「アルバ、お昼休みは凄かったね」
「む? 何がだ?」
「ほら、あの森崎くんたちに言い返してたとき。凄い落ち着いてたよね」
授業も終わり下校するときになってようやく、昼休みの出来事に関してほのかがアルバに話しかけてきた。昼食時には言い合いの相手がいたために話すことが出来ず、またその後も授業の見学などで楽しく話している時間は無かったのだ。
「相手が言い返せてなかった」
「思った事を尋ねただけだったのだが……俺よりも司波さんのほうが大変だったのだろう」
「私、ですか?」
4人で歩いていたのだが話しているのは3人で、深雪は1人黙ったままでいた。未だに昼間の兄に対するクラスメイトの扱いに憤慨していたのもあるし、放課後には兄やそのクラスメイトらと合流することになっていたので、そこまで駆け出していかないよう自分を抑えるのに必死だったのだ。
「何やらひどく怒っていなかったか?」
「え、そうなの?」
「気づかなかった」
3人にそれぞれ言われて、深雪は少し焦る。あのとき怒っていたとはいえ、それは一切表に出していなかったつもりだ。であるにも関わらず、アルバにはそれが気づかれていた。
「思い違いならすまない。皆あまり彼らには良い印象を抱いていないようだったから、勘違いしてしまった」
「……いえ、確かにエリカ達やお兄様を馬鹿にされたことには腹が立ちましたわ。ただ見抜かれているとは思わなかったから」
「そうだよ! あんな言い方絶対おかしい! 怒って当たり前だよ!」
深雪の発言に、ほのかと雫も賛成の意を示す。ほのかは大きな声をあげ、雫は幾度も頷いていた。それを聞いてアルバは、あれが普通は不快なものであり、怒って良いものなのだと理解する。彼女らとの交流は、アルバの現代におけるそうした感情の理解を促進していた。
「差別は良くない。それも意味の無い、ただ差別するためだけの差別」
「そうです! だいたいあの方達はお兄様の本当の―――!」
「深雪」
雫の言葉に触発された深雪が何かを興奮した様子で言おうとした直後、その名前が呼ばれる。その声に、深雪は高速で後ろを振り返った。
4人のすぐ後ろに、達也を始めとした他のクラスの友人達が来ていた。ちょうど同じタイミングで、集合場所である校門前に来ていたのだ。
「お兄様!」
「深雪、俺のためにそんなに怒らないでくれ。仕方ないだろう?」
「あ、も、申し訳ありません……」
仕方ないだろう、と。達也が放った脈絡の無い言葉は、深雪にだけ伝わる合図だ。昨日、入学式の朝。達也の方が首席にふさわしいと主張する深雪に対して達也の言った『それは言っても仕方のないことだ』という発言を思い出させることで、今深雪が言おうとしたこともまた、そうであり、また言ってはならないことであると注意喚起をしたのである。それを受けた深雪は途端に勢いを失う。その頭を達也が優しく撫でる光景は、もう既に昨日、アルバとレオを除いた他のクラスメイト達は目撃していたものであり、『またか』以上の感情は浮かばなかった。
その後二組は合流し、昨日はいなかったアルバとレオをそれぞれ紹介し、また2人に向けて改めて他のメンバーも自己紹介をする。そうして帰ろうとしたのだが。
またしても、声をかける奴らがいた。
何を隠そう、昼間絡んできたA組のクラスメイトらである。今度は昼間の男子、森崎だけではなく他数名も口を開き、交互に主張を繰り返す。その内容は様々と形を変えるが、概ね以下のものである。
深雪に用がある。そのため、その二科生の生徒ではなく自分たちと帰って欲しい。
それに対してこちら側、即ち深雪、達也の側のメンバーの中で、何故か大人しげな美月という少女がキレ、勢いよく反論をし始めたのである。
「どうしてわからないんですか? 深雪さん自身がお兄さんと帰るって言ってるんですよ。深雪さんと話したいなら、深雪さんの意思を尊重するのが当然でしょう?」
この美月の力強い反論は、絡んできた一科生どころか彼女の事を知っているこちら側のメンバーでさえ唖然とするものであった。彼女は、普段は本当におとなしい少女なのである。それが今はこうだ。
「だいたい深雪さんは、あなた達を邪魔だとは言ってないでしょう! 一緒に帰りたければついてくればいいんです! なんでわざわざ深雪さんと達也さんの仲を引き裂こうとするんですか!」
「引き裂くと言われてもな……」
そう。最初は美月の反論は正論であり、非常に的確なものだった。だがヒートアップしてしまったのか、何やら怪しい言い回しをし始めたのである。
「み、美月は何を言っているのでしょうね?」
「何故お前が焦る深雪」
「い、いえ! 別に焦ってなどおりません!」
おかげで渦中の兄妹すらも混乱してしまっており、場面は完全に混乱の様相を呈していた。そして更に、ヒートアップしている美月に煽られたかそれともシンプルに我慢の限界が来たか、達也の良き友人たちもまたヒートアップしていた。
「一科生には一科生で話さなければならないことがあるんだ!」
「そうよ! 少し話を聞いてもらうだけなんだから!」
深雪を引き留めようとする男子生徒その1、その2がそれぞれに言うと、それにエリカ、レオがそれぞれに言い返す。
「そういうのは自治活動でやってろよ。時間はいくらでもあったろうが」
「だいたいあんたら深雪に話聞いてもらうのに、深雪の意思無視してない? 一科生とか威張ってるのに人間として当然のことも出来ないわけ?」
ここまで来るともう売り言葉に買い言葉である。
「うるさい! 同じクラスどころか一科生ですら無いウィードのお前らが僕たちに口出しするな! 身の程をわきまえろ! そしてお前もだトリオン・アルバ! 何故司波さん同様に首席であるお前が、そいつらに肩入れをする!」
