校門前での騒動を乗り越えたアルバは、達也達とともに駅に向かっていた。アルバの実家は高校から徒歩圏内にあるので駅は利用しないのだが、家までの道で駅を通過するのである。
話題は、先刻の達也の言った『分析は得意』という発言からCADの調整の話となっていた。
「え、じゃあ深雪のCADは達也さんが調整してるんですか?」
「ええ。お兄様はCADの調整も得意なのよ」
「調整と言ってもちょっとしたアレンジ程度だけどね。深雪は処理能力が高いから、俺の技術で調整をしても十分に対応できるんだ」
先程摩利を言いくるめる際に使った言い回しを使ってみせた深雪に、達也は自分の技術ではなく扱う深雪が凄いだけであると謙遜してみせる。
「それでもデバイスのOSを理解できる知識があるってことですよね。その時点で十分凄いと思いますけど……」
「知識があるだけじゃなくてそれを弄る技術もあるってことだもんな。十分凄えよ」
深雪の隣から顔を出した美月や後ろから話しかけてくるレオのせいでその謙遜も意味の無いものとなるが。少なくともここにいるメンバーのほとんどは、自分でCADを調整することも出来ないし、しようと思えるほどの知識も無い。コンピューターを扱って仕事ができる人間が全員プログラミングやパソコンの改造ができるわけではないのと同じで、魔法を使うのとCADを調整するのは別の技術なのである。
「CADと言えば、千葉さんのその武器もCADか? その形状のものは聞いたことが無いのだが」
「ん、これ? よくわかったね。達也くん以外に気づかれるとは思わなかったな」
アルバの問いかけに警棒を取り出してみせるエリカに、達也が苦笑をもらす。
「そんなに買いかぶらないでくれ」
「とか言いつつ、気づいてたでしょ?」
「まあ、それはそうだが」
既にエリカの中で自分が普通とはかけ離れた人物として認識されつつあることに達也は謙遜するが、自分がその警棒型のCADをしまう際に達也が視線を向けていたのに気づいていた。
「え、その警棒がCADなの?」
エリカが取り出してくるくると回してみせる警棒を見た美月が、目を丸くする。
「うんうん、驚いてくれてありがとう美月。全員気づいてたら私が驚くとこだったよ」
そのやり取りを聞いて、レオが疑問の表情を浮かべる。
「その警棒のどこにシステムを組み込んでんだ? さっきの感じじゃ、普通の警棒だと思ったんだが」
「これ柄以外は全部空洞なのよ。刻印型の術式で強度をあげてるだけ。あんたの得意な硬化魔法だよ。知らないの?」
「感応性の合金に幾何学紋様化した術式を刻むっつう技術だろ? 知っちゃあいるが、あんな燃費の悪い技術使ってんのか。良くサイオン切れにならねえな。あまりにも燃費が悪いってんでもう使われてねえ技術だと思ってたんだが……」
レオの答えに、エリカは『意外とやるじゃない』と言った表情を見せる。
「へえ、さすがは得意分野ね。確かに刻印型自体は燃費が悪いわね。でも私の使い方の場合強度が必要になるのは振り出しと打ち込みの一瞬だけなのよ。その瞬間だけサイオンを流すようにすれば、ずっと流しっぱなしにするのと比べればほとんど消費しない。原理的には兜割りと同じよ―――って何、みんな」
さっき感心の表情を見せたのとは逆に今度は自分が感心と呆れを向けられてエリカは戸惑う。そんなエリカに、全員を代表して雫が口を開いた。
「兜割りはそれこそ奥義や秘伝のようなものだと思う。サイオンの保有量が多いのよりも凄い」
そう褒められたエリカは妙に焦ったような表情を見せるが、すぐに若干不機嫌そうな表情になる。
「それもどこかの誰かさんに素手で掴みどられちゃったけどね」
エリカの言葉に、その誰かさんにその場の全員の注目が集まる。
「当たる瞬間にエリカが加減したわけではないの?」
「そりゃああいつの手を潰さないように加減はしてたけど、当たる瞬間に寸止めしたりはしてないわよ。掴まれる直前まで気づかなかったし」
