目的のある旅なら、無理強いはしない。せめて私が納得のいく報酬は受け取って貰うがね」
ルベルトの提案にレティシアは黙ったまま、考える様に目を閉じた。不安そうにクラウディアはその姿を背後から眺めるが、これは父とレティシアの交渉だ。下手に口を出す様な真似はしない。そして少しの沈黙を経て、ゆっくりと目を開けたレティシアはルベルトを見上げる様にして視線を向ける。
「お世話に、なる。……なります」
ペコリといった擬音が似合いそうな程に、小さな身体でお辞儀をしてそう答えたレティシアの姿を見てクラウディアは再び嬉しそうな笑顔を見せる。ルベルトも安心した様子で胸を撫で下ろすと、改めて少女と視線を合わせた。
「受け入れてくれてありがとう。一緒に居る間は不自由の無い生活を約束しよう。それと、敬語は止めたまえ。どうにも慣れていない様だからな」
「ん……1つ、訂正」
「……何かな?」
「17歳」
「え!?」
「なっ!」
その言葉が何を意味するか、分からない2人では無い。まさか自分と同い年だとは思わなかったクラウディアは驚きの声を上げ、ルベルトも驚愕と言った様子でレティシアを見つめる。嘘を言っている可能性もあるが、それをする理由もメリットも無い。訂正をするくらいなのだから、気にしているのだと判断したルベルトは少し目を閉じてから「済まなかった」と謝罪した。
夜。旧市街にある大きな建物をルベルトは無事に借りる事が出来た。まだ家具は揃っていないが、時間の問題だろう。明日にでも荷物を並べる事で話は進み、その日は眠る事となる。先に眠る為のベットだけは用意されており、クラウディアはレティシアと同じ部屋で過ごす事に決定した。……因みにクラウディアの提案である。
「それじゃあ、もう何年も旅して来たんだね」
「ん……」
口数の少ないレティシアを前に、何とか彼女の情報を聞き出し続けるクラウディア。その理由に後ろ暗い感情は一切無かった。あるのは唯々純粋に彼女を知りたいという思いだけ。やがて数年間旅をしていた事を聞き出したクラウディアは、更に彼女の話を聞きたいと会話を続ける。
「食事とかは、どうしてたの?」
「木の実」
「……それだけ?」
「コール、無い」
素材を売るにも相手をしてくれない事が多かったレティシアに出来たのは、自然の中で自生する木の実などを食べる事だった。主な食事がそれだけという事もあり、聞いていたクラウディアは改めてレティシアの身体を眺める。……彼女が年相応に成長していないのは、栄養が足りなかったのが原因かもしれないと思いながら。