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CADを事務室に預けている達也が生徒会長、風紀委員長連名の許可証を持って受け取りに言っている間に、その場にいた他の者達は一足先に実技棟の第3演習室へと足を運ぶ。一方深雪とアルバは、生徒会室前にて達也が戻ってくるのを待っていた。本来であれば摩利と真由美がいれば立会者と審判としては十分なのだが、あずさと鈴音も模擬戦を見学する事にしたのは好奇心からだろう。
上級生ばかりの集団についていく、という選択も取りづらく深雪とともに達也を待つことにしたアルバであったが、深雪の方は何やら居心地悪そうにしていた。
「あの!」
「聞きたいことが―――」
2人がそれぞれに話しかけようとした声が重なり、共に口を閉じる。
「先にどうぞ」
「いや……司波さんからどうぞ」
互いに譲り合うが、先に深雪の方が折れて口を開く。
「お兄様の味方をしてくださってありがとうございます。お兄様の素晴らしさに気づく方はほとんどいませんから。アルバさんのお言葉は嬉しかったです」
深雪が言っているのは、アルバが服部に対して模擬戦をすることを提案したことや、その前に達也が強いのではないかと発言したことに対する感謝だ。深雪にとって兄が強いというのは揺るぎのない真実であり、正しく評価されていない兄をいかに認めさせるのかというのが懸案事項であった。それに対して第三者であるアルバが、その実力を証明できる場を作ってくれた。
「味方をしたつもりは、無いのだがな。容易く観測できる事実を言葉で言い合うのは無為なことだと思っただけだ」
「それでも、ですわ。アルバさんのように、お兄様の実力をしっかり確認してくださろうという方はほとんどいないのです」
「そうか」
アルバにとってみれば別に味方をしたつもりは無いのだが、これまで虐げられて来た兄を見てきた深雪にとって、中立の立場で兄を見てくれるだけでも嬉しいことだったのである。そうすれば兄の実力が絶対に証明できると確信しているのだからなおさらだ。
「では礼代わり、というわけではないが、1つ聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
アルバの言葉に、深雪は少しキョトンとした様子を見せる。アルバが名前で呼ぶ兄ではなく名字で呼ぶ自分に興味があるとは思えなかったからだ。そしてまさしく、アルバの質問内容は兄に対するものであった。
「あまり聞かない方が良いことなのかもしれないから、もし都合が悪ければ忘れてくれ。達也は、何故実力を隠している?」
アルバの言葉に、深雪は一瞬固まる。確かに兄は、実力を隠している。今から行う模擬戦はまさにそれを証明するためのものである。だが、『見せてない』と『隠している』というのは別物なのだ。そして少なくとも、現状では『見せてない』以上のことに気づかれる要素は無かったはずである。
そう考えた深雪は、平静を完璧に装って答えた。
「先程私が申した通り、お兄様の実力は入試の魔法実技で測れるものではありません。隠しているというより、正しく評価されていないのです」
これから模擬戦で見せるであろう兄の強さも踏まえて、違和感を抱かせない答えを返す。それに対してアルバは、
「なるほど。そういうことか」
どういうことだと認識したのか。あるいは深雪の言葉から、『隠さなければならない事情は話せない』というところまで認識されたのか。それは深雪には予想はつかず、表情は変わらないものの深雪の内心は動揺に襲われていた。それを確認するために、様子を探る質問を投げかける。
「そういえば先程お兄様が弱いとは思えない、とおっしゃっていましたが……」
「ん、ああ。確かにそう言ったな」
「なぜそのように思われたのですか?」
先程のアルバの説明をあえて忘れたふりをした深雪の問いかけに、アルバは不思議そうな表情をする。
「話せぬことなのだろう?」
「……何が、でしょうか」
「達也の実力に関してのことだ」
アルバの答えに、深雪は絶句した。アルバは、達也が何かを隠しているということに気づいているだけではない。何を隠しているかまで、その全てとは言わないだろうが何らかの方法で気づいている。それは、あってはならないことだ。
その動揺を隠さなければならない深雪は、達也がやってくるまでそれ以上言葉を発することが出来なかった。
******
その後CADを持って戻ってきた達也と合流し、3人は実技棟の第3演習室へと向かった。部屋の前で何やら先に入っておいてくれと達也に促されたアルバは、1人先に演習室へと入った。
