達也が事務室にCADを預けに行っている間に、他のメンバーは生徒会室へと戻る。道中摩利に聞いた話によると風紀委員会本部は生徒会室と内部で繋がっているらしく、1つ下の階の本部と生徒会室が階段で繋がっているらしかった。道理で本来生徒会の役員ではない摩利が生徒会室にいるわけである。理由の1つとして摩利と真由美が非常に仲が良いということもあるのだろうが。現に他の風紀委員の姿を生徒会室で見たことはない。
「それで。アルバ君は風紀委員に入ってくれるのかな? 達也君は決心してくれたようだが」
まだ決心はしていないだろう、とは突っ込まないでおくことにする。実力を示した以上達也の風紀委員入に反対する者はいなくなったはずだし、そうなると達也はおそらく深雪の意向を受けて風紀委員に入るのだろう。達也が妹の事を好きなのは短い付き合いのアルバにも理解できた。
「やるつもりです」
「ほう? 詳しい話は聞かなくて良いのか?」
「せっかくの学生生活です。色々な事を経験したい。風紀委員は選ばれなければなれないものですから。就任と言っても引退は出来るのでしょう?」
部活動、というのにもアルバは興味があった。特に魔法を使用した競技に関しては自分も体験してみたい、と。だが同時にそれは体験であって、突き詰めるほどに、つまり1つの部活に所属して続けるという選択肢はアルバにはない。であるならば、いろいろな事を経験しておきたい。そしてその中でも風紀委員や生徒会はなろうと思ってなれるものではなく、選ばれる必要がある。ならばこの選ばれた機会を捨てる必要はないのだ。
「すぐやめられても困るがな」
「半年はやります」
「せめて1年は頑張ってくれ」
「……」
1年は少しばかり長いのでは無いだろうか、というのがアルバの内心だが、かと言って絶対に半年でやめると決めているわけではない。それに風紀委員という立場にいれば、真由美や摩利のような実力者、あるいは実家が力を持つ人物の人柄を知り、またアルバのことを見せることも出来るだろう。
アルバがこうして有力な魔法師の知り合いを増やそうとしているのは、いずれ自分が正体を明かしたときに敵対しないようにするためだ。いきなり出現すれば未知の敵でも、ある程度アルバの事を知っていればいきなり敵として扱われることは無いだろう。それにそこから話し合いや協力体制を作るのもやりやすいはずだ。
それが、1人の学生として現代の学生生活を楽しみつつ魔法に関する知識や技術を蓄えることを、この時代の小さき者達、人間を守るための活動とある程度並行して行うためのアルバの方針であった。先にこの時代の人の生活を楽しむことが来ているのはアルバのわがままだ。この説明を聞いた八雲は苦笑いをしながら了承してくれたが。
むろん家柄がいいから、あるいは、実力があるから、といった理由で深く関わる相手を選ぶつもりは無い。そうするのであれば始めから八雲にそう伝えてこの国の十師族にでも渡りをつけてもらうか、あるいは殴り込みでもかければいい。
メインは知ることだ。そして楽しむことだ。その中で複数のうち1つを選ぶのであれば、そこにいる人も選択の理由になりうるというだけの話である。もちろんアルバとしての知人が増えれば、それもまた選択の理由になりうる。
そして今現在、そういう視点で考えればアルバのいる立場は色々と運が良かった。初めに知り合った達也や雫、ほのか、深雪らは人物的にも好ましい相手に思えるし、達也を介して知り合ったエリカ、レオ、美月らも同様だ。また彼ら彼女らはそれぞれに実力のある人物であるようだ。うち1名は、実力というよりはアルバの本質を覗き得るという意味で、アルバにとっては親しみやすい。学生生活の間に見抜かれてしまうと騒ぎになってしまうかもしれないが。
身の回りの人たちの事をアルバが考えていると、摩利が答えは無いと悟ったのか次の質問を投げかけてきた。
「時に、君は戦えるのか? さっき話があった通り風紀委員は魔法の違法使用者を止めなければならない。達也君はああして実力を見せてくれたし、となると心配なのはむしろ君だ。これから鍛えるといってもすぐに新入生勧誘期間が始まって君たちも引きずり出されることになる」
アルバはおそらく、入試試験の成績によって風紀委員に選ばれている。深雪にはわずかに劣るものの実技の成績が高かったからだろう。そのことから、魔法を使った戦闘が強いの
だが、風紀委員として必要なのはあくまで実力であって実技の成績ではなく、実技試験の成績からの推測なんてものはあてにならない。だから摩利は、こうしてアルバに聞いているのだ。
それに対してアルバは事も無げに答える。
「達也がしてみせたことならすべて出来ます」
「ほう?」
特に威張るでも、あえて静かにするでもなく、ただ淡々と答えたアルバの言葉に、生徒会室中から注目が集まる。
達也が見せた実力はまだ記憶に新しい。ただ魔法師として優れているだけでなく、体術などで素晴らしいものを見せた。それを同等のことが出来るというのであれば心強いが、同時にそんなことが出来る人間が同時に2人も現れるとは信じがたい。特に達也に瞬殺された服部は、疑うような目をアルバに向けてきた。
「……本当か?」
「はい」