ウィードとは。まさしく差別用語である。この第一高校においては、一科生は制服に八枚花弁のエンブレムがあり、そして二科生にはそれがついていない。だからこその、蔑称。『花冠』を意味するブルームと。『雑草』を意味するウィード。それが、この第一高校では公然の蔑称として普及してしまっており。
事態を重く見た生徒会から、差別的用語であるとして使用を禁止すらされている単語である。どの学年にも、そして一科生にも二科生にも使う者がいるとはいえ、校門の前のような注目を集めるような場所で使うような単語ではない。
「俺もか?」
名指しで指名されたアルバの憮然としたつぶやきは、続く言葉にかき消される。
「わかったらとっとと消えろウィード!」
この暴言に対して真っ先に反発したのは、あろうことかエリカでもレオでもなく、またも美月であった。
「入試の時点であなた達が多少優れていたからといって、それが何だと言うんですか?」
けして大声ではない。むしろ先程までの叫ぶような声に比べれば遥かに静かなその声は。しかし、確かな響きをともなって校庭へと広がり。
事態が取り返しのつかない方向に転がったことをその場にいたものに理解させた。
「と、止めないと」
「うん、まずい」
アルバの近くで話を聞いていたほのかと雫が焦った様子でそう漏らす。
「僕たちブルームとお前達ウィードの差がどんなものか、教えてやろうか?」
挑発するように絡んできたA組のメンバーを代表する森崎がそう口にする。
「面白え。どんだけ優れてんのか見せてみろよ」
最後通牒とも脅しとも取れる言葉に対しても、レオは。というよりおそらくは達也の側に立つ人間は誰も、怯えていなかった。むしろほのかや雫といった一科生の方が焦りを見せている。
そして。先に我慢の限界が来たのもまた、プライドの肥大化した一科生の方であった。
「なら見せてやる!」
現代魔法において、魔法の発動には必ずと言っていいほどCADと呼ばれるツールが使用される。だが一方で、魔法の発動にCADは必要ではない。CADはあくまで魔法の発動を効率化したり高速化したりするためのツールでしか無く、時間をかければCADが無くても魔法は使用できる。
そうした事情と、またCADの所持ではなく『学外における魔法の使用』そのものに法的規制がかかっているために、むしろCADそのものを携行するというのは何ら問題の無い行為である。学内では携行が禁止されているために持ってきた場合には事務室に預けることが求められるものの、それも授業開始前に預け、そして下校前には受け取るという都合上、今この場でCADを所持している事自体は当たり前に考えられることだ。
だが。
それを引き抜き人に向けるというのは、明らかな非常事態である。それも汎用型ではなく、その性質上攻撃力重視であるとされる特化型であるならばなおさらだ。
それを実行した森崎というA組の生徒は、確かに実力があった。CADを抜く手際に照準をつける速度。
例え拳銃を渡されたところで素人ではまともに扱えないように、特化型CADもその扱いそのもの、即ち実戦になれていなければこううまく扱えるものではない。
「お兄様!」
その動作に対して、深雪の声を受けた達也は手のひらを突き出し。
「なっ!?」
そしてその動きを止めた。
いつの間にか、CADを引き抜いた森崎の、その構えたCADの真横にアルバの姿があった。だけでなくその右手はCADを構える森崎の手ごとCADを掴み。親指を魔法を発動するトリガーとなる引き金の部分に差し込むことでCADを発動する事を不可能としていた。
そして反対の左手では、まさしく打ち込まれようとしていた一本の警棒を掴み取っている。その持ち主は、森崎のCADを払い落とそうと高速で接近していたエリカであった。
「な、邪魔をするな!」
圧倒的な移動速度におそれを感じながらも森崎はそう虚勢を張り、アルバの手を振りほどこうとする。だがCADは、まるで魔法によって空中に固定されているかのように動かない。それは反対側に立っているエリカも同様であった。
そうした2人の動きを一顧だにせず、アルバは森崎に話しかける。
「森崎。お前が誰を差別しようと、どのような思想を抱えどのような感情を持ちそれをどのように外に発散しようとも、それはお前の自由だ。だが今お前がしようとしたことは、れっきとした犯罪行為だ。そのトリガーを引けばお前は魔法師でも第一高校の生徒でもなく、ただの犯罪者になる。当然ながら、将来の道も閉ざされるだろう」
静かな。静まり返った空気の中でことさらに響き渡るアルバの声に、誰かが喉を鳴らす音があたりに響く。
「お前にはその覚悟があるか? そのトリガーに、己の人生すべてをかけてそれを引こうとしたか? そうであるなら、俺はこの手をどけよう」
アルバの言葉に、森崎は答えることが出来ない。そんな大層な思いも覚悟も、その引き金にはかかっていない。ただそこにあるのは、肥大化したちっぽけなプライドのみ。
異質な空気を醸し出すアルバに一部の生徒が圧倒される中、その雰囲気に気圧された別のA組の生徒がその手首に巻かれている腕輪型のCADに手を伸ばした。そしてそれを操作し、魔法を発動しようとする。
だがその魔法は。
その起動式の段階で
そしてもう一方は、別の人物であった。
「やめなさい! 自衛目的以外での魔法を利用した対人攻撃は禁止されています!」
その言葉とともに現れたのは、他の生徒からの通報を受けてやってきた生徒会長の七草真由美と、風紀委員長の渡辺摩利であった。
今回のアルバのセリフも、相当早い段階で思いついていたセリフです。アルバ考えてると結構そういうの多いです。今後もそんな場面場面を書いていけるように頑張ります。