「ん? 他の2人はどうした?」
1人で部屋へと入ってきたアルバに摩利が声をかける。既に演習場の中央に立っている服部や摩利の隣にいる真由美もアルバに注意を向けていた。
「何やら話があるようです。すぐ来るだ……でしょう」
「本当に君は敬語を使うのが下手くそだな」
「今身につけようと練習しているところです。後一週間も待ってもらえれば身につけます」
「お、今のはうまいぞ」
「摩利、からかわないの」
そんな会話をしているうちに達也と深雪が部屋に入ってきて、摩利の注意はそちらに向かった。手持ち無沙汰になったアルバに、今度は真由美が話しかけてくる。
「ごめんなさいねアルバくん。関係ないことで待たせてしまって」
それは、風紀委員入りを決めるために説明を受けに来たアルバが、生徒会による風紀委員決めの事情のために待たされている事を言っているのだろう。真由美はそのあたりの気配りが出来る人間のようだ。
「構わ……構いません。俺も、実力者の模擬戦は見てみたかったです」
「そんな無理して敬語にしなくてもいいんですよ?」
「それこそけじめとして必要でしょう。一科と二科の区別よりも重要です」
アルバの答えに真由美は目を丸くしたあと、おかしそうに笑う。そして一層砕けた口調で話し始めた。
「そうね。確かにそうかも。アルバくんは風紀委員をやってくれるの?」
「やるつもりです」
「そう。ありがたいわ。毎年1人は辞退する人がいるのよね」
「達也も辞退したそうだ……でしたね。司波さんはやらせたそうでしたが」
達也本人は風紀委員をするということに何らかの理由で、おそらくは実力を隠したいと言う意味で消極的であったが、深雪は兄の実力が認められるのが嬉しいのか、風紀委員への就任を歓迎している様子であった。
「そうね。強制は出来ないから……できればやってもらいたいんだけどね」
「……どうでしょうね」
それ以上の発言をアルバは控える。
達也は目立つことを避けたいようだった。入学式で聞いた彼の自分に対する発言からも、自分の事を低く評価しているか、あるいはそう演じているのだろうことが見て取れる。それだけ、自分をこの学校の中で低い位置に置くことで目立つまいとしているのだろう。それは単純に目立つのが嫌いなのか、それとも目立つことで不都合があるのか。
そんな人間をプロパガンダとして特に注目を集める位置に集めるというのはいかがなものかと思ったが、それぐらいは真由美も摩利も、深雪も達也自身も気づいているだろう。であるなら、アルバが何かを言うべきではないし、その必要もないのだろう。アルバ自身は人ではない。ならば、どこかに線を引いておかなければならないのだ。
摩利との会話を終えた達也が壁際に行き、その持っていたアタッシュケースから1丁の特化型CADを取り出す。そしてそのマガジン部分を取り外し、別のものへと交換していた。
「いつも複数のストレージを持ち歩いているのか?」
「ええ。汎用型を使いこなすには俺の処理能力では不十分ですから」
達也のその答えに皆が意外そうな反応を見せる中、アルバはそれとは別の疑問を抱いていた。
(あれだけのサイオンを持つものが、汎用型を使う程度の処理能力すらないことがありえるのか?)
現在の魔法師の評価において、サイオンの総量というのはほとんどの場合評価の基準にならない。なぜならCADを使うのに必要なサイオンの量というのはたかが知れており、サイオン保有量以外の評価基準、例えば干渉の規模や処理速度を一定水準以上有している人間は、CADを繰り返し使用することが容易いぐらいのサイオンを保有しているからだ。
明確な関係性は明らかになっていないものの、得意不得意があるとはいえ『魔法力』と一般的に呼ばれるものと『サイオン保有量』の間にはある程度の比例関係があるのだ。その証拠に、真由美や深雪、服部などこの学校でも実力者として扱われている人間は他の者と比べてかなり多量のサイオンを保有しているのがアルバには感じられた。
一方で達也の場合。汎用型では処理能力が追いつかないと言っているにも関わらずそのサイオン保有量は深雪などと比べても遥かに多い。多いどころではなく、数倍以上は持っている。
何かしらの理由があるとしか思えなかった。
(これもまた達也が隠しているものなのか。とすると、何をだ? 処理能力が本当は高いことなど隠す必要は無いはずだ。となると普通ではない何か、か。普通は起動式を目で追うのは不可能だという話だが、サイオンが目の強化に回されているのか?)