アルバの短い答えに、座っていた摩利は立ち上がり、顔を近づけてアルバの顔を覗き込む。まるで目の奥を除くことでそれが真実かどうかを確認しているかのようだ。
「親しくない相手とキスをするものなのですか? キスは恋をしている相手にするものだと思っていましたが」
顔を至近距離まで近づけている摩利に何気なく聞いたアルバの言葉に、摩利が思わず顔を引き、真由美は吹き出すのを堪える。先刻も達也にこうしてちょっかいをかけて無視された摩利だったが、今回は手痛い反撃を受けた。
「すまない、間違えた事をいいましたか?」
「……いや、不用意に顔を近づけた私が悪いよ。しかし、赤面ぐらいはしてくれても良いんじゃないか? 私もそれなりに魅力はある方だと思うんだがな」
後輩相手に連敗を避けたいという摩利の負けず嫌いな思いが、摩利に一歩踏み込んだ発言をさせる。アルバの答えを一部ワクワクしながら生徒会室中の人間が待つ中、アルバの口からは爆弾が飛び出した。
「性欲が薄いのでなんとも」
直接的に過ぎるアルバの答えに摩利が愕然とした表情になり、真由美が堪えきれずに吹き出す。服部や鈴音は眉をしかめていた。
そんな中、以前もアルバの同様の発言を聞いていた深雪が声を上げる。
「アルバさん。そう言った直接的な発言をするべきではないと以前も申したはずです」
以前。それは入学式の翌日の食堂でアルバが森崎に対して放った発言のことだ。あの後深雪、雫、ほのかから揃って注意を受けて、ちゃんと言葉の使い方を考えてきた。
「む、しかしあの時は恋心の方が適切だったと思うが、今回もそうなのか? 今回はむしろ性欲の方が適切かと思ったのだが」
「ですから、その単語はもう使わないでください。口にするのは禁止です」
「だがな……」
「オブラートに包むということを覚えてください! そもそもそんな単語を使わなくても他の方たちは会話が出来ているでしょう!」
「……日本語は少しばかり不自由だな」
「不自由なのはあなたの言語能力です!」
ついには言語のせいにまでしようとするアルバに、深雪が普段は見せない様子で怒る。怒られることに慣れてないアルバは何か言い返したかったが、言い返せば余計に深雪に怒られると悟って口をつぐむ。失言しがちなアルバにしては賢い選択だった。
「君は……素で可愛くないタイプだな。面白いのは面白いが」
ちょっかいをかけて一番おもしろいのは困った様子を見せる相手であり、その次が無反応を装う相手だ。完全に無反応な達也のようなのは弄ってもあまり面白くないが深雪の反応やそれに困った様子を見せることを含めると面白い。アルバのようにどこから飛んでくるのかわからないカウンターを持っているような相手は一番からかいにくい相手なのだ。
今のように。
「可愛いというのは、この部屋にいる俺以外の人に使うような表現ではないですか? 服部先輩は違うのでしょうが」
アルバが言いたかったのはあくまで、『可愛い』という表現は女性、それも年端もいかない相手に使うようなもので、それは俺ではなくこの部屋であれば女子陣にあてはまるのではないのか、ということだったのだが、いかんせん言い方が悪かった。
摩利の憮然とした表情と、深雪の怒り。そして真由美の爆笑は、達也が戻ってくるまで続いた。
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「失礼します」
CADを預けて戻ってきた達也は、室内の若干のカオスにちらりと向けた後我関せずを貫いた。そのすきに、アルバに完全にやり込められる形になった摩利がターゲットを達也に切り替えてその腕を捕った。
アルバに対する怒りもある程度のおさまりを見せていた深雪がその様子を見て眉をつり上がらせるが、アルバに対するようにいきなり声を上げることは無かった。
「さて、それじゃあ委員会本部に行こうか」
そう言って摩利は、達也の手を捕ったままアルバを手招きする。アルバは摩利になんとか手を離してもらった達也と共に、真由美に見送られながらその後を追った。
部屋の奥、通常なら非常階段が設置されている場所に、風紀委員会本部への階段はあった。それを下っていくと、委員会本部の裏口へと到着する。
室内は、有り体にいって散らかっていた。
「少し散らかっているが、まあ適当に掛けてくれ」
確かに、足の踏み場がなかったり荷物の置き場が無かったりするほどには、散らかってはいない。そういう意味では、少し散らかっている、ですむのだろう。
だが、散らかっている状況を苦手とするアルバからしてみれば少々耐え難い状況だった。そもそも、龍として1人生きてきた頃のアルバの住処は、他の生物どころか虫やその死骸なども存在しない、完全に片付いた空間だった。
それは人間と混じって交流するようになってからも変わらず、物が存在する状況は許せてもそれが整理されていなかったり片付いていなかったりする状況は苦手なのである。
「風紀委員会は男所帯だからな。整理整頓をしろと何度も言っているんだが……」
「人がいないのでは、片付くものも片付かないでしょう」