エリカの言葉に、更にアルバへと視線が集まる。森崎とエリカの間に割って入ったアルバであったが、それはアルバが間に入ったこと2人が攻撃を止めたからであるとほとんどのメンバーが思っていたのだ。状況に気づいていたのは、その特異な目で見ていた達也と当事者であるエリカだけであった。
「じゃ、じゃあアルバはエリカの打ち込みを素手で受け止めたの? 魔法、は使ってなかったよね」
ほのかの確認に、アルバは事も無げに頷いて返す。エリカが先程の打ち込みで本気だったわけでもなく、それぐらいのことは普通の人間にもできるということは、八雲や門人達との手合わせで理解していた。
「エリカの攻撃が手加減したものであったからな。なんとか受け止めることが出来た」
「ノーダメージで受け止めておいて良く言うわ。しかも、あんたあいつがCAD使うのも止めてたよね」
「確かにそうだが……」
不機嫌そうに言うエリカに、アルバは少し困惑しつつも返す。
「気分を害したなら済まない」
「別に謝んなくていいの。私も近接戦には自信があったからちょっとショックだっただけ」
「む、そうか」
「あ、でもそうだ」
アルバが申し訳無さそうにすると、エリカが何かを思いついたようにニヤリと笑う。
「その千葉さん、ってのあんたも禁止ね。エリカって呼んで」
「わかった、エリカ」
アルバが名前を呼ぶと、エリカは満足そうに頷く。一瞬険悪になりかけた雰囲気が緩和されたことで、皆がホッとした息を吐く。
「お前でもショック受けることあんだな」
「ま、がさつなあんたにはわかんないわよね」
「なっ……!」
その後レオとエリカのいつもの掛け合いが始まり、皆の注目はそっちへと集まっていった。
そんな中、アルバの隣まで下がってきた雫がアルバに話しかけてくる。
「アルバは体術が得意?」
「人並み以上には出来ると思うが……何故だ?」
「魔法でも首席なのに、体術も出来る。凄い」
無表情かつ言葉数が少ない雫は何を考えているのかが若干わかりにくいが、おそらくアルバを称賛してくれているのだろう。
「ありがとう」
「森崎の魔法を止めたのは、どうやって?」
「CADのトリガーの裏側に指を挟んで引き金を引けないようにした」
アルバの説明に、雫が奇妙なものを見たような表情になる。普通は魔法には対抗魔法を使って対抗するものだ。しかしアルバは何かしらの魔法の技術を使ったわけでもなく、ただ強引な力技で魔法を使わせなかったというのだ。だが。
「素手で他の人のCADに触るのは危ない」
「そうか?」
「他の魔法師のサイオンで出来た起動式は、魔法演算領域に拒否反応を起こす」
輸血や臓器移植などにおいても拒否反応が存在するように、サイオンにも拒否反応が存在する。必ず拒否反応を起こすわけではないが、起こした場合の被害が大きいので他者の使用しているCADには触らないのが魔法師のセオリーである。エリカの警棒のように近接戦や接触した状態で使用されることが前提となっているものは拒否反応を回避するための処理が施されているが、森崎が使ったような通常のCADにはそんな処置は施されていないのだ。
「今後は気をつける」
ただ、人間にとっては危険であるそれも、アルバにとっては大したものではない。そもそも龍は、人間と比べて遥かにサイオンへの親和性が高い。サイオンは龍にとって生み出すエネルギーであり、利用するエネルギーであり、武器であり、命を繋ぐ糧である。龍の中には、他の龍のサイオンなどを捕食するものもいる。
もっとも、そんな人ならざる事情を話すわけにもいかないので黙っておくが。こうしたちょっとした事情などは魔法学の書籍などでは記載されていなかったりするので、こうした機会でもないと学ぶことが出来ないのである。
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その夜。自宅へと帰り夕食を終えた達也はソファーに座り込んで考え事をしていた。
「どうされました? お兄様」