アルバがそう思考している間に摩利が模擬戦におけるルールを告げ、2人の間から離れていく。
模擬戦のルールは至ってシンプルで、相手に過度の怪我を負わせなければ魔法も素手による攻撃も認められる。剣のような武器の使用は禁止されているようだが、どちらにしろ今この場にそんなものを持ってきてはいないだろう。
そして魔法師同士の模擬戦ではよく用いられる方法だが、開始の合図までCADを起動することは禁止されている。魔法を発動する速度が勝敗に大きな影響を与える方法だが、発動の速度は戦闘中の魔法師にとって生死をわけるものなのでそれが模擬戦において重要視されるのは当然とも言える。
「始め!」
しばしの静寂の後、摩利の合図とともに試合が開始される。服部は即座にCADのキーを叩き、起動式を展開している。単一系統の移動魔法の起動式を書き出しているのがアルバにも見て取れた。
一方の達也はCADはその手にする特化型のCADは起動せず。昨日のアルバもかくやという程の速度で服部に肉薄していた。
それに驚いた服部が即座に魔法式の変数部分である座標を書き換えて魔法を発動しようとする。だが直後にはその対象となるはずであった達也は服部の視界から消えており、服部の魔法式が効力を発揮できずに霧散した直後、その側面から達也のはなった3つのサイオンの波が服部の意識を吹き飛ばした。
「……勝者、司波達也」
服部を戦闘不能にした達也の名を摩利が告げるが、達也はそれに何の感慨も示さず、一礼をするとCADをしまうためにアタッシュケースへと向かっていった。
一瞬の沈黙の後。
「あの動きが出来るのであれば、見えて当然、というわけか」
昨日の事を思い出したアルバがそう口にする。アルバが先程生徒会室で『達也が弱いとは思えない』と言ったのも、これが主な理由だ。あるいは摩利の言っていたように目が良いだけなのかもしれなかったが、近接戦闘や格闘戦を得意とするものは常人では見えない速さの動きも目で追うことが出来る。だからこそ、アルバの動きが見えていた達也もまた同じ動きが出来るのではないかという発言であった。そしてそれが出来るのであれば、先日アルバが森崎にやったように、魔法の発動を見てから体術で抑え込むこともある程度可能である。
そんなアルバの考えは、だが、一般的な常識には当てはまらないものだった。
「今の動きは……自己加速術式を予め展開していたのか?」
彼女の問いかけに、実際に目で追えるアルバと兄の実力を知る深雪以外の3人はわずかに頷く。今の試合を見て3人もまた、同様の感想を抱いていたからだ。
通常魔法の発動は、一秒以下で完了する。服部に至っては1よりも0の方が近いコンマ数で発動出来るだろう。だが達也の移動速度は、それを遥かに上回っていた。特に近接戦闘を不得手とする真由美、あずさ、鈴音の3人には文字通り瞬間移動にしか見えなかったのだ。
「そんな訳がないのは審判であった先輩にもおわかりでしょう。あれは純粋な体術ですよ」
「しかし、あの速度は……」
「わたしも証言します。あれは兄の体術です。兄は忍術使いの九重八雲先生に師事しているのです」
その深雪の発言に、アルバは思わず声を漏らしかけて止める。
(なるほど。道理で見たことのある動きだと思ったら……しかしこうして達也が関係を公にしているのに、何故俺は秘密にする必要があるのだ?)
九重八雲。その名前は、アルバも聞いたことがある。というか現代に目を覚ましてから初めて出会い、時々アルバの家へと遊びに来るあいつだ。そんな彼だが、何故かアルバに対してはアルバが自分と関係があるというのを隠すように伝えていた。何やら、それが今の段階で知れるのは八雲にとって都合が悪いらしい。
肉体のみで加速術式かそれ以上の速度を発揮した忍術というものに皆が驚く中、気を取り直した真由美が今度は達也の使用した魔法に関する質問をする。
「じゃあ、あの攻撃に使った魔法も何らかの忍術ですか? 私にはただのサイオンの波動にしか見えなかったんですが」
言葉遣いが堅いのは、アルバや達也に話しかける砕けた口調はある程度彼女が2人に気をつかってくれてのものだったからだろう。流石に動揺が強く平静を保てていないようだ。
「忍術ではありませんが、サイオンの波動という部分は正解です。振動の基礎単一系魔法でサイオンの波を作っただけですよ」
「しかしそれでは、何故はんぞーくんは倒れたんですか?」
通常、サイオンはどれだけ集めようと速度を込めて撃ち出そうと一切の物理現象を引き起こすことはない。サイオンは非物質粒子なのだ。例え目に見えても重さは存在せず、体積も存在せず。それで波を作ったところで、服部が倒れる道理が無いのである。なぜならあたったところで何も起こらないからだ。
「酔ったんですよ」
「酔った?」
「可視光線や可聴音波と同じようにサイオンを知覚する魔法師は、その知覚能力が故に予期せぬサイオンの波動に晒されると自分の身体が晒されたように錯覚するんです。服部副会長の場合は、その揺さぶられたという錯覚が激しい船酔いのようなものを引き起こしたというわけです」
達也の説明に、真由美は唖然とした様子で返す。
「そんな……信じられない……。魔法師は普段からサイオンの波動に曝されてサイオンの波動に慣れてるはずよ。なのに、魔法師が耐えられないほどの波なんて、そんな強力な波動をどうやって……」
普段から曝されて慣れているため、生半可な波では酔うことなど有り得ない。それを酔わせるとなれば、相当に強力な波が必要となる。そんな波を作るのはそう簡単なことではないのだ。
だが逆に言ってしまえば、普段曝されないレベルのサイオンに曝されれば魔法師はその魔法を操る能力や身体機能に異常をきたす。
これはアルバも目を覚ましてすぐのころに八雲の門人に対して試したことがあった。その時は、アルバの放つ桁外れのサイオンによって、その門人がサイオンで『溺れる』という現象が発生した。当然ながらそんな状態ではサイオンで構成される起動式も魔法式も形を為せるはずなどなく、八雲には『対魔法師の必殺技』と称された。その上で、目立ちすぎるし人間としては不可能なことだから目立ちたくないなら見せるべきではない、とも。
「波を合成したんですね」
真由美の疑問に達也の代わりに答えたのは、自分の予想をたてた鈴音であった。
魔法ではなく物理現象として、波というものは存在する。そして複数の波が重なった時、それまでの波よりも大きな波ができるのが波の合成だ。達也はそれをして服部の体内でちょうど重なるように3つの波を放ったのだろう、と。
「よくそんな精密な演算が出来ますね」
「初見でそのことに気づく市原先輩の方が凄いと思いますが……」
「いえ。それにしても、あんな短時間でよく3つの魔法を使用出来ましたね。それだけの処理速度があれば実技の評価が低いということは無いと思いますが」
一点で合成されるには、3つの波はそれぞれ別々の形をしていなければならない。そして達也は3つの波を合成するために作ったので、当然ながらその生成に必要となるのは3つの魔法のはずだ。だがそれが出来るのであれば、実技試験の評価が低くなることは考えられない。その疑問の答えは、思いがけないところからもたらされた。
「あの、司波くん。そのCADもしかして『シルバー・ホーン』じゃないですか?」
「シルバー? それってあの天才魔工師トーラス・シルバーの?」
真由美に問われて、あずさは表情を明るくし、普段のおどおどとしている様子が嘘のように勢いよく話し始める。
「そうです! フォア・リーブス・テクノロジー専属の、その本名姿プロフィールすべてが謎に包まれた奇跡のCADエンジニア、トーラス・シルバーです! そんな彼がフルカスタマイズした特化型CADであり、彼自身の実現したループ・キャストシステムに最適化されている他様々な点が最高水準にまとまっているのがこのシルバー・ホーンなんです! あ、ループ・キャストというのはですね―――」
「ストップ! ループ・キャストは知っているから」
ループ・キャストとは、通常魔法を発動するたびに消去され再展開する必要があった起動式を、最初に展開した段階で複写しておくことで連続して発動することを可能とする起動式のシステムのことである。魔法の技術における大きな発明の1つということで、アルバもその存在は聞きかじっていた。尤も処理速度が早く、複数のCADの同時操作が可能なアルバにとっては必要ない技術だと考えていたが。
だが一方で、達也のように処理が遅いものにとってはいちいち起動式を呼び出さなくてすむ有用な技術だ。
「このシルバー・ホーンは最小の魔法力でスムーズに魔法を発動できる点などが特に高評価で、特に警察関係者の間で高い人気なんですよ! 現行の市販のモデルにも関わらずプレミア付きで取引されるぐらいです! あ、待ってください!」
そこであずさが、更に顔を輝かせて達也のCADのに顔を寄せる。シルバー・ホーンを見た嬉しさに我を忘れていたが、それはただのシルバー・ホーンではなかった。
「これ! 通常のものより銃身が長い限定モデルです! どこで手に入れたんですか!?」
「あーちゃん、落ち着きなさい」
興奮のあまり息をきらしながら顔をくっつけんばかりに達也に詰め寄っているあずさを真由美がなだめる。
「器用だな」
わずかにあいた間にポツリと感想を漏らしたアルバに、その場の全員の視線が集まった。
「何が器用なの?」
「波を合成するということは、同じ波ではなく異なる波形でなければならない。そう考えると、達也は3つの波の振動数をそれぞれ変数として処理した上に、それが副会長の体内で完璧に合成されるように制御したということになる。そんなことが出来るものなのだな。起動式を読み取るやつに言っても今更かもしれないが……ということです」
アルバの言葉に、真由美と鈴音、摩利が信じられないと言った表情で達也に視線を向ける。
現代魔法は、同じ効果を発揮する魔法は同じ魔法式によって発動することが出来る。だが一方で魔法式が最初から確定している場合、同じ結果しかもたらすことが出来ない。例えば範囲を広げたいとか、例えば持続時間を伸ばしたいとか。汎用性を求めるなら、そうしたところを自由に変えられる必要がある。
そのために起動式には、変数部分が空いた状態で提供されるという特徴がある。その変数部分、例えば魔法の発動する座標や持続時間、強度などを魔法師が自ら設定することによって初めて、起動式は魔法式として完成するのだ。
だが。それは普通に考えて相当に困難なことだった。当然ながら設定しなければならない変数が増えるほど魔法師の負担は増す。それを達也は、いとも容易くやってのけた。
「多変数化は処理速度でも演算規模でも干渉強度でも評価されませんからね」
「……実技試験における魔法力の評価では評価されないものが、実戦において大きな意味を持つ……。なるほど、テストが本当の能力を示していないとはこのことか」
うめき声をあげながらそう発言したのは、さっきまで倒れたままだった服部である。他の者が魔法談義に興じる中、彼は放置されていたのだ。
「はんぞーくん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
真由美が服部の様子を確認している中、アルバは隣からの視線を感じてそちらを向く。そこには、先程まで達也の発言に頷いていた深雪がいた。戦闘を終えた兄をねぎらいに行くのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
「どうした?」
「いえ……。アルバさんがおっしゃっていた兄の実力とは、このことですか?」
先程の、生徒会室の話の続き。あまり上手くない方法で探りを入れてくる深雪に、アルバは肩をすくめる。
「そういうことにしておいてくれ」
疑わしげな視線を隠そうとしない深雪から視線をそらし、アルバは深雪の方へと歩いてくる服部へと向けた。
「司波さん」
「はい」
「身贔屓などと失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。よく見えていなかったのは私の方でした。許して欲しい」
達也の実力を認めた服部の発言に、嬉しさを隠した深雪は淑女然とした様子で答える。
「私の方こそ生意気を申しました。お許しください」
深雪に謝罪した服部は、その後アタッシュケースを操作している達也のところへと行く。
「……次は負けんぞ」
「俺としては、次が無いことを祈ってますよ」
やはり二科生だと見下していた相手に対する対応を変えるというのは、そう簡単なことでは無いらしい。だが少なくとも、今回の負けは負けとしてしっかりと受け入れていた。そのことに、真由美らは少しばかり笑みを漏らす。服部は能力は高いにも関わらず、そうした他者を見下すところが欠点だったのである。それに改善の兆しが見えたのは喜ばしいことだった。
なげーな? アルバあんまり何もしてないや……。でも書いてて楽しかったです。