達也の発言に摩利がわずかに表情を変える中、アルバは無言で室内の整理を始める。まず手をつけるのは目の前の長机の上からだ。本や書類に加えて、複数のCADがそのまま転がっている。他にも端末などが無数に置かれ、中にはサスペンド状態で放置されているものもあるのが見て取れる。ひとまずはそれぞれを区分していく。
その様子を見た摩利は、意外そうにアルバを見る。先程のやり取りで摩利には、アルバに対する若干の苦手意識ができていた。だからというわけでもないが、早速役立ってくれようとしているのが少々意外だったのである。
「片付けてくれるのか?」
「片付けがされていない状況は苦手です」
「なるほど。潔癖症というやつかな?」
「……いえ、おそらく違います。整理されていれば良いんです」
潔癖症というのとは少し違うだろう。ただ、物が雑多に置かれているのが苦手というだけだ。
「俺も手伝おう」
片付けをしているアルバにそう声をかけ、席に座った達也も自分の目の前から片付けを始める。
「君もか」
「片付けが好きなわけではないです。魔工技師志望としては、CADがこんな風に乱暴に扱われている状態は耐え難いんですよ」
「魔工技師志望? あれだけの戦闘技術があるのにか?」
達也の意外な答えに、摩利は本気で首を傾げる。先程の服部との模擬戦、勝負自体はあっさり終わったものの、その分超高度な対人戦闘技術が使われていた。だからこそアルバが同じことを出来ると言ったときにも信じられなかったのだ。
「俺の才能じゃあ、どうあがいてもC級ライセンスぐらいしか取れませんから。これ端末の中身は覗いても大丈夫ですか?」
「む、覗いたらまずかったか?」
「あ、ああ、いや、構わない」
机の上を整理しながら話す達也と、既に端末の中身を確認しながら整理を行っているアルバに、摩利は辛うじて答えを返す。
だが脳内は達也の発言でいっぱいだった。先程の戦闘を見た後では自虐に過ぎないように思えるその回答に、摩利は反論ができなかったのだ。
この日本において魔法師は、ライセンス制のもと国によって管理されている。このライセンスの発行は国際基準に従って行われており、その基準というのがまさに入試で求められた『魔法式の構築・実行の速度』『魔法の規模』『干渉力』なのである。
そんな中では、入試の実技の評価の低かった達也は当然のことながら高いライセンスを取ることはできない。そして魔法師がどのような形態で働くにしろ、ライセンスのランクが高い魔法師ほど難しい仕事を受ける機会が与えられ、報酬も高い。
だからこそ達也は、魔法に関わる中で自分の生きる道を探すために魔工技師という道を志しているのだろう。
「魔工技師志望ということは、CADの調整なども出来るのか?」
「ああ。あまり高度なことは出来ないがな」
摩利が絶句している間に、手を動かしたままのアルバと達也の会話が行われる。
「一度見てみたいものだな」
「大したものじゃない。見せられるほどのものはないぞ」
「俺もCADを調整したり起動式を記述することには興味がある。自分で書いてみたりもしているのだが、なんとも上手く出来ているか怪しいのだ」
「そういうことか。だがそれならなおさら俺なんかじゃなくちゃんとしたお手本を探さないと駄目だろう。下手なCADの調整は、最悪の場合魔法師人生に関わるからな」
達也がアルバが実際にしている事を聞いたら悲鳴を上げるだろう。通常は、学生程度の技術力であればある程度完成している起動式をいくつか組み合わせたりパターンを使ったりする。だがアルバは、すべて自分から作ろうと、起動式をすべて一から自分で記述しているのだ。慣れていないアルバだから当然ながら穴もあるし、無駄も多い。アルバでなければ、危険と非効率さで使うことすら出来ないような代物だ。しかもそれを整理はしているものの知識の浅い頃からCADを弄っているので、アルバが普段弄っているCADは少しばかりやばい状態になっている。
「うむ。俺も人に使わせることは考えていない」
「お前が使う場合もだ」
自分が特別である、という考えは魔法師にとってはあまり良いものではない。特に社会的な失敗は良いとして、魔法における失敗は最悪の場合その後魔法を一切使えないような心の傷を作ってしまう可能性が高いのだ。だからこそ達也は、アルバの事を心配してみせた。
「む、そうか。気をつける」
「本当にな。アルバはどこか抜けているから心配だ」
「そうか?」
「ああ。どうも常識外れな部分があるだろう。人間関係なら良いかも知れないが、CADや魔法関係ではそれが命取りになりうるからな」
そういうものなのだろうな、とアルバは達也の言葉に納得を示す。人にとって心というものがどれだけ重く重要なものであるのか、アルバはある程度気づきつつあった。魔法は人のその領域を使って発動される。その分、人にとって大切なものなのだと。そしてそれに何かあったときには、取り返しのつかないことになりうるのだと。そう知識として理解した。
「アルバ君も魔工技師志望なのか?」
「そういうわけではないです。ただ興味があるというだけで」
「流石に首席になれるだけの魔法力があれば魔法師志望か」
「……そうですね」
僅かな間に摩利は気づかず。達也は気づいたものの、それ以上踏み込もうとはしなかった。
色々詰め込んだ結果一話の分量では無かったので委員会本部での話は次話に続きます。