その兄の様子を不審に思ったのか、深雪が問いかける。普段兄は研究などで考え込むことはあるものの、今のように何にも手をつけずに悩むというのは見たことがない。少なくともその2つの差異がわかるぐらいには、深雪は兄の事を知っていた。
「いや……」
深雪の問いかけに達也は口ごもる。確かに心配事、というよりは懸念事項とも言えるものについて考えていた。だがこれを口にしてしまえば、深雪にいらない心配をかけることになる。そうした不安から深雪も遠ざけるのもまた、家から課された達也の役目であった。
そうした兄の逡巡を見抜いたのか、深雪は達也の隣に座り込んだ。その目は兄を心配する目であり。
それを見た達也は、少なくとも現段階では直接的な危険ではないからと話しておくことにする。
「今日のアルバの動きを覚えているか?」
「アルバさん……森崎さんとエリカの間に割って入ったときのことですか?」
「ああ。あれを思い出していた」
そう言う達也に、深雪がいぶかしげに眉をひそめる。確かにその動きは、深雪から見れば速いものではあった。だが普段の八雲との手合わせや達也の実力を知る深雪からしてみれば、兄が心配するほどのものに思えなかったのである。
「確かに速かったですが、あれぐらいならお兄様の方が速いのではありませんか?」
魔法を使っていなかったとしても、兄の方が速い。そう判断した深雪だが、達也は首を振る。達也が言いたいのはそこではなかった。
「あのときほんの一瞬だが、アルバのサイオンがエリカと森崎のCADを覆っていた」
「……ありえません。他者のCADに対して使用者以外が干渉するなど」
「おそらくエリカも森崎もちょうど影響が無いタイミングだったから気づいていないだろうが、アルバが意図的にしたことだろう」
「魔法を止めるため、ですか?」
深雪の問いかけに、達也は頷く。あの場面で割って入ったアルバの行動は、2人の魔法の行使を止めるためのものだった。そして意図的、としか思えないほど精密なサイオンの操作は、ただアルバから漏れ出したものではないだろう。
「どのように止めようとしたのかも不思議ですが、それほど精密なサイオン操作をすることが可能なのでしょうか?」
魔法師であれば、大抵はある程度自分のサイオンを操ることが出来る。例えばそれを身に纏って、魔法に対する防御に使用するような使い方をする者もいる。だが、達也の目でなければ気づかないほどの刹那の速さと精密さで操るというのは聞いたことがない。
「……俺の知る限りでは聞いたことがない」
兄の知らないという発言に、深雪の驚きは増す。もちろん兄にも知らないことというのは当然ながら存在しているのだが、深雪にとって達也は遥か高みにある存在であり、誰よりも優れていると尊敬する相手なのだ。それに加えて、深雪と達也の立場は少々特殊であり、魔法に関する情報はかなりの精度で入手することが出来ていた。特に有用、あるいは危険なものであれば。それを、知らない、と。
そんな深雪の動揺を見て取ったのか、達也はあえて明るく話をまとめる。
「俺の知らない技術だ、どういうものなのか知りたいと思ってな」
あくまでただの好奇心だよ、と達也は言う。
深雪も達也自身もそれが嘘であるのは気づいていた。気づいていて、何も言わない。言っても仕方のないことだからだ。2人に課せられた生き様というのは。
やがて深雪が風呂へと向かった後、達也は再び1人で考え込んでいた。
(少し、調べてみるか。悪いやつでは無さそうだが……俺達の脅威として立ちふさがる可能性があるなら、対策を考えておかなければ)
そう考えた達也は、ひとまずハッキングによってネットの海で調査するために、自室へと向かった。
本作は基本、魔法科高校の劣等生を読んでいる前提な部分があるので、なるべく原作と同様に情報を出していこうとは思いますが、ネタバレ的な部分が出てくることもあります。例えば原作では達也の眼に関する言及はまだ出ていなかったと思いますが、本作ではもう出ていたり。そこのところよろしくお願いします。
こういう大きな展開が無い話も、情報を小出しにしたりとかアルバを描くために書いていきたいと